第1話 パース市








ーー オーストラリア大陸西部 パース市長 ハワード・ウォルター・テイラー ーー







「チッ……正統オーストラリア軍の奴らめ! 人の街で好き放題やりやがって! 」


「どうも必死なようで、手段を選ばず血眼になって探しているようです」


「我々も市内をくまなく捜索した。だが行方不明になった正統オーストラリア軍の兵士は見つからなかった。とっくに街を出たとしか思えん。それなのに軍を送り込んで勝手に捜索を始め、市民をいたずらに傷つけ街を破壊しやがる! 」


「確かに目に余ります。南区の市民より苦情が殺到しております」


ケインも相当下から言われているようだな。俺の秘書になったばかりに苦労をかける。


それにしても正統オーストラリア軍め……それもこれも行方不明になった兵士たちのせいだ。


半月ほど前にダーリントンの駐屯地から、ここパース市の南区に遊びにきていた正統オーストラリア軍所属の5人の兵士が突然姿をくらました。

バーで酒を飲み、風俗街に繰り出したというところまでは目撃者の証言からわかった。しかしその後の足取りが掴めない。風俗街の合法、非合法のどの店もホテルも兵士たちを見ていないと言う。


過去にも兵士が行方不明になった事例は何度かあった。しかしそのどれもがクイーンズランド都市連合やソヴェートへの亡命者だった。

今回もそうかと思ったが、南区と北区を分ける壁を超えた者はいなかった。念のためにクイーンズランド都市連合軍に聞いたが、知らないの一点張りだ。

その兵士たちがなんらかの機密情報を持っていて、クイーンズランドが嘘をついているのか本当に行方不明なのか……


そうこうしているうちに正統オーストラリア軍は痺れを切らし、勝手に南区で捜索活動を始めやがった。

正統オーストラリア政府に抗議をしたが、パース市が拉致監禁している疑いがあるとまで言ってきた。

そこまで強弁を張られたのは初めてだ。恐らく行方不明になった兵士の中に政治家の家族でもいたのかもしれん。


だからと言って我々の自治権を無視して勝手に捜索をし、市民を尋問するなどやり過ぎだ。

南区にいる米軍の憲兵も、他国の軍だからと見て見ぬ振りだ。あげくに街の市警や防衛隊ともモメて怪我人まで出る始末だ。正統オーストラリア政府に何度抗議をしても、協力せよとの上から目線の物言いしか返ってこない。

孤立し力が無く、何度も両連合に占拠された街の市長の抗議などなんの威力も無いってことだ。


「このまま見つからなければ北区にも行きそうだな」


「先月の魔物の襲撃によりクイーンズランド軍のダーリントン駐屯地が半壊した影響で、かなりの数の兵士が市内におりますので正統オーストラリア軍も無闇に立ち入らないとは思いますが……」


「アレは酷かったな。採掘に出ていた市民も犠牲になった。まさか砂漠地帯の魔物も現れるとはな。川と防壁のおかげで数頭のガーゴイルによる襲撃だけで済んだが……」


これまでこの街を襲う魔物は山岳系の魔物だけだった。ダンジョンがダーリントン鉱床地帯の山の向こうにあるからな。だから我々は飛行系の魔物だけ注意していれば良かった。

一番多く現れるのはDランクのガーゴイルだ。だがこれは問題ない。長年の戦いの知恵で特殊なネットを射出して地上に引きずり下ろせば被害なく倒せる。ヒッポグリフも被害は出るがなんとかなる。


しかしごく稀に現れる飛竜だけはかなりの被害が出る。数年に一度の活動期は要注意だ。

もっと危険な岩竜がダンジョンの近くの山にいるが、こちらから近付き縄張りに近付かない限り襲い掛かってくる事はない。

俺も分裂前のオーストラリア軍にいた頃、一度だけ戦ったことがあるがアレは無理だ。あらゆる兵器も魔法も通用しなかった。あの岩のブレスの前に人間は無力だった。

本隊が壊滅してからは、俺は部隊を率い逃げることしかできなかった。


「はい。まさかサンドワームが近くまで来るとは思いませんでした。幸い川のある方角からでしたから街には来ませんでしたが、北から来ていたら市内に入り込まれた可能性があります」


「砂漠地帯までは距離がある。過去の氾濫でもここまでは来なかったというのに……最悪の事態を想定しておかねばならんな。確かワーム系は魔力を感知して襲ってくるのだったな。次の氾濫時に砂漠地帯の魔物を確認したら、中東の国のようにダミーとして魔石を複数配置し、現れたところを建物の上から仕留めるしかあるまい」


「はい。場所の選定と魔石を用意させておきます」


「そうしてくれ。話が逸れたが巡回する市警の数を増やし、極力正統オーストラリア軍の動きを牽制するようにしてくれ」


「はい。残念ながらそれくらいしかできませんね」


「俺たちは弱いからな」


「………………」


「そう苦虫を噛み潰したよう顔をするな。俺たちはこの街を守るだけだ。きっといつか独立するチャンスが来る。冒険者連合の支店を誘致できさえすればこの街は独立ができる」


「それはそうですが……米国と日本が後ろ盾になっている、正統オーストラリアですら誘致に失敗したと聞いています。独立都市としてさえ認められていないこの街に、冒険者連合が支店を置くとは考え難いです」


「正統オーストラリアはダンジョンを攻略する気が無いから断られたのだと思う。冒険者連合は世界のダンジョンを攻略するために設立された組織だ。資源のある土地を得るために戦う国には加担しない。それに比べ俺たちは北にあった中級ダンジョンを攻略した実績がある。ニホンの冒険者連合本部に書簡を何度も送っているし、あのLight mareにも人を派遣している。必ず俺たちの想いが伝わるはずだ。だから今は耐えろ。市民の安全を最優先に動くんだ」


「……はい。そのように致します」


そう言って若くて優秀な秘書は市長室を出ていった。


俺の言葉がまったく響いてないな……

確かに冒険者連合からは、国家として認められていない一都市には支店を置くことはできないと、もう何度も断りの手紙をもらっている。Light mareなんて返事すら来ない。

ならばと横浜にとっておきの人材を置き、門前払いされようが何度も会いに行かせている。あの子ならなんとかしてくれる。もう2ヶ月経つがきっと死に物狂いで頑張っていはずだ。

無茶していなければいいが……










ーー 旧横浜ダンジョン跡 佐藤家敷地内 アトラクション竜乗り場 インキュバス族 ヤン ーー








「よ〜しよしよしいい子だクオン。久しぶりのアトラクション飛行だから頑張ってくれよ? 」


《 クオン! 》


《 クオン! 》


「しかしビックリしたぞ? 1ヶ月半振りに帰ってきたと思ったら、身体は小さくなっているし頭が増えているしで一体なにがあったんだ? 」


正直クオンを見た時は、目がおかしくなったんじゃないかと何度も見返した。

しかし何度見返しても、エメラの両腕に二つの頭をヘッドロックされたまま白目を剥いて寝ていた。

いや、気絶していたという言い方が正しいか? まあいつものことだ。頭が二つある以外はな。


《 クオオン! クオッ! クオッ! 》


《 クオンっ! クオオ!! 》


「おお〜! 光魔王様に鍛えてもらったのか! それで進化したと……ふむ、確かに強くなったな。上位竜昇格おめでとう」


《 クオオ!? クオッ! クオッ! 》


《 クオーン…… 》


「え? 違う? 拷問だったって? しかし結果的に大幅な能力アップをしたんだろ? ならば光魔王様に感謝すべきだ。リム様もミラ様もそしてユリ様も伝説の聖魔人となって戻ってきた。俺は留守番組だったからな。羨ましいぞ」


リム様たちの成長は我らサキュバス族とインキュバス族にとっては歓喜ものだった。

まさか四天王にまで昇り詰めた、あの伝説の種族に我らが自力でなることができるとは……

恐らく純血種だからなのであろう。そこへ相応の強さと神の加護が重なり上位種となったのではないだろうか?

何しろ御三方ともSランクになっていたからな。

他の者も全員Aランクになっていたが、上がり難いとされるAランクからSランクになるとは、いったいどれほどの数の魔物と戦ったのか……


正直置いていかれた感があるが、光魔王様は居残り組も鍛えてくれるとおっしゃってくださった。それに探知の魔法まで付与していただけた。

となれば同じ純血種の私にもいつかチャンスがあるはずだ。光魔王様により若返らせてもらい昔のように動くこの身体であれば、私もいつか聖魔人となりリム様たち族長と、主である光魔王様のお役に立てる日が必ず来るはず。


光魔王様……我ら下級魔族を使い捨てにせず常に気を掛けてくれ、高価な装備と魔道具を惜しげもなく下賜してくださる魔王の中の魔王様。

契約の魔法など無くとも我らは既に最高の忠誠を誓っている。

世界を征服するその日まで、この命を懸けてただ従うと。


《 クオオ…… 》


《 クオ…… 》


「おお、わかってくれたか。とにかく無事に戻ってきてくれて良かった。エメラもずっと寂しがっていたからな。また今日から週末はよろしくな」


《 クオン! 》


《 クオッ! 》


フフッ、元気だな。クオンは普段は怠け者だが、週末のアトラクションの時だけはやる気がある。

子供たちに凄い凄いと褒められるから気分が良いみたいだ。

クオンもエメラもとても可愛い竜だ。そして人族の子供もな。

ダンジョンでエンカウントした時は死を覚悟するほどの竜なのに不思議な気持ちだ。

魔物との念話能力の高さから、遊覧飛行とアトラクション飛行の添乗員に抜擢されたが、竜をここまで可愛いと思えるようになるとは夢にも思っていなかった。

光魔王様の御采配には感謝の気持ちしかない。



「ヤンさん! 」


ん? 壁の出入口と外周の警備隊隊長の宇佐美さんがこちらへ向かって走ってくるな。まだ開園までだいぶ時間があるというのにどうしたのだ?


この宇佐美さんは元探索者であり、非常に腕が立つ上に指揮能力も高く光魔王様より全幅の信頼を受けている人物だ。

深夜は我々とも連携して侵入者の捕獲を行うが、安心して指揮下に入れる。

その誠実さと実直さから、あのダークエルフたちからも一目置かれている稀有な存在でもある。


「おはようございます宇佐美さん。どうかしましたか? 」


「おはようございます。それがここ2ヶ月ほど毎日、佐藤さんに面会を求めていた外国人がおりまして……マニュアル通り毎回追い返していたのですが、マニュアルのD-1と判断しましたのでインキュバスの方にご対応頂こうかと思いお声掛けさせていただきました」


「D-1ですか。インキュバスを探していたということは女性ですね? わかりました。私が対応しましょう」


「はい。お手数おかけいたします」


マニュアルD-1か……光魔王様は絶大な力をお持ちだ。それ故に接触しようとする者は多く、毎日のように世界各国から使者がやってくる。基本的に一時対応は警備隊が行い、要件を聞きマニュアル通りに対応する。


魔道具やアイテム等欲しい場合は、使者の名刺やら買取価格が書かれた手紙などを受け取り、最近若返ってワーカーホリック気味の新堂社長代理の元に届けられる。

新堂さんの目に叶えば後日会社から連絡が行くという形となる。


また、国にあるダンジョンを攻略して欲しいなどという話の場合は門前払いとなる。

そんなものは自分でやれということだ。


しかし世の中切羽詰まった者もいる。そう言った者は慈悲深き光魔王様がお会いする。

しかしその前にその者の本気度を試すマニュアルがある。

それがD-1ルートマニュアルだ。

警備隊の者がこれは本気で助けを求めていると判断した時は、その使者が男であればサキュバスが、女性であればインキュバスが試験することになっている。


私も過去二度ほど試験をしたことがあるが、全て不合格とした。ただのしつこい使者だというだけだった。

恐らくハニートラップを仕掛けにきたのだろう。


過去に一人だけサキュバスが対応した者で合格した者がいたが、家族を国に人質に取られて後が無かったようだ。その時は私がエメラを連れて遊びに行きその者の家族を救い、二度とその国とは関わらないことを通告して亡命させた。

アフリカはさすがに遠かったな……


こういった一連の動きもマニュアル通りの対応だ。助けられた者は裏切りにくいからな。

今は冒険者連合で家族ともども働いている。


「さて、すぐに終わらせて開園の準備をしなければな」


私はそう言って宇佐美さんの後を歩いていった。




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