第86話 別れ







「それじゃあ忘れ物はないな? では出発する。『ゲート』 」


実家で送別会を開いてもらった翌日の早朝。

俺たちは大島の拠点を撤収し、元の世界へ戻るために代々木の門前へゲートを繋いだ。

代々木の門から入った俺は皆を待たせ、方舟の甲板にある建物へと繋がる門に行き、金色の台座と石板のある部屋で日本が保有するフィールドに繋がる門を資源フィールドに1時間だけ出現するように新たに作った。


永田町から方舟特別エリア経由で行くと他国の人間に見られるからね。

密かにこの世界から脱出するためには、面倒だけどこの方法が確実なんだよな。


門を設置したあとは皆の元に戻り、クオンとグリ子たちを連れて門を潜って伊勢神宮のある森フィールドへと向かった。


「やっと帰れるのね! 長かったけどなかなか楽しかったわ。ね? ダーリン♪ 」


「あ、ああ。そうだね。色々あったしね」


「帰ったら仕事が溜まってるのよね……私はずっとコウとこの世界にいたいわ。ねえ、コウもそう思うでしょ? 」


「ああ……でも留守番している仲間が心配するからな」


「あたしも帰りたくないな〜。冒険者連合の仕事怠いんだよな〜。ここで旦那さまずっといたいな」


「帰ったら5階にセルシアの部屋を用意しないといけませんね。そして戻ったら久しぶりに家の大浴場でゆっくりしたいですね。光希もそう思いませんか? 」


「そ、そうだね。久しぶりに大浴場に入りたいな」


「うふふ、蘭は主様がいるならどこでもいいです。蘭は主様から離れませんからね♪ 」


「う、うん。ありがとう」


くはっ! なんなんだこの甘い空気は……昨日から恋人たちの様子がおかしい。


昨日はお袋にずっと胸につかえていた想いを全て吐き出してスッキリした。

年甲斐もなく泣いてしまって恥ずかしかったけど、少し落ち着いた時にお袋の胸から顔を離してダイニングの方を見たら、恋人たちも光一たちも全員が泣いていた。

俺はびっくりしてそのあとは泣いている恋人たちをなだめてたよ。


それから笑顔で見送るお袋に手を振り皆で拠点に戻ったんだけど、そこから皆の様子がおかしくなった。

皆は実家でのことには一切触れず、お風呂に入る時もリビングでくつろいでいる時も、もうみんなこれでもかってくらい優しくてラブラブべったりモードでさ、ひと時も俺から離れなくて夜も全員で寝ることになったんだ。

そしてベッドの上でもいつもと違うというか、皆がひたすら俺に尽くしてくれて甘やかしてくれるんだ。

もうほとんど赤ちゃんプレイだったよ。


そして朝起きてからも数分置きに誰かしらがキスを求めてくるし、常に誰かが俺の身体に触れている。みんなの声もやたら優しげで愛情を凄く感じる。なんというか気を使われてるのかな?

今まで弱味を見せたことなかったしな。これは男としてちょっと失敗したかな。


「ダーリンには私たちがいるからね? ずっと一緒だし大好きだからね? 」


「昨日の夜のは今までで一番コウを愛せたと思うの。もっとしたかったけど、家に帰るまで我慢するわ。コウ、愛してるわ」


「あたしも旦那さまをもっと愛したいな。早く帰って昨日の続きしたい」


「ふふっ、光希は私がずっと愛して側で支えていきます。いつか私の胸で安心してもらえるようになるまで……」


「うふふ、蘭も主様をもっともっと愛したいです。主様に安心して欲しいです」


「あ、ああ……俺も皆を愛してるよ。そ、それでさ、できれば昨日のことは忘れてもらえると……」


「あはっ♪ 」


「ふふふ♪ 」


「ふふっ♪ 」


「えへへへ♪ 」


「うふふふふ♪ 」


これは母性本能を刺激したっぽいかな?

これから夜はずっと子供扱いされそうだな。まああの授乳プレイも新鮮だったといえば新鮮だったし、しばらくは耐えるしかなさそうだな。でも、おしめとか履かされないよな?


俺は門を潜りながら半ば諦めモードで恋人たちとベタベタしながら歩いた。

リムたちと紫音たちの視線をヒシヒシと感じながら……




「うおっ! なんでこんなにいるんだ? こっそり帰るって言ったのに……」


「あらら……これ師団規模よね。森の入口に固まってるわね」


「師団長から漏れたっぽいわね……」


「あははは! みんな見送りにきたんだな! 」


「他国にバレなければいいのですが……」


「なっちゃんたちもいますね」


門をくぐりフィールドに入ってから森の入口近くまでゲートを繋いで移動したら、森の入口に大勢の人影があってびっくりした。

光一たちも結局来たのか。お袋には恥ずかしいから見送りはいいって昨日頼んだんだよな。会ったらまた俺はやらかしそうだって言ったら笑って頷いてくれた。


他には総理に真田大臣と師団長と連隊長たちは最初から来ると言っていたけど、部隊の奴らがくるのは聞いてないぞ?


綺麗に整列して待ち構えてるよ……


《 あっ! 教官だ! 》


《 来たっ! 教官!黙っていなくなろうとするなんて酷いですよ! 》


《 教官! 私たちまだ何も恩返しできてないのにもう帰るなんて! 》


》》》


「師団長……軍の情報管理はどうなってるんですか? 他国に知られたら日本がまた狙われますよ? 」


「あ、いや……申し訳ありません。黙っていて佐藤さんがいなくなったあとに、下から突き上げられる恐怖に勝てませんでした。箝口令は敷いてますので他国に漏れることはありませんのでどうか……」


「はぁ〜……光一! 念のため明日以降ロシアにドラゴンで遊覧飛行にでも行ってこい。牽制になる」


「ククク……ああ、わかったよ」


ロシアは定期的に脅しておかないとまた馬鹿なこと考えそうだからな。今のところはピチピチュの実に釣られておとなしいようだが、油断は禁物だ。


「総理に真田さん。他国に俺がいないことが漏れないよう光一をうまく使ってください」


「佐藤さん申し訳ない。情報管理はしっかりしておきます」


「定期的に依頼として光一君にお願いするようにします」


「そうしてください。ロシアには恨まれてますからね」


「はい。しっかり警戒しておきます。佐藤さん……この一年、本当にありがとうございました。貴方は我々にとって天照大神様が垂らした一本の蜘蛛の糸でした」


「佐藤さん、感謝しております。この国を救っていただいて本当にありがとうございました」


「陛下の祈りがアマテラス様に届いたからこそ、俺がここに来ることになったんです。陛下のお力ですよ。陛下のことよろしくお願いします」


「ええ、我々国民が一丸となってお支えいたします」


今日ここに陛下も来ると言っていたらしいから、俺が先日皇居に行ってお別れの挨拶に行ったんだよな。

アマテラス様にお会いしたいと仰ってたが、万が一俺たちの送還に巻き込まれたら大変だと周囲の者たちに必死に止められたらしい。

陛下も皇后陛下も30歳くらいにまで若返っていて、痩せ細っていたお身体もだいぶふっくらしてきていたから安心した。ただ、その分動きが活発になったらしく、宮内庁の老人たちが大変そうだったよ。


宮内庁には内臓が若返る薬やら万能薬やらポーションやらを渡し、しっかり皇室を支えてもらえるようお願いしてきた。そのために個人的に職員さんに色々と置き土産をしてきたしな。しっかり皇室を支え支えてもらわないと。


俺は総理と真田大臣との会話を終え、ずっと横でうるさい方舟攻略師団の連中に向き直った。


「なんだお前たち雁首そろえやがって。最後に資源フィールドの再奥で特別訓練でも受けたいのか? 」



《 気持ちよく見送ろうとしたら地獄が待っていた件 》


《 一寸先は闇とはこのことか…… 》


《 さ、再奥って大世界の魔物がいるんだろ!? 無理だろ! 》


「ははは、冗談だ。わざわざ見送りありがとう。俺たちは今日、元の世界に帰る。もうこの世界での役割は終わったからな。次はお前たちが役目を果たす番だ。 いいか? よく聞け! 今後メインの敵は人間になる! 鍛錬を怠るな! そしてその技を! 技術を! しっかりと後世に伝えろ! 常に世界最強の軍でいろ! それが日本国を守る最善の方法と知れ!」


「「「「「 了解! 」」」」」


「決して驕るなよ? そして間違っても国民を虐げるなよ? ここにいる光一が俺の代わりにお前たちを監視しているからな? 俺もいつでもこの世界に来れることを忘れるなよ? 」


「「「「「 け、決して驕りません! 」」」」」


「光一、何かあれば伊勢神宮の正宮で祈れ。俺と連絡が取れるようになっている。それと……お袋を頼む」


「え!? 連絡が取れるのか!? それは心強いな! わかった! なにかあれば伊勢神宮にきて祈ることにするよ。お袋のことは任せてくれ。光希の分もしっかり親孝行しておく」


「頼んだぞ」


「夏美、鍛錬を怠らないようにね。もう無理しちゃ駄目よ? 」


「ええ、必ず夏海に追いついてみせるわ。夏海も元気でね? 色々教えてくれてありがとう」


夏海もこの世界の自分が心配みたいだな。気持ちはわかるよ。

俺は夏美と夏海が最後に抱き合ってお別れをしているのを見届けて出発することにした。


「それじゃあ俺たちは行く。じゃあまたな! 」


「あ、兄貴! ありがとう! 集金をしっかりやっておくからまたすぐ来てくれよな! 」


「光希さん! ありがとうございました! 」


「教官! 私を導いていただいてありがとうございました! お元気で! 」


《 きおつけー! 日本国及び我らの恩人である佐藤教官とLight mareのみなさんに……敬礼! 》


》》》


「元気でな。俺たちは空から行くぞ。総員騎乗! 」


「「「「「はっ! 」」」」」


「「「「「ハッ! 」」」」」


俺は見送る隊員たちや光一たちに背を向けクオンに乗った。

クオンやグリ子たちはデカくて森に入れないからな。

そして全員が乗り込んだのを確認して離陸し伊勢神宮へと向かった。




空から伊勢神宮が見えると正宮の前にクオンを着陸させ、俺は皆に静かにするようにと言って御正宮の前に行き祈った。


《 アマテラス様。佐藤 光希です。皆を連れてきました 》


俺がそう祈ると辺りが白い霧に包まれ、アマテラス様の声が境内に響き渡った。


《 よく来ましたね 》


「え!? 」


「この声は……アマテラス様の声? 」


「この神気は間違いないですね。私たちにも聞こえるなんて……」


「前より神気の力がかなり弱い気がします」


ん? 蘭だけじゃなくて皆にも聞こえるのか?

労いの言葉をいただけるのかな?

そのために姿を現さずに強い神気で皆を威圧しないようにしているのかな?


《 ええ、この度は他の者たちも多大な貢献をしていただきました。 感謝いたします 》


う〜ん、それでもリムたちはちょっと辛そうだな。破壊神のシーヴ側の存在だからな。


「アマテラス様。シーヴ寄りの者もおりますので……」


《 そうでした。私としたことがうっかりしてました。では先に加護を与えましょう 》


そういえばリムたちに加護を与えて大丈夫なのかな? 死んだりしないよな?


「あ、アマテラス様! サキュバスに加護を与えても大丈夫なのでしょうか? 」


《 ええ、シーヴの許可は取っております。その者たちにはシーヴを通して加護を与える形になりますね 》


「なっ!? シーヴ様を通して我らに!? 」


「すごいやー! そのうちシーヴ様の加護ももらえるかもしれないね! 」


「まさか私たちが間接的にでもシーヴ様に加護を頂けるとは……」


え? 破壊神と繋がりあるの? 神界ってどーなってんの?


あ、でも同じ創造神に創られた存在だって言ってたな。リアラとも話したって前に言ってたしな。

つまり破壊神シーヴといえども結局は他の神と同じ存在で、世界と創造神の創った子を守り育てる神と、罰を与える神という役割の違いがあるだけか。

それでもリムたちは創造神じゃなくて破壊神が創った存在だから、破壊神を通して加護を与えるってことかな?


まあリムたちが消えたりしないならなんでもいいか。

しかしアマテラス様には随分と手間を掛けさせちゃったな。


さて、心話をとうとう手に入れられるのか。


へへへ……今夜が楽しみだな。





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