第70話 手のひらクルー







「ありがとうございます。正式な契約は後日ということにして、今回の商談はこれで一先ず終了ということでよろしいでしょうか? 」


「ええ。ここでの採決は拘束力がありますので、この契約内容が大幅に変更されない限りは契約をさせていただくことになると思います」


はい、お仕事終わり!


「そうか。あ〜疲れたわ! リム! もう楽にしていいぞ! 」


「ハッ! 」


そう言って俺は眼鏡を外しネクタイを緩めて上着を脱ぎ、近付いてきたリムに渡した。


「え? ミ、ミスターサトウ? 」


「ん? ああ、商談は終わったんだろ? 今から俺はLight mareリーダーの佐藤 光希だ。オイ! ロシアのハゲ! テメーまた懲りずに覇権を狙ってるようだな! 」


「クッ……チッ……我が国は覇権など狙っていない。各国と力を合わせ土地を開拓し、世界に平和をもたらすために努力を惜しまないつもりだ」


「はあ? お前らがそんな殊勝なことするわけねーだろ! おおかた俺が弱るのを待って世界征服でも企んでんだろ? 魔力が高い人間の寿命を知らないのか? 俺の能力だとあと100年は現役のままだぞ? 」


「なっ!? そ、そんなに……いや、我々に野心などない……」


イギリスのインテリ首相も驚いてるな。ロシアは魔法使いが少ないからわかるが、イギリスは魔法使い多いのにな。まあ戦後20年じゃサンプルも無いし知らないのも無理はないか。しかしロシアなら、じゃあ100年後にとか言って暗躍しそうだな。いや別に100年後ならもうどうでもいいんだけど、いらぬ争いを増やすのも国民が可哀想だ。管理会社としてここらでこの戦争大好き民族の心を折っておくか。


「そうか、なあ婆さん。よく心臓を押さえてるよな? 悪いのか? 」


俺は婆さんの背後に転移をし声を掛けた。


「ヒッ! きゅ、急に背後に現れないでください……心臓が……」


「やっぱ年で心臓が弱ってんのか? なら魔法で治してやるよ」


「ま、魔法!? そんな魔法が? で、でも……いえ、もしもそのような魔法があるのならお願いします。私はまだ死ねないのです」


「へえ……いい度胸だ。長生きするよ婆さん」


婆さんは敵か味方かわからない俺の魔法を受けるのに躊躇していたが、相当心臓が悪いんだろう。もしも治るならと魔法を受けることにしたようだ。それにしてもまだ死ねないか……大統領になったばかりだもんな。謀略ばかり考えるから小心者かと思ったが、さすが女だてらに大統領にまで昇りつめただけはあるな。愛国心と度胸がある。


「ええ、あと4年は……私にはやることがあるのです」


「4年とは言わず10年は生きれるさ、それじゃいくぞ。動くなよ? ……『時戻し』 」


「え? なっ!? こ、これは……」


強い眼差しで俺を見る婆さんに俺は時戻しの魔法を発動した。突然俺の腕から歪な時計が現れたことに驚いた婆さんは、それでも座っている椅子の上で仰け反るだけで逃げる事は無かった。

そして婆さんの全身を包んだ時計が一斉に逆回転を始めた。

俺は魔法を発動しつつ、時計の隙間から固く目をつぶって耐えている婆さんの顔を見ていた。


え? おお? これは……まさか……


当初10年ほど若返らせてやめるつもりだったが、時計の隙間から見えた婆さんの顔に可能性を感じそのまま20代くらいにまで若返らせた。おお〜♪ ビンゴだ!


「おお!? 婆さん女優か何かだったのか? スゲー美人だな! 」


俺はそう言って鏡を取り出し彼女の前に置いた。

婆さん……いやミスクリキントは恐らく20代半ばくらいだろう。ブロンドを後ろで束ね、目が少し垂れてとても優しげな顔をしており、胸も大きく盛り上がっていた。恋愛映画に出てきそうな、巨乳なのに清純派ってジャンルの女優みたいだ。これは堪んないな……


「え? こ、これは……私!? ええ!? 」


《 なっ!? い、いったい何が起こったというのだ! なぜミスクリキントが昔の姿に!? あ、あの時計はまさか……》


《 な、なんと! ミスクリキントが! 》


《 む、昔の我々が憧れた時の……》


《 ど、どういうことだ! あ、あれは幻か何かか!? 》


《 ああ……ヒスリーだ……あの世界的大ヒット作『エンジェル』の主演の時のヒスリーだ…… 》


《 あ、あれは魔法? まさか若返りの魔法? 》


「そういう事だ。俺は不老だ。残念だったなロシアのハゲ。他国にちょっかいを出したなら俺がロシアを滅ぼしてやる。ここにいる奴らもせいぜい子孫に語り継いでおけ」


「なんという事だ……ミ、ミスターサトウ……あ、あなたは神なのか? 」


「フンッ! 今頃気付いたのかロシア大統領。使徒様は神の使いだ。虐げられた者を救うためにニホンの神より遣わされたお方なのだ。貴様のような虐げる側の人間には魔王に映るかもしれんがな」


「し、使徒……神の……」


ジェェェフリィィィ! 余計なこと言うんじゃねえ! お前今までずっと黙ってたじゃねーか!


「ジェフリー、お前は黙ってろ。おいハゲ! 俺が神なわけねーだろ。さんざん魔王だなんだと言っておいてなに言ってんだ? この魔法は確かに神の試練を乗り越えて得た物だが、俺は神なんて崇高な存在じゃねえよ」


「か、神の試練?……そ、それはつまりこの方舟のような? 」


「この方舟なんか比じゃねえくらいにキツかったな。俺に言わせてみればこんなの試練でもなんでもねえよ。悪いことをした子供に尻叩きをする程度の罰だ。お前らは神に尻を叩かれてんだよ」


「し、尻叩き……この方舟がただの罰? これで? いや……そ、それで神の使いよ……わ、私にもその魔法を掛けてもらえないだろうか? 」


《 なっ!? プリーチン大統領! 抜け駆けは無しですぞ! し、使徒様! どうか私にその魔法を! 》


《 ラトロン大統領! あなたは宗教弾圧をしておいてよくもまあ神の使いにお願いなどできますな! ここは私のような敬虔なクリスチャンが相応しく……》


《 私はニホンの神の存在を認めています。昔ジンジャにもザンパイに行きました。私こそ魔法を受ける資格がありますので是非私に! 》


《 私は民に善政を敷いてます! 私が長生きすることは民の幸せに直結いたします。私こそが相応しいはず 》


《 なっ!? 貴殿がそれを言うのか!? 子供まで資源フィールドで戦わせているのを知ってるぞ! 何が善政だ! 笑わせるな! 》


《 ミ、ミスターサトウ……いや、神よ! どうか私に御慈悲を! 》


使


この野郎……今までさんざん人を悪魔だ魔王だって罵ってたくせに、俺が若返りの魔法を使えると知った途端、見事に手のひらクルーしやがった。さすが特権階級の屑どもだよ……


「うるせー屑どもが! なんで俺がテメーらみたいな私利私欲にまみれた権力者を長生きさせなきゃなんねーんだよ! 逆だ逆! 俺はこの魔法でテメーらゴミの時を進めて殺したいくらいなんだよ! 寝ぼけたこと言ってんじゃねえ! 」


》》》


だいたいなんでコイツらは自分だけが若返らせてもらえると当たり前のように思ってんだ? 優遇されて当然って思ってんのか? すげー殺してえ……


まあ若返らせるつもりは全くないが、これは使えそうだな。


「ミスクリキントは善政を敷きそうな気がしたし美人だったから若返らせた。お前らみたいな権力欲で醜く染まったクソジジイを若返らせて俺になんのメリットがあるんだ? せめて善政を敷いてりゃ世界のためになるんだろうが……そうだな。ここにピチピチュの実という1つで5年若返る木の実が5個ある。10年だ。今から10年以内に餓死者を0にして、子供が毎日笑っているような国を作ったやつにこれをやる。Light mareの社員が民に紛れて審査するから自己アピールは不要だ。あくまでも独断と偏見でこっちが決める。安心しろ。任期が切れても今ここにいる奴にちゃんとやる。合格ラインに達した国が複数国あった場合には追加でやってもいい」


ミスクリキントが未だに鏡を見て固まっている中、俺は醜い権力者たちの前に人参をぶら下げた。


《 餓死者を0にだと? 》


《 10年で……いや、借りたフィールドがあれば可能だ……》


《 間違いない……鑑定を使える護衛に確認させた。本当に一つで5年若返る実だ……》


《 なんと!? それが5個という事は25年か! 》


《 5年で実現させれば20歳若くなるってことか!? 》


《 今までも我が国は民を飢えさせないために最善を尽くしてきた。借地フィールドの土地さえ手に入ればすぐに達成可能だ。つまりアレはもう私の物のようなもんだな》


《 ドリトリー首相……貴国は治安が悪過ぎて殺人で死ぬ人間の方が多いではないですか……》


《 私はこれで失礼する。やる事があるのでな。軍を資源フィールドに向かわせねば……》


《 わ、私もこれで……子供の笑顔を見るためにお腹いっぱい食べさせなければいけませんからな。子供の笑顔こそ平和の象徴ですから 》


《 ええ、私もこれで……子供は国の宝ですからな。ハハハハハ! 》


酷い……あまりにも酷過ぎる。信じられるか?こんな奴らが世界各国の代表なんだぜ?


ロシアのハゲとイギリスのインテリ首相は呆然としているな。まさか俺がここまでの力を持っているとは思っていなかったか? まあ長生きしたかったらせいぜい善政を敷くんだな。ロシアのハゲは国民には人気があるらしいから、他国への野心さえ持たなければワンチャンあるんじゃないか?


「相変わらず人間は欲の塊ですね」


「権力者は特にな。まあこればっかりは金でも力でも手に入らないからな。勝てない喧嘩をしない辺りが権力者だよ。ある意味扱いやすいわ」


「本当に若返らせるのですか? 」


「さあな。日印亜と新生オーストラリアだけになりそうだけどな」


「確かに国際救済連合には難易度が高そうですね」


「その辺の審査はこの世界に残る奴に任せるさ。さて、やる事やったしそろそろ帰るかな。クリキント大統領? いい加減正気に戻ったらどうだ? 」


俺はいつまでも鏡を見てボーッとしてるクリキント大統領に声を掛けながらその肩を揺すった。


「……ハッ!? あっ! ミ、ミスターサトウ……あの……こ、これは……現実……でしょうか? 」


「幻覚じゃないさ。あんたの姿は現実のものだ。俺はこの世界には存在しない時の魔法を使えるからな。しかし婆さん女優だったんだな。今度出演映画観てみるよ」


「と、時の魔法……時戻しとは私の時を戻す魔法……そういう事でしたか……やはり神の御使い様だったのですね……」


「勘違いするなただの人間だ。神によってこの世界に来させられたのはそうだが、俺は正真正銘の人間だ」


「人間が昇華して神になれるとは……おお……神よ、感謝致します」


「だから神じゃねえって言ってんだろ! 拝むな! 跪くな! あんたはあんたの信じる神に祈れ! 」


「で、ですが人の寿命を操ることができる魔法など、神のお力としか……」


「あるんだよそういう魔法が。あんたはここにいる救済連合の中じゃマシな為政者だし、美人ぽかったから必要以上に若返らせてやった。せいぜい国と連合をまとめるんだな」


「はい。この命に代えましても……」


駄目だ! 全然わかってない! ジェフリーモードだ! もうめんどくせえから放っておこう。ちょっとやり過ぎたかな……

俺は手を合わせ、まるでお告げを聞くかのように祈っている大統領の前からそっと離れた。



「総理、もう帰ります。契約の件は凛を寄越しますのでよろしくお願いします」


「え、ええ……しかし佐藤さんはまたとんでもないことを……フィールドの賃貸もそうですがクリキント大統領を若返らせるなど……あの木の実が無くともできたのですね」


「ええ、できますよ。クリキント大統領は10年くらい若返らせるつもりだったんですけどね。美人っぽかったのでついついやり過ぎました。美人かもと思ったら確認したくなるのが男の性ってやつですし。ははは」


「くくく……確かにそうですな。私も白黒の映画でしか見たことがなかったのですが、ミスクリキントがあれほど美しかったとは……これからやり難くなりそうです」


「総理も若返ったことですしマスクを外して口説いたらいいんじゃないですか? 奥さんにナイショで」


「いやいやいや、若返ってから夜が大変でそんな余裕が……あ、いやハハハハ」


あ、やっぱり? そりゃそうだよな。お互い30歳ならがんばっちゃうよな。


「ははは、仲が良いことで。ああそれと、国際救済連合は攻略を休止するでしょうから小世界の残りの海と砂漠を攻略しておいてください。中世界はうちでもらいます」


「はぁ〜仕方ありませんな。既に国民を養える土地は手に入りましたので、我々も手を引いておとなしく借りることにします。その方が救済連合ともモメずに済みそうですからな。しかし不動産業がまさか方舟のフィールドを貸すことだったとは……」


「ええ、この方が丸く収まると思いましてね。それと日本で登記した企業なので、これから各国が俺たちと連絡を取るために色々うるさく言ってくると思います。防波堤になってもらってすいませんね」


「え? あー………設立に政府が関与してしまいましたからそうなりそうですね……住所が新永田町ですし……いや、まさかこんなことになるとは……わかりました。全力でサポートさせていただきます」


「ははは、その分借地料はお安くしておきますよ。ではこれで失礼します」


俺は総理にそう挨拶してリムたちを連れ会議場を出た。


ちょっと予定外のことがあったが、プレゼンはうまくいったし大成功だったな。

社会人経験は無かったけど、やってみたら案外商談なんて簡単だった。身なりを整え沈着冷静に商品を紹介するだけだしな。元の世界に戻ったらうちの会社で営業でもやろうかな。


さ〜て早く帰って今回の武勇伝をみんなに聞かせてやろっと。


俺は商談の成功に上機嫌になりつつ拠点へと帰ったのだった。



一週間後にクリキント大統領が光竜教に入信したとジェフリーから聞かされるとも知らずに……








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