第71話 再起








「 『空気圧壊』 『天雷』 うおおおおお! オラァッ! 」



「おお〜本当にやってるな」


「荒れてんな〜光一。ただ剣をぶん回してるだけじゃんか」


「光一……」


「光一さん……」


「ほんとめちゃくちゃね。魔力残量とか気にせずただ暴れてるだけよね」


「動きも荒いですね。心に迷いがあるように思えます」


「これが恋人を失った人の……」


「シル姉さん……」


「総理から親父のことを聞いて色々思うことがあったんだろう」


総理から聞いた話によると、俺が国際会議での商談を成功させた翌日に総理が師団長ほか軍の幹部を連れて光一に会いに行ったらしい。

事前にお袋とアポイントは取れていたが、光一は相変わらず引きこもっていたようでリビングまで降りてこなかったそうだ。まあ神崎が会いに行った時も部屋から出てこなかったくらいだしな。むさいおっさんが来て出てくるわけないよな。


しかしさすがに総理が親父の件で謝罪したい事があると言ってわざわざ来てくれたのにと、お袋はなんとか光一を部屋から出そうとしたらしい。だが光一はうんともすんとも言わない。総理は光一が恋人を亡くしたことを聞いていたので、光一の気持ちを察しまた出直すとお袋に言ったそうだ。

その言葉を聞いたお袋がキレた。光一の部屋のドアを魔法で破壊し、光一をぶん殴って無理矢理リビングまで引きずり出したそうだ。


馬鹿だな光一。お袋は普段ニコニコ笑ってるけど怒らすとすげえ怖いんだ。俺と弟は幼い頃に親父がお袋にボコボコにされているのを見てから、決してお袋には逆らわないようにしてた。この世界ではそういう事が無かったのかね? まあお袋が怒った理由が親父が浮気してたのが原因だったから、戦後生まれの光一は経験ないか。


まあそうして無理矢理リビングに連れ出され、ドン引きしている総理の前に放り投げられた光一はやむなく話を聞く事にしたようだった。そして総理が話した内容は、軍の不祥事隠しのために親父を悪者にしてしまったということだった。


今から10年と少し前、日米欧連合は小世界森フィールドを攻略していた。その時親父はハンター組合から高ランクハンターとして派遣されたそうだ。当時の親父は30も半ばを過ぎており、ハンター組合で若手の育成をしていたそうで特にパーティは組んでいなかった。よって単独での参加となった。どうやら限りなくBランクに近いCランクだったらしい。なかなかやるな親父。


親父は軍と共に前線で戦い、攻略はなかなか順調だったそうだ。妨害をしてくる中露の兵士との戦闘でも問題なく勝利を重ねていったらしい。

しかしある日の野営時に、日本軍の一部の部隊が捕虜を虐殺しているところを目撃してしまった。

基本的に捕虜はフィールドが攻略されれば自然と自国の門の前に排出されるので特に捕虜交換などはせず、武器を奪い隔離しておく事が国際条約で決まっている。ちなみに魔法使いは目隠しをされ手を縛られ個室に入れられる。

しかしまあ長い攻略期間中に食糧もそれほど与えられないことから、半分は死んでしまうらしい。

非人道的と言うことなかれ。捕虜に食糧をやるくらいなら飢えている国民にやるさ。そういう世界なんだ。

俺はだったら最初から捕虜なんか取らずに殺せばいいと思うんだけどね。飢え死にさせる方が可哀想だ。


親父が目撃したのその捕虜は南朝鮮兵で、戦後の混乱期に日本海沿岸で略奪と虐殺の限りを尽くした者たちだ。日本を裏切り敵国に付いただけではなく恩を仇で返した南朝鮮人は、日本人にとっては憎んでも憎みきれない存在だった。虐殺をされるだけの理由があったというわけだ。


しかし無抵抗な人間を嬲り殺すのを見ていられなかったのか、親父は軍の幹部にその件を伝えた。軍の幹部からはその部隊の者を処罰するという返答をもらったが、次の夜もそしてその次の夜も捕虜の虐殺が無くなることはなかった。

毎夜一人づつ殺されていく姿を見た親父は耐えられなかったんだろう。ある晩捕虜を逃がしてしまった。そして武器を持っていない捕虜を中露の陣地まで送る途中、不幸にも魔物の襲撃に遭い捕虜を逃がすために自ら囮となって死んだらしい。


その話を聞いた俺は正義感の強い親父らしいなと思った。馬鹿だとも思ったけどね。

その後、軍の警務隊により調査が行われたが、当然毎晩南朝鮮人を虐待していたことは皆が知っていたからすぐに事件の全容が解明された。

しかし軍は捕虜を虐待し殺害していたことなど公表できるはずもなく、このことを知る者に箝口令を敷き沈黙した。そりゃそうだろう。こんな事がバレでもしたら、各国から猛抗議が来る上に、相手がいくら憎き南朝鮮人だとしても国民からの信頼を失う。

軍は捕虜の虐殺をしていた者たちを日を置いて処罰し、最前線で使い潰しこの事件を無かったことにした。


お袋には親父が捕虜を逃し不名誉な戦死をした事だけを伝えたようだ。

総理が言うには政府が親父のこれまでの功績に対してという名目で、町内会に働きかけて配給の量を増やしたらしいけどな。そんなことするくらいなら、お袋にだけでも真実を話しておくべきだよな。


ここからはお袋から聞いた話だが、その後どこからか親父が南朝鮮人の捕虜を逃した事実だけが漏れたらしい。逃した相手が南朝鮮人ということもあり、お袋は将来ハンターになって親父の名誉を回復すると言っていた光一を心配し、名前を変えることにしたとの事だ。ほかのハンターたちからいらぬ危害を加えられないようにと考えたのかもな。


とまあ一連の話を光一は黙って聞いたあと、そのまま水浸しの自分の部屋ではなく夏美の部屋に戻り、翌日から何を思ったのか資源フィールドでボロボロになるまで戦っているそうだ。

そして心配したお袋から連絡があり、俺たちは光一の様子を見にきたと言うわけだ。


「光一……あんなに弱って……私が死んだから……私が光一を苦しめて……」


「光一さん……私があの時もっと注意していれば……」


「さあ、これでわかっただろ? 光一を救うために自らを犠牲にしたことで、確かに光一の命を救ったかもしれない。でもな? 残された者は心が死ぬんだ。自分のせいで恋人を死なせたと、ずっと自分の心を責めて弱っていくんだ」


俺はその場にいたわけじゃないからこうすれば良かったとかは言えない。もともとはそういう状況を作った光一の責任だしな。リーダーは臆病じゃなきゃ駄目なんだ。パーティ仲間がまだいけると言っても、強権を発動して引き返させるくらいじゃないといけない。

そこまで慎重にしても危機に陥る時はある。その時はパーティ全員が最後まで諦めず、逃げて生き延びる方法を最後まで探ることが大事なんだ。


「光一……光希さん……私が間違っていました……玲さんがいるから大丈夫だろうと……きっと立ち直ってくれると思っていました」


「夏美さんは夏海と同じで自分を過小評価し過ぎなんだよ。夏美さんが思っている以上に光一は夏美さんを愛してる。だからああなってるんだ」


「あ……ああ……光一……今すぐ抱きしめたい……私はここにいるって伝えたい……」


「それはもう少し待ってくれ。アイツの心が強くなるチャンスなんだ。悪いが約束通り二人は拠点に戻ってくれ。夏海……」


「はい。夏美、戻りましょう。光希には考えがあるの。きっと光一さんのためになる事だから……」


「…………はい」


「玲さんも戻りましょ! 光一さんはダーリンがなんとかしてくれるから」


「……わかりました。約束ですから……帰ります」


「しょーがねーなーあたしも付いてってやるよ」


すげー罪悪感! だから付いてくるなって言ったのにさ。どうしてもって言うから光一の姿を見たら帰る約束で連れてきたのに、これじゃあ恋人との仲を引き裂くみたいで俺が悪者じゃないか。

まあ神崎はすぐに会えるけど、夏美には我慢してもらわないとな。

俺は凛と夏海となんだかんだ優しいセルシアに連れられ、拠点へと戻っていくダークエルフに扮した夏美と神崎を見送った。そして蘭とシルフィを連れて光一のもとへと向かうのだった。




「くっ……『雷竜牙』! グハッ! ク……クソッ『転移』 ハァハァハァ……チッ……天……」


『轟雷』


「なっ!? こ、光希……」


「よう、一ヶ月半振りか? いつまで待っても夏美さんを引き取りに来ないからこっちから来てやったぞ」


俺はトロールキング相手に苦戦している光一の戦いに割って入り声を掛けた。


「……わりぃ」


「別にいいさ。それにしてもここは中世界フィールドが全て攻略されて新しく追加されたフィールドだろ? 結構遠くて探すの大変だったぞ。 しかしいくら資源フィールドでも、大世界の魔物が出てくるこのエリアはお前にはまだ早いんじゃないか? 」


手前の方とはいえ、ここはBランクの魔物とAランクの魔物が普通に出てくる。資源フィールドなので群れこそ少ないが、今の光一の実力でソロだと危ない。

ちなみに大世界草原フィールドは少し偵察した感じだと、上級ダンジョンの中層から下層レベルだった。恐らくボスはSランクが出てくるだろう。まあ余裕だけど。


「…………」


「親父の話は総理から聞いたぞ。正義感の強い親父らしいよな。総理と軍はラジオで国民に謝罪するんだってよ。名誉が回復できたことはまあ良かったな」


「……ああ。親父は……親父だった……」


「それで? あと数ヶ月は引きこもってると思ったのにどうしてこんなところで戦ってんだ? あんま立ち直りが早いと俺がへこむんだけどな」


「なんで光希がへこむんだよ……」


「俺が恋人を失った時は立ち直るのに一年掛かった上に、その間は一切戦おうなんて思わなかったからな」


なんせ娼館勇者って呼ばれてたくらいだからな。クソッ! いったい誰が俺をそんな風に呼んで広めたんだ! おかげで全然モテなかった!


「コウ……ごめんなさい」


「主様……」


「いいんだシルフィ。蘭もそんな顔をするな。いま俺は幸せだ」


シルフィが申し訳無さそうに俺を見るけど、一年も娼館に通ってたとか絶対言えないなこれ。蘭が責任を感じて一人で戦ってた時も、俺はお気に入りの遊女とイチャイチャしてたしな。

俺って最低な野郎だったよな……


「光希も? ……そうだったのか……俺は親父の名誉を回復したくて強くなりたかった。そして夏美と玲を守る力も欲しかったんだ……でも駄目だった……たいした実力も無いのに全部手に入れようとして、力に溺れて無理して一番大切なものを失っちまった……親父のことを聞いてから俺は今までいったい何のために戦ってきたのかわからなくなった……」


「神崎を守るために戦えばいいんじゃないか? 」


「玲……俺は玲が来てくれたのに……玲も辛いはずなのに……冷たくして……こんな俺は玲にはふさわしく……」


「チッ! ウダウダ言ってんじゃねえウジウジ野郎! 」


「ぶべっ!」


「あっ! 光一君! 」


「主様また加減を忘れてます」


「あ……」


俺は頑張ってる神崎の気も知らずウジウジしている光一にイラッとして思いっきりぶん殴った。

そしたらまた光一の顎が千切れかけてしまった。アイツ耐久力なさ過ぎだろ。

すぐにシルフィが光一のもとへ駆け付け上級ポーションを飲ませて回復させたが、相変わらず締まらない展開になってしまった。


「がっ……くはっ……ハァハァ……光希……手加減して……くれ」


「悪い悪い。でもな光一。神崎はお前が部屋でウジウジ引きこもってる間、夏美さんを死なせたのは自分のせいだって、もう二度と同じ思いをしたくないって死に物狂いで訓練してたんだ。彼女はもうお前と同じAランクだ。なあ? 彼女が頑張っている間お前はなにやってんだ? 」


「れ、玲が!? 」


「神崎はお前を失いたくないんだってよ。愛されてんな。そんな神崎は守るべき大切な人じゃないのか?」


「お、俺は……玲のことも考えずなんてことを……玲を……守りたい……もう誰も失いたくない」


「ならもっと強くなるしかねえな。ところで光一。俺たちが単独で攻略している話は聞いてんだろ? 」


「え? ああ……理由は知らないが中世界の草原と森を完全攻略したとか……」


「世界各国に貸そうと思ってな」


俺は会社を設立したこととその目的と、国際会議場での出来事を光一に説明した。


「は……はは……なんだそれ……あはははは! 世界征服したようなもんじゃねーか! なんだよそれ! 相変わらずめちゃくちゃだな! 魔王に世界征服されたことに気付かない奴らが哀れ過ぎだろ」


「魔王じゃねえし世界征服でもねえよ! 人聞きの悪いこと言うな! これはビジネスだ! 」


「ぷっ……アレがビジネスだって……脅迫よね〜」


「うふふ、主様はいつもこんな感じでした」


ほら! シルフィまで誤解してるじゃねえか! 光一はなんてこと言うんだよ!


「んんっ、それはそうとだ。なぜ急に俺がそんなことをしようと思ったかわかるか? 」


「楽して稼ぎたいか……アダッ! 」


「ちげーよ! 不労所得のためじゃねえよ半分は! 」


いや、全部不労所得のためなんだが、今はそういう話じゃないんだよ。


「イテテ……じゃあなんのためだよ」


「アマテラス様よりお告げがあったんだ」


「え? マジで? 」


「ああ、日本国民が食っていけるだけのフィールドを攻略し終えた時にな。突然枕元にアマテラス様が現れてさ、方舟を完全攻略して世界を救ってくれって言うんだ。俺は断ろうと思ったんだが、どうやらこの方舟を完全攻略すると創造神がなんでも願いを叶えてくれるらしいんだ」


いや嘘だけど。

七つの玉を集めて神龍を呼ぶみたいなのしか思い浮かばなかったわ。


「ええ!? そうなの!? 」


「ら、蘭は知らなかったです……」


おい! シルフィに蘭! 作り話だって!


「ええ!? なんでも!? そ、それって……」


「もちろん死者の蘇生も可能だと言っていた」


「なっ!?そ、それなら夏美も……」


「ああ、全ての大世界を攻略すれば生き返らせられる」


「お、俺もやる! 俺も攻略に参加させてくれ! 」


「落ち着けって。最初からそのつもりだし、お前が参加しなくても俺が夏美さんを生き返らせるよう願うつもりだった」


いや、もう生き返ってピンピンしてるんだけどな。


《 ああ……そういうことね……いやでもそれはちょっと……》


《さすが主様です。悪どいです》


シャラーーーップ! 後ろでコソコソ俺の悪口を言うんじゃない!

光一にはこういう方法が一番効くんだよ。


「こ、光希……すまん……光希や玲が夏美のために頑張ってくれている時に俺は……俺は一人で腐っていて……」


「気にするな。恋人を失ったんだしな。気持ちはわかる。今から頑張ればいいんだ」


「光希……お、俺……俺……ぐっ……ううっ……」


「一緒に強くなろうな」


「ううっ……うん」


「相当キツイ戦いになるが、絶対に乗り越えて夏美を生き返らせような」


「ぐすっ……ああ……俺は必ず乗り越えてみせる……夏美にまた会えるならなんだってしてみせる! 」


「その意気だ。もう夏美さんは生き返ったも同然だな」


とっくに生き返ってるけど。

しかしさすが俺だ。この信じやすさでどんだけ酷い目にあったか……主にハニートラップ系ばかりだけど。


《 ええ!? 疑わないの? コウは詐欺師の才能があるんじゃないかしら? 》


《 主様はマッチポンプが得意なんです 》


くっ……無視だ無視!


だが全部が嘘ってわけじゃない。中世界を全て攻略した時に現れた大世界へと繋がる巨大な門の横の石板には、フィールドの数を示す10個の六芒星とその上に大きな五芒星が一つあった。これはきっと草原、森、山岳、海、砂漠の大世界フィールドを攻略したら点灯するんだと思う。そしたらまた新たな門が現れるんじゃないかと思っている。

そしてその門の先は、この世界に来て初めて方舟を見た時に方舟の甲板にあった、あの小屋みたいな建物に繋がっているような気がする。恐らくあの建物がリアラの塔でいうところの賢者の塔なのではないだろうか? そこに行くか攻略すれば能力か魔法かその両方か、きっと何かがもらえる気がするんだよな。

もらえたらいいな。


「夏美……きっと生き返らせてみせる。待っててくれよ夏美……」


「よしっ! それじゃあ早速明日から俺たちと攻略だ。残りの海と砂漠の中世界をさっさと攻略して大世界を片付けよう」


「ああ! 帰ってお袋にしばらく帰れないって言ってくる! 」


「おうっ! 明日な! 」


俺がそう言うと光一は、もう居ても立っても居られない様子ですぐに転移を発動しその場からいなくなった。


まあこんなもんかな。もう神崎と一緒にしても大丈夫だろう。夏美には悪いがもうしばらくダークエルフのままでいてもらうしかないな。それでも攻略中は近くで光一を見守れるんだ。我慢してくれるだろう。


こうして俺は、光一という迷える子羊を救ったのだった。

これから光一に大切な人を守る方法を教えないとな。周りは全て敵と思えって感じで教えれば大丈夫だろう。アイツは俺だからきっと俺のようになれるはずだ。


きっとこの最後の訓練が終わる頃には、ロシアを笑って滅ぼしにいけるようになってるさ。







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