第17話 悪魔の契約







「こ、ここがテントの中? 」


「凄い……」


「さあ、ソファに掛けてくれ」


「あ、うん……」


「し、失礼します」


「セルシア、マリーと一緒に昼食の用意を頼む」


「わかった! あたしが腕によりをかけて作ってやるよ! 」


「コウ、私もセルシアを手伝うわ」


「蘭もせるちゃんを手伝います! 」


「そうか、ならシルフィと蘭も頼むよ」


光一と夏美を拠点に招待してから俺たちのテントに入ってもらったが、まさかテントの中が40畳ほどのリビングでダイニングテーブルにソファ、そしてテレビモニターなどがあるとは想像もしてなかったのか二人とも固まっていた。

俺は二人に声を掛けてソファに座るよう促したが、どことなく落ち着かない様子だ。ソファにも浅く腰掛けてるし……ああそういう事か。


「二人ともどうしたの? もっとくつろいでくれていいのよ? 」


「凛、フィールドの帰りだから服の汚れとか気になるんだろう。まずはお風呂に入ってもらったらどうだ? 」


「そんなの気にしなくていいのに……でもそうね、それでくつろいでもらえるなら入ってもらおうかしら? 」


「え? お風呂があるのか? 」


「お風呂に!? 」


「夏美、こっちの世界ではあんまり入れないんですか? 」


「ええ、基本はお湯をはったタライに入ってタオルで身体を拭くのが普通よ。月に一度順番で公営の銭湯に入れるけどお湯に浸かるスペースなんて無いわ」


「そんな……」


夏海は驚いているが山に木すら生えてないからな。魔石を動力として使う技術は開発されているが、それを魔道具化する技術はまだ無いみたいだしな。火属性の魔石を使ったコンロもまだ開発されてないのだろう。この世界では各家庭の調理器具は全て電気を使うらしい。数基の原発と水力発電と風力発電、そして太陽光発電に魔石動力発電で電気を作っているみたいだが、それだって朝と夜の数時間しか電気は送電されないし使用量も決まってるらしいからとても風呂を沸かせないだろう。

連合を抜けれたら魔道具作製技術も政府に教えておくかな。


「俺たちの世界では魔石を燃料として使う技術が発展していて風呂も沸かせるんだ。原理は簡単なんだけど、小型化にするのに開発研究する余裕が無いんだろうな。まあとりあえず入ってくれ。夏海は着替えを一式あげてやってくれ、光一のは……凛が用意する」


「はい、サイズもそんなに変わらないみたいですし私のを用意しますね」


「え? そんな悪いわ」


「自分に遠慮なんてしないでいいのよ、さあ行きましょ」


「光一さんのは私が用意しておくわ。ダーリンは自分の着替えがどこにあるか知らないのよ」


「すげー、光希すげーマジでハーレムとか。しかも全員超美人だし夏美までいるし」


「この世界でも強ければ複数婚できるんだろ? 光一もできるさ」


「いや、俺には……夏美が……その……」


「光一? 」


なるほど、やっぱり俺だな。できれば作りたいんだろう。夏美をチラチラ見て顔色を伺ってるよ。


「え? やっぱり光一さんと夏美さんは恋人同士だったの!? 」


「凛ちゃん気付くの遅いわよ。私と光希は次元を超えても運命の赤い糸で結ばれてるのよ。シルフィの気持ちがなんとなくわかったわ」


「ええー!? 光一さん! 皇 凛て知らない? 知ってるわよね? 知ってるって言いなさいよ! 」


「へ? え? え? 」


「凛、それは大臣に調べてもらうよう言っておくから早く風呂に入れてやってくれ」


「絶対よ? ああ、でも怖いわ。いないならそれでいいんだけど、いたとして他の変な男と付き合っていたら……」


俺は光一に詰め寄る凛を止めて夏美を風呂に入れるように言い、俺も光一を連れて一緒に風呂に入ることにした。

光一とは小さい方の風呂に入ったが、それでも王族用のテントの風呂だ。銭湯なんて比較にならないほどの広さと豪華さに目を丸くしていた。光一はシャンプーを知らないらしく、つけすぎて流すのに時間が掛かっていた。俺は俺の世話をやきつつお互い背中を流しあった。


すごい傷跡の数だ……明らかに無防備な状態でついたと思われる傷が多い。とっさに仲間を守ってついた傷なんだろう。腕は食い千切られたっぽいな、目はハーピーに抉られたような傷だな。

この世界の俺も苦労したんだな……





「光希……お前凄いな。あんな美人を何人も恋人にできるなんて」


「同じフツメンなのに不思議か? そっちだってしっかり夏美さんをゲットしてるじゃねーか」


身体を洗い終わり二人で風呂に浸かっていると、光一が尊敬の眼差しで俺を称えてきた。


「まあそうだけどさ、でも美人に囲まれて毎日こんな風呂に入って背中流しあったりして羨ましい……」


「なんだ? 光一はモテたいのか? 」


「そりゃ……俺ならわかるだろ? あのリムっ子とかユリって子も凄いよな……それにダークエルフだっけ? どの子も反則級だよな」


あ、やっぱりコイツは俺だわ。


「どうしたら美女に囲まれた生活を送れるか教えてやろうか? 」


「え? そんな方法あんの!? はい! 先生! 知りたいです! 是非ご教授ください! 」


「うむ、教えてやろう。その方法はな? 強くなればいいんだよ」


「へ? 強く? 」


俺がモテる方法を教えると光一は理解できないようなので、凛と夏海やリムたちとの出会いやダークエルフたちとの出会いをこと細かく話してやった。


「ええ!? あの子たちはサキュバスという魔物だったのか!? それを配下にした!? しかも凛さんたちを助けるために単身でオーガキングクラスの群れに突っ込んでいったとか……本当に俺なのか? 」


「俺が生まれたのは凛たちがいる世界とはまた別の並行世界でさ、魔物なんていない世界だった。そこで20歳の時に突然異世界に召喚されてさ、幼い蘭と出会い長い間勇者として戦って魔王を倒したんだ。そして生まれた世界に戻ったと思ったら魔物の蔓延る違う世界だった。でも俺は元勇者だからな、その世界の魔物は余裕なわけよ。そして気が付いたら美女に囲まれていたというわけさ」


「なんだよそれ……どんだけ濃い人生送ってんだよ。年も俺よりは上だと思ってたけど、勇者とか魔王とか……なんだよそのおとぎ話みたいな展開……でもそうか……それならあの強さは納得できる。並行世界の俺にそんな力があるなら俺にだって可能性があるはず……強くなれば今度こそ仲間も夏美も守れる……」


「……力が欲しいか? 」


「ほ、欲しい! 大切な人たちを守れるような力が! 」


「……モテたいか? 」


「モテたい! 」


「……わかった。お前に力をやろう。目をつむれ」


俺は夏美を守りたいと言いつつ、モテたいと即答した光一に大きく頷き目をつむるように言った。

さすが俺だわ。


「え? ここで? 鍛えてくれるとかじゃないのか? 」


「その前に魔法をかける必要がある。いいから目を閉じろ」


「あ、うん」


光一には悪いがこれは悪魔の契約だ。俺が元の世界に戻った時の人身御供になってもらう。これほど信用できる人材はいないからな。悪く思うなよ? 俺たちはこうなる運命なんだ。あわよくば今後は俺の代わりにアマテラス様のお役に立って欲しいな。一度召喚とか経験してみるのもいいと思うんだ。


さて、確か2年前とか言ってたよな。まずは五体満足になってもらうか。


「 よしっ! 強くなるための準備魔法を掛けるぞ。じっとしてろよ〜? 『時戻し』…………この辺かな? ちょっと幼さの残る顔になったな。ついでに……『紋章魔法』『天雷』『天使の護り』 お? もう一ついけそうだ、『探知』」


「ぐっ……な、なんだ!? なにを……え? 腕? は? 」


俺は光一に時戻しの魔法を掛け、失った左腕と右目を元に戻してついでに紋章魔法を付与した。Bランクだから上級一つと中級一つがだいたいの上限なんだけど、初級も付与できそうだったので探知を付与した。

紋章魔法は少し焼けるような痛みがあるので光一は目を開いて俺に何か言いかけたが、直ぐに失ったはずの自分の腕が目にはいり動揺していた。


「俺は時を戻す魔法を使える。光一の身体を2年前に戻しておいた。ついでにいくつか追加で魔法も使えるようにした」


「はあぁぁぁぁぁぁ!? 」


風呂場に光一の絶叫が響いた。








「こ、光一! あ……ああ……目が……腕が……」


「なんか治ったみたい……」


絶叫する光一を落ち着かせて俺の能力を説明し、付与した魔法の説明をしたら泣き出して大変だったよ。そして感謝の言葉を連呼する光一に気にするなと言って風呂から出た。泣いて喜ぶ光一に、これから先俺なみに苦労するのにと少し罪悪感を覚えてしまった。まあ俺だからいっか。


そして風呂上がりのジュースを二人で飲んでサッパリした顔でリビングに戻ると、先に風呂から上がっていた夏美が光一を見て目を見開き口に手をあてて驚愕していた。光一はどういう顔をすればいいのかわからないのか、頬を掻いて照れくさそうな顔でトボけたことを言っていた。


「ダーリンなら治すと思ってたわ。夏美さんもお願いね? 」


「光希……彼女は昔の私でした。お願いします」


「当然治すさ。夏美さん、俺は時を戻す魔法が使えるんだ。光一の身体もその魔法で二年前に戻した。君の火傷痕も元に戻してやる」


「と、時を? そ、そんな魔法が……でも光一の目も腕も……わ、私のこの火傷も? 」


「ああ、じっとしててくれよ? 『時戻し』 …………この辺か……よしっ! 綺麗になった。ほら鏡だ、見てごらん? 」


俺は夏美に時戻しの魔法を掛けた。そして魔法を掛け終わった後、そこには火傷痕の無くなった綺麗な顔があった。


「え? あ、お借りします……ああ……火傷が……なくなって……うっ……うう……」


「夏美、守ってやれなくてごめんな。もう二度と傷付けさせたりしないから。俺、光希に魔法をもらったんだ。夏美を守るための魔法をさ、天使の護りって言うんだ。これで守るから、もう傷付けさせたりしないから……二度ともう悲しい顔をさせたりしないから」


「光一は悪くなんて……ない……だって私を守るために目も腕も……私が弱いから……私のせいで……」


「俺は一度だって目と腕を失ったことを後悔なんてした事はない。好きな女を守ってついた傷だ。俺は自分が誇らしかった。夏美は気にすることなんて無かったんだ」


「光一……光一! うっ……ううっ……こういち……」


「夏美……よかった……光希、ありがとう」


「ぐすっ……よかった。夏美さんよかった……やっぱりダーリンはどの世界のダーリンでもカッコいいわね。でも光希が一番カッコいいんだけどね! 」


「我ながらくさいセリフ吐くな……俺の顔と声で言ってるのを見ると恥ずかしくなってくるよ」


俺はあんなくさいことを言うのか? すげー恥ずかしいんだけど!



俺が光一のくさいセリフに軽くダメージを受けていると、セルシアと蘭がお皿を持って厨房から出てきた。


「おーい! ご飯できたぞー! ん? 光一だっけ? お前旦那さまに治してもらったんだな! よかったな! 」


「あら、コウ治してあげたのね。夏美さんも綺麗になったじゃない」


「うふふ、主様ならすぐ治すと思ってました」


「ありがとう。これでまた思いっきり戦えるよ。夏美の火傷まで治してくれて本当にありがとう」


「………ありがとう……ございます……このご恩は……一生忘れません」


「俺は俺を治しただけだし、俺が愛した女性と同じ女性を治療するのは当たり前のことだ。何も気にする事は無い。そんなことより飯ができたんだ、食べようぜ 」


「ったく、カッコいいな並行世界の俺は」


「ふふっ……そんなことですって、カッコいいわよね。もう一人の光一も」


「光希に惚れんなよ? 」


「夏海に惚れないでね? 」


「ぷっ……あははは」


「ふふふっ」


「イチャイチャしたいなら部屋貸すぞ? 」


「なっ!? いいのか? 」


「あっ……光一! 」


「冗談だ。光一……お前はやっぱり俺だよ」


「冗談だよ、乗っただけだ。夏美のこんな笑顔は久しぶりに見た。ありがとう」


「光一はもうっ! 私も光一のこんなに心から笑っている姿を久しぶりに見ました。光希さんのおかげです。本当にありがとうございました」


「いいさ、それより食べよう」


俺は二人に感謝されるのが照れくさくなりさっさとテーブルに向かった。

テーブルには和食に中華、そして洋食とたくさんの料理が次々と並べられていき、光一と夏美は目を丸くしていた。

そして料理が出揃い固まっている二人を促して好きなだけ食べるように言うと、光一は片っ端から手をつけて美味い美味いと涙を流しながら連呼していた。夏美も一口食べる度に美味しいですと言いながら食べていた。

俺と恋人たちはそんな二人を見ながら他愛もない会話をしつつ食事をするのだった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る