第12話 ジョブチェンジ







「うわぁぁぁん! ダーリン……良かった……帰ってきて良かった……ひっく……ひっく……」


「うっ……ううっ……コウ……ランちゃん……ううっ……」


「光希……光希……ううっ……」


「マスター。ご無事でなによりです」



伊勢神宮から夜遅くに帰って来たら、お風呂から出てリビングで寛いでいるシルフィと凛と夏海がいたので今日あった事を話した。そうしたら全員が俺に抱き付いて泣き出してしまった。俺が一度召喚された時の話をした事があるからな。突然異世界に行ってそのまま帰って来なくなるんじゃないかと思われても仕方ない。現に俺が生まれた世界には帰れないのだから。


「よしよし大丈夫だ。不幸中の幸いで、リアラみたいに問答無用で転移させたりする神様じゃ無かったからな。やり方はともかく子を思う親の行動だと思えば理解はできる。それにタダ働きじゃないからな」


「うっ……うっ……」


「コウとランちゃんがいなくなったら私引きこもる……ううっ……」


「私の……全てなんですから……」


「まさかこの世界に神様がいるとはな。正直科学の世界に帰って来ていたから油断してたよ」


俺はそう言って皆が落ち着くのを待った。しばらくして落ち着いたのか凛が離れて鼻をかみ始め、続いてシルフィと夏海がそれに続いた。そこへすかさずマリーがコーヒーを持って来て皆に配った。ナイスタイミングだマリー。





「まったく! ビックリしたわ! なんなのよ神様って! ダーリンをこき使い過ぎよ! 」


「魔王まで倒して日本の上級ダンジョンまで攻略しているのに余りにも酷い仕打ちだわ」


「そうです。光希はもう十分世界の為に戦ったのに、嘘とは言え子供を使うなんて」


「まあまあ。俺が神様の手のひらで踊らされて行くと言ってしまったからな。よく考えれば日本の神で日本人を救いたいと言ってるのに、子供を1000人単位で拐うとか矛盾してるしな。神様も本当は使いたくなかった手なんだろ。諦めかけていた所に強力な力を持つ者が目の前に現れたんだ、何としてでも行って欲しかったんだろう。お詫びに転移魔法を強化してくれるみたいだしな。どっちにしても俺は乗るしか選択肢が無かったよ。断って強制転移させられる可能性もあったし、時間が貰えただけマシさ」


「あの力には抵抗できませんでした。蘭と主様はまな板のタイでした」


「ぷっ! 蘭ちゃんそれを言うならまな板の鯉よ。それでダーリン、方舟ってどんなものなの? 」


「姿形は絵や映画に出てくるような箱の船って感じらしい。それは太平洋の空高くに浮いていて、各大陸や島に方舟内部の一番底のエリアに転移ができる転移門が複数あると言っていた。そこから方舟内部に入ると各フィールドに続く門があって、あちらの世界では総じて魔物と言うらしいがただのゴブリンが最初出てくるそうだ。まあ初級ダンジョンレベルだな。そこで魔物を倒すと食糧や資源が手に入るらしい」


どうも魔物を倒すと魔物は消えて食糧や魔石などアイテムを置いて行くらしい。リアラの塔みたいな感じかな? 地上の人はそのアイテムで飢えとエネルギー不足を補ってるみたいだ。魔石も利用してそうだな。

それに最初に通るフィールドは創造神のお情けみたいな育成用のフィールドで、そこでステータスや魔法などを得て力を付け、その先にある中級ダンジョンレベルのフィールドに行くみたいだ。そのフィールドをクリアすると草原フィールドなら草原が、森フィールドなら森が手に入り人が住めるらしい。


「それはまたゲームみたいね……」


「明らかに新しい罰と言う事でゲームを参考にしてそうね」


「無造作にダンジョンを作るよりは人類が協力してフィールドを攻略しやすそうですけどね」


「それがどうもそうじゃなさそうなんだ。第三次世界大戦中に突然方舟が現れたらしく、その際に全ての生物と資源を回収した事や、方舟に人類が乗る方法が世界中の人間の脳裏に思念的なもので届いたらしい。当然戦争など続けられる状態ではなくなって、勝敗がつかないまま取り敢えず戦争は止まったらしい。でも今度は方舟の中で、資源の取り合いで殺し合いしてるみたいなんだよね」


「随分と殺伐とした世界なのね……」


「戦争の勝敗が決まる前に方舟が現れて、更に飢えればそうなるわよね」


「戦争中に突然ですか……余程環境にダメージを与えた戦争だったのでしょうね」


「どんな戦争かは分からないけど、少なくとも敵は魔物だけじゃ無く人間とも戦わないといけなくなる。凛と夏海は連れて行くけど、安全な場所で待っててもらうことになるかな」


「大丈夫よダーリン。そんなのとっくに覚悟はできてるわ。今なら吸血鬼にされた元冒険者達を鼻歌を歌いながら燃やせるわ」


「光希大丈夫です。もうあの時のように狼狽えません」


「そうか……無理はさせたく無いんだけどね。わかったよ」


今度の世界は恐らくアトランの世界より人間の敵が多そうだ。全てのフィールドを攻略したら、10億人は方舟で飢えることなく文明を維持して生き残れるとわかっていても協力しないらしい。科学を発展させて工夫をすれば15億人だって生きていけるはずだ。そりゃ創造神も人間を見捨てるよね。お情け初級フィールドを与えて、生き残れる可能性を残してくれているだけでもありがたい位だと思うよ。


「無理なんてしてないわ。この世界にいてもいずれは経験する事よ。それで準備は何をすればいいの? 」


「先ずこの天照大神の依頼を成功させたら戻ってこれる。その時は向こうに1年いても、こちらでは1カ月しか経過してないようにしてくれるそうだ。凛とシルフィには多めに見繕って2ヶ月職場を離れられるよう準備して欲しい」


「わかったわ。新堂さんに会社は任せて経理関係はサキュバスとオートマタ達に頼むわ」


「私の方もどうしても戦力が必要な秘密裏に行うダンジョン探索とでも言って、後はリーゼリットと谷垣に任せてくるわ。でもコウ? セルシア置いて行くとまたうるさいわよ? 」


「あ〜そうだな……今回は連れて行くか」


この間シルフィを富良野ダンジョンに連れて行ったら、良い子にしていたのに置いてかれたって駄々捏ねられてセルシアを連れてまた行く事になったんだよな。アイツどんどん幼児退行していってるよな。今回置いていって、また連れて行けとか言われても行きたくない場所だから最初から連れて行くことにするか。


「人間同士の争いなら数はいた方がいいんじゃない? 」


「そうよね。Bランク以上の子を何人か欲しいわよね」


「フィールドだと数がいた方が有利ですからね」


「蘭はリムちゃん達を推薦します! 」


「う〜ん確かに少人数だと襲われやすいか? そう言えば向こうには異世界人いないんだよな。そうなるとドロップ武器が一番強いのか……大丈夫そうだけどまあわかった。リム達は飛べるし連れて行こう。他は考えておくよ」


「うふふふ。リムちゃんの喜ぶ姿が目に浮かびます」


「リムちゃん可愛いわよね。ちゃん付けしたら嫌がるんだけど口もとが緩むのよね」


「リムは真面目でいい子よね。普段は堅いんだけど、コウの話をすると目をキラキラさせて聞くのが可愛いわ」


「私もリムちゃん可愛くて実直で好きだわ」


まあ、サキュバスはあの三姉妹と数人連れて行けば色々と使えるだろう。リアラの塔で大分鍛えたみたいだし、俺が渡した魔道具もあるしな。そうなると足がもっと欲しいな。流石にクオンは方舟のフィールドには入れないだろうしな。


「蘭はグリ子達と一緒に、中華大陸でグリ子達の番になりそうなグリフォンをペットにして来てくれ」


「はい! グリ子ちゃん達のお見合いしてきます! 赤ちゃん産まれたら蘭が育てます! 」


「とうとうグリ子達も結婚するのね」


「殆ど拉致になるんでしょうね」


「グリ子達に顔で選ばないように言っておきますね」


「確かにクオンみたいなグリフォンはいらないな……」


夏海が何気に厳しいこと言ってるな。正論だけど!


「凛と夏海は食糧を、米と小麦粉を中心に揃えれるだけ揃えてくれ。マリーは俺達付きのベリーやライチ達も連れて行くから、王族用と来客用の魔道テントとその他の兵士用の魔道テントの整備を頼む。数が多いが念の為持っていく。それと時を止めたアイテムバッグをそれぞれ一つずつ渡すから好きなだけスイーツを買って詰め込んでおいていいぞ」


「確かに飢えている人がいるかもしれないわね。わかったわ」


「わかりました全て敷地内に運び込ませます」


「マスター。連れて行って頂けると信じていました。時を止めたアイテムバッグはずっと欲しかったので感謝致します。デパ地下をハシゴしてまいります」


「そうか。欲しい物があったら遠慮なく言っていいんだそ? マリー達には感謝している。いつもありがとう」


「いえ、それが私達の存在意義ですので」


お? マリー今笑った? 笑ったよな? ぎこちない笑みだけど嬉しそうだったよな。ただのモノマネか感情が芽生えたのか……今度お笑い番組でも見せるか。


「それじゃあ明日から頼むよ。俺はドワーフとホビットの所に行ってテントの設備やら、革鎧や剣を発注してくる。車の外装パーツも頼んでおこうかな。向こうの世界がどんな状況かわからないからな」


「フィールドを魔獣の革を付けたハマーが爆走するのも楽しそうよね」


「それ面白そうね! 私も30年ペーパードライバーだけど運転してみようかしら」


「シルフィ?30年はもうペーパードライバーとは言わないわ。免許取り直した方がいいわ」


「私は絶対シルフィの運転する車に乗らないわよ?」


「大丈夫よ。少しくらい横転してもみんなAランククラスなんだから怪我しないわよ」


「そんな笑いながら横転するの前提で話すシルフィが怖いわ……」


「シルフィと蘭ちゃんが似過ぎていて怖い……」


あまりのシルフィの豪快な発言に、俺はシルフィに運転させるのだけはやめておこうと思った。














ーー 冒険者学園 横浜校 西条 英作 ーー







「英作! いよいよ明日だな! 」


「そうだね。弓職の能力が楽しみだよね」


「確かレベルがそのままで職変更できるんでしょ? 弓職に転向する人かなり多いんじゃないかしら? 」


「新見は元々弓職志望だからやるんだろ? 」


「うん! やっと私の実力を見せれる時が来たわ。実戦用の矢は高価で特殊だから女神の島では使えなかったけど、ゲームなら撃ちたい放題だしね〜 」


「遠距離攻撃できる人がいると安定するね。40階層攻略もいけそうだよね」


ゴールデンウイークが終わり女神の島から帰って来た僕達は、翌日から休む間も無く学校に通っていた。実戦を経験してからは、魔獣学や剣の訓練の授業の時の身の入り方が変わった。今までイメージを上手くできなかった敵を明確にイメージできるようになったからなんだと思う。

女神の島では力不足や知識不足など多くの事を学んだ。みんなその時の悔しさをバネにより一層勉強に身が入っている。学校中がそんな雰囲気を漂わせている気がする。


そしてメンテナンスとアップデート準備で休館していたHero of the Dungeonが明日オープンする。

ネットやテレビ番組でも弓職とはどんな能力かだとか、その立ち回り方なんかを冒険者の人が解説していたりして結構大騒ぎしていた。

明日は平日だけど混みそうだな……


「あ〜 なんで明日授業が夕方まであるかな〜休みて〜」


「駄目よ、明日は魔獣生態学の授業があるのよ? 休むと置いていかれるわよ? 」


「ぐっ……それは休めねーな」


「鈴木君は一人休んでどうするのよ? 一人で31階層歩けるの? 」


「瞬殺される自信があるぜ! 」


「あははは。それなら大人しく待ってなよ〜私も早く弓職やりたいの我慢してるんだから」


「はあ〜 リアラの塔でレベルアップした俺の実力を早く発揮してー! 」


「確かにいくらFからEには上がりやすいとは言え、みんな何かしら上がってたからね。僕も身体が軽くなったよ」


「そうそう! 動きにキレが出るようになった! 」


そうなんだ。女神の島の最終日に佐藤さんの好意で、一人一枚鑑定の羊皮紙をもらった。学校にも鑑定の水晶があるけど、なかなか使わせてくれないし鑑定の羊皮紙はそこそこの値段がするから嬉しかった。しかも羊皮紙をくれるタイミングが、最終日に皆がどれくらい力が付いたか知りたいタイミングだったから先輩達も歓喜してた。

みんなLight mare神!とか言ってたよ。

そして皆で鑑定してその結果に驚いたりして、お互いに見せ合った。ステータスは体力だったり魔力だったり素早さだったりと上がった項目は皆バラバラだったらしいけど、みんなランクが上がっていて喜んでいた。


「それにしても壁内は忙しそうだよね。昨日から引っ切りなしにトラックが出入りしているみたいだよ? 」


「なんだろな? 新しいゲーム機材か何かかな? 」


「50階層まで開放するから今のうちに70階層迄の機材を運び入れてるんじゃないかしら? 」


確かに昨日辺りから急に佐藤さんの土地に出入りするトラックが多いって聞いた。船まで接舷しているらしい。ゲームの機材だとしたらこれ程大量の機材でどんな設備ができるんだろう?


「きっとそうだよ。70階層には魔王がいるんでしょ? 鬼系ダンジョンだからきっとすっごい強い鬼の魔王だよきっと」


「魔王討伐とか燃えるよな〜」


「そうそう!俺の剣で魔王をバッサリ! 」


「戸田君のスラッシュでバッサリやっていいのよ? 」


「プププ……スラッシュ! あれ? プププ! 」


「うわあああ! 勘弁してくれ! もうその黒歴史は忘れてくれーーー! 」


「あははは! これはずっとネタにされるぞ四郎」


「ふふふふ。ごめんなさいね。つい弄りたくなったのよ」


「戸田君でしばらく遊べそうだわ〜」


「ははは。みんな可哀想だよ」


「マジ消したいわあの過去〜 やべーAランクとかになった時にバラされたくね〜」


「楽しみにしてるわ戸田君がAランクになってルーキーに教えてる姿をね」


「そのタイミングなら最高に笑えそ〜」


「それはホント勘弁してくれ! 」


「ふふふふふ」


「あははは」


四郎が机に突っ伏してしまった。黒歴史って怖いな……なんたって忍者に黒歴史認定されたのが強烈だったよね。四郎はオタクにオタクって言われる程の衝撃を受けたに違いない。でも以蔵さんもの凄く強かったし、本当に忍者みたいだったな。なんでも極めると凄いんだな……


僕は戯れ合う四郎達を見ながら、一つの事をやり続ける事の大切さを知ったのだった。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る