第20話 約束








さて、最後に転移を付与するか。


「最後に光一、転移の魔法を付与する。だけど約束してくれ。決して国には仕えないと、一生フリーで戦うと」


「マジか! 転移まで!? それはありがたいけど、国に仕えるなというのはなぜなんだ? 」


俺の言葉に疑問を持つ光一に、異世界に召喚され流されるまま国に仕えたばかりに最愛の恋人を救えなかった話をした。


「そんなことが……光希、辛かったな」


「そんな……恋人と離れ離れにされたあげくに死なれてしまうなんて……」


国に仕えると行動が制限され、そして命令に従わなければならなくなる。家族や恋人よりも国全体のことを第一に考え行動しなければならなくなる。突出した戦闘力を持つなら尚のことその縛りはきつくなるだろう。


「俺はあの時から心に決めたことがある。世界や国のためではなく大切な人のために戦おうと。そのためには世界を相手取っても大切な人を守れる力が必要だった。だから俺は強くなった。そしてついでに魔王を倒し世界を救った。そう、世界を救ったのはついでなんだ。光一、強くなれ! 強くなって世界なんかよりも大切な人だけを守れ! 決して俺と同じ道を歩むな! 」


「光希……ああ、お俺はお袋と夏美を守るために戦う! 世界や日本なんかよりも、大切な人を守るためだけに戦うと約束する! 」


「光一……嬉しい……私の英雄様……」


いい目をする。これなら大丈夫そうだな。正直言うと国に仕えられると将来敵になる可能性があるんだよな。転移持ちと戦うとかめんどくさいから、今のうちから公務員の道は潰しておかないとな。


「うふふ、光一さんが主様にどんどん似てきました」


「あの目は光希そっくりよね。夏美が感激する気持ちはわかるわ」


「よしっ! それじゃ装備を外して胸を出してくれ。一番安全で発動しやすい場所に刻印する。天雷は腹だったから転移は左胸がいいかな」


「ああ頼むよ。左胸は痛そうだけどな……だけど転移が使えればいざとなった時に夏美を連れて逃げれる。必ず使いこなしてみせるさ」


「光一……」


「そうだな。生きてさえいれば何度でもやり直せる。使いこなすのは大変だが、恐らく転移はこの世界には無い魔法だから必ず光一の力になるはずだ。準備はいいか? いくぞ……『紋章』 『転移』」


「ぐっ……」


俺は光一の左胸に転移魔法の刻印を始めた。光一は顔をしかめて焼けるような痛みに耐えている。


「私の時はそんなに辛かった覚えがないのだけど……」


「うふふ。それは主様がなっちゃんの胸をたくさん揉んで気を紛らわせていたからです」


「え? そうだったの? そういえばその……光希と激しく愛し合ってる最中だったから……頭が真っ白で覚えてなかったのかもしれないわね」


「蘭も交尾をしてる時だったので痛みとかはあまり覚えていません」


「ぶっ! 」


おいおい、近くで何を話してるんだよ。危なく付与失敗するところだったじゃないか。


俺は凛と夏海の恥ずかしい会話に動揺しつつも、なんとか光一へ転移の魔法を付与することに成功した。

続けて夏美にも初級魔法をもう一つ付与できそうだったので、何がいいか聞いたら武器が無い状態で戦えるよう攻撃魔法をお願いしますと言われたので、胸の少し上に雷矢を付与した。


それから二人に魔法の使い方やイメージのコツなどを教え、少し魔物で練習をしてから俺の転移で入ってきた門まで戻った。すると門の前で待ち構えていた欧米人ぽい二人組が両手を上げて話しかけて来ようとしたので、すかさずプレッシャーを発動してその場に縫い付け俺たちは門の外に出た。


「お、おい、いいのか? 相手は話をしたそうだったぞ? 」


「え? なんで? 卑劣な手で日本を追い込んでる奴らだぞ? 連合脱退するまでは殺すと後々めんどくさそうだから行動不能にしたけどさ、今後敵になる相手なのは間違いない。つまり話すことなどない」


「そうだったな……今は敵に等しい奴らだよな。二年前までは米兵とも仲良くやってたんだけどな……」


「その兵士たちも同じことを思ってるだろう。だけど上に日本人を殺せと命令されれば俺たちを殺しにくる。国に仕えるってのはそういうことだ。自分を殺しにくる奴に情けをかけるな。夏美さんを失いたくなかったら非情になれ」


「ああ……そうだな。優先順位は間違えないさ。情けをかけれるほど俺は強くはないからな。殺せる時に殺すさ」


「そうだ、お前はまだまだ弱い。たとえ強くなっても驕るなよ? 俺はこの世界にいつでも来れるようになるんだ。道を外れたら俺が責任持って殺しにきてやる」


俺のことだから大丈夫だと思うけどな。一応釘を刺しておかないと。


「わ、わかった……」


「光希さん大丈夫です。お義母さんと私がしっかり見張っておきますから」


「そうだな。二人がいれば大丈夫だな。さて、この島の見張り役が近付いてきたからとっとと帰ろう。『 ゲート』 」


俺はそう言ってゲートを発動し、皆でゲートを潜り渋谷へと出た。

それからはあんな目にあったのに感謝の言葉を連呼する光一たちと別れ、再びゲートを発動して拠点へと戻るのだった。


さて、政府から連絡がきてるかな? そろそろ昼だし昼食をとりながら留守中のことを聞こうかな。







「ダーリンお帰り! 」


「おっと! 久しぶりの凛アタックだな。お? ちゃんとTバック履いて待ってたんだな。しかも短いスカートを履いて直に揉みやすくしてるとはさすが凛だな。おお……相変わらず揉みがいのある尻だ」


俺たちが格納庫に入ると、入口横のソファセットにいた凛が駆け寄ってきて抱きついてきた。俺は恒例の凛のお帰りなさいハグに尻揉みで応えてから軽くキスをした。


「あんっ! ダーリン強く揉みすぎよ。お尻が赤くなっちゃうわ。あんっ、本当に私のお尻が好きなんだから」


「コウに蘭ちゃんに夏海、お帰りなさい。特訓はうまくいったようね。この短期間で本当にAランクにしてきちゃうなんて驚きだわ」


「シル姉さんただいまです。蘭は思いっきり走れて気持ちよかったです」


「あら、神狐になったのね。それは良かったわね」


「シルフィただいま。終わってみれば横浜の大氾濫並みの数の魔物を光一さんと夏美の二人で殲滅した事になるかしら? 」


「そ、そんなに? よく二人は死ななかったわね……」


「蘭が一度に相対する数を調整したし、時戻しの魔法を頻繁に使ったからな。デスナイト並に疲れ知らずだから時間さえ掛ければ倒せる数だよ。それより留守中になにか日本政府から連絡は無かったか? 」


特訓の内容を聞いたシルフィは少し引きつっていたが、俺は留守中のことが気になったので聞いてみた。


「昨日連絡が来たわ。連合に脱退を検討する旨を通達したらしいわ。門を設置する場所とか色々準備もできているから、戻り次第永田町の首相官邸に来て欲しいそうよ? 」


「そうか、とうとう通達したか」


「強硬に反対する人たちがいたそうだけど、その人たちには私たちのことや神麦のことを話してないみたいだから当然よね。一部の国民もデモを起こしているらしいわ」


「完全に脱退するまでは他国に勘付かれるのを避けるために言えないだろうな。わかったよ、あとで真田大臣に連絡してみる。留守番ありがとう」


「いいのよ。たまに米国の船らしきものが白旗を掲げて近付いてきたけど、クオンに追い返しに行かせるくらいしかやることなかったし」


「ダーリン、マリーたちがご飯作ってるから先に食べましょ♪ あの二人がどれくらい強くなったか聞きたいわ」


「そうだな、とりあえず飯にするか」


米国がまた来たのか、懲りない奴らだな。

俺は腹も減ったし凛の言う通りテントに入って昼食を先にとることにした。政府との接触は明日でいいだろう。今夜はお風呂にベッドにと、恋人たちとイチャイチャして疲れを取りたいからな。











ーー 永田町 首相官邸 会議室 内閣総理大臣 東堂 勇 ーー







「真田大臣、それで連合の反応はどうたったんだ? 」


「かなり動揺してました。まさか我々が脱退を検討しているとは夢にも思っていなかったようですね。米国が方舟連合会議場で臨時連合会議を開催するようです」


「まあそうだろうな。そこでキッチリと今までの鬱憤を晴らさせてもらうわ。恐らく合意なき離脱になるだろうから、半年分の資源を手に入れるのが精々だろうな。いずれにしろ佐藤氏と会って東京ドームに門を繋げてもらってからだ」


出ていく者にはいくら条約で決まっていても分け前を渡すのはケチるだろうな。最悪日本がいま生産している分を回収するくらいになるかもしれん。最初はキツイがこっちにはポーションと各種装備の製造技術がある。インドと中東辺りならこれまで通り貿易に応じてくれるだろう。


「ええ、無いとは思いますが佐藤さんが心変わりする可能性もあります。そうなると残念ですが、脱退は検討段階だということで引っ込める他ありませんね」


「鍵は預かっているが管理者がいないとフィールドは開放できないからな。それで佐藤氏はいつ戻って来るんだ? 」


「先ほど本人より連絡がありました。明日こちらへ来てくれるそうです。やはり中世界草原フィールドに行っていたようで、そこで見込みのあるハンターに訓練をつけていたようです」


「そうか、インドが言っていた中露を壊滅させた欧米人は彼らだったか……姿を変えられる魔法があると聞いていなかったら、あっちの国にも並行世界から呼ばれた人間が来たのかと思うところだった。そうなるとアフリカ連合と小国家連合を襲った魔物の群れも彼の仕業に思えてくるな……しかし見込みのあるハンターか……」


「ええ、例の馬場のパーティに襲われた男女のようです。それが驚くことにその男女は、この世界の佐藤さんと恋人の多田さんらしいのです」


「なに!? つまり佐藤氏は並行世界の自分と出会ったということか? 」


なんだそりゃ? 並行世界だからいるんだろうが、しかしそんなことがあり得るのか? 平和な世界ならともかく戦後一億近くも人口が減ったんだぞ? そんな世界の自分や恋人と同じ人間と出会えるなんてすごい確率じゃないか?


「そのようです。例の馬場たちの件の被害者がこの世界の佐藤さんと多田さんのようです。これはもう偶然というよりは出会う運命だったとしか言いようがありませんね」


馬場か……アイツのせいで制裁の口実を連合に与えたんだったな。しかも魔物をハンターになすり付けて殺そうなどとは死んで当然だな。管理者を失ったことで連合にはグチグチ言われるだろうが、到底許される行為ではない。どうせ連合を脱退すれば、方舟の特別エリアに設置した門には入れなくなるんだ。もう管理者など必要ない。


「そうか、確かに運命としか言いようが無いな。あれほどの力を持つ佐藤氏と同じ人間なら潜在能力は高いのだろう。それに同じ顔をしているなら今後他国に狙われる可能性もある。それとなく護衛を付けたほうが良さそうだな。できれば軍に入ってもらいたいが……」


「はい、既に身元は確認済みです。二人は倉木 光一さんと多田 夏美さんといい、世田谷に倉木さんの母親と一緒に住んでいます。軍への勧誘はしないよう佐藤さんにキツく言われていますので難しいかと。なんでも国に仕えないことを条件に大きな力を倉木さんに与えたそうです」


「国に仕えないことを条件に? 確か佐藤氏は過去に権力者とやり合ったとか言っていたな……その影響か?

それにしても大きな力とは……」


「恐らく過去の経験が原因かと……大きな力に関してはどのようなものかは教えてもらえませんでした。あの佐藤さんが与えた力ですから、私たちの想像を超えたような力だとは察しがつきますが……」


「また一人俺たちの管理できない存在が大きな力を持つのかよ……せめて軍に入ってくれよな……」


もう勘弁してくれ。もしその倉木氏が野心を抱いたらどうするんだ? 軍で止められるんだろうか?


「確かに強い力を持つ者が一般にいるのは脅威です。ですがもし道を踏み外したら佐藤さんが責任を持って処分すると言っていましたし、国に家族を殺されでもしない限りはそのような事にはならないだろうとも言っていました。今のところは倉木さんのことをよく知る佐藤さんの言葉を信じるしかありません」


「自分で自分を殺すのかよ……まあ、今は考えても仕方ないな。できれば倉木氏とも友好関係を築きたいからそれとなく接触はしてみてくれ」


「はい。ハンター組合を通して色々と依頼を持ちかけつつ近付いてみます」


「連合との調整で忙しいところすまんな。外務省のやることじゃないんだがな。特警も警務隊も今は信用できんし、情報調査室は特警の件で手一杯なんだ。少しの間だけ頼む」


「はい。お任せください」


とにかく明日だ。明日佐藤氏に会えば全てが動き始める。東京ドームは確保したし、そこに重機や農業機械は順次深夜に運び込んでいる。門が繋がり次第そこで中世界フィールドを開拓しつつ神麦を育て、同時に佐藤氏に銀座の刀剣及び装備製造工場で鍛治技術の教えを受ければ日本はどの国よりも強くなれる。


広い土地に実る金色の麦畑を見れば陛下も安心していただけるだろう。


明日だ、明日から全てが変わる。







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