第2話 試験






ーー 旧横浜ダンジョン跡入口 警備隊詰所 インキュバス族 ヤン ーー







宇佐美さんからの要請を受け、私は光魔王様への面会希望者に会いに警備隊詰所までやってきていた。


「この会議室です」


「わかりました。あとは私が対応します」


「よろしくお願いします」


私はそう言って宇佐美さんに案内された一階の会議室へと入った。


私が会議室に入ると、中央にある大きな長机の片側に金髪のショートヘアの女性が腰掛けていた。

恐らく20代前半くらいであろう。お世辞にも美人とは言い難いが、どこか愛嬌のある顔立ちの女性だ。


その女性は私を確認するなり立ち上がり、その濁りのない真っ直ぐな目で見つめていた。


「初めましてお嬢さん。英語はわかるかな? 私は冒険者パーティLight mareの一員のヤンといいます」


「は、はい! 初めまして! わ、私はオーストラリア大陸の西部都市のパース市より参りましたキャロル・テイラーと申します」


「初めましてミステイラー。緊張しているようですね。私は数多くいるLight mareのメンバーの中でも末端の者ですので、どうぞ気を楽にしてください」


「は、はい! 失礼しました……あ、あの……ヤンさんはドラゴンライダーですよね? 」


「はい。佐藤リーダーのドラゴンのお世話をさせて頂いています。あのドラゴンはリーダーの命令で私の言うことを聞いているだけで、私が服従させているわけではありませんよ」


そうか、今はアトラクション飛行用の制服を着ているからそう見えるのだろう。

いま私が身につけているこの赤い革のズボンと革のジャケットはドラゴンライダーの制服だ。

ちなみに本来は我々は上半身に服など身に付けないのだが、光魔王様にシャツを着るように命令されて身に付けている。我々インキュバスは髪の色もシャツも全員が光魔王様と同じ黒だ。

仲間と相談したわけでもないのに、見事に皆が同じ色を選んでお互い笑いあったものだ。

いくつになっても男とは強い者に憧れ、同じ格好をしたがるものなのだな。


「そ、そうだったのですか……」


「それではいくつか質問をしてよろしいですか? 」


「は、はい! 」


「まずは国交のないこのニホンへどうやって来たのですか? 」


「はい。米国を通してニホン政府に視察という名目で入国申請をし、パース市の東にあります米軍の駐屯地より輸送機に乗せてもらい横須賀まで参りました」


「視察ですか……失礼ですがミステイラーはどのようなご身分の方なのでしょうか? 」


「はい。私はパース市長の義娘で、市の対外交渉を担当しております」


なるほど。確かにパース市の長のファミリーネームはテイラーだと潜入している者の報告書に書いてあったな。確か市長は元軍人であり中級ダンジョン攻略者でもあったな。


「そうでしたか。それでは今回はどのようなご用件でしょうか? ダンジョン攻略以外の依頼だとは思うのですが 」


「いえ、依頼をしたいのは山々なのですが、私たちはただの人夫でしてとてもSSSランクパーティの方に支払えるほどの報酬はございません。ですので冒険者連合へのお口添えをお願いにあがりました」


そうだったな。ほとんど正統オーストラリアとクイーンズランド都市連合の奴隷のような都市だったのを忘れていた。

若い男はダーリントン鉱床での採掘で年老いた男女は酒場兼食堂の経営、若い女性は各国の軍人を相手にした娼婦として生計を立てていたのだったな。 今の市長が就任してからはダンジョンでの食糧と魔石の収入が増え、いくらか生活が楽になったと書いてあった。

しかしそれでも採掘した鉱石は全て正統オーストラリアとクイーンズランド都市連合に持っていかれており、そしてこの二勢力が戦争となると必ず巻き込まれ都市を占領されるとも。


フッ……まるで光魔王様に出会う前の我らのようだな。

我らも魔族とは名ばかりで最底辺にいた。常に強い主につき懸命に尽くすことで種を存続させてきた。

我らは常に使い捨てのような扱いを受けていたがこの能力のおかげで人族を籠絡し、子を産ませ数を保つ事ができていたから滅ばずにいただけの種族だ。


魔族なのに人族と同じく80年しか生きられず、使い捨てのような扱いを受けてきた我らはそれゆえに成長が早い。生まれて5年で戦えるまでに身体が成長する。

女神の島のあのデビルに無理矢理従属させられた時は諦めたが、光魔王様の配下となり種の未来が明るいものとなった。光魔王様は我らの寿命を無きものとしてくれるからだ。

我らがこの世界で繁栄することが約束されたも同然だ。光魔王様だけはこの命を懸けてお守りしなければならない。


「どのような口添えかは私が聞いても判断する権限はありませんので、ここではミステイラーが我らがリーダーに会うに相応しい方か試させていただきます」


「試す……ですか? 」


「はい。ご存知の通り我らがリーダーである佐藤はSSSランクの冒険者であり、女神の島の悪魔退治に昨年起こった上海の氾濫の鎮圧と上海ダンジョンの攻略。そして富良野上級ダンジョンの攻略を達成し、世界的に名が知れた冒険者であります。それゆえに頼って来られる方は非常に多い。しかしそれら全てに応えるわけにはいきません。ですから冒険者連合を通してダンジョン攻略の依頼をする者や、紹介状がある者以外には条件を満たした者にのみ会うことにしております」


光魔王様に依頼ができる正規のルートは冒険者連合のみだ。それもダンジョンの攻略以外は基本的には受けない。魔道具やアイテムに関しては凛お妃様や新堂さんが窓口となる。

冒険者連合で指名依頼を断られた者、ダンジョン攻略以外の依頼をしたい者は直接ここへやってくる。正規の者も非正規の者も……

本来なら全て力ずくで追い返すのだが、慈悲深き光魔王様は本当に困っている者のみ話をお聞きになるとおっしゃっている。それゆえの試験なのだがこの匂い……男との経験の無い若き人族の子には、この試験は厳しいだろうな。


「た、確かにおっしゃる通りです。こうしてお話を聞いていただけた事が幸運なことであることは自覚しています。それで……そ、その条件というのは何かを試されるということでしょうか? 」


「はい。今から私がある魔法をミステイラーに掛けます。これは精神力を試す特殊な魔法ですが、貴女の思いが強ければ耐えられるものです。自信はありますか? 」


「せ、精神に魔法を!? そんな魔法聞いたことが……そ、それを耐えきればミスターサトウにお会いできるんですね? 」


「はい。私は末端のメンバーですが、その権限を与えられています。ただし、リーダーに会うまでです。リーダーがミステイラーの願いに応えるかどうかはお約束できません」


「お、お会いできるなら! ミスターサトウにお会いできるのであればなんだってします! 街を! 友人を! 義父を救うためならなんだって! 」


「そうですか……ではいきます。『魅了チャーム』 」


私を強い眼差しで見つめるミステイラーに、試験用の弱めの魅了を掛けた。

過去にも同じようなことを言った間者がいたが5秒も保たなかったな。

さて、この子は何秒保つかな?


「あっ……ダメッ! うっ……くっ……うう……ハァハァ」


彼女は一瞬私を見たあとに目を瞑り、それから1分ほど耐え続けていた。

まさか耐えきった!? いや、男を知らない女性がこの魔法を初めて掛けられて耐えられるはずがない。

もしや魔力防御が高い? 白人種で? 念のため確認するか……『鑑定』




キャロル・テイラー



職業: 剣士


体力:D


魔力:F


物攻撃:D


魔攻撃:F


物防御:E


魔防御:F


素早さ:D


器用さ:F


運:D




Fランク……剣士なのは父親に訓練を受けたのかもしれんが、魔力防御がFなど一般人と同じだ。

それなのに威力を落としているとはいえ私の魔法に耐えた? いくら強い意志があろうとも男を知らない女性には耐えられるものでは無いはずだ。10秒でも耐えられれば合格としたところだが……


私はなぜ彼女が耐えられたのかわからず、原因を確かめたいがために通常の威力の魅了を続けて放った。


「くっ……ああっ! ダ、ダメッ! あ……ああああああ! ぎっ! 」


「なっ!? なにを! 」


私が立て続けに放った魅了の魔法を彼女は耐えようとしたが耐えきれず、突然机の上に手を伸ばしそこに置いてあったペンを手に取りそして……自らの腕に突き刺した。

彼女の腕に突き刺さったペンは、その細い腕を貫通するほどに深々と刺さっていた。


私はその光景に一瞬固まり、すぐに麻痺蛾の鱗粉と中級ポーションをアイテムポーチから取り出し彼女に駆け寄った。


「うぐっ……くっ……ハァハァハァハァ……耐え……まし……た……」


「なんてことを! なぜここまで! いや、私が悪いのだ。ここまでするつもりは無かった。すまない……」


私が好奇心でマニュアル以外のことをしたばっかりに……私としたことがなぜこんな軽率なことを……

口から血が出ている……舌も少し噛み切ったようだ。


「ごうかく……ですか? 」


「ああ、合格だ。私の主へ会えるよう手配しよう」


「よかっ……た……です」


「いま手当てをする。麻痺させるから安心してくれ」


私は疲れ切った彼女の腕を取り麻痺蛾の鱗粉を掛け、一気にペンを引き抜いた後にポーションを掛けて残りを彼女に飲ませた。


信じられん……魅了の魔法は幸せな気分にして私に惚れさせる魔法なのに、自分が幸せになる気持ちを抑えて痛みで魔法を振り払うなど……こんな魔法の破り方をした者は初めてだ。

なぜここまで他人のために? いや、私と同じか……己の身を犠牲にしてまでも成し遂げたい想いがあるということか。


「あ……これは中級ポーション? も、申し訳ありません! 私なんかのためにこんな貴重なポーションを! 」


「気にしないでください。私のミスが引き起こしたことです。傷は塞がりましたね……それよりもなぜそこまで? この魔法は相当な幸福感を貴女に与えたはずです。普通であれば抵抗などできないのですが……」


そう、たとえ男慣れしている女性でも、通常の威力の魅了から逃れられるはずはない。ペンを取りに行くわずかな時間でも魅了に掛かるはずだ。それを耐えきるとは……


「確かにとても幸せな気分になりました。そしてヤンさんがとても魅力的で……その……こ、恋をしそうになりました。ですが私だけ幸せになってはいけないんです。街には毎日限界まで鉱山で働き、生きていくために仕方なく身体を売る女性がたくさんいるんです。まだ12歳になったばかりの子でさえ……私は……私が生まれたあのパースの街を、父と母が命懸けで守ったあの街とそこに住む優しくて明るい人たちを救いたいんです。だから私は幸せになってはいけない。幸せになる時は街の皆と一緒にならないとって……」


「そう……ですか」


魔法は効いていた。その上でこの子は自らの意思と他者を想う気持ちで耐えた。

人族にこれほどの女性がいるとは……アトラン大陸やムーラン大陸では見かけなかったな。


「それでは我が主へ連絡して参ります。ここで少しお待ちください」


「はい! ありがとうございますヤンさん」


「貴女は試験に合格した。当然の権利ですよ」


私はそう言って警備隊詰所の電話から光魔王様の自宅へと連絡した。

電話には凛お妃様が出て、試験に合格したオーストラリアのパース市から来た女性がいると伝えた。

すると数秒沈黙したあとに『ダーリンが会うって』と返答が返ってきた。


これは心話というもので光魔王様と連絡をしたのだろうか? リム様たちにさんざん練習台にされたが、アレはかなり便利だった。私からは使えないが、あの能力を持つ者と一緒に任務を遂行すれば成功率は格段に上がることだろう。


私は凛お妃様の返答を聞き電話を切り、ミステイラーの待つ会議室へと戻るのだった。


光魔王様のもとへ彼女を連れていくために。












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