第4話 パース市長





ーー オーストラリア大陸西部 パース市長 ハワード・ウォルター・テイラー ーー





プルルルル

プルルルル


「テイラーだ」


《 こちら中央指揮所。南東よりガーゴイル12体が向かってきています 》


「12体だと!? わかった! 対空砲と特殊ネットで対応しろ! 魔法使いの爺さんたちを東防御塔に配置! 俺も出る!」


東防御塔は川沿いに設置した壁の内側にある廃ビルを改修したものだ。20階建てのこのビルは壁よりも遥かに高い位置から飛行系魔物を攻撃できる。

同じような防御塔は北と南にも複数ある。


作戦としては壁の上に設置した特殊ネット砲と対空砲でガーゴイルを攻撃し、その攻撃からあぶれ壁に反撃を行おうと高度を下げたガーゴイルを上から魔法で狙い撃つ。ガーゴイルがビルに反撃しようとしてきたらすぐさま下に降り避難する。

長年酷使してきたので現在は15階からしか攻撃できないが、まだまだ使える。


《 了解! 『まだまだ現役魔法爺さんの会』を招集します! 》


「ケイン! 俺の装備を用意してくれ! 恐らく撃ち漏らしが市内に侵入してくる! それと厳戒令を再度発動し、市民に建物から出ないよう伝えろ! 」


「ハッ! 直ぐに! 」


それにしてもマズイな……今回の氾濫は飛行系の魔物が多い。

昨日から突然魔物が集まりだし、ダーリントン鉱床の南側の正統オーストラリアと米国の駐屯地に向けて侵攻していった。


そう、今回は前回の北側からではなく南側から魔物が押し寄せてきている。

南側からなど10年以上振りだ。

しかし前回と同じく魔物がダーリントン鉱床へ向かっているのは、何か意図的なものを感じざるを得ない。


構図としては、前回ダーリントン鉱床北側のクイーンズランド都市連合の駐屯地が襲われた報復とも考えられる。しかし飛行系魔物がこれほど多いのであれば、山を挟んだ反対側のクイーンズランド都市連合も無傷とはいかないだろう。ならばこれも偶然なのであろうか?


急ぎ鉱夫たちは引き返させたが、正統オーストラリア軍と米軍は迎え撃つ気だ。

確かに防衛能力が高い駐屯地だが、この街に12体ものはぐれガーゴイルが来るほどの魔物の数だ。

いくら魔法を付与した砲弾を保有している米軍がいるとはいえ、相応の被害は受けるだろう。そしてもし米軍が一時撤退などしたら、この街はまたクイーンズランド都市連合に占拠される……

俺は受話器を取り、市の南北境界線警備所に電話をした。


「ハワードだ。クイーンズランド都市連合の兵士たちはどうしている? 」


《 ハッ! 招集が掛かり街を出た者以外は特に動きはありません 》


「そうか……警戒を怠るな。前回のように内側から撹乱されてはかなわないからな」


《 ハッ! 》


休暇中の兵を招集したのか……今回はソヴェート軍が少数しかいないのもあり、同じ手は使ってこないか。

だが油断は禁物だ。もう二度とこの街を一勢力に占領されるわけにはいかない。

まずはガーゴイルから街を守らなければ……


俺は秘書のケインが用意した装備に身を包み、前線へと赴くのだった。







《 報告します! 東防御塔15階部分がガーゴイルにより破壊されました! 逃げ遅れた魔法隊員より負傷者2名! いずれも軽傷ですが自力での移動は難しく攻撃の継続は不可! 》


『了解、魔法爺さんたちは後方の地下避難所前に移動させ、ほかの魔法使いと共に最終防衛線を守らせよ』


《 了解! 移動します! 》


「隊長、ご苦労さん」


俺が市庁舎を出て市の中央にある防衛隊指揮所に入ると、防衛隊長のマーティンが無線で指揮をしていた。


「ハワード隊長! 」


「市長だ市長! もう3年目だ! いい加減覚えろ! 」


この男はいつまでも俺を隊長隊長と……俺はとっくに引退して市長になったというのに、隊長としての自覚が足らないんじゃねえか?


「ハッ! 申し訳ありません。つい昔の癖で……やはり前線へ? 」


「俺も出る。今回は数が多いからな」


「止めたいところですが、言っても無駄でしたね。せめて精鋭を護衛につけますので決して単独で行動しないでください」


「ああ、久々にこの黒鉄の剣を振り回せる。ガーゴイル程度いくら来ようが叩っ斬ってやるさ」


この剣は昔この街に視察に来ていたニホンのスメラギという商人から買ったものだ。彼は元魔法使いの探索者だったらしく、当時防衛隊の副隊長をしていた俺を気に入ってくれて破格の値段で売ってくれた。

彼なりにこの街の現状を知り同情してくれた面もあったのだろう。


その後俺は隊長となり、そして市長になったことを貿易船のクルーを通じて伝えると、正統オーストラリアとクイーンズランド都市連合の目を盗んで黒鉄混じりの剣やその他防具を売ってくれるようになった。

どうやら彼はニホンで有名な商人らしい。

おかげでダンジョン攻略での死者が減った。この街の付近にはまだ2つの中級ダンジョンがあるからな。

特に南にある酪農地帯のダンジョンを攻略する助けになった。彼にはいつか恩返しをしたいものだ。


「ワイバーンキラーのハワードをまた見れるのを楽しみにしていますよ」


「縁起でもないことを言うんじゃない。飛竜なんてもう戦いたくもない。アレはかなり苦戦したからな」


飛竜は硬い上に火球を放ってくる。市街地で戦う相手としては最悪だ。Bランクの俺とCランクのマーティンほか精鋭で立ち向かったが、多くの火災を引き起こし多大な犠牲を払った。


「そうですね……あの時は多くの犠牲者が出ました。もう飛竜との市街地戦はゴメンですね。次に現れたら我々が外に出て戦います」


「あの時は発見が遅れたからな。その時は俺も外に出る。また昔のように共に狩るぞ」


「ハハハ……市長と防衛隊長が最前線に出て飛竜と戦うとは」


「言うな、人手不足なんだ。だが若い奴も順調に育っている。俺たちの代わりはいる」


「市長の代わりはいないと思いますがね……言っても無駄なので止めませんよ。市長は我々が必ず守ります」


「俺はまだ50になったばかりだ。お前らに守られるほど衰えちゃいない」


「これは失礼しました。足手まといにならないよう全力でサポートさせていただきます」


「その時は頼むぞ」


《 こちら東側壁防衛中隊! 申し訳ありません! ガーゴイル3体が市内に侵入しました! 》


『こちら指揮所。市街地に侵入したガーゴイルはこっちで処理する。そちらは現状を維持せよ』


《 了解! これ以上は取り逃がしません! 》


「マーティン、俺が行く! 指揮を頼むぞ! 」


「ハッ! Cランク隊員を数名付けます」


俺はそう言って指揮所を出て、数名の兵の共にジープに乗り込み無線で指示された東側にある廃倉庫地帯へとやってきた。

うまく誘導してくれているようだな。

俺はガーゴイルに銃を放って注意を引きながら、こちらへと向かってくる車両を見てジープから降りた。

アイツらでも倒せないことはないが、市街地で戦えば被害が大きくなる。そのための誘導マニュアルだ。


「ここなら思う存分戦える! ガーゴイルが投げてくる石にだけ気を付けろ! 円陣を組み降下してきたら特殊ネットを放て! 」


「「「了解! 」」」


そしてガーゴイルを誘導してきた車両が俺たちの側で止まり、車両から出てきた4名の隊員と共に外側に向けて円陣を組んだ。


俺たちを見つけたガーゴイルは一斉に高度を下げ襲い掛かってたが、一体は俺の剣で切り上げて切断し、残りは特殊ネットに捕まり地上へと叩きつけられ、そこに隊員たちが殺到してトドメを刺していった。


「Dランクなんてこんなもんだ。空さえ飛ばなければ俺たちの敵じゃない。魔石を回収したら撤収する」


「「「「「ハッ! 」」」」」


そしてその後指揮所に戻ってからも散発的にガーゴイルが襲ってきたが、そのほとんどは壁上からの攻撃で対処できていた。

今回は山岳系の魔物がほとんどで、ヒッポグリフは現れなかった。


そして厳戒態勢を維持したまま一夜を過ごし、魔物がダーリントンを襲撃してから三日目の昼にそれは起こった。


《 こ、こちらダーリントン方面監視所! りゅ、竜です!岩竜が二頭! 多数の飛竜を引き連れ現れました! 現在正統オーストラリアと米軍駐屯地の周囲で魔物を襲っています! 》


「なっ!? 岩竜が二頭だと!? そのうえ飛竜もか! 」


「飛行系魔物が多かったからな……刺激したか。クイーンズランド都市連合も含め、あの辺一体の軍施設は壊滅するだろうな」


「し、市長! こ、この街は……」


「分からん。岩竜がダーリントン鉱床までやってきたことは過去にない。だが、ダーリントンとここは近い。岩竜と飛竜に追い立てられた魔物を追い掛けてこの街にも来るだろう」


「そ、そんな……」


「昨夜壁を超えた謎の集団が関係しているかもしれん。その者たちが岩竜を刺激した可能性もある。警察に捜索を急ぐように言っておく。マーティン隊長は独身の志願兵を集め決死隊を編成してくれ。俺が街の外に率いて囮になる」


「なっ!? わ、私が行きます! 市長はこの街に残り指揮をお願いします! 」


「マーティン! 独身の者を集めろと言った。お前には美人の女房と10歳になる可愛い娘がいるだろう。お前は街に残り家族を守れ。俺この街の市長だ。女房は覚悟ができているし義娘は成人している。だから俺が行く」


「そ、そんな! ついさっきまた共に戦おうと言ったではありませんか! 市長はこの街に必要な人なんです!失うわけにはいかないのです! 私もお供します! 」


「飛竜だけだったらそうしてた。だが今回は俺が囮に失敗した時に、街で指揮をする人間が必要だ。心配するな、俺はワイバーンキラーだ。岩竜も若い時に見たことがある。飛行速度は飛竜とそう変わらない。うまく逃げながら北に誘導するさ。マーティン隊長、これは市長命令だ」


「くっ……隊長……」


「市長だと言ってるだろ。俺は東側の壁に移動しておく。志願兵にはそこへ来るように言っておいてくれ」


「……りょ、了解しました」


俺は悔しそうな表情のマーティンに背を向け、指揮所を出てからジープへと乗り込んだ。

岩竜に飛竜……これは俺も年貢の納め時だな。


しかしタイミングとして気になるのは、昨夜未明に壁を超えて侵入してきた白い集団だ。何かを抱えて空を飛んだという証言もある……

市内で暴れた様子もないことから魔物ではないとは思うが、今日になって岩竜が現れたとなると無関係とも思えん。


侵入者はいったい何者で何が目的なのか……









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