第24話 盾







魔物狩り祭り当日の早朝。


今日は英作パーティとテレビ局が早めに来ることになっているので、俺は恋人たちと朝食を食べた後に家の前で彼らが来るのを待っていた。

恋人たちはテレビに映るからとおめかし中だ。


まあ、そのなんだ……凛が以前に多田一族とクオンの模擬戦の時と、Hero of the Dungeonの時に呼んだKSTテレビに大金積まれたみたいでさ、目をキラキラさせて今回の祭りへの同行を許可しちゃったんだ。

俺も転移の魔法とドラゴンを複数ペットにしてるのはバレてるからまあいいかと受けいれたんだけどさ、契約金が二桁億超えててびっくりしたよ。どうやら今回の映像を後日編集して国内と海外で再放送すればかなりの利益が見込めるとのこと。


ただ、何を血迷ったのか今日のの朝9時から夜22時まで生放送するらしくてさ、数日前から告知のCMやらネット広告やら凄かった。

そのCMのキャッチコピーが『Light mare 立つ! 』『一人の少女の願いを叶えるために……』 『横浜・桜島・上海そして次の舞台はオーストラリア』 『オーストラリア大陸奪還への軌跡』 とかで恥ずかしいのなんのって! パース市を世界に宣伝する良い機会だから我慢するけどさ。


それにしたって生放送とはな。元探索者のカメラマンとレポーターを連れてくるらしいけど無茶するよな。


この世界は魔物がすぐ近くにいることもあって、グロい映像を流すことに規制はない。それどころかいざという時にパニックにならないように、小学生のうちから学校でそういう映像に慣れさせている。それでも魔物を相手にした戦場を生放送するのは結構な冒険だと思う。下手したら人間が喰われてる映像が映る可能性だってあるんだしな。

まあ今回は方舟でいうなら中世界レベルだ。うちの人間がそんなグロいことになったりはしないし、一応テレビ局の人間は岩竜やグリフォンに乗せて人を付けるから大丈夫だと思う。






「佐藤さん! 」


「佐藤さんご無沙汰してます」


「お? 来たな? 英作君は少し身体が大きくなったんじゃないか? 」


「そうですか? 最近は身長を測ってないのでわかりませんが、そんなに変わってないような……」


方舟に行ってたし一年以上ぶりに見るからそう思えるだけかな?

隣の子は大月優子さんだったな。この子も少し大人っぽくなった気がするんだけどな。

それにしても鈴木 勝君に戸田……四郎君だったと思う。それに新見美香ちゃんは緊張しまくってるな。


「かなり緊張してるな。大丈夫だ。リアラの塔の時に同行させた以蔵を付けるから死にはしない。以蔵はダークエルフで一番強いから安心しろ」


「は、はひっ! 」


「あ、あの忍者が付いてくれるなら……」


「あの人には何度も危ないところを助けてもらったし……」


「君たちには装備を用意してある。あそこの工房に行って受け取ってこい」


「装備まで用意していただいてありがとうございます。壊さないように大切に使わせていただきます」


「中級探索者程度の装備だから気にするな。装備は壊していい。装備の損耗を気にできるほど君たちは強くもないし経験もない。思いっきり戦って戦場の空気を経験してこい」


「「「「「は、はい! 」」」」」


さすがに初心者に竜革の装備なんて身に付けさせない。それで戦えてしまうと独立した時に無理をして死ぬ。良い装備を身に付けるのは、装備を何度も壊して戦い方を覚えてからだ。

うちのドワーフやホビットたちは別だけどな。彼らは戦闘を主としていないから、生存を優先に良い装備を身に付けさせている。


「素直でよろしい。大月さんはちょっと残っててくれ。他の者は先に行ってろ」


「は、はい」


「それじゃあ約束通り練習の成果を見せてもらおうかな。そうだな……少し移動してあそこの木に魔力弾を撃ってみてくれ。撃てるようにはなってるんだろ? 」


身体に満遍なく魔力を纏わせているな。相当練習したなこれは。

俺は少し歩いてドラゴンポートの横にある木を指差し、魔力の塊を撃ち出すように言った。


「はい! できます! それでは……えいっ! 」


パンッ!


「うん! 半年にも満たない期間でよく身に付けたな。合格だ。これは約束の魔法書だ。初級だからすぐ覚えられるだろう。戦場に着いたら少し時間があるから凛に教えてもらうといい」


俺は木の表面が少し抉れているのを確認し、大月さんを労ってから初級の火魔法書を渡した。

魔力弾が撃てるならすぐ使えるようになるはずだ。


「や、やったー! ありがとうございます佐藤さん! 初めての魔法書……わ、わたし魔法槍士として頑張ります! 」


「物理と魔法を両方鍛えるのは大変だけど、努力家の君ならできるだろう。さあ、装備を受け取ってくるといい」


「はい! 」


大月さんは元気よく返事をして工房へと駆けて行った。

初めての魔法か……俺も使えるようになった時は嬉しかったな。



俺が大月さんを見送ると、一台の車両が壁の入口からこちらへと向かって来た。

あれはテレビ局の中継車だな。ゴツいアンテナ付けてるな、向こうでは衛星放送になるからか?


「佐藤さん! お久しぶりです。KSTテレビの畑中です。今回は撮影を許可していただいてありがとうございます」


「お久しぶりです。Hero of the Dungeonのオープニング以来ですね」


中継車が家の前で止まると、助手席からプロデューサーの畑中さんが出てきた。

畑中さんは50代の白髪混じりの髪を中分けしている優しい顔付きの男性だ。とにかく腰が低い人なんだよね。偉い人なはずなのに全然そんな素振りを見せないし、常に感謝の気持ちを持って接しているのが伝わってくるから俺は結構この人を気に入っている。

しかしこの人もよく現場に来るよな。プロデューサーってあんまり現場に来ないイメージだったんだけどな。こういうところがスタッフたちに慕われている理由なんだろうな。


「あの時の視聴率は凄くて、うちの局はもう佐藤さんに足を向けて寝れないほどですよ。ははは」


「それにしたって今回は生放送だなんて冒険しましたね。スタッフの安全には配慮しますが、戦場ですから何があるかわからないですよ? 」


「それは覚悟の上です。今回のスタッフは全員元探索者を揃えました。中級ダンジョンによく取材に行っている者たちですので魔物には慣れております」


あ〜俺たちの狩りを通常のダンジョンでの狩りだと思ってるのか。魔誘香を利用する事は凛が話したって言ってたけどイマイチ想像がつかないのかな? まあいいか。


「その人たちが今回の撮影班ですか? 」


俺は畑中さんと一緒に降りてきた、革鎧を見にまとった男女を見てそう聞いた。


「はい。彼女が我が局で売り出し中の戦うレポーター 天城 レイです」


「あ、あま、天城! れ、レイです! きゅ、救世主様にお会いできて光栄です! きょ、今日はよろしくお願いします! 」


「ははは、天城は佐藤さんのファンなんですよ。彼女は昨年の横浜ダンジョンの氾濫の時に探索者として参加してまして。その時に佐藤さんに命を救われたそうなんです。その恩人に会えると知ってからずっと緊張していたようでして」


「そうだったんですか。天城さん、あの時はあっちこっち行ってたから、誰を助けたかはよく覚えていないんだ」


綺麗な黒髪を左肩から前に流し、透き通るような白い肌に青い目。そして少し垂れた目に泣きぼくろ。ハーフかな? こんな美人があの時にいたのか。まったく覚えてないや。


「い、いえ……助けていただいたのは確かですので……あ、ありがとうございました。そ、それに上級ポーションを全てあの時の負傷者に分け与えたことに感動しました。ファ、ファンです! 握手してください! あ、あとサインも! 」


「あはは、いいよ。別にそんな大したことはしてないんだけどね。傷ついた人が目の前にいて、それを治す手段を俺は持っていた。だから使ってもらった。それだけのことだ」


「ハァァ……ステキ……」


「ははは、おとなしそうな見た目とは違い、男勝りな天城君がこんなにも年頃の女の子をしてるなんて良いものを見せてもらいましたよ。彼女は佐藤さんに会えるかもしれないと、探索者を辞めてうちの局に入ったくらいですから」


「は、畑中さん! そ、それは秘密だって言ったじゃないですか! 」


え? なに? 俺は今モテてるとこ? でももうすぐ恋人たちが出てくるこのタイミングでどうしろと?


「こんな美人な子にファンだと言われて光栄だね。畑中さん、ほかの方も紹介お願いできますか? 」


「ええ、はい。こちらがカメラマンの……」


俺は顔を真っ赤にしている天城さんに手が伸びそうなのをグッと堪え、とっとのほかのスタッフを紹介してもらおうと畑中さんにお願いした。

今回カメラマンは男性3人で、いずれも元Cランク探索者だったそうだ。彼らのうち2人はグリフォンに同乗してもらい、戦場を素早く移動して色々なアングルから撮影してもらうことにした。

天城さんは本人たっての希望で、カメラマンと一緒に俺とエメラの上で戦場全体をレポートしてもらうことになった。今回もクオンとメイはお休みだ。今日は土曜日だからクオンとメイには遊覧飛行をしてもらわないといけないからな。


俺はカメラマンたちや中継車のスタッフたちと挨拶をしたのちに、撮影準備をしてもらうように言った。

畑中さんには転移のことを言ってあるし、スタッフも一瞬でオーストラリアに行けると聞いてはいたみたいだが半信半疑って感じだったな。本番まであと3時間しかないから心配するのはわかる。


俺はテレビ局のスタッフがドラゴンポートまで移動するのを見届けて、英作たちの様子を見にホビットの工房に向かった。



「あっ! 佐藤さん! け、剣が! お借りした剣が黒鉄混じりの剣なんですけど! そ、それにこの革鎧は高級そうな……」


「ん? ああ、いま女神の島で売り出している量産品の剣だから気にするな。革鎧はCランクの黒狼の皮で作ったやつだからそこまで高級じゃない。Cランク探索者なら普通に身に付けているものだ」


俺たちが方舟に行っている間に、女神の島のうちの会社の店舗でドワーフのガンゾとホビットたちが既に売り出しているんだよな。黒鉄混じりの剣に関しては中級探索者が入手しやすいように片手剣で200万とリーズナブルだ。おかげで直ぐに完売してしまう。黒狼や白狼の革鎧も好評だ。Bランクの白狼の革鎧は探索者から冒険者にランクアップした者に特別価格で販売している。

数を作れないから皇ショッピングモールとは競合しない。あっちは他国の軍も客で来るしな。うちは軍属の人間には売らないし。


うちのホビットたちの作る装備はつけ心地と通気性が良く、同じ素材を使ったほかの革鎧よりも動きやすいと大人気だ。各国の大手武具メーカーが是非取り扱わせて欲しいと言ってきているが、これは探索者と冒険者専用装備だし、女神の島でしか手に入らない名産品にするつもりだから断っている。



「Cランクは中級探索者なのに……まだ学生の僕たちがこんな……」


「英作! 別に借りるだけなんだし、良い物の方が生存率が上がってイイじゃんか! ヘルムまで用意してくれたんだし使わせてもらおうぜ! 」


「そうだぞ英作、佐藤さんがせっかく用意してくれたんだ。使わせてもらおうぜ! 俺はこの剣でバッサバッサ斬りまくってやるんだ」


「そうよ西条君。命がかかってるのだからご厚意に甘えさせてもらいましょうよ」


「装備を身に付けると身が引き締まるよね! これから実戦だなんてドキドキが止まらないよ〜」


「そういう事だ。黙って使っておけ。しっかり戦って魔物を捌けたならそれは君たちにそのままやるよ」


「「「「「ええ!? 」」」」」


「来年卒業だろ? 装備は早いうちから身体に馴染ませておくもんだ。魔物から逃げ出しら没収するがな」


英作は確かこのまま同級生と探索者になるか、父親と同じ自衛隊に入るか迷ってると冬美さんが言っていたな。

自衛隊に入れば防具に関しては同ランクの装備が支給されるが、部隊章を付けて色さえ合わせれば自前の装備を使用しても問題ない。自衛隊に入るにせよ探索者になるにせよ、持っていて損はないということだ。


「こ、この装備を……僕だけの剣……僕だけの鎧……」


「うおおおお! やる! やってやる! 絶対にこの剣と鎧を手に入れてみせる! 」


「俺たちスゲーラッキーだ! 卒業前に実戦を経験できる上に、5年以上は頑張らないと手に入らない装備でスタートできるなんて」


「私も魔法とこの槍で頑張るわ! こんな良い装備で探索者スタートできるなんて、お金持ちの家の子じゃないとありえないもの」


「うひょ〜! 私も緊張が吹っ飛んだよ! このトレントの弓でみーんな仕留めちゃうんだから! やる気出てきた〜」


初めての自分の装備か……俺は最初は聖剣と勇者の鎧を身に付けさせてもらえなかったな。騎士団と同じ装備だった。ある程度ランクが上がってからやっと聖剣と勇者の鎧を装備することを許されたんだったな。


師匠は元気にしてるかな。魔王のところに行く前に別れは済ませたが、人族とエルフや獣人にドワーフたちは仲良く協力して復興しているのだろうか? ダンジョンがあるうちは以蔵たちのいた世界のように人間同士が戦争をする余裕なんて無いだろうから大丈夫だと思うが……エルフたちはちゃんと俺の残していった精力剤で数を増やしているだろうか? シルフィを失ってからはあまり寄ることはなかったが、俺の残してきた資産で復興するように言ってあるから大丈夫だろう。 エルフが増えてるエルフ王国とかできてたりしてな。

やべぇ、超行きたい。


ああ、そうだ。こんなこと言ってる場合じゃない。危うく忘れるところだった。


「英作君には盾をまだ渡してなかったな。これは君の物だからこれから使うといい」


俺はそう言ってアイテムボックスからガンゾに作らせておいた黒鉄の盾を取り出し英作に渡した。


「く、黒鉄の盾!? あ……この形は……」


「そうだ。君のお父さんの盾だ。横浜ダンジョンで回収して慰霊碑のところに展示していたものを、君のお母さんに頼まれて修復した。少し機能を付け加えさせてもらったけどね。日本を守らなくていい。君は君の大切な人をその盾で守れ」


「と、父さんの……大切な人をこの盾で……」


「そうだ。盾の裏側をよく見るといい。君たち家族の名前が彫られているだろう? 君のお父さんは最期の時、仲間を守るためというだけではなく、横浜に住む君たち家族を守るために戦ったんだと思う。でなければ数千の魔物をたった一人で食い止め、その命尽きても自らの身体を盾に階段を塞ぐようなことはできない」


「本当だ……母さんと僕の名前と妹の名前が彫られてる……父さんは僕たちを守るために……」


「俺は日本や世界なんてどうでもいいと思ってる。ただ、愛する恋人たちを守るために強くなり戦った。横浜や九州や中華広東共和国を救えたのはたまたまだ。俺は俺が守りたいと思った人を守っただけだ」


「国ではなく愛する人のために……ぼ、僕は家族を守りたい! 魔物の氾濫から母さんや妹を! 」


「ならその盾で守れ! その盾には初級結界を付与してある。だが魔石ではなく自分の魔力を使って発動する物だ。今の君の魔力ではそう何度も使えない。強くなれ。全てのステータスを上げろ。そして大切な人を必ず守れ」


魔石式はまだ早い。結界に頼った戦い方をして欲しくないから、自身の魔力を使用して発動する制限を付けた。英作の魔力じゃ一日に数回しか使えないだろう。たくさん使いたかったら魔力を上げるしかない。


「結界魔法が!? は、はい! 強くなります! 必ず守ってみせます! 父さんのように! 」


「英作……俺も守るぜ! 父ちゃんや母ちゃん、それに弟も俺が! 」


「俺もだ! この日本からダンジョンを一掃してやる! 」


「英作君……」


「あらあら〜? 英作君の守る対象に優子が入ってなくて残念そうね? 」


「なっ!? そ、そんなんじゃないわよ! 私は守られるつもりはないわ! 私が英作君を守……あ……」


「キャーーー! 優子ダイタン! 私が愛する英作君を守るですって! 」


「ちょ、ち、違うわよ! 美香! ちょっと! 英作君誤解よ! 美香が勝手に勘違いして……」


おーおー、青春してるな〜。

英作も顔を真っ赤にしちゃって。両想いっぽいな。

まあしっかり守るんだな。俺のように後悔しないためにもな。




「婿殿〜! 婿殿! 婿殿はどこじゃ! 来たぞ! 儂が来たぞー! 」


「げっ! もう来たのかよ! 夏海がまだ降りてきてないのに! 」


「あっ! 竜を狩る者達だ! 」


「ええ!? あの人たちも来んのかよ! 」


「俺テレビで何度も見たよあの人たち。お袋が日本で一番頭がおかしい人たちだから、絶対に真似するなって言ってた」


「私も見たわ。笑いながらクオンに斬りかかってた人たちよね? あと富士のダンジョンで地竜と飛竜を乱獲してるって話題になってたわ」


「あっ! それ知ってる知ってる! 倒し方が酷くて素材が使い物にならないから、冒険者連合に富士のダンジョンを入場禁止にされたんだって」


それは俺とシルフィが流したダミー情報だ。実際は地竜を連れ出そうとしたり、飛竜の卵を持ち出したからなんだけどな。そんな事は口が裂けても子供たちには言えない。

しかしこれがあの狂人たちへの一般の認識か……島流しは妥当だな。子供に悪影響を与えるからな。


俺は家の前で叫んでいる十兵衛さんと、それはもう楽しそうにしている多田一族に手をあげて応え、重い足を引きずりながら出迎えるのだった。

予定では夏海に丸投げするはずだったのに……


まあいい。このままあの大陸に捨ててくれば、数ヶ月後にはこの喧騒も懐かしく感じるだろう。


俺は夏海たちに心話で早めに降りてくるように言ってから、多田一族の元へ向かうのだった。






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