第11話 神麦
ーー ワシントンD.C. ホワイトハウス アメリカ合衆国 第51代 大統領 ミッキー・ローランド ーー
「なんだと! ミドルワールドの草原が少数の謎の集団によって攻略されただと! 」
「はい。攻略中の連合軍が神殿の出現を確認したようです」
「馬鹿な……あのホワイトウルフとオーガキングやデスバードを少数で……ありえん……我々がこの2年で多大な犠牲を出したあのフィールドをたった1日でなど……」
あのフィールドには精鋭部隊が派遣されている。しかし現れる魔物の強さも数もスモールワールドより上で更にフィールドが広く、空からは死神と呼ばれてるデスバード率いる飛行系魔物の群れが襲ってくることから攻略が遅々として進んでいなかった。最近では攻略よりもランクの高い魔石と魔物を倒すと得られる牛肉を目当てに戦っていたくらいだ。そうしているうちに部隊員のランクも上がるだろうと長期の計画を立てていた。中露や他の連合も似たようなものだ。それを少数であっさり攻略するなど……信じられん。
「私も信じられません。安全地帯に建てた監視塔からの赤外線映像では、ギリシャ神話に登場するグリフィンともグリフォンとも呼ばれている鷲の頭部にライオンの胴体に翼が生えている生物が空を飛び、その背には人影がありました。まさか実在するとは……」
「グリフォンだと? ドラゴンといいグリフォンといい、突然なぜそんなものが現れたんだ? その背に乗っている者たちは一体何者なんだ? 」
「なにぶん遠距離からの映像でしたのでそこまではわかりません。が、先日のドラゴンに乗った者たちと無関係とも思えません。ニホンで暴れた事からニホンの勢力ではないと思いますが、なんのためにミドルワールドを攻略したのか見当もつきません」
「確かにジャンの言う通りあのドラゴンに乗った者たちと無関係とは思えんな。それで? その者たちは一体どこの門からミドルワールドに入って来たのだ? 」
「恐らく東南アジアのどこかの滅びた国の門からと思われます」
「中露によって滅ぼされた国か……略奪をし若い国民を連れ出し奴隷にしたと聞く。未開人どもめが」
「はい。それとその者たちが神殿に入り一晩経ちましたが、未だに神殿から出てきていないようです」
「神殿から出てこない? 確か神殿の中は何もない白い空間だと言っていたな。そんなところで一晩なにをしているというのだ? 」
「わかりません。フィールドも開放されておりませんし、門を繋ぐ場所に悩んでいるのかもしれません。それか、攻略が夜でしたのでただ休んでいる可能性もあります」
「ずいぶん余裕だな。まあいい。いまオオシマを監視している衛星で東南アジアも監視し、潜水艦に監視要員を乗せ東南アジアの門に張り付かせるように手配してくれ。一体その者たちが何者なのか、どこの国の者なのか探らせるんだ」
「はい。そのように手配致します」
突然ニホンに現れたドラゴンに乗る者といい今回のグリフォンに乗る者といい、未知の生物を操るという点では同じだ。グリフォンというのがどれだけの強さを持つ存在なのかは知らないが、ミドルワールドを攻略できているのだ相当強力な存在なのだろう。あのドラゴンに乗る者たちと同じ者であれば、ニホンのオオシマに行けば接触が可能かも知れないがまだ情報不足だ。下手に刺激してドラゴンを暴れさせてしまい、在日連合軍に被害が出れば責任問題になりかねん。
しかし一体どうやってドラゴンやグリフォンを……東南アジアの門を使ったのであれば、中露に滅ぼされた国の生き残りたちが方舟から出てきた魔物を飼いならしたのか?
そもそも方舟からドラゴンだとかグリフォンが出てきたなど信じられないが、現実としてこの世界にいるという事は今後も現れる可能性がある。そういった存在を飼いならせる。こういうのをテイムすると言うのだったか? そのテイマーたちと接触しこちらの陣営に引き込めれば、我が国による単独の攻略も可能となる。これはビッグチャンスだ。なんとしてでもグリフォンに乗る者たちと接触しなければならないな。
ーー 東京都大島拠点 佐藤 光希 ーー
中世界の草原フィールドを攻略して二日が経過した。昨日は皆とどうやってアマテラス様の依頼を達成しようかと話し合ったり、スクロールを作ったりラジオを聞いたりして過ごした。ラジオでは終日、中世界の草原フィールドがどこかの国により攻略されたと言っていた。
政府は中世界を攻略したのはどの国でも無いということを、連合軍だけではなくその他の国からも情報を得ているだろうから知ってるだろう。有志により運営されているらしき放送局だけではなく、国営放送もグリフォンの存在を伏せているのは政府の指示かな?
そして皆と話し合った今後の俺たちの方針だが、まずは日本を日米欧英連合から脱退させるのは大前提として、その後にただ俺たちが攻略したフィールドを与えるだけでは駄目だという事は皆同じ考えだった。できるだけこの世界の日本人の力で攻略させないと、将来他国にフィールドを取られてしまうからだ。
そうならないようにするにはまず装備を強化する必要がある。これは連れてきているドワーフやホビットから技術を伝授し、中級までの魔法を付与した装備を俺たちが残すことで他国よりはかなり有利な状態で戦えるようになるはずだという事になった。
日本人の戦闘能力に関しては、各小世界が全て攻略されると資源フィールドに中世界レベルの魔物が奥地に追加されるらしいので、そこでランク上げしてもらったり魔法書を手に入れてもらい装備や魔道具とともに次世代に受け継いでもらう。
俺たちにできるのは今の所これくらいだよねという事で、とりあえずの方針決定をした。
「ダーリン、そういえば気になってたんだけど日本に連合抜けさせちゃったらさ、これまで何年もかけて開墾した方舟の土地も手放さないといけなくなるんでしょ? 結構厳しい縛りよね」
「そうだね。でも日本人の管理者もいるだろうし、敵になるかもしれない相手をそのフィールドにいさせられないからね。詳しい条約内容は知らないけど、これまでの功績を鑑みて幾ばくかの食糧や資源をもらえるんじゃないかな? もしもフィールドをもらえるとしても、期限が近いフィールドだったりするかもね」
俺が格納庫に新たに設置したソファセットに座りながら凛と蘭と一緒にラジオを聞いていると、凛が連合を抜けた後の事を聞いてきた。攻略フィールドは連合の所有扱いだから、連合を抜けたらもう食糧は得られなくなる。確かに厳しい縛りだ。
「それじゃあ私たちが攻略した中世界の草原フィールドをあげたとしても、開放したら現れるらしい家畜はともかく作物はまた開墾からしないといけないから数年は収穫できないわよね? 今より食糧事情厳しくなるんじゃない? 」
「うふふ。凛ちゃんそれは心配ないのです。主様が解決できます」
「蘭ちゃんどういうこと? 持ってきた食糧なんて4000万人のうち、戦えない半分の人に配ったとしても1週間保たないわよ? 」
「あの食糧は子供用に持ってきたやつだから使わないよ。答えはコレだよ」
「麦? の穂? 麦を栽培するの? 」
「これは麦に似ているし味も小麦そっくりなんだけど、ちょっと違うんだ。鑑定してみてよ」
「あっ! ダンジョン産の作物ってことね! なにかしら? 紋章『鑑定』 ……
「そう、この麦は魔力のある土地なら砂漠でだって少しの水と光さえあれば、たった七日で実がなるんだ」
「ええー!? 普通半年とか掛かるのよね? それをたった七日で!? 」
「うふふふ。主様はこの神麦でたくさんの村を救ってきたんですよ? 」
「これは最上級のフィールドタイプのダンジョンの下層に群生してるんだ。行くたびに刈り取ってきたから大量にまだあるんだよね。それでもいつかは無くなるから脱穀して、実の無くなった穂にまとめて時戻しの魔法を掛けてを繰り返してタネを集めてあるんだ」
最上級ダンジョンに行く必要が無くなってからはこの方法で実を増やした。こうしないと増やせない理由があるからだ。
「凄い……まさに神の麦ね。あれ? でも普通に植えてから育った麦からタネをとってもよくない? その方が多く種を取れるんじゃないの? なんでわざわざ時戻しをしたの? 」
「この麦の育成には魔力が必要なんだ。種を植えて育った麦から種をとってまた植えると、次は倍の魔力が必要になるんだ。基本的には最上級ダンジョンの下層の、魔力が豊富な土地でしか増やすことは難しいんだよ。この麦を地上で育てようとすると魔石を砕いた物を土に混ぜないといけなくて、最初はFランク程度の魔石でいいけど次は倍の量の魔石かEランク魔石、その次はEランクを倍かDランクの魔石じゃないと育たなくなる。だから三回ほど種をとったらそのあとは栽培が厳しくなるかな」
「そういうことなのね。それでもすぐに食糧が欲しい人たちにとってはまさに神の麦よね。ダーリンの頑張り次第で開墾が終わるまではなんとかなりそうね」
「今はこの世界に来る前に買った脱穀機があるから魔法を掛けるだけだし、たいした労力じゃないよ。1トンも作ればそこから増やして1年は食べていけるだろうさ。それに方舟は魔力が濃いからね、5回くらいは種を取れるかもしれない。こればかりはやってみないとわからないかな」
「神様が創ったものだし大丈夫じゃない? でもそれなら安心ね。この事を日本政府に教えたら飛び跳ねて喜ぶんじゃないかしら? 」
「そうだね。この七日神麦は連合脱退を決断する際の決め手になると思うんだよね」
アメリカや欧州に技術を渡せと迫られ攻略に参加させてもらえず、貿易相手国にも圧力をかけられ困窮しているこの時は脱退のチャンスだ。食糧さえ確保できればなんの憂いも無く脱退すると思う。その後は日本人だけ繁栄することを考えてくれれば完璧だ。
「光魔王様。ご報告申し上げます。漁船らしき船がこの島へ向かっております」
「来たか。でも漁船? 軍艦じゃなくて? 」
「はい。大漁の旗を掲げておりました」
「んん? 燃料の節約か? まあいいか、港に着いたらここまで連れてきてくれ。運転はもう大丈夫そうか? 」
「ハッ! 私もユリも覚えました。ミラにはご指示通り運転させておりません」
「さすがだな。ミラはブーブー言っていたが、あいつは絶対調子に乗ってスピードを出す。車を海に落とされたら堪らないからな」
「我が妹ながら否定できません……」
「ははは、元気で良い子なんだけどな。それじゃあ出迎え頼む。丁重にな」
「ハッ! 」
「それとマリー、三原山に訓練に行っているシルフィたちを呼び戻してくれ」
「了解しましたマスター」
やっと日本政府からアクションがあったと思ったが、漁船てのが引っかかる。民間人が東京から船で2時間は掛かるこの大島まで貴重な燃料を使って来るとも思えないしな。ここに向かっているのは間違いなく俺たちの存在を知っている者だろう。
俺はリムに車で迎えに行くよう指示をし、マリーに無線でシルフィたちを呼び戻すよう頼んだ。朝からシルフィは特位精霊を使いこなす練習に、夏海とセルシアは模擬戦をやるために一緒に三原山まで行っていたからだ。
「政府ならヘリで来ると思ったけど、やっぱりドラゴンが怖いのかしら? 」
「空中じゃ逃げ場が無いし、俺たちを刺激しないようにゆっくり海から来てるんじゃないか? 漁船てのが気になるけどね」
「魚のいなくなった海に大漁の旗を掲げて航行するなんてシュールよね」
「ははは。なかなかユーモアがあるよな」
さて、一体どんな人物が政府から送られてきたのか。
俺たちは使者と思われる人が来るのをソファに座りながら待つのだった。
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