第83話 嬉し涙







方舟を完全攻略をしてから1ヶ月ほどが経ち、だいぶ暖かくなってきた頃。

この1ヶ月の間で全ての攻略済みフィールドの賃貸契約と伊勢神宮の移設が完了した傍ら、俺たちLight mareは特にやることが無く、この世界に来てから一年が経つ3週間後までそれぞれが思い思いの日々を送っていた。


そうは言っても一応俺は支社長として、Light mare CO. LTD.専用の中世界草原フィールドに会社社屋を建築したりした。

建築と言っても一から建てた訳ではなく、政府の許可を得て地方の破棄された都市から三階建てのビルを持ってきて無理矢理置いた。


やり方としてはまず方舟のフィールドを地形操作の魔法で大きな穴を開け、地上に行きまたまた地形操作の魔法でビルの周りを陥没させて基礎部分をむき出しにし、そこで次元斬で建物を切り離してアイテムボックスに入れた。ドラゴン一匹入れる程度のものだからなんとかなったよ。

それからフィールドに行って穴に建物を置いて地形操作で埋めつつ、結合と硬化の魔法で無理矢理固めた。

多分中に入ってビー玉を床に置いたら転がっていくと思う。

まあビルに入っても傾いてる感じはしなかったから大丈夫だろう。

そして最後に時戻しの魔法で新築状態にして終了した。


さらに隣に倉庫を設置し、中級空間魔法の『空間拡張』を全力の付与魔法で付与して大容量アイテム倉庫にした。ここには鉱石と下処理した各種素材を入れてもらう予定だ。維持するのにAランク魔石の定期交換が必要だが、光一なら用意できるだろう。ああ、時間停止はさすがに大きな魔結晶が無いとこの規模だと無理なので付けれなかったよ。


かなり強引だけど0から建てるよりはいいよねってことで、低階層のマンションやらなんやらも次々と設置していって1日で数千人は暮らせる一つの街ができた。今後何かで使うかもしれないから、いくつかの建物を余分にアイテムボックスに入れておいたりもしたよ。


電気や水などは道具を置いていくから光一たちにあとはやってもらえばいい。

これなら孤児を直ぐにでも引き取れるだろう。


それ以降は俺はひたすら新しい魔法の練習をしている。魔石は山ほどあるからね。魔力消費も少ないしどんどん魔物を生み出していってるよ。




『創造』



「従え! 」



「よしよし。お前たちは魔力弾をあそこに向かって撃ち、魔力が切れそうになったらこれを飲んで回復しろ」



ドンッ! ドンッ! ドンッ!


う〜ん、やっぱ火力低いな。こればかりはどうにもならないか。

ただインプたちの魔力の回復はできてるな。大気から吸収するのと飲食で吸収する実験はこれで終わりでいいだろう。


この1ヶ月の間、魔石を湯水の如く使ってイメージした能力を持たせられるように練習した甲斐があったな。

この魔創造魔法なんだけど、言い難いから創造魔法と呼ぶことにした。

そして色々と試した結果、知能の高い魔物は俺の今の熟練度では創造するのが難しかった。


そう、誘惑に負けてBランクの天使をこっそり創造したんだ。いや、だって絶対服従だぜ? 天使はスレンダーだけど顔はすっごい綺麗だからな。天使を好きにできるという背徳的な誘惑に勝てなかった俺は正常な男の子だと思う。


とまあそんな感じで天使を創造魔法で創造したんだけど、ん〜なんというか人形? 脱げと言ったら脱ぐし、命令したことはなんでもしてくれるんだけど胸を触ってもお尻を撫でても無反応でさ、マリーたちともまた違うんだ。まったくの『無』って感じでさ。これはなんか違うと思って光一に譲ったよ。光一はめちゃくちゃ喜んでた。

一応魔法も使えるし戦闘能力もCランクはあるから、メイドとして仕事を教えれば使えるんじゃないかな。

もちろん天使には光一に絶対服従しろと命令しておいたよ。


結果として天使の魔石は使っちゃったけど、俺の今の熟練度じゃ会話ができるまで復元できないのを知れただけでも収穫はあった。目標ができただけでも良しとすることにした。また蘭に貰わないとな。

天使系の魔石は綺麗で形が色々あるから蘭がコレクションしてるんだ。


ちなみに賢者の塔の天使から回収した魔石は使えない。戦闘要員としては使えるけど、実体が無い天使たちだったから言葉を話せる知能が無いからね。

浮遊島と雷神島に時の古代ダンジョンで倒した実体のある天使たちの魔石しか俺の希望は叶えられない。

水に溶ける水着を着せたサキュバスと天使に囲まれて、大空でウォーターガン鬼ごっことかしたいな。


熾天使の魔石が確か3つあったな……この3人は確か名付きで賢者の塔の熾天使なみにいい身体だったような……あの頃はギリギリの状態で必死だったからよく覚えてないんだよな。主天使と能天使と力天使の三姉妹もなかなかだったような……賢者の塔も含めて全部遠距離で倒したからよく覚えてないけど。

う〜ん……いずれにしろ中位以上の天使の魔石は数十個あるけど、もう手に入らないしこれは失敗できないな。


俺は新たな夢を見つけたことにより、創造魔法の熟練度を上げるためのやる気が漲っていた。



「さて、次の練習次の練習っと。 オイッ! そこのインプ! こっちに来い! 」


《 キッ! 》


「ジッとしてろよ? イメージイメージ……『創造』 よしっ、これを食べてみろ」


《 キキッ! 》


俺は近くにいたインプを呼んで創造魔法をかけ直し、激辛の実である赤い死神を渡して食べさせた」


《 キッ? 》


「何も感じないか? 」


《 キキッ! 》


「じゃあ次は……『創造』 これを食べてみろ」


《 キキッ! 》


「甘いか? 」


《 キッ♪ 》


「よしっ! 行っていいぞ」


《 キッ! 》


うん、安定して成功するようになったな。もう大丈夫そうだ。

俺はその後も新たに創造したオークやオーガにも同様に、創造魔法で味覚の改変をして練習をした。

一週間前までは多くの魔物が赤い死神の犠牲になったからな。尊い犠牲だったよ。





そして練習を終え夜となり、俺がシルフィとセルシアにマリーたちが作る夕食ができるのをソファで待っていると、蘭と凛と夏海が随分と汚れた格好で帰ってきた。

蘭と凛は少し元気が無い感じで、夏海がなんだか怒っているような雰囲気だ。

あ、こりゃまたこの2人が何かやったな?


「光希、聞いてください! 凛ちゃんと蘭ちゃんが今日資源フィールドの草原エリアの再奥でサイクロプスとトロールの群れに暴虐の炎を撃ったんですよ! 危なく同行していた紫音や桜が巻き添えになるところだったんです! 」


「蘭に凛、俺の許可が無いと撃ったら駄目だって言ったよな? 」


「「 ごめんなさい」」


「別にあの魔法を使わなくても倒せる相手だろうに。まったく、シルフィも付けておくべきだったな」


今日はサキュバス組の訓練とダークエルフの若手組の訓練を、恋人たちが二手に分かれて参加していた。

早めに帰ってきたシルフィとセルシアは、リムたちと森エリアで訓練していたと言っていたな。


「三原山でやった賢者の杖を使ったバージョンの暴虐の炎の練習が上手くいったから、つい実戦で使いたくなったのよね」


「蘭もいけると思いました」


「私は止めたわよね? それを絶対成功するから大丈夫って……もう! 」


「怪我人はいなかったんだろ? ならまだまだ練習不足だとわかって反省したならいいさ」


「わーい! ダーリン大好き! 」


「主様、申し訳ありません」


「光希! またそうやって甘やかして! だから蘭ちゃんも凛ちゃんも言うこと聞かないのです! 」


「難しい複合魔法を成功させたいって向上心からだからね。強くなるには必要なものだし。ただ、仲間を傷付ける可能性があったんだ。魔法を使う前にもう少し失敗した時のことも考えてから使うことだね。いくら生き返らせられるからって紫音や桜が焼け死ぬ姿を見たくはないだろ? 」


もうちょっと周囲に気を配ってくれればいいんだけどな。この2人には無理か……


「うっ……ごめんなさい」


「見たくないです……申し訳ありませんでした」


「わかったならいいさ。さあ、早く着替えてシャワー浴びてきなよ。もうすぐ夕ご飯ができるからさ」


そう言って俺は蘭たちを浴室へ行くようにと促した。夏海は2人が落ち込んでる姿を見て怒りが収まったようで、肩を落とす2人を連れて浴室へと向かっていった。

夏海とシルフィは昼はお母さんみたいだな。夜は蘭が未だに先生だけどな。


そう言えばこの間さ、蘭がイヤホンを付けて真剣な表情でPCの動画を見てるから、何を見てるのか気になって後ろから覗いたんだ。

そしたらえっちな動画だったよ。

最近蘭が大人の女性って感じの服を身に付けて、俺を攻めながら耳元で色々囁きだした理由がわかった気がする。

あれは痴女モードだったんだな。そうか、あれで勉強してたのか……いいと思う。




「コウ、できたわよー」


「旦那さま! 今夜のサラダはあたしの自信作なんだ! 」


「お? それは楽しみだな。この間のサラダは凄く美味しかったから楽しみだ」


俺が蘭の新たな夜のご奉仕を思い出していると、キッチンの奥からシルフィとセルシアが料理を運んできてダイニングテーブルへと並べていった。その隣でマリーとベリーたちもお皿やコップなど配膳をしていき、あっという間に料理が並べられていった。


今夜はチキンとシチューの料理か。ライスとパンとどっちにしようかな。


そして料理が並べられたところでちょうど蘭たちもお風呂から出てきて、それぞれが席に着いた。


「でもコウ?多めに作るようにと言われたから作ったけど誰か呼ぶの? 」


「いや? 誰も呼ばないよ? 」


「ならなんでよ? こんなに食べきれないわよ? 残したらもったいないわ」


「大丈夫だよ。マリー、ベリー、チェリー、ライチ、ライム、ピーチ。こっちにおいで」


「「「「「「 はい、マスター 」」」」」」


俺が壁に立つマリーたちを呼ぶと、全員が俺の座る席の背後に並んだ。

6人とも少し首を傾げてるな。随分と感情がわかりやすくなったもんだ。

俺は金色の長い髪を後ろで束ね、スッと伸びた鼻筋と切れ長の目をしたメイド服姿のマリーの前に立った。


「今からお前たちに新しい幸せを与える。ジッとしてろ」


「マスター? 」


俺は少し眉を寄せて首を傾げるマリーに少し笑いそうになったがそれを堪え、今まで以上に集中してイメージを行った。

思い出せ思い出せ……辛い、塩っぱい、酸っぱい、苦い、渋い、そして……


『創造』


「あっ……」


「よしっ! うまくいった! 次はベリーだ。ジッとしてろよ? 」


「……はい、マスター」


俺が魔法を掛けると自分の身体に変化が起こったのがわかったのだろう。マリーは目を見開いて俺を見つめていた。

俺はマリーの髪をひと撫でして次にマリーとまったく同じ顔をしているが、もう名札が無くても仕草で見分けることができるようになった、青い髪をサイドでまとめているベリーへと同じく魔法を掛けていった。


そしてベリーに掛け終わり、マリーと同じく目を見開いて俺を見るベリーの髪をひと撫でし、チェリー、ライチ、ライム、ピーチの順に次々と掛けていった。


「これでヨシと! さあ、マリーたちは席に着いてくれ。蘭はお皿を用意してやってくれ」


「あ、主様まさか!? は、はい! すぐに用意します! 」


「え? なに? ダーリン今の創造魔法よね? 何をしたの? 」


「マリーたちが落ち着かないですね。新しい幸せとはいったい……」


「なあなあシルフィーナ、創造魔法って魔石から魔物を生み出す魔法だろ? なんでマリーたちに掛けたんだ? 」


「う〜んそうね……創造……夕食時に…… あっ! まさかこの間調べていたやつね! 」


「ははは、苦労したよ。多くの魔物が犠牲になった。創造魔法でマリーたちの体質を変質させたんだ。つまり味覚をいじった。俺の味覚と同じにしかできなかったけどね」


そう、創造魔法はイメージで対象をある程度変質させることができる。それで思い付いたのがマリーたちの味覚を広げることだったんだ。どうしても俺のイメージだから、俺が今まで感じた味覚と同じものにしかできないけどな。あ、でも甘いものを感じる味覚はいじってないから俺より甘党か。甘党ってレベルじゃないけどな。


「ええ!? そんなことできるの!? それならマリーたちもスイーツ以外の食事を楽しめるのね! きゃ〜♪ ダーリン凄すぎよ! 」


「凄いわコウ! 確かにマリーたちは魔結晶を核に持ってるものね。でも古代世界一の錬金術師である製作者が匙を投げた味覚を与えられるなんて本当に凄いわ! 」


「ん? どういうことだ? マリーたちがあたしたちと同じように食事ができるってことか? 」


「セルシア、そうみたいよ? 光希が言うのだから本当なのでしょう。これから食事が楽しくなるわね」


「マ、マスター……」


「つまり」


「私たちはマスターと」


「同じ味覚? というものを」


「感じることができるようになったと? 」


「ですがそれは不可能なはず」


「お前たちの主に不可能は無いんだよ。さあ、食べてみろ」


「そうです! 主様はずっと諦めずにマリーちゃんたちに食べる幸せをもっと感じて欲しくて、とても頑張ってました。蘭の主様に不可能なことはこの世に無いのです! それが勇者というものなのです! 」


ら、蘭? なんだそのドヤ顔は……仁王立ちで腰に手を当ててドヤ顔でサラッと一段ハードル上げるとか……自分で言っておいてなんだけど、追従されると自信無くなってきたぞ?


「……ではいただきます…………これは!? 」


「これはなんという感覚でしょうか? 」


「わかりません。ですが」


「おいしい……と思えます」


「甘くないのに美味しい……」


「…………」


マリーたちはスプーンを手にシチューを口に入れ、思い思いの感想を口にしていた。黙々と食べているピーチを除いてだけど。


「辛い、塩っぱい、苦い、酸っぱい、渋いなど色々な味がある。それはあとで教えてやる。こういう色々な味を感じることができることで、今まで以上に食べることの幸せを感じることができるはずだ。甘くないのに美味しいだろ? それは毎日俺たちのためにマリーたちが一生懸命作ってくれた料理だ。俺たちは毎日その美味しいという気持ちを感じている。いつも美味しい料理を作ってくれてありがとう。今日からは毎日一緒に食べような」


「マリー、ベリー、チェリー、ライチ、ライム、ピーチ。いつも美味しい料理をありがとうね! 」


「ありがとうねみんな。これからもよろしくね」


「ありがとう。毎日休まずに私たちのために作ってくれて感謝してるわ」


「マリーたちの料理はうまいからな! あたしも負けてないけどな! でもいつもサンキュー! 」


「うふふ、マリーちゃんたちありがとうです」



「……いえ……あっ、なにかおかしいです。これは……」


「急に目に異常が……」


「前が見にくいです。魔力も乱れてます」


「シチューに水が入ってしまいました」


「目から水が止まりません」


「こんなこと今まで一度もありませんでした。いったい……」


「それは涙って言うんだよ。味覚のほかに涙が出る機能も付けておいたんだ」


これはゴーレムにしか試してなかったし、それだってゴーレムの目に指を突っ込んででしか試してなかった。まあ、ほぼぶっつけ本番だったがうまくいったようだ。あれも尊い犠牲だったな。


「涙? あの悲しい時に流れるという? 」


「それはおかしいです」


「悲しい?という感情は動画で見ましたが」


「今はそれには当てはまりません」


「今はとても美味しくて」


「マスターの気持ちが喜び? 嬉しい? という感覚です」


「ははは、涙は悲しい時にだけ流れるものじゃないさ。嬉しい時に流れる嬉し涙ってのもあるんだ」


「嬉し涙……」


「マリーたちはいま嬉しいんだろ? 」


俺がそう言うと全員が少し考えた後に首を縦に振った。

俺もマリーたちの感情が豊かになってきて嬉しいよ。


「なら嬉しそうな顔をして涙を流せばいい。それが嬉し涙だ」


「嬉しい顔? 」


「「「「「 ??? 」」」」」


「……ごめんなさいマスター……こんな時どのような顔をすればいいのかわからないのです」


俺が嬉しい顔と言ってもマリーたちはよくわからないようだ。涙を流しながら少し戸惑った顔をしている。

だから俺はこう言ってあげたんだ。


「笑えばいいと思うよ」


俺がそう言ったあとのマリーたちは一瞬驚いた顔をした後に、同じ顔だけど全員が違う笑顔を見せてくれた。

まだまだぎこちない笑顔だけど、俺にはとても嬉しそうな顔に見えた。


いつもありがとう。


これからもよろしくな。






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