第54話 魔王







『……世界のバランスを取るために、我が合衆国はニホン国へ方舟攻略を5年間休止することを求めます』



「おお〜5年ときたか。長くて1年を予想してたのにこれはまた長いの出してきたな」


「ダーリン、これは日本が拒否するのを前提の提案よね。着地点として2年辺りで収めるようにするつもりじゃない? 」


「そうね、凛の言う通りね。アメリカは最初は無理難題を言って、自分で仕掛けた癖に最後は恩着せがましく妥協したフリをして思惑通りになる交渉をするのよね」


「なるほど、最初に無理な要求をして相手に強く拒絶させ、その後に受け入れやすい数字にまで落とすのですね。相手は最初の要求に比べればと受け入れやすく感じてしまう。総理は大丈夫でしょうか? 」


「そうだな。米国は2年辺りを見据えてるんだろうな。しかし世界のバランスねぇ……」


俺と恋人たちは今、方舟特別エリアの中央にある国際会議場にやってきている。

総理に相談を受けた日にプランBを実行することになり、国際会議へ日本のマスコミとして蘭の幻術で姿を変え参加することになったからだ。

俺たちの前でこっちをチラチラ見ながら落ち着かない産惠新聞の津田さんと、その先にいる総理を見ながら同時通訳の音声を聞きながら後方の席に座り会議の進行を見守っている。


今回連れてきたのは恋人たちだけだ。方舟特別エリアは殺傷不可エリアなので、もし万が一のことがあった際に転移の魔法が使えないと危険と判断したからだ。まあさすがにここでは何もないとは思うけどね。


ちなみにプランBは世界各国が団結して日本が不当な扱いを呑ませようとした時に、俺たちLight mareを後ろ盾にその提案を引っ込ませるというものだ。

総理は俺たちに悪者になってもらうことに罪悪感を抱いているようだが、俺は別になんとも思っていない。

俺たちを必要以上に悪者にしないようさっきから色々とフォローしてくれてるけど、これまでの展開や各国の発言をみるとこいつらには無駄なような気がしてきた。さっきのロシアのプリーチンとかいう大統領もダメダメだな。あの国も東南アジアの人たちに滅ぼしてもらわないと駄目っぽいな。


それにしても総理は5年間の攻略禁止に対して拒絶したが、米国の思惑通りの返答をしてるよな。こりゃ今までも世界貢献してきたんだからこれからもよろしくねってなりそうだ。



「あ〜気持ちは分かるけど東堂総理は術中にハマったわね」


「言葉で感謝してると言うのはタダよ。自分たちが努力したり血を流さないために日本を利用してくるわね」


「どうやらその通りになりそうですね」


「……王国の方たちが主様に言ってきたことと同じことを言ってますね。蘭は不快な気分になってきました」


「蘭、やめろよ? ここは非殺傷区域で、殺意を持って攻撃したら方舟の外に出されるんだからな」


「むう〜」


確かに王国の奴らが俺を自分の思い通りに動かそうとしている時に言うことと同じだな。

勇者様さすがです。勇者様のおかげで多くの民が救われました。これからも民のために世界のためによろしくお願いします。つきましては魔王討伐を邪魔する勢力がおりまして……ってな。

何も知らない最初の頃はよく利用されたもんだ。そのおかげでやりたくもない人殺しをよくさせられた……

くそっ! 嫌なこと思い出させやがって。


しかしあの米国の新しい大統領のババアムカつくな。なにが日本を尊敬してるだ。周囲の国を扇動するやり方といい、日本のみに負担を強いる提案といい前の大統領とやってること同じじゃねえか。来月あたりから連合の攻略済みフィールドが期限を迎えるのと、選挙が近いからそっちに集中するために日本を封じ込めようってとこか? まだ懲りてないようだな。


「おいおい……日本を封じ込めるだけじゃなくて救世軍? タダ働きさせるつもりかよ」


「おとなしくしてろってだけじゃなく、世界への貢献をもっとしろってこと? 」


「これは酷いわね。日本にだけ犠牲を強いるつもりね」


「さすがに無償ではないのではないですかね? 」


「なっちゃん。蘭はこういうことを言う人たちをよく知ってます。美辞麗句を並べて日本軍を無償で働かせるつもりですよ」



『とんでもありません! 傭兵ではなく世界を救済するための救世軍です。救世軍によって攻略されたフィールドは世界共有のフィールドとなります。世界が一つになれるのです。是非Light mareの皆さまにもご参加いただきたいです。そうしていただければLight mareの皆さまも世界の敵ではなく、救世主として勇者として世界中に受け入れられると思うのです』


このババア! 今なんて言った!?


「なんでここで私たちが出てくるのよ! 腹立つわね! それに最後の言葉は許せないわ! 」


「あわよくばってとこかしら? それでも日本を使って私たちを戦わせようなんて気に入らないわね。それになによりも頭にくるのが……」


「ええ、最後の言葉は許せませんね」


「主様! 」


「蘭待て! 動くな! 」


俺は魔鉄扇を取り出し今にも飛び出しそうな蘭を制止した。


「で、ですが主様を世界のために戦わせようとしています! またあの時みたいに主様を苦しめようと! 」


「ダーリン、私も許せないわ。ダーリンはもう勇者なんていう世界の奴隷じゃないのに! 」


「コウ、この世界を滅ぼしましょう。こんな世界救う価値なんて無いわ。日本だけ救って元の世界に帰りましょう」


「そうです! 光希を勇者に仕立て上げて世界のために戦わせようなどと! 光希を利用しようという者は殲滅すべきです! 」


「待て待て! 俺のために怒ってくれるのは嬉しいがそう殺気立つな。津田さんが震えてるぞ? 落ち着けって」


俺は蘭を制止しながら怒り狂う恋人たちを落ち着かせることに苦心した。俺が怒ろうと思ったのにそれどころじゃなくなったよ。津田さんなんか汗でびっしょりで今にも倒れそうだぞ?


それにしても……



《 おお〜! 世界救済軍! 良いアイデアだと思います 》


《 10日で10フィールドも攻略できる日本軍なら適任ですな! これで世界は安泰ですな! 》


《 あのLight mareという集団も参加するなら世界中の無辜の民が救われますね。まさに彼らは勇者と呼ばれることになるでしょう 》


ああ、駄目だわこいつら。救いようが無いわ。

総理も沈痛な面持ちでこっちを見ているな。これはこれから俺たちを後ろ盾にして各国を黙らせる発言をするって合図だ。そして本来ならここで蘭の幻術を解いて俺たちの姿を見せて終わりという計画だったが……


すまんな総理。プランBは破棄だ。これよりプランCを実行する。


「蘭、幻術を」


「はい! 」


「ちょっと行ってくる『飛翔』 」


俺はそう言って記者エリアから飛び出し、中央の円卓に座る各国の首脳を見下ろせる高さまで上昇した。

この会議場は10mほどの高さしかないからそんなに高くは上がれないけどな。


「私も行くわ! 『飛翔』 」


「あら? 総理に話させるんじゃないのね。私も我慢の限界だからこっちの方がいいわ。シルフ、私をコウのもとへ」


「どの国も救いようがありませんね。私も行きます『飛翔』 」


「主様を利用しようとする者たちは蘭が許しません。『飛翔』 」


あら? みんな付いてきちゃったよ。一応威嚇のためにみんな鎧を着てきているからまあいいか。

私服だったら下にいる奴らの目に幻痛草の粉末を撒いていたけどな。


《 なっ!? と、飛んだ!? 》


《 な、なんだ君たちは! ここをどこ…… 》


《 あ……ああ……エ、エルフに獣人…… 》


《 あ、あの男は! ま、まさか! Light mareか!? 》


《 そ、そんな! いったい今までどこに!? 》


『ヒッ!? Light mare…… 』


「よう世界のゴミども。最初から聞いてたぞ? よってたかって日本を袋叩きにしたあげくに、俺たちを利用しようとしやがって。覚悟はできてんだろうな? 」


『ヒッ!? こ、これはただの提案ですので決してニホンをその……』


《 そ、そうだ! そういう案があるということを話し合っていただけ……で…… 》


《 わ、我が国は反対するつもりだった! まだ話し合いの途中であったから…… 》


《 な、なんだお前たちは! ここは国際会議の場だぞ! 警備隊は何をしているのだ! 》


《 き、貴様! 我々をゴミ呼ばわりするなど! 私をいったい誰だと! 》


《 やめろ! 刺激するな! 明日には国にドラゴンが来るぞ! 警備隊も動くな! 》


《 《 《 ………… 》》》


「さ、佐藤さん……」


「総理すみません。プランCに変更します」


「は? プランC? そ、それはどういう……打ち合わせではそのようなプランは……」


「ええ、さっき思い付いたので総理は知らないでしょうね。まあ安心して見ていてください」


「さっき!? そ、その……お連れの方々はなぜ皆さん武器を抜いてるのでしょうか? まったく安心できないのですが……」


「え? おいおいみんな……持ってるだけにしておけよ? 」


俺は突然空中に現れた俺たちを見て顔を青ざめさせている各国の首脳を一瞥したあと、すぐ真下で俺の予定と違う行動に焦っている総理にプラン変更を伝えた。

そして総理に言われて背後を見ると恋人たち全員が抜刀していた。

俺が持ってるだけにしておけよと言うと誰一人返事をすることなく、冷たい表情で眼下にいる各国首脳を見下ろしながら薄く笑っていた。

非殺傷エリアだってわかってるよな? どんだけ攻撃的なんだよ俺の恋人たちは……


「ただの提案だ? 俺が聞いていた限りじゃそのまま採決に行きそうな流れだったがな? あんまみっともない言い訳するなら今からお前らの国に遊びに行くぞ? 」


『………… 』



「で? そこの米国の婆さん、日本は5年間攻略戦に参加するなだっけ? 」


『 ば、婆さ……そ、それは一つの提案ですのでに、2年に短縮させることもこれからの話し合いで……』


「馬鹿かお前? 1年とか5年とかそういう話じゃねえんだよ。自分たちより強い勢力が現れたからってそれを数の力で抑え込むのかってことを聞いてんだよ」


『 ば、し、失礼ではないですか? わ、私は合衆国大統領なのですよ……もっと敬意をもった話し方を……』


「敬意だ? お前らのどこに敬意を持てって? 笑わせんなゴミども。いいかよく聞けよ? 俺たちは日本の神によってこことは違う世界から召喚されてきた。この世界の住人じゃねえんだよ。だから日本以外が滅ぼうが関係ないと思ってんだよ」


『なっ!? せ、世界を滅ぼすつもりですか! 』


《 な、なんだと! ニホンさえ残ればいいと言うのか! 》


《 なんと言う傲慢さ! 各国であの悪魔に対抗せねば世界が滅ぼされますぞ! 》


《 よせっ! 貴方達は知らないからそんなことを言えるんだ! 黙ってろ! これ以上刺激するな! 》


「んん? 俺に悪魔になって欲しいのか? 今言った奴……フランスか。いいだろう今日中にお前の国をこの世界から消滅させてやろうか? そうだな、お前の国にいる国民を全て殺すのに一日は掛からないだろうな」


《 ヒッ! わ、我が国はそんなつもりでは…… 》


《 お、欧州連盟の総意ではありません! 私たちは戦争など望んでいません! 》


《 だ、大統領! そんな! 我が国を切り捨てるつもりか! 》


『ミスターサトウ。発言権のない国が言ったことです。世界の総意ではありません』


「別にどっちだっていいさ。向かってくるなら滅ぼしてやる。中華国のようにな。それよりもこの世界会議は地上での戦争には関与せず、あくまでも方舟攻略についてのみ拘束力がある会議らしいな。ここで決めたルールに従って方舟攻略をするんだっけ? ルールに従ってさえいればどの国が複数攻略しようがいいって聞いたんだがな? それがどうして日本に攻略をするなって議案が出るんだ? しかも日本に制裁して2年もの間攻略をさせなかった米国の発案でだ。これは日本を世界が滅ぼそうとしてんだよな? 」


『うっ……ち、違います。ニホンは今後無理をせずとも国民を養うだけのフィールドを手に入れました。ですので国民が飢えている国に攻略難易度の低いフィールドを残して欲しいのです。そして強力な力を持っている日本軍に手伝っていただければ世界が救われるのです』


「ふーん。で? その国民が飢えているかわいそうな国にお前らは何をしてやるんだ? 言い出しっぺの米国はフィールドの一つでも譲るのか? それくらいするよな? 日本にだけ血を流させようってんだから当然だよな? 」


『そ、それは……わ、我が連合はしょ、食糧支援と後方支援を……』


「ふざけんなよババア! まだ懲りてねえらしいな! 日本の技術を手に入れるために何をやったのか忘れたのか? お前この間詫びを入れてなかったか? 口だけだったってんなら予告通り今からテメーの国を滅ぼしてやる! 」


『ヒッ! ご、誤解です! わ、我が国は前大統領がニホン国に対して行ったことを大変遺憾に思い反省を……』


「だったらこの会議はなんだ! よってたかって日本を封じ込めようとしやがって! そのうえ俺たちを勇者にするだ? 勘違いするな! 俺はこの神に見捨てられた世界なんかなんとも思ってねえ! 日本の皇室と善良な国民だけ救えればお前らなんか必要ねえんだ! 俺は将来の日本のために、お前らのような他人から利益を奪うことしか能がねえゴミどもがいる国なんか全て滅ぼしてもいいとさえ思ってんだよ! 」


『ヒッ!? ………ほ、滅ぼす? わ、私たちが神に見捨てられた? 』


《 あ、悪魔だ……魔王だ…… 》


《 あ、あんなのとニホンは友好関係を築いているのか? ニホンと魔王に世界が滅ぼされる…… 》


《 やはりLight mareは危険だ……団結して排除しなければこの魔王軍に世界は滅ぼされるぞ! 》


《 か、神に見捨てられてなどいない! わ、我々の神もすぐに使いを送ってくれるはずだ! 》


《 そ、そうだ! 我が主により使わされた使徒様にお前は滅ぼされる! この魔王めが! 》


《 やめろ……彼はそれができるから言ってるんだ……頼むからこれ以上刺激しないでくれ…… 》


「ククク……魔王か。別にそれでいいが、そうか……お前らは知らなかったな。いいぜ? この世界に来る時にアマテラス様が言っていたことを教えてやる。この世界を創った創造神はお前らが始めた核戦争を見て地上世界を捨てた。そしてお前らが崇める各国の神は過去に使徒を地上に送り込んだことで宗教戦争を勃発させ、二度とこの地上に使徒を送ることができなくなった。だからいくら待ってもお前らの信じる神は使いを寄越したりしない。まあ、自業自得だな」


俺はアマテラス様が言っていたことをこのゴミどもに教えてやった。信じようと信じまいとどうでもいい。自分たちの愚かさを直視せず神にすがるならずっとそうしていればいい。


それにしても俺が魔王か……まあ勇者と呼ばれ世界を救えと言われるよりはよほどいいな。


『そ、そんな……我らが主が見捨てたなどと…… 』


《 う、嘘だ! デタラメだ! 我々の神が使徒様を送るのを恐れているからそんなデタラメを言うんだ! 》


《 し、しかし現に地上には草木が生えず、我々は滅亡の道をたどっていると言うのに我らが神は何も…… 》


《 ま、まだ試練を乗り越えていないだけだ。方舟を攻略していけばいつかきっと我らが神は救いの手を…… 》


《 そ、そうだ! あんな魔王の言うことなど信じられるものか! 我々を分裂させ滅ぼそうとしているんだ! 》



「ぷっ! ダーリンが魔王ですって! なら私たちは四天王かしら? 」


「魔王ノブナガはこうやって勇者から魔王になったのね。納得したわ。こんな愚かな人間ばかりだったら魔王にもなるわね」


「ノブナガはどうでしょう? 光希と違いこの世界にいる時も魔王と呼ばれてましたからね。異世界で勇者として召喚されたことの方が驚きなんですけど……」


「四天王……うふふ。大島を魔王城に改築しないといけませんね。蘭はドグさんたちと建築計画を立てます! 」


「蘭! よせっ! やめろ! 大島の拠点にあんな趣味の悪い城を建てるな! 」


「主様は昔、蘭に形から入ることは大事だと言ってました」


「そういう意図で言ったんじゃない! しかも魔王になることを前提で言うな! 」


「ですがこのような愚かな者たちは滅ぼすべきです。蘭は昔読んでもらった絵本に出てくる四天王になりたいです」


「ええ!? それ勇者が活躍する絵本だったよな!? なんで敵役になりたいと思ったんだよ! 」


「やっぱりコウの育て方が原因よね……かわいそうなランちゃん…… 」


「三つ子の魂百までと言いますからね。幼い時から四天王を美化して読み聞かせてたのですね」


「違うよ! 俺はしっかり正義の心を説いて読み聞かせてたよ! 」


蘭が四天王に憧れてたなんて初めて知ったよ! なんでそんな風に思うようになったんだ? 俺は正義の勇者を読み聞かせて、その後も俺自身が勇者として世界を救うために……あっ、ロクな目にあってなかったわ。

蘭はそんな勇者としての俺の姿や行動を見て、魔王に従う四天王の方がいいと思ったってことか?


なんてことだ……俺が勇者として頑張ってきたのに、蘭には四天王の方が報われてるように映っていたのか……


俺は眼下で発狂している各国の首脳をよそに、勇者の従者より四天王の方がいいと思っている蘭にショックを受けていた。


いつもの思いつきで言いましたって言う天然発言だよな? そうだと言ってくれよ蘭……











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