第65話 罰








テントを出ると格納庫の出口付近に設置してあるソファを、拠点にいるほぼ全員が半円に囲んでいた。皆の顔は一様に痛々しいものを見ているようだった。その視線の先には生気を失った顔をして身に付けている装備のあちらこちらが壊れ、腕や足などの露出している部分も血だらけの光一が立っており、隣ではソファに顔をうずめて泣き崩れている神崎がいた。


そして二人の視線の先にあるソファには、首を真っ赤に染めあげた夏美が寝かされていた。

夏美の胸元はピクリとも動いておらず、魔力反応が無いことからすでに事切れているのが見て取れた。

夏美が身に付けている中級結界が付与されているはずの革鎧は、壊れてこそしていないが多くの傷が付いていた。恐らく結界が破壊されたあとに運悪く露出している首に一撃をもらったのだろう。


くそっ! 一番最悪な予想が当たったな。


「え? 夏美さん? 嘘……」


「な、夏美? なつ……魔力が…… 」


「ええ!? 夏美がか!? 」


「コウ、夏美さんはもう……」


「なっちゃん……」


俺は追いかけてきた恋人たちが驚く様を一瞥し、ゆっくりとソファに向かって歩き出した。


「ハッ! こ、光希……光希! 夏美が! 夏美が! 上級ポーションを飲ませても目を覚まさないんだ! きっと昏睡状態なんだと思う! 時戻しの魔法で元に戻してくれよ! 」


「……めんなさい夏美さんごめんなさい……うっ……ごめ……ううっ……ごめんなさい」


「それは無理だ」


俺が近付いてくることに気付いた光一はそれまでの生気のない顔から一変し、必死の形相で俺に駆け寄ってきて肩を掴み時戻しの魔法を掛けるよう懇願してきた。


「なんでだよ! 時戻しなら怪我をする前の状態に戻せるだろ! 記憶だって戻せたって聞いたぞ! なら昏睡状態になっている夏美だって元に戻せるはずだ! 早くやってくれよ! 」


「だから無理だ……」


「無理じゃねーよ! やってくれって言ってんだろ! いいから早くやれよ! このままじゃ夏美が……」


「時戻しの魔法死んだ人間を生き返らせることはできない。お前も気付いてるはずだ」


「なっ!? な、なに言ってんだよ……夏美は生きてる……夏美が死ぬはずないだろ……夏美は昏睡してるだけなんだ。だって上級ポーションを飲ませたんだ、だからほら首の傷だって……あれ? 塞がってない? おかしいな……ならもう一度飲ませてやれば」


「光一!! 現実を見ろ! 夏美さんは呼吸をしていない! 魔力反応もない! 死んだんだよ! 」


俺は現実逃避をしている光一の胸ぐらを掴んで夏美が寝ているソファの横に投げつけた。


「ぐっ……そ……そんな……そんな馬鹿な……夏美が? お、俺は夏美を守るって……だから強くなろうと……なのに夏美が? そんなはず……そんな……なつ……み……目を覚ましてくれよ……お願いだよ……またいつものようにだらしない俺のケツを叩いてくれよ……馬鹿な俺を叱ってくれよ……なつみ……おい夏美……夏美ーーーーーーー!!」


ソファの横に叩きつけられた光一はやっと現実を受け入れたのか、隣で寝ている夏美にすがりつき慟哭していた。


「神崎、ちょっと来い! 」


「うっ……ううっ……あっ! 」


俺は泣き喚く光一を無視して神崎の腕を掴み、少し離れた場所で恋人たちと事情を聞くことにした。


「神崎、何があった? お前たちの装備で安全地帯を中心に普通に狩りをする分には、たとえ魔物の群れが現れようが亜種の魔物が現れようが余裕で対処できたはずだ。それに万が一のことがあったとしても離脱のスクロールで逃げることもできたはずだ。それなのになぜ夏美が死んだ? 」


「わ、私のせいなんです私の……私が……うわぁぁぁぁん」


駄目だなこりゃ。神崎も泣き喚いていて話にならない。


「夏海、頼む」


「はい……神崎さん? 落ち着いて? 私を見て? 大丈夫。生きてるわ。ええ、私も彼女も……」


「な、夏美さん? ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


「落ち着いて。訓練を始めてからいったい何があったの? どうして夏美があんなことになったの? 」


「うっ……ううっ……みっ、三日前に……中世界の森フィールドに訓練に……最初は安全地帯で……」


失ったはずの仲間と瓜二つの生きている夏海の顔を見て罪悪感が少しは軽くなったのか、神崎は途切れ途切れだが訓練を開始してからの状況を語り始めた。


神崎が言うには最初の二日間は安全地帯を起点に、探知でちょうどいい数の魔物の群れがいる場所に移動して狩ってを繰り返していたらしい。当初フィールドには日本を見張るため数千人の国際救済軍がいたようだ。しかしその軍も二日目に撤退してしまった。恐らく光一の天雷を安全地帯から確認して俺がいると思ったのだろう。

そうなると光一たち三人しかフィールドにいないことになり、再度ポップする魔物の数が少なくなる。そこで光一は隠し持っていた魔誘香を転移を使いかなりの広範囲に蒔いたらしい。救済軍がいる時に増えていた魔物の存在を忘れて……


当然数千人の救済軍がいた時に湧いた魔物が、光一たちがいるところに次々と殺到した。

最初はそれでも俺の地獄の訓練に比べればと奮戦したらしい。魔物も多方面から一斉に来たわけではなかったから対応できたようだ。しかし魔誘香を撒くのに転移を連発し、魔物に対して剣に付与した魔法や天雷を放ちで光一と神崎の魔力はもう残り少なくなり、夏美も体力的に厳しくなっていたようだ。

そこでそろそろ一度撤退しようかと話していた時に、突然頭上からハーピーの亜種が現れた。そのハーピーの亜種は、ちょうど俺がやったネッシーラのマントに付与されている結界用の魔石を交換していた神崎の肩を掴み飛び去ってしまった。


一瞬の出来事だったらしい。光一が気付かなかったのは恐らく魔力を節約するために常時探知魔法を発動していなかったのだろう。そうとしか考えられない。

光一と夏美はすぐさま神崎の魔力を頼りに追い掛け、光一が途中で木に登り転移でハーピーの亜種の上空に移動して一刀両断し、神崎を救い出すことに成功した。


だが場所が悪かった。取り敢えず視界に映る近くの広場に転移をして地上に降りた場所の周囲は、魔誘香に誘われ移動中の魔物だらけだったようだ。光一と神崎は向かってくるトレントの群れをなぎ払いながら、後方にいる夏美と合流して離脱のスクロールで撤退しようとした。しかし既に夏美は王猿と無数の擬猿と戦闘中で、革鎧に付与した結界も破壊されていたところだった。

光一たちはトレントと戦いながら夏美に離脱のスクロールで撤退するように言ったが、とてもじゃないが数百匹の擬猿の攻撃をかわしながら王猿と戦っている夏美にそんな余裕など無かった。


光一は天雷で夏美の周囲の擬猿を倒し隙を作ろうとしたが、上手くなったとはいえ高速で移動する夏美を避けて擬猿にだけ当てる自信が無かった。光一もトレントと新たに現れたハーピーの群れの対応でいっぱいいっぱいで、神崎を連れて夏美の側に転移で行くことさえできなかったようだ。


そんな光一たちに夏美はしきりに離脱のスクロールで先に逃げてと叫んでいたそうだ。

まあそんなこと言われても夏美を置いて逃げれるわけないよな。

神崎はあの時私がいなければ光一はなんとかして夏美のところに行けたのにと、私を守りながら戦っていたからと泣きながら語っていた。

その話を聞いた俺は、シルフィを失った時と似た状況に運命的なものを感じていた。


光一たちは夏美が傷付いていくのを遠目で見ながら、探知に映る次々と寄ってくる新手の魔物の反応を見てこのままでは全滅するかもしれないという思いがよぎった。

しかしそう思った時に遠くで戦っていた夏美の動きが突然止まった。そして光一に笑いかけたと思ったらその首から鮮血が舞った……


夏美らしいな……このままでは全滅すると考えたのは夏美も同じだったのだろう。そして自分がいるから光一たちが逃げれないのだという事も悟ったのだろう。だから王猿の攻撃をわざと受けたんだろうな。


それからは光一が発狂し、近くにいるトレントの群れと倒れた夏美に群がる擬猿と王猿に向かって魔力が切れるまで天雷と剣に付与した雷竜牙を連発した。そして擬猿が倒れ王猿が麻痺している間に光一と神崎は夏美に駆け寄り、すぐさま上級ポーションを飲ませ離脱のスクロールで脱出したそうだ。


資源フィールドに戻った光一たちは魔力回復促進剤を追加で飲み、夏美の手当てをした。神崎はこの時に夏美が呼吸をしていない事に気付いていたが、光一のあまりの錯乱振りにとてもじゃないが言えなかったそうだ。

それから少し経ってさらに離脱のスクロールで門の外に出て、ギリギリ溜まった魔力で俺に助けを求めるべく大島に転移をして今に至るようだ。


「前回の攻略戦で魔誘香を使ったことにして軍からくすねてたのか……いや、一回じゃバレるな。その前からか……ちっ……あの馬鹿が! 」


「ううっ……教官ごめんなさい……いけないことなのはわかってました……けど光一さんが強くなりたいって……だから軍には黙ってました……」


「光一やお前らを訓練した時はサキュバスやダークエルフに蘭たち、それにグリフォンで間引きしたのを誘導してたんだ。お前たちが戦っている間も危ない時はすぐさまフォローに入れるように俺がいた。軍の攻略戦だってヘリに二つの結界盤を取り付け、パイロットと魔法使いには無理な数の誘導はしないよう言い含めていたんだ。最悪多くの魔物を連れてきてしまっても軍は数が多いから対応ができた。そういう裏で動いている人や軍がいたから魔誘香という危険なアイテムを安全に使うことができた。それを考えもしないで安易に使いやがって……だから犠牲が出たんだ。離脱のスクロールが無ければ全滅だってありえたんだぞ」


軍は二機のヘリで誘導していた。攻略期間は延びるが俺たちがいない場合はそれくらいが限度だ。そうやって色々と安全マージンを取って行っていたことを考えず自分たちだけでできると勘違いしやがって……


「うっ……ううっ……わたし……私はなんてことを……うわぁぁぁぁん 」


「惚れた弱みだな。悪いのはあの馬鹿だ。あまり気に病むな」


俺は泣き崩れる神崎を恋人たちに任せて光一のところへと戻った。




「なつみ……なつみ……ごめんな……俺がもっと強かったら……俺があの時もっと……」


「違うな。お前は自分の力を過信した。だから魔誘香なんて危険な物を使おうと思った。自分が弱いと思ってたら使おうなんて思わなかったはずだ。お前は中世界のフィールドを二つ攻略したことで調子に乗ってたんだよ。3000人の兵士がいて攻略できたのを、ボスを倒したことで自分の実力で攻略できたと勘違いしてたんだよ」


「ち、違う! お、俺はそんな……ただ強くなりたくて……親父の汚名を……夏美と玲を守りたくて……」


「ふざけんなよテメー! 」


「ぐあっ! 」


俺は無様な言い訳をする光一を思いっきり殴り飛ばした。

俺に殴られた光一は夏美から引き離され、格納庫の外まで吹っ飛んでいった。


「親父の汚名を晴らすためだ? 恋人を守るためだ? 晴らせてねえじゃねえか! 夏美さんを守れてねえじゃねえか! 俺は魔誘香は使うなって言ったよな? それはお前の実力じゃまだまだ使いこなせないからだ! それを勝手に盗んで使いやがって! テメーの実力も測れねえ内からリスクを選んでおいて守るだ? ふざけんじゃねえ! どこの世界に守る相手を危険にさらす奴がいんだよ! なんのための探知魔法だ! なんのための転移魔法だ! 危険を避けるための魔法なんだよそれは!お前が俺と同じ過ちを犯さないために与えた魔法だ! 大切な人を失わせないために与えた魔法なんだよ! 」


「ぐっ……うう……あがっ……」


あっ……やり過ぎたわ。光一の顎が千切れかけてて話せなくなってしまった。

俺は締まらないなぁと思いながら上級ポーションを光一の口に突っ込み飲ませた。


「あがっ……ハァハァ……お、俺は……強くなったと思ってた……Aランクの魔物を倒して転移もモノにできたと……だからもっと強くなって英雄と呼ばれたかった……」


「親父のためか? もう死んじまった親父と夏美さんと神崎のどっちが大事なんだ? 」


「な、夏美と玲に決まってる……」


「ならなんで恋人たちを第一に考えて行動しなかった? 調子に乗ってたからだろ? 少し強くなった程度で驕ってたからだろうが! その結果がこれだ! 夏美さんを死なせ、俺が与えた離脱のスクロールが無ければ神崎だって死んでいた! お前の実力じゃあ誰一人守れなかったんだよ! 」


「お、俺は……俺はなんてことを……俺は……ううっ……夏美……」


こんなもんかな? さて、邪魔なコイツには退場してもらうかな。


「自分がしたことを一人でじっくり考えるんだな。夏美さんは時を止めた空間で預かっておく。落ち着いたら一緒に弔ってやろう。神崎も心に相当なダメージを受けてるからしばらく彼女とも会わない方がいいだろう。顔を合わせてもお互い辛いだけだしな」


「ううっ……夏美……ごめん……夏美……」


ダメだこりゃ……昔の俺と全く同じだな。こりゃ当分使い物にならないわ。

あ〜めんどくせえなぁ。


「家まで送っていってやる。さあ帰るぞ『転移』 」


俺はポンコツと化した光一を連れて実家に転移した。

実家では魔導コタツに入りながら煎餅を口にくわえたお袋がリビングにおり、俺と光一の姿を見てビックリして煎餅を咥えたまま駆け寄ってきた。

俺はお袋に取り敢えず待ってもらうように言い、俺の足もとで力なく泣いている光一を2階の部屋に放り込みリビングへと戻った。


「光希君いったいどうしたの!? 夏美さんは? 」


「実は……」


俺は今日起きたことをお袋に説明した。

お袋は夏美が死んだことを聞いて取り乱しそうになったが、俺の能力など色々と説明して落ち着かせることに成功した。


「ほんと馬鹿な子ね……でもそんなことがホントにできるの? 光希君は神様なの? 」


「俺はお袋の子ですよ。この世界のではないですけどね。まあそういう事なんで光一のためにもいま話したことは内緒でお願いします。多分しばらく引きこもりになると思いますけど」


アイツは間違いなく引きこもる。一年くらいな。


「はぁ〜私の子が凄い存在になってるのね……わかったわ、そんな無茶なこと二度として欲しくないし黙っておくわ。それと前にも言ったけど光希君を光一のお兄さんだと思ってるわ。どうしてもあなたを他人に思えないのよ。蘭ちゃんの言っていた鏡の世界というのがなんとなくわかってきたわ」


「そんな……俺は……もう……いえ、とにかく俺がまた来る時までお願いします」


俺はそう言ってその場で拠点へと転移をした。

なんだかな〜お袋と話すと調子が狂うんだよな。


まあこれで邪魔な奴はいなくなった。アイツにはとことん反省してもらわないとな。


さて、夏美を蘇生させるかな。








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