第74話 インドア派ドラゴン






「マリー、次はこれを食べてみてくれ」


「主様それはまさか……あ、赤い死神……」


「はいマスター…………なにも……」


「そうか……これでも駄目か……」


「赤い死神でも……」


大世界森フィールドの全てを完全攻略した翌日。

俺は山岳フィールドを攻略する前に、森フィールドで手に入れた一口口にするだけでも1ヶ月は味覚が無くなると言われ、赤い死神の異名を持つ超激辛の実をマリーに食べさせていた。


なぜこんなことをしているかというと、もちろんマリーへ悪戯をしているわけではない。

甘いものしか感じ取れないマリーたちの味覚をなんとか広げようと、オートマタの設計図や古代錬金書を全て読んだが有効な方法がまったく見つからなかった。ならばより強い刺激を与えれば新たな味覚が目覚めると思っていたんだが……


「マスター、私たちは甘いものさえあれば問題はございません」


「甘いものを食べている時のマリーたちの楽しそうな姿がな……もっと色々な味を知ればより幸せを感じさせてあげられるかと思ったんだ。これは俺のわがままだ。いつも付き合わせて悪いな」


「いえ……マスター、前マスターの骨は王国で最上位の錬金術師だったそうです。王国だけではなく世界中であの骨より上位の錬金術師はいなかったとも言っていました。その錬金術師でさえ私たちの味覚を広げることを諦めたのです。いくらマスターといえどもこればかりは不可能だと思います」


「そうだな。錬金術師としては俺はあのリッチエンペラーの足元にも及ばない自覚はある。だけど諦めたくないんだ。俺はマリーやベリー、ライチにピーチたちと一緒に食事をしたいんだ」


いつもマリーたちは食事を用意してくれて、俺たちが食事をしている時は壁際に立って給仕をしてくれている。レシピの分量と時間を正確に守り作るから毎回安定した味で美味しいんだ。


俺はマリーたちに辛いものや苦いものにしょっぱいものなんかも味わって欲しい。

だから一年近くマリーたちにもっと食べる幸せを感じてもらいたくて色々試していた。

成果は0だけどな。


「マスター……失礼します。少し魔力が乱れてしまいまったようです」


「あ、おいマリー……行っちゃったよ」


「むむむ……なんとかしてあげたいです」


「最近表情が出てきたからな……なおさら幸せな表情を見てみたいよな」


「蘭も見たいです! 古代錬金書をもう一度見直してきます」


「俺も設計図をもう一度くまなく見てくるよ。何かヒントがあるかもしれない」


やはり痛覚がないのが原因か? 甘味を感じられるようにしただけでも、あのリッチエンペラーは相当な錬金術師だったことがわかる。でも何か方法があるはずだきっとなにか……


俺はその日は蘭とともにずっと部屋にこもり研究を行っていた。





そして翌日の早朝。


昨日は蘭と頭を付き合わせて設計図や古代書を読み直したが、結局ヒントは見つけられなかった。途中様子を見にきたシルフィも参加したがさっぱりだった。まあこれまでも何度も見返して見つからなかったんだ、当然といえば当然か。長期戦は覚悟しているから別に落ち込んだりはしないけどな。

いつかきっと何か方法を見つけられるはずだ。味覚を与える魔法とか無いかね? 需要がないから神様も作ってないか……



さて、切り替えて今日は大世界の攻略に行くかな。

俺は朝食をとった後に恋人たちを連れてテントを出た。


「さて、あの引きこもりのところに行くか……」


「あの子ここ数ヶ月の間は出番がなかったから相当ダレてるわよ? 」


「コウが小屋を作ったりしたから出てこなくなったのよ」


「そういえば最近見ないなと思ってたらずっとあの中にいるのか! 」


「光希はあのへタレ竜を甘やかし過ぎなんです」


「日中はニーチェちゃんとライチちゃんがお世話をしてるみたいですので、元気だとは思いますが……クオンちゃんは毎日何をしてるんでしょう? 」


「もうこの島に侵入を試みようなんで奴がいなくなったからな。暇そうにしてたからつい寝床を作ってやったんだが、まさかトイレ以外で一歩も外に出ないとは思ってなかったよ。俺はどうやらアイツを見くびっていたようだ」


地上に敵がいなくなってからクオンの出番は無くなり、雨の日も毎日プロジェクターに映し出される動画を観て暇そうにしているクオンを哀れに思って、少し離れたところに俺の魔法で土壁を作り板をかぶせた簡易の小屋を建ててやったんだ。


小屋といっても高さ50mはある拠点のガレージより大型の建物だ。クオンは立ち上がると50mほどあるからそれくらいの高さが必要だった。なんたって尻尾を入れると70mはあるからな。

そしてその小屋にプロジェクターと発電機を設置してPCに繋いで、マリーやライチがこの世界に来る前に大量にダウンロードしておいた動画を常に流してある。主に怪獣ものばかりだが……

そのうえ俺がプレゼントした大型のアイテムバッグに魔物の肉や果物を大量に入れてやったもんだからさ、見事に引きこもったよ。最後に見たのは11月だからもう4ヶ月は姿を見てないかな。


食事はニーチェとライチが運んでいるし、ミラがよく遊びに行ってるから元気だとは聞いているが、そろそろ引きずり出さないと元の世界に帰るときに帰りたくないとか駄々をこねそうだ。 あっちではエメラの尻に敷かれてるからな。この世界はクオンにとっては独身気分を満喫できる最高の世界なんだろうな。


「私も見くびっていたわ。あそこまで駄目竜だとは思ってなかったわ」


「素直に出てくるかしら?」


「あんなのがあたしより強くて近親種なんだぜ? なんか今なら勝てそうな気がしてきた」


「私はこうなるとは思ってましたけどね。無精者でめんどくさがりの竜ですから」


「うふふ、さすがクオンちゃんです。そんな駄目なところが可愛いです」


「まあそう言うな。クオンにはこれから試練を受けてもらうからな。うまく乗せて門を潜らせないとめんどくさいんだよ」


恋人たちにも呆れられてるクオンをフォローしつつ、俺はなんとかクオンをおだてて門を潜らせようとしていた。

小世界フィールドを全て攻略した時に、各国の都市にある資源フィールドの門が15mから20mほどの高さと幅に拡大した。これはと思い中世界フィールドを全て攻略したらさらに拡大して30mほどになった。これならクオンがほふく前進すれば潜れると思い、俺はクオンの成長のために山岳フィールドを攻略させることにした。大世界の山岳フィールドには竜種がいるからだ。


ただ、門の大きさがかなりギリギリなのでクオンの協力は必須だ。無理矢理潜らせる方法も無くは無いが、それをやるとクオンが更に臆病になってしまいそうだからなるべくならやりたくない。

四肢を切って放り込むのはさすがにね……一応俺だってクオンに愛着があるんだよ。


そして格納庫から200mほど離れた場所に建てた巨大な小屋に入ってみると……


『キ、キングギ○ラだー! 』


『 ギュオオオオン 』


『メカゴ○ラ発進! 』


「クオオン! クオッ! クオッ! ボッ! 」


クオンがプロジェクターを前に仰向けで寝そべり、尻尾で腹を掻きながらアイテムバッグから肉の塊を取り出して小さなブレスを吐いて丸焼きにして口に入れていた。

そして『メカゴ○ラなんて敵じゃない! やっちゃえ! 』とプロジェクターに向かって叫んでもいた。


こ、この野郎……


「これは酷いわね……」


「仰向けで寝そべるドラゴンは初めて見たわ……」


「コイツ危機感まったく無いんだな。竜が腹見せて寝るなんて聞いたことないぞ? 」


「さすが駄竜ですね……戦士として失格です」


「うふふ、クオンちゃんのリラックスした姿は可愛いです」


俺はそっとプロジェクターのスイッチを切った。


「クオッ!? クオッ! クオオン! 」


「何するんだじゃねえ! 何ヶ月も引きこもってやがって! 4ヶ月だぞ4ヶ月! ニーチェとライチはお前のオカンじゃねえ! 」


「クォォオン……クオッ……クォォ」


「ゆっくり休んでいいって言ったのにじゃねえよ! こんなに長く引きこもるとは思ってなかったよ! 俺が悪かったよ! お前を見くびってたわ! 」


さすが桜島で40年引きこもってただけあるわ。すっかり忘れてたよコイツの才能。


「クォォオン! 」


「褒めてねえよ! 皮肉だよ! ったく! いいから外に出ろ! 」


「クオッ? クォォオ……」


「仕事だよ仕事! 嫌ならそのバッグにもう食糧を補給してやんねえぞ? 」


「クオオ……」


「くっ……この野郎なにが仕方ないなだ……」


殴りてえ……ここで小屋ごと丸焼きにしてえ……


「これは相当ダレてるわね」


「ちょっと放置し過ぎたかしら? 」


「寒くなってきたからあたしたちもこの小屋までは来なくなったしな」


まあ格納庫の外は寒いから外に出てクオンの様子を見に来なかったのは確かだが……


俺はダラダラとゆっくり起き上がり小屋の外に出て、大きくあくびをしながら尻尾で翼を掻いているクオンにイラッとしながらもこれからの予定を話すことにした。


「クオンにはこれから大世界山岳フィールドの攻略をしてもらう。出てくる魔物はお前がいた上級ダンジョンの中層から下層程度だ。飛行制限があるから、飛ばずに俺たちが連れてくる魔物を待ってるだけの簡単なお仕事だ」


「クォォ……」


「まあそう面倒くさがるな。エメラより先に上位竜になるんだろ? 帰ったらエメラに俺の方が強いんだぞって言いたいって言ってたじゃないか」


「クオッ! クオッ! 」


「ああ間違いない。大世界を攻略したら上位竜になれる。そしたらもうエメラに殴られることも噛みつかれることもなくなるぞ? 」


「クォォオン! 」


「そうだ、その意気だ! お前ならやれる! なんたって竜種で最強の火竜なんだからな! 」


「クォォオン! クォォオン! 」


よしよし、散々エメラに対して愚痴ってたからな。俺も雌のしかも風竜に負けてやんのとかよくイジって遊んでたし、さすがのクオンも悔しいみたいだ。


「女の子に勝つためにやる気になる竜ってどうなのよ? 」


「そこから? って感じよね」


「なっさけねーなー! 男なら最強を目指せよな! 」


「相変わらず単純ですね。しかも強くなりたいと思う理由が弱い。また途中でへタレるでしょうね」


「クオンちゃんがへタレるのは想定済みです。主様はきっとなにか考えがあるはずです」


酷い言われようだが、とりあえず門を潜らせれれば理由はなんだっていいんだよ。資源フィールドの中にさえ入ってしまえばいいんだ。攻略フィールドに繋がる門はもう少し大きかったからな。あとは蹴っ飛ばしてでも門の中に放り込めばいい。問題は自分より強い魔物が現れた時だ。

コイツは間違いなく逃げるだろう。それだって想定済みだ。策はある。


「さあクオン行こうぜ! 俺たちの強さをこの世界の魔物に思い知らせてやろう! そして強くなってエメラを従属させてやろう! クオンが望むならダンジョンや中華大陸にもっとおとなしい竜を探しに行ったっていい。そうしたらハーレムの出来上がりだ。男なら手に入れたいとは思わないか? 」


「クオッ! クオッ! クォォオン! 」


「そうかそうか。ん? 火竜がいいって? そうだな風竜はもうやめとこうか。岩竜は重いし水竜はお前と属性の相性悪いからな。火竜か……よしっ! 九州のダンジョンで捕まえてくるか! 」


「クォォオン! 」


チョロい……火竜は本当は気性が荒いんだけどな。自分が基準だと考えてるからお前はいつも失敗するんだよ。

お前はイレギュラーだ。こんなへタレな火竜なんて俺は今まで一度だって出会ったことがない。

まあ恐妻ばかりのハーレムもいいだろう。クオンがドMに目覚めるのも時間の問題だな。


こうしてクオンを大世界フィールドへと誘うことに成功した俺は、ゲートを開いて代々木の資源フィールドへ繋がる門へと移動した。

突然現れた竜に驚いたハンターたちをなだめ、門の向こう側にいる軍の人間に注意を呼びかけてからクオンに門を潜らせた。クオンはキツイキツイと文句を言っていたが、鱗をボロボロ落としながらもなんとか門を潜ることに成功した。

そんな竜がほふく前進で門を潜る姿を呆然として見ていたハンターたちに、落ちた鱗は好きにしていいと言ったら大歓声の後に激しい奪い合いをしていたけどな。多分鱗一枚で3ヶ月は食うに困らないんじゃないか?


それからは鼻歌を歌いながら余裕の表情でいるクオンに乗り、攻略フィールドの門のところまで行って山岳フィールドへと入ったのだった。


ようこそ地獄の一丁目へ。

さんざん怠けてた分キッチリ鍛えてやるよ。

昇格するまでここから出れると思うなよ?


俺はニヤリと笑い、罠に掛かった獲物を見るが如くクオンの背を見つめるのだった。








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