第11話 天照大神






俺と蘭は伊勢神宮へデートに来ただけだというのに、何故か今は白い部屋にいる。

壁がとか床が白いとかそんなレベルじゃ無くて、見渡す限り全てが真っ白なんだ。ここには神宮の建物も樹齢うん千年の木も登って来た階段も何も無い。


俺と蘭は天からの声に従い、天照大神あまてらすおおみかみが祀られているという御正宮までやって来た。それはもうゆっくりと重い足を引きずるようにだ。牛歩と言ってもいいくらいにゆっくり歩いて来たのだが、とうとう御正宮まで到達してしまった。すると突然周囲が真っ白になってこんな事になっている。


「ここは……」


「さ、さっきよりも強い……神気にに包まれてい……ます」


「生きながらに神界にでも来たのかな。そうか、俺は天国に来れたのか……俺にとっては地上の方がリア充天国なんだけどな」


「あ、主様のそのよ、余裕が……蘭は羨ましいです。蘭は強い力に……呑まれそうです……」


「辛そうだな。無理するな、神狐になれ。幻術も解けているしここはそういう空間なんだろう」


「は……はい……」


コーーーーン


俺は全く神気というのを感じ無いが、蘭の言う強い力は感じていた。俺でさえこれほど強く感じるんだ、神気を感じ取れる蘭はもっととてつもない力を感じているに違いない。真の姿の神狐になった方が楽になるはずだと思い蘭に人化を解くように言った。

蘭は俺に言われるがまま神狐の姿となり、一声鳴いた後に背伸びをしている。随分楽になったようだ。


《 あらあらとても綺麗な狐ちゃんね。毛並みも良いし何より大切に扱われているのがわかります。ふふっ、その子に従属してるのね 》


「あ、貴女が天照大神様ですか? 」


俺が蘭が落ち着いたのを見てホッとしていると、突然目の前に白い衣を纏った美しい女性が現れた。その女性は首から勾玉のネックレスを掛け、その他様々なアクセサリーを身に付けた長い黒髪の女性で、教科書に出てくるような衣服を身にまとっていた。

この衣服は古代の着物? 所々に赤や青の線が入っているが、これが神が着る衣の神御衣かんみそと言われる物か?


《 天照……そうですね。そうとも呼ばれているようですね。我が子が治める国の民よ 》


「我が子……そうでしたね。陛下のご先祖様でしたね」


《 ふふふ……貴方はこの世界の者ではありませんね 》


「はい。女神リアラの世界から戻って来る時にこの世界へと送還されました」


《 そう……その強過ぎる力ゆえに必要とされている世界に送られたのでしょう。これも創造神様のお導きです 》


「なっ!? 俺がこの世界に来たのは創造神様のお導きだと言われるのですか!? 」


俺は蘭を慈しむように撫でながらこちらを向いて話す天照大神の言葉に絶句した。

俺がこの世界に来たのは事故でも偶然でも無く神の手によるものだったなんて……

確かに俺が生まれた世界に俺が戻っていたら、俺だけ人の姿で怪獣並みの力を持ちながら日常生活を送る事になる。それは世界を管理する神としては見過ごせないものなのかもしれないが……そうなると過去の勇者も……召喚された時点で帰れないのは確定していたって事かよ。


《 貴方だけではありません。強過ぎる力を得た者はその力が必要の無い世界には戻れません。この世界ですら貴方の力は強過ぎるでしょう。女神リアラの加護に時の女神の加護まで……よくぞ人の身でそこまで力を付けたものです 》


「加護ですか……時の女神はわかりますが女神リアラの加護なんてあったんですね」


《 ある一定のレベル迄は成長が早かったはずですよ 》


「……Bランク迄はスムーズにいった記憶があります。そうか、あれは加護の力だったのか……」


《本当は生まれた世界で一生を過ごしてもらうのですが、私達も創造神様による試練を受けている身なれば才ある者を融通し合う事もあります。その際はある程度の力を与える事が許されています。貴方には納得がいかないかもしれません。ですが私達から見ればどの世界の人間も等しく神の子なのです 》


「神から見れば異世界も並行世界も関係無く同じ神の子という訳ですか……到底納得ができる事ではありませんが、俺はこの世界で大切な人に出会えましたから結果としては良かったと思っています」


もしかしたらリアラは聖剣と加護を与える事までしか許されていなかったのかもしれないな。それにしても神が更に上の神から試練を受けている? 破壊神やダンジョンてのはその創造神が作ったのか? よくわからん。


《 そうですか、それは良かったです。この日本は滅ぶと思って心を痛めておりましたが、貴方が来てくれたお陰で少し落ち着いたようです》


「天照大神様はこの世界の神なのですか? 」


《いいえ、私はこの日本の神です》


「日本だけの……少しお聞きしてもよろしいでしょうか? 」


《 ふふふ、私も人と話をするのは久しぶりですのでいいですよ。お願いしたい事も有りますし》


俺はどうにも神の世界の事がわからないので、この際色々聞いてみる事にした。天照大神が最後に言った言葉はスルーだ。俺は聞いていない。蘭も撫でられながら露骨に目を逸らしていた。そうだそれでいい。


そして俺は何故ダンジョンがあるのかや、異世界や並行世界の事や他の神の存在を聞いてみた。

天照大神が言うには、創造神はそれぞれ理の違う世界をいくつも作り、そこに自分に似せた最高傑作と言える人間を創造して住まわせた。そしてそこから派生した世界を数多く作っていったそうだ。その世界の管理をさせる為に星や土地ごとの神を作った。驚く事にこの世界より遥かに科学が進んでいる世界もあるそうだ。

試練に関しては人間が創造神が作った世界を荒らしたり壊したりしようとすると、人間の数が激減する程の試練と言う名の天罰を与えるそうだ。これは人間に与えると同時に、その土地の管理を任された神々にも与えられた試練なのだそうだ。

土地を管理する神々は多くの派生した世界を管理しているから、絶えずどこかの世界で試練を受けている。

これは大変だと他の世界の神とも協力して試練を乗り越えようとしているらしい。

リアラの勇者召喚もその一つなのだろう。恐らくこの天照大神との約束の中で行った事なのだろう。創造神は神々が直接手を出さないのなら特に文句は無いみたいだ。


そして創造神の罰と言うのは何かと言うと、この世界やリアラの世界にあるダンジョンの事だ。破壊神を創り、創造神の指示した世界にダンジョンを作らせる。そしてそこから定期的に強力な個体つまり魔王と呼ばれる存在が現れる。魔王によって人間が滅ぼされそうになるとその星もしくは土地の神は他の世界から助けを呼ぶ。そうやって試練を乗り越えてきたようだ。それを何度か繰り返し試練を克服した世界のダンジョンは、他の新たに試練を受けた世界に移設する。シルフィや以蔵達の世界は試練をクリアしたって事か。


日本にダンジョンが多いのは他の世界でもそうだが、丁度良い大きさの島国で魔王のいる土地にするには最適だったかららしい。勇者を多く輩出してるとかは全く関係無いようだ。日本人に勇者になる適性の者や魔法適性が多いのは、この島国に天照大神を始め多くの神がいるからだそうだ。神社にお参りする習慣のお陰なのかもしれない。誰も祈らないと神は力を落としていくらしいからな。


それでこの世界の他の神は何をしているかと言うと、何もしていない。いや、できないそうだ。それは過去に信仰を忘れそうな人間に干渉し過ぎて、そのせいで宗教戦争を各国に起こしてしまったかららしい。危うく創造神の怒りを買う所だったみたいだ。

なるほどな、メジャーで信者が多くいて力がある神ほど手が出せないのか……それでも間違ってもバチカンとかには行かないけどな!


《 そして創造神様は新しい試練を思いつかれまして…… 》


「新しい試練ですか? 」


《 そうです。人間は同じ人間同士で争い魔法や兵器を使い世界を壊そうとするので、共通の敵をと破壊神を生み出してダンジョンを作り魔王を誕生させました。しかしそれでも創造神様の試練が間に合わない程の速度で世界を壊す愚かな者達がいます。そういった世界用の試練をお考えになり、そして実行なされました 》


「それはどういった試練なのでしょうか? 」


《 資源があるから奪い合い世界を壊す程の兵器を作り戦争になるのだと、その資源を全て方舟に移してしまわれたのです 》


「それは……石油や鉱物に天然ガスなどの事でしょうか? 」


《 いいえ、人以外全ての生物もです 》


「そ、それはまた……試練や罰というより人類は滅びますよね」


《 ええ、何もしなければ……ですが試練である以上一方的に取り上げるだけではありません 》


「なんとなく読めて来ました。ダンジョンを攻略すると資源を返してもらえるとかですか? 」


《 近いですね。ですが創造神様はその世界の土地を捨ててしまわれましたので、返す事は致しません 》


「返さない? 方舟……そうか、方舟に乗れるんですね」


《そうです。力と知恵と勇ある者を生み出した土地の者を創造神様は残すお考えです。それでも多くのお慈悲を頂いており、15億人ほど生き残っています 》


「この多くの国が滅んだ世界よりも少ないんですね……」


《 我が子達が支えてはいますが民の心は荒れ、この世界よりも酷い有り様です。もうこれ以上見ているのも辛く…… 》


そう言って天照大神はどれだけ国が乱れ世界が乱れているのかという事と、方舟の試練の内容を俺に話してくれた。聞けば聞くほどに俺は方舟に現れる魔物より人間の方が魔物に見えてきて、ああその世界は末期世界なんだと思えた。これは創造神も真っ青な人間の愚かさだわ。

この話を聞いて俺の心は全力で後ろ向きに走っていた。


「そうですか。それは大変ですね。色々お聞かせ頂きありがとうございました。大変勉強になりました。蘭、そろそろお暇しよう。人化できそうか? 」


「はい。大丈夫そうです。それでは神様お会いできて蘭は嬉しかったです。またいつかそのうちきっと多分会いに来たいと思ったりするかもしれません失礼します」


俺は本題が来たと思いとっとと話を切り上げ蘭のもとに行き、蘭を人化させて2人で深々と頭を下げてこの場から離れようとした。白い空間でどこに行けばいいかはわからないが、拒絶の意思表示としては伝わった筈だ。


《 あらあら、そうですか……無理にとは言いません。これは私が管理している世界間での事ですから……ですがこのまま我が愛しき子達やその民が消えゆくのを見ているのも辛く……他の土地の神は動け無さそうですし、致し方ありません……才ある者をこの世界から送るしかありません。どうやら横浜市の学生には優秀な者が多いようですね……いっそ学校ごと……》


「ちょ、ちょっと待ってください! 子供達をその末期世界に行かせるんですか!? しかも今学校ごととか言いませんでしたか!? 」


この神様とんでもない事言い出しやがった! 1000人単位の子供を末期世界に送るとかどういう神経してんだよ! 皇室さえ助かればいいって事か?


《 貴方程の力がある者なら一人で良いのですが、なかなかいないですしそうなると数を送るしかないのです。後はこちらで加護を与えるなりとなんとか致します。今日は私の退屈しのぎに付き合って頂いてありがとうございます。それではまたいつか……》


「ちょ、待ってください! 行かないとは言ってませんよ? 落ち着いて話し合いましょう」


《 行ってくれるのですか? 》


「ぐっ……今すぐは無理です。行くなら恋人達全員と一緒に行きます。一週間準備する時間をください」


クソッ! これは行くしかないだろ! 行かなかったら冒険者学園の子供達がターゲットになる可能性が高い。


《 ええ、ええ。行って頂けるのならそのくらいは待ちますとも 》


「ではアマテラス様が求める達成条件を教えてください。それとその世界で過ごし戻って来た時にこっちの世界で時間がそれほど経過していないようにお願いできますか? ついでに大きなペットも連れて行かせてください」


《 そうですね……まず私が求めているのは我が子とその民達が住める土地を方舟より得て欲しい事と、その際にこの伊勢神宮も移設をして欲しい事です。時間の流れは止める事はできませんが、あちらでの一年をこちらでの一ヶ月程にはできます。それとペットですか? いいですよ。他にはありませんか? 》


お? 脅迫してきたと思えば何気に話ができる? リアラとは大違いだな。自分が管理する世界内の移動だからか?俺もタダ働きは嫌だからこの際成功報酬を貰うか。


「その……大変図々しお願いなのですが、成功したあかつきには何かアマテラス様から頂けませんでしょうか? 」


《 いいですよ。私の加護を授けましょう。それと民を思うあまりに貴方に行ってもらう為とはいえ心にも無い事を言ったお詫びとして、貴方の持つ転移の魔法に一度行った事のある私の管理する世界に、ここから行けるように致しましょう 》


「ありがとうございます。一度行った事があると言いますと俺の生まれた世界にもでしょうか? 」


くっ……学校を転移させると言うのは俺をその気にさせる為の嘘だったか。神様の手のひらの上という訳か……行くと言った以上やっぱりやめますとも言えないな。

それに加護が何かはわからないけど、神様の加護だし良い物に違いない。そして並行世界に転移できるならお袋や弟に会えるかもしれない。


《 この場所から私の力を通して行った場所でないと難しいです。貴方が生まれた世界が無数にある世界のどの世界なのか私には特定できません。ごめんなさいね 》


「そうですか……確かにたかが一人の人間がいついなくなったかわかりませんよね。大丈夫です」


《 これから行ってもらえる世界がそうかもしれませんし、そう気を落とさないでください 》


これから行く末期世界が俺のいた世界だったらもっと気を落とすよ!


「あ、ありがとうございます。それでは一週間後にここへ必ず参りますので、他の子供達は必要ありませんので、よろしくお願いします」


《 ええ、ええ。最初は興味本位だったけど呼び止めて良かったです。また一つ心の荷がおりました。どうか我が愛しき民をよろしくお願いします 》


「はい。できる限り頑張ります」


俺がそう答えると天照大神は満足げな笑みを浮かべて消えて行った。それと同時に白い空間は徐々に色を取り戻して行き、しばらくすると俺と蘭は御正宮の前に佇んでいた。


「蘭……すまんな」


「主様……蘭が神宮に行きたいと言ったばかりにごめんなさい」


「いや、いいんだ。子供達を連れて行くと言うのは嘘だったとしても、断ればこの場で強制転移させられたかもしれなかった。これで良かったんだよ」


「主様……蘭はもう二度と神気を強く感じる場所には近付きません」


「それは……そうしてくれ」


「きっと今回だけじゃ終わらなさそうです」


「そうだな……まあその都度ご褒美を請求するさ。加護だって凄く良いものかもしれないしな。それでみんながより安全になるなら悪い話じゃないかも知れない」


俺は起こってしまった事は仕方ないとポジティブに考える事にした。いきなり強制転移させられるよりは万倍いいだろう。それに日本人だけ助ければいいなら楽勝だろう。よしっ! クオンとグリ子達を連れて行こう。そしてサクッと終わらせよう!


俺はそう考えることにして落ち込む蘭を連れ神宮を出た。そして蘭を励ましながら蘭の好きそうな食べ物屋に入ったり、温泉に入ったりして気持ちを切り替えて家に帰った。

シルフィ達に説明をなんてしよう……取り敢えず1~2ヶ月念の為休んで貰わないとな。戻って来れるとは思うが保証が無いからな。留守中の会社は新堂さんとオートマタに任せておけば大丈夫だろう。国には長期ダンジョン訓練とでも言っておこう。


俺はそんな事を考えながらリビングへと蘭と向かうのだった。





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