第19話 英雄







『プレッシャー』


「ほらっ! 動きを止めたぞ! あとはオークウィザードの魔法にだけ注意して斬るだけだ。駆け出しのハンターにだってできる簡単なお仕事だぞ」


「ハァハァハァ……くっ……うおあああ! 」


「フゥフゥフゥ……うっ……ハァッ! 」


「「ブギィィ! 」」


「よしよし。うーん、魔力と体力がそろそろ限界ぽいな。 『時戻し』……これで体力は元に戻った。ほらっ、吸収の魔剣で魔力を回復しろ」


「…………」


「…………」


「なにをモタモタしてんだ? もし1万の魔物に囲まれてたらそんな余裕あんのか? お前たちは俺がいるからって甘えてんじゃねーのか? ここに一晩放置していってもいいんだぞ? 」


「は、はい! やります! すぐに! 」


「や、やります! もういけます! 」


「すぐ側に怪我をして動けない仲間がいると思え! 次はオーガの群れと黒死鳥だ! 気を抜くと死ぬぞ! 」


「二人とも頑張ってください! 」


光一たちを中世界草原フィールドに連れてきてから丸一日が経とうとしていた。

来て早々から定期的に蘭に10~15匹くらいの魔物の群れを連れて来させ、ひたすら二人に戦わせていた。

危なそうな時は時折プレッシャーの魔法で俺が手助けしているから、ここまで二人は大きな怪我をすることもなくノルマを着々とこなしている。連戦で二人がへばった時には時戻しの魔法を掛け復活させた。ただ、消費したカロリーや魔力は時戻しでは回復しないので、携帯食料を戦いの合間に食べさせ吸収の魔剣で魔石を斬らせて回復させてきた。

途中フィールドにいる中露や米欧の偵察らしき小部隊がこっちに向かって来たが、俺が天雷を進行方向に撃ったら撤退していった。近付くなという警告が伝わってなによりだ。蘭がトレインしてきた魔物の群れに捕まった他国の偵察らしき部隊もいたけど、あれは不幸な事故だったな。


光一と夏美はこの終わりのない魔物との戦いで体力がというより精神力が限界っぽい。もう半日やったら休ませるかな。

これまでの連戦で今までの蓄積もあったのか、光一は魔力系統がAにランクアップし、夏美も体力と物攻がBと魔力がDになってる。今は光一と夏美になるべく物理で魔物を倒すように言ってある。

魔法剣士はステータスは全系統満遍なく上げないと器用貧乏になるからな。夏美の物防の伸びが少し遅いのは、光一が結界を夏美に張りすぎるのが原因だ。なので結界も禁止にした。


「な、仲間が……もう俺は誰も失いたくないんだ! うおおおお! オラッ! 」


「仲間……もうあんな思いはしたくない! ハアァァァァ! ハァッ! 」


「うんうん、いい感じでステータスが上がってるな」


「リアラの塔の無いこの世界で、短期間で能力を上げるとなるとこの方法しか無いのはわかりますが……見ていて辛いです」


「大丈夫だ。二人の心は折れていない。さすが俺と夏海だよ。逆境に強い」


「……そうですね。確かに二人の目は死んでませんね。蘭ちゃんも連れてくる途中で数を調整してくれてるみたいですし、二人なら乗り越えられそうですね」


「そうだな。一人じゃこの三分の一の数でも無理だったろうな」


守る者がいるやつは強いし決して折れない。あの二人はそうしてお互いを支え合って戦っている。だから倒れない。それは二年前に大切な仲間を守れなかった後悔の念と、もう無力なままではいたくないという決意があるからだ。そういうやつは伸びる。あの時の俺のように……


「光希、他国の軍が動き出したみたいです」


「わっかりやすいまとまり方してるな。東から来るのは恐らく米欧英連合だろう、西は中露っぽいな。その他は南からか。北の神殿付近の部隊も向かってきているな……包囲するつもりか? 」


「全方位からですか……昨晩の警告の攻撃でここを攻略した者と確信したのかもしれませんね」


「米欧英は今の時点ではなるべく殺さない方が無難かな? 幻術を掛けているとはいえ魔法が特殊だからな。連合を抜けたあとに俺たちが日本についたのが知られたら難癖をくけてくるかもしれない。代わりに中露を壊滅させてキツイ警告としとくか」


「やるのならもう少し包囲が狭まった時がいいと思います」


「そうだな。見せしめにする」


「二人は私が見ておきます」


俺と夏海が光一たちを見守りながら話していると、探知に全方位から近付いてくる人間の反応があった。夏海は一番近い中露らしき500人ほどの反応に気付いたようだが、俺はもっと広範囲で察知していた。門の位置から恐らく米欧英が東から300、中露が西から500、その他が南から400と北の神殿付近に3つほどあったそれぞれ100ほどの部隊が俺たちのいる中央部に向かってきている。


『蘭、北から来る奴らに魔物をぶつけてくれ。他は俺が対処する』


『はい! ちょうど大きめのオークの群れがいるので連れて行きます! 』


俺は蘭に北の部隊は任せて西から近付いてくる500人ほどの部隊を待った。そして500mほどまで近付いてきた頃に俺は動いた。


「『飛翔』 最後の警告だ『天雷』 」


《 这是雷声!(雷だ!) 》


《 宙に浮いてるぞ! 》


《 やっぱり欧米人だ! 新兵器か何かか!? 》


《 散れ! 固まるな! あいつは危険だ! 生死は問わない! 使っているであろう兵器を回収しろ! 》


「中華語もロシア語もさっぱりわからんが、やる気か……警告はしたぞ『プレッシャー』 」


《 沉重的身体!(身体が重い!) 》


《 这是什么!(なんだこれ!) 》


《 グッ……ま、まさか魔法か!? 》


『轟雷』



俺は警告を無視して散開しつつこちらへ向かってくる中露の部隊と思わしき者たちにプレッシャーを発動し動きを止め、続けて轟雷を放ち数人を残して焼き殺した。他の国の部隊にも分かりやすいようにオーバーキルともいえる魔法を放ったのが功を奏したのか、東と南から近付いてきていた部隊は足を止めた。北の部隊は蘭が連れてきた魔物に襲われ散り散りになっていた。

とりあえずはこんなとこかな。あとは各国で中露のいた場所に斥候を放つだろう。この惨状を見た上でまだ近付いて来るなら、それが偵察でも使者でも殲滅するだけだ。


『蘭、こっちは片付けた。引き続き魔物のトレインを頼む』


『はい! こっちもほぼ壊滅しました。引き続き誘導します』


『ああ頼む』



「光希お疲れ様でした」


「ああ、これでもうしばらくは訓練できるだろう。光一たちは残りはオーガキングだけか……だんだん処理が早くなってきたな」


「ええ、夏美も動きが良くなってきました。装備もそうですが、なによりも光希が付与した紋章魔法の効果が大きいですね」


「確かに俺たちの世界でも反則級の魔法だからな。あとで光一には転移まで付与するから他国に狙われても生き残れるだろう。そうなれば俺たちは安心して元の世界に帰れる」


「この世界の光希も夏美の勇者になるのですね。本当に私たちは運命の……」


あ、夏海の目が潤んできた。これは乙女妄想モードに突入したな……



「喰らえっ! オラァッ! 『雷龍牙』 」


《ガァァァァァ…… 》


「ハァハァハァ……なんとか倒せた……」


「フゥフゥフゥ……光一……次が来る前に少し休みましょう」


「そうだな。夏美が先に光希が用意してくれたテントに入ってくれ。俺は外を警戒している」


「……わかったわ。10分で出てくるわ」


「ああ」


「光一、魔力と体力に物攻ががAランクになってるぞ。おめでとう」


「マジか!? もう何体倒したか覚えてないけど、たった1日でか!? 」


「Bランクの魔物が多かったからな。蘭のチョイスに感謝だな。ドロップ品を見ると亜種もいたようで、中級ポーションに中級風魔法書も落ちてたぞ」


「亜種なんていたのか!? それを俺たち二人で……それにレアアイテムの中級ポーションに魔法書まで……結果が出てたんだな」


「そうだ、確実に強くなっている。だからと言って気を抜くなよ? もう半日したら休ませてやる。それまで物理を上げろ。魔法剣士は色々と大変なんだよ」


「あ、あと半日も!? わ、わかった……強くなってるんだ、言う通りにする。強くなれば夏美を守れる……ハーレムだって……」


「そうだ。こんな力がモノを言う世界だ。強くなればモテる! 良い生活だってできる! 女性は本能的に優秀な子孫を残すために、強いオスに魅力を感じるらしいぞ? 強くなれば毎日大浴場で大欲情できるぞ? 」


「強いオスを求める……大浴場で大欲情……う……うおおおお! 光希! 次だ! 次の魔物を早く! 俺は……俺はハーレム王になる!」


「お、おう……いま蘭がこっちに誘導してる。これは白狼が率いる群れだな」


「やってやる……やってやるんだ……」


「光一ありがとう。交代しま……どうしたの? そんなに魔力を漲らせて……目も怖いわ。光希さん光一になにか魔法を掛けたんですか? 」


「い、いや? そうそう、ランクが上がってると教えたら強くなったのが嬉しいらしくて張り切っちゃってるんだよ。夏美さんも物理系統がBランクに上がってるぞ? 頑張ったな」


「わ、私がBランクに!? 私が……無心で魔物を倒していましたが結果がついてきていたんですね。光一がやる気になるのも納得です。私も最後までやりきります! 」


「そうか……次は白狼率いる群れだ。頑張れ」


俺はそう言うと獣のように獰猛な目をしている光一からそっと離れ、100mほど先に設置してあるテーブルセットのところへ向かった。

この調子なら明日の朝には帰れそうだな。





「ハァハァハァ……」


「フゥフゥ……」


「お疲れさん。最後の大群をよくさばいたな。めでたく光一はAランク、夏美はBランクになった。光一に魔物の比重を多くしたのによく耐えたな。まあ夏美の指がなくなったり、光一の耳や足がもげたりとかハプニングはあったが死ななくてよかったよ」


あれからさらに丸一日が経過してこの中世界にきてから3日目の朝。目標としていたランクに光一たちが到達したので特訓を終了することにした。

途中5時間ほど仮眠の休憩をとったあとは、夜通し連戦させた。最後には蘭による間引きなしの群れを結界と物理のみで倒すよう縛りをいれて戦わせた。そのおかげかステータスをほぼ満遍なく上げることに成功した。


「ああ……本当に死ななくてよかったよ……あれ? なんで死んでないんだ? 」


「あ、ありがとうございます……」


「5時間の休憩のあとに光一の集中力が散漫だったな。あれが怪我の原因だな。ちゃんとテントで休んだのか? 」


「あ、ああ……よ、4時間は寝たと思う……」


「…………光一のばか」


ああ、そういうことか。命の危険を感じると本能によって子孫を残そうと息子が元気になるからな。俺も昔はシルフィとよく励んだもんだ。

夏美が顔を真っ赤にしてるけど、うちの蘭と夏海も昨日は激しかったから気にするな。


「気持ちはわかるがこの連戦の最中にヤルとかお前は真性の馬鹿だよな……」


「いやはははは……不思議だよな、肉体も精神も疲れ果ててたのになぜか元気でさぁ。夏美もそりゃもう何度も求めてきて」


「馬鹿! なんてこと言うのよ! 馬鹿! 大馬鹿! 」


「あ痛っ! ちょ、夏美! 抜き身! 刀が抜き身だって! 切れる! うわっ! 危なっ! 」


「ふふふ。夏美いいのよ。光希なんだもの。仕方ないわ」


「うふふ。さすが主様です。どの世界の主様もブレないです」


「ほ、ほら! 戯れてないでステータス確認してみろ! 」


俺は蘭と夏海が生温かい顔で光一を見ているのにいたたまれなくなり、鑑定の羊皮紙を戯れてる二人に渡した。

二人は気になるのか追いかけっこをやめて自分を鑑定し、その結果に驚いていた。

ちなみに二人のステータスはこんな感じになっていた。


倉木 光一


職業: 英雄


体力:A


魔力:A


物攻撃:A


魔攻撃:A


物防御:A


魔防御:B


素早さ:A


器用さ:A


運:C


魔法: 中級風魔法


備考:紋章魔法使用可能: 天雷 天使の護り 探知





多田 夏海


職業: 剣士


体力:B


魔力:D


物攻撃:B


魔攻撃:D


物防御:B


魔防御:D


素早さ:B


器用さ:E


運:D



備考:紋章魔法使用可能: 探知



光一は魔法剣士から英雄に昇格しており、補正が入って満遍なく上がっていた。魔防については元が低かったからこんなもんだろう。これから魔法をもっと使うだろうから、最終的には物理系より魔法系のステータスが上がると思う。夏美は魔力を毎回限界まで使ったおかげか魔法系も1ランク上がっていた。器用さはこれから直接魔法を撃つようになれば自然と上がるだろう。


「え、英雄!? お、俺がこんなに強く……」


「す、すごい……こんなに上がってる」


「あれだけの数を倒せば嫌でも上がるさ。他国の兵士たちは魔物が少なくて訓練にならなかっただろうな。とりあえず光一には上級風魔法書をやる。そのランクなら使いこなせるだろう」


「じょ、上級魔法書なんて見たことないぞ! 」


な。この中世界フィールドのボスを倒していればそのうちドロップするはずだ。次のフィールドのそうだな、大世界フィールドになるのか? そこなら亜種系の魔物からもドロップするはずだ。恐らくAランク魔物が多いだろうからまだ光一たちには無理だけどな」


恐らく次のフィールドは上級ダンジョンの中層から下層レベルで、亜種はAランクでボスはSランククラスだろう。元の世界でもスクロールを持たせた自衛隊でもまだ攻略できないレベルだ、この世界ではまだまだ先だろう。


「亜種でAランク、ボスでSランクの魔物……」


「Bランクの魔物をやっと倒せるようになった私たちでは、まだまだ敵いませんね」


「今はそうだが、今後俺たちが鍛治技術や魔道具技術を伝授するからな。日本人全体が底上げされればいつかは攻略できるさ。光一、お前はその先頭を走るんだ。その称号通り英雄になれ」


「お、俺が英雄……やるさ、この滅びを待つだけの日本を救ってみせる! 」


「光一……私は貴方の背中を守るわ。絶対に死なせない」


「夏美……俺も決してお前を死なせたりしない。二人でこの日本を救おう」


よしよし、いい感じだ。そのまま強くなってくれればその間に俺が呼ばれることは無いな。光一たちにはエルフなみに生きてもらおうかな。


さてと、最後に転移の魔法を付与してとっとと帰るか。










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