第85話 母親







「ジャジャーン! お母さんの自信作! お肉たっぷりの肉じゃがよ! 昔使っていたお醤油をもらえたから満足な出来になったわ! 」


「へえ〜、お袋ってこんな料理も作れるんだな」


「光一が生まれる前、戦前はこの料理をよくお父さんに作ってあげてたのよ? もう私の料理以外食べれないって言ってたくらいなんだから」


「また親父の話かよもう聞き飽きたよ」


「お義母さん、私が並べますから座っていてください。シルフィーナさんや夏海は座ってて。今日は送迎会なんだから私たちに任せて」


「そうです、お客様なんですから皆さん座っててください」


「そう? 悪いわね。それにしてもこの肉じゃがは美味しそうね。あとで教えてもらおうかしら」


「なんだか申し訳ないですね。陽子さんに料理まで作らせてしまって」


「お袋の肉じゃがか……懐かしいな」


元の世界への帰還を翌日に控えた今日、俺と恋人たちは光一の実家に来ていた。


アマテラス様と話をした日にの夜は、恋人たちと拠点の皆にその内容を伝えると皆が喜んでいた。帰れるのもそうだが、心話ができるようになることに特にリムたちや以蔵たちが大喜びしていた。

これでより隠密の任務を遂行しやすくなるからだそうだ。確かに声に出さずとも遠くにいる仲間と会話ができるのは、隠密任務を遂行する上でかなり使える能力だよな。


恋人たちの中では冒険者連合の仕事があり、俺と別行動の多いシルフィとセルシアがとても喜んでいて、凛と夏海は加護により成長促進を受けれたらいいなと期待している感じだった。

リアラと同じとは限らないとは言ってあるんだけどね。


そしてその翌日からは帰る準備をしつつ、ごく限られた人間にだけ帰ることを伝えた。

総理と真田大臣の引き留めはしつこかったとだけ言っておこう。仕方なく光一に譲ったドラゴンを見せてなんとか納得してもらったよ。俺がいなくなったら救済連合から攻められると心配してたみたいだしな。


当然光一にも帰ることを伝えた。光一はわかっていた事とはいえ凄く残念がっていたな。それでもせめて送別会をやらせて欲しいというから、俺もお袋にお別れを言うために今回恋人たちを連れて来たというわけだ。



「主様……確か肉じゃがはあまりお好きではなかったのですよね? 」


「そうよ、前に作った時にあまり好きじゃない感じだったわね」


「ええ? 旦那さまそうなのか? 」


「ん? いや、大好物だよ? 蘭と凛が作った肉じゃがも美味しかったよ」


俺はこのお袋の味の定番中の定番である肉じゃが料理が大好物だ。あとカレーもな。お袋のあのやたらデカイジャガイモの入ったカレーが懐かしいな……


「そうでしたか……」


「そんな風には見えなかったから作るの避けてたのよね。思い違いをしてたわ」


普通に美味しかったけどな。俺はそんな不味そうな顔をしてたのかな……


「……さあさあ、光希君にお嫁さんたち! 食べて食べて! お姉さんおとといから仕込んでたのよ? この煮魚だって自信あるんだから! 」


「お袋……お姉さんとかいい歳して恥ずかしくないのかよ……」


「うるさいわね! 見た目が若ければいいのよ! それに光一? シルフィーナさんに喧嘩売ってるの? 」


「え? あっ! いや、そんなことないです! シルフィーナさんは凄く綺麗です! 」


「ふふっ、ありがとう」


「ははは、気持ちはわかるよ光一。いくら若くてもお袋はお袋だからな。それじゃあいただこうとするかな」


俺は自爆した光一を笑いつつ肉じゃがに箸を伸ばして口にした。

うん、お袋の肉じゃがだ。美味いなぁ……お袋どうしてるかな……


「主様……」


「ダーリン……」


「あら? 美味しくなかった? もしかして肉じゃが苦手だったとか? なら言ってくればよかったのに……」


「え? いやいや! 美味しいですよ? ちょっと懐かしくてしんみりしちゃったのかもしれません。すみません」


ああ、こういうことか。懐かしくてお袋と弟を思い出してしんみりした顔をしてたんだな。そりゃ美味しくなさそうな顔に見えるわな。これは失敗したな。


「そう……ならどんどん食べて! お母さんの味は一緒のはずよ? たくさんあるから持って帰ってもいいわよ」


「ありがとうございます。本当に美味しいです」


恋人たちや光一たちの俺をみる目がなんか可哀想な人を見る目なことに気付いた俺は、なるべく明るく言って肉じゃがや赤魚の煮付けを食べた。

違うんだ、ホームシックになったとかじゃないんだ! あ〜、カッコ悪いなぁ。





「ふぅ〜食った〜」


「主様すごい食べっぷりでした。蘭もお義母さんに作り方教わってきます」


「凄かったわよね〜私も習ってから帰るわ」


「確かに美味かったけどさ、旦那さまがあんなに食べたの初めて見たぞ? 」


「いや〜懐かしくてつい食べ過ぎたよ」


俺はおかわりを何度もして食べれるだけ食べまくった。

そんな俺を驚いた顔で蘭と凛とセルシアが見ている。シルフィと夏海は片付けを手伝っているようだ。

蘭たちまで手伝いに行こうとしていたけどキッチンは狭いからな。スレンダーな二人だけ手伝いに行かせた。

それにしても美味かったな〜。久しぶりにこんなに食べたな。

俺はダイニングに繋がる居間で、蘭たちと一緒にソファに座りながら腹を撫でて一休みしていた。

するとお袋がキッチンから出てきてこっちへと向かってくるのが見えた。


「光希君、ちょっといいかしら? 」


「え? はい。どうかしました? 」


お袋はなんだか真面目な顔をして俺に話しかけてきた。

雰囲気を察したのか蘭たちは俺の隣から立ち、ダイニングテーブルへ移動したようだ。


「改めてお礼を言わせて欲しいの。光希君と出会ってから全てが変わったわ。それも宝くじが10回連続で当たったくらいの良い方向に。病気で死を覚悟していた私が救われ、命より大切な光一の傷を癒してくれたうえに鍛えてくれて……本当にありがとう」


お袋はそう言って頭を深々と下げた。

宝くじが10回って……まあお袋だからな。


「たまたま光一と出会って、そしたらこの世界の俺で……もう会えないと諦めていたお袋に出会えたんです。力を貸すのは当たり前です。俺の方こそ親孝行する機会をくれて感謝してますよ」


「光希君……」


「一言も言えず、一度も親孝行しないままお袋の前から消えてしまいましたから……たとえ並行世界のお袋でも親孝行できたことで少し気持ちが楽になったんです。お袋は心配してると思いますけどね。でも幸い俺のいた世界にはしっかり者の弟がいるので大丈夫だと思うことにしてます。あれ? こんなことまで言うつもりは無かったんですけどね。すみません。とにかく俺のしたことは気にしないでください。ただの自己満足ですから。光一はまあ……運が良かったんですよ」


駄目だ……お袋と話すと調子狂う。だからこの世界に来てからあんまり話さないようにしてたのに……


「光希君……いえ、光希」


「え? 」


「貴方は私の子です。鏡の世界の私の子だろうがなんだろうが、私の子なのは間違いないわ。だからそのよそよそしい話し方はやめなさい」


「え?え? 」


な、なんだ急に……お袋はどうしたんだ? ダイニングから皆がびっくりした顔でこっち見てるぞ? ネタ……じゃないよな。お袋の顔は真剣だ。真剣な顔のお袋なんて久しぶりだな。いつだって向日葵みたいに笑顔の人だったからな。


「初めて会った時から思ってたの。光希は私と話す時辛そうな顔をするわよね? 私なりに色々と考えんだけど、もしかしてお母さんに後ろめたい気持ちがあるんじゃないの? 」


「あ……いや……そんなことは……」


「目が揺れてる。貴方はお父さんそっくりね。お父さんも嘘をつく時すぐわかるのよ。光一もそう。それに誰かを助けた時の口癖が全く同じ。自己満足だ、運が良かっただけだだなんて……間違いなく光希は私の家族よ。だからお母さんには正直に話しなさい」


「うっ……そ、そうかもしれない」


確かに親父の口癖だった。親父も照れ屋だったからな。

それにしてもなんなんだこの抗えない気持ちは……俺はEXランクで魔王を倒した勇者なんだぞ? それなのにお袋に逆らえないこの気持ちはなんなんだ?


「確か戦前の日本のような世界にいたと言ってたわね? この荒れ果てた世界を知らない私に対して後ろめたい気持ちを持つってことは……人を殺めたことを気にしているのね? 変わってしまった自分を怖がられないかとか、光希自信も合わせる顔がないと考えてる。そんなところかしら? 」


「……ああ」


なんでわかるんだ?

確かに俺はお袋に対して後ろめたい気持ちを持っていた。俺は人間を何千人と殺した……その中には当然家族持ちもいただろう。敵として憎しみ合い殺しあったが、そんな彼らも家では良い父親だったのかもしれない。俺が殺したことで多くの孤児を生み出したのも事実だ。


でも俺はそのことを仕方がないことだと思っている。

俺は汚れてる……もう魂からなにから真っ黒だ。カルマってのが目に見えたら悪い方に針が振り切ってるだろう。俺は勇者なんかじゃない。多くの不幸な人を生み出す魔王なんだ。

そんな俺が平和な日本で過ごすお袋や弟にどのツラ下げて会えるっていうんだ。

だからこの世界のお袋を見るとそれを考えてしまって辛かったんだ。


「馬鹿ね……」


「あ……」


俺がお袋の言葉を肯定し自問自答していると、お袋は俺の隣に座り俺の頭を両手で抱きしめた。

これは小さい頃に俺が泣いているとよくしてくれたお袋の愛情表現。


柔らかい……お袋の匂い……懐かしい……ああ……落ち着くなあ……


「光希? 貴方は人を殺めることが好きなの? 楽しいの? 」


「そ、そんなことはない。そんなこと一度も思ったことなんてない」


「だったら貴方のことだからきっと誰かを守るため、そして救うために仕方なくしたことなのでしょう? 」


「……ああ。大切な人を守るために、そして犠牲を最小限にするために。だから後悔なんてしてない」


そうだ。身を守るため、蘭を守るために殺した。見せしめにして殺したこともある。必要以上に殺さなくて済むように……

やるべき事をやった。だから俺は別に気にしちゃあいないんだ。


「でも貴方は優しいから、言葉で割り切っていてもずっと心に残ってるんでしょう? 」


「………………」


「自分は変わってしまった。人を殺すことをなんとも思わなくなった。だから私に合わす顔が無い。私に怖がられるかもしれない。そう思ってるのね」


くそっ! もういいよ! ほっといてくれよ! 俺を揺さぶらないでくれよ!

俺は強くなくちゃいけないんだ! 人を殺すことに躊躇っていたら駄目なんだよ! そうしないと大切な人を失ってしまうんだ! 俺は魔王でいい! 蘭を、シルフィを、凛を、夏海を、そしてセルシアを守れるなら魔王でもなんでもいい! 別にお袋に化け物って呼ばれたって弟に怖がられたっていいんだよ!


「光希? よく聞きなさい。貴方は私の分身なの。光希はお母さんの一部なのよ。だから自分を怖がる人なんていないの。お腹を痛めて産んだ子にはね、母親は無償の愛を捧げるものなのよ。たとえ貴方が何億人の人を殺めようが、私は貴方を愛してるわ。それが母親というものなのよ」


「お袋……お、俺は本当は……」


よせっ! やめろ! なにを言おうとしてるんだよ! みんなが見てるのに俺はなにを……


「俺は人を殺したくなんてない……やめてくれと言っても殺しにくるから……だから……でも……そうしないと失うから……大切な宝物を失うから……俺はもうなにも失いたく……ないん……だ」


ああ……駄目だ……お袋に抱かれて耐えられそうもない……くそっ……いい歳して涙なんか……みっともねえな……


「光希は間違ってなんかいないわ。大切な人を守るために戦うのは当然よ。貴方はなにも間違ってなんてない。そうして十何年もずっと戦ってきたのね……辛かったわね。よく頑張ったわね。よしよし」


「あ……ある日突然異世界に行かされて……戦わないと死ぬって……怖かった……すごく怖かった……辛かった……痛くて痛くてもう駄目だと何度も思った……でも蘭がいたから……守らなきゃって……俺が守らないとこの子は死んでしまうって……だから……」


くそっ……弱音なんか……俺が弱音なんか吐くなんて……


「主様……」


「偉いわ。さすが私の子ね。女の子を守るために戦うなんてお母さんはとても誇らしいわ。光希は自慢の息子よ」


「た、たくさん殺した……幼い子供を持つ親もいた……勇者だなんだと囃し立てられてたけど俺は……多くの孤児を作って多くの不幸を生み出した……魔王は俺なんだ……」


「だからここでもいつも子供を救おうとしてたのね。孤児院を作って世界中の子供を救うって聞いたわ。確かに光希が戦ったことで不幸になった人はいるかもしれない。でもね? それ以上に貴方は多くの人を救っているのよ。魔王を倒したんでしょ? そのことで世界は平和になったのでしょう? この世界でも方舟を攻略したことで多くの人の命を救ったのよ? 光希は神様なんかじゃないの。普通の人間なの。全てを救うことなんてできるわけがないのよ。光希は不幸にした人より多くの人を幸せにしたんだから、貴方のしたことは間違ってなんてないの」


俺が普通の人間? こんな化け物が……人間……魔王じゃなくて人間……

俺は間違ってない? ……俺のした選択は間違ってなかった……


「お、俺は……俺が……普通の人間……」


「当たり前じゃない! たとえどんなに変わろうとも、いくつになろうとも母親から見たらただの可愛い子供よ。ずっとそう……ずっとずっと愛してるわ。この気持ちは世界が変わろうとも同じだと断言できるわ」


お袋にとって俺はただの子供……世界が変わろうともただの子供……俺は受け入れてもらえる……多くの人を不幸にしたけど……お袋は許してくれる。母親だから……無条件に俺を愛してくれる唯一の存在だから……

あ……もうダメかも……


「くっ……ううっ……つら……かった……とても……つらかっ……た……」


「よく頑張ったわね。偉い偉い。お母さんが褒めてあげる。お母さんが全て赦してあげる。だから大切な人をこれからも守るのよ? そのためだったら世界を滅ぼしたっていいの。光希が幸せになることがお母さんの幸せなのよ」


「ううっ……くっ……ぐぅぅぅ……う……ん」


俺はお袋の胸に抱かれながら子供の頃のように泣いた……

お袋は子供の頃のように、俺を抱きしめながら頭をゆっくりと撫でてくれた。


不思議だ……こんなこと今まで誰にも話したことのなかったのにな。お袋の胸の中にいると全てをさらけ出してしまう。


俺はこんなに弱かったのか?


いや、お袋だからなんだろう。お袋だから、お袋なら俺を受け入れてくれるという安心感があったからなんだろう。


なんだよ。最初から俺は悩む必要なんて無かったんじゃないか……


あ〜あ、恋人たちの前でみっともない姿さらしちゃたよ。

これじゃあ俺のクールでカッコいいイメージが台無しじゃないか。


でも今はまだこのままでいいや。


もう少しこのままで……いいや。







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