第10話 伊勢神宮






ーー 女神の島 力の塔 10階 西条 英作 ーー







「ストップ! 次の角の先にホワイトコングと魔猿の反応よ! 」


「待ち伏せか……いつも通り僕が突っ込むよ」


「西条君装備ボロボロじゃない! もう無理よ! 」


「そうだぜ。ここは俺と四郎で突っ込むからフォロー頼む」


「英作はもう後方にいろよ」


「西条君ここは私達に任せなさいって」


「みんな……わかった。フォローに回るよ」


「うむ。良い判断じゃな」


女神の島へ来て五日目。僕達は戦士の塔、魔力の塔、魔法の塔を経験した後に、初日に5階までしか登れなかった力の塔に再チャレンジをした。でもこの五日間で元々用意していた硬革の盾と革の胸当てや小手は壊れてしまい、佐藤さんの会社が貸し出している装備を借りてここまでなんとか来れた。しかしこの装備も盾がもうボロボロで役目を果たせそうもなかった。

それでもこの階が最後だからと前に出ようとしたら皆に止められてしまった。僕は各塔の10階まで行けた達成感よりも、盾の扱いが下手で装備を壊した事や、パーティで一番多く怪我をして佐藤さんの好意で用意してくれた初級ポーションを誰よりも使ってしまった事が悔しかった。僕はもっと上手くやれると思っていたのに……そんな落ち込む気持ちを隠しつつ皆のフォローへと回った。


「オラッ! 喰らえっ! 」


「ハァッ! 」


《ウキャッ!》


「うりゃりゃりゃ! うりゃー! 」


「トドメよ! やあっ! 」


《 ンゴォォォ! 》


「うむ。まあ良いだろう。そろそろ時間ゆえ降りるとするかの」


「ハァハァハァ……はい! 」


「わ、わかりました〜 」


「ほらほら! 帰りも気を抜かずに行くわよ! 西条君は今みたいにみんなのフォローお願いね」


「ああ……わかったよ」


「ククク……西条よ、装備が壊れて盾仕事ができずに残念そうだな。盾の扱いが未熟なのは致し方あるまいて。実戦でしか学べぬ事もある。人相手と魔獣相手では全く違うからの」


「はい……」


「何シケたツラしてんだよ英作! ここまでパーティに怪我人が少なかったのはお前のお陰だぞ? 」


「そうだぜ英作。先輩達のパーティでも初級ポーションじゃ回復しきれなくて、リタイアした人も結構いるって聞いたぞ? 」


「そうよ。西条君はパーティを守ったんだからもっと誇らしくしていてよね」


「そーだよ西条君。その盾だってさっき私を庇ったから壊れたんでしょ? 元気出してくれないと私が申し訳なくなるよ〜」


「そうだね……ごめんみんな。よっし! 帰りは剣士として勝と四郎のフォローするよ! 」


そうだ。僕達は誰もリタイアしていない。未熟な部分がわかったのなら、これからその部分を訓練すればいい。次の実戦の時には今よりもっと上手く、そして強くなっていなきゃ。


皆のお陰で切り替える事ができた僕は、帰りの道をお互いに協力し合って下りていった。

そして無事に1階まで辿り着きコテージに戻り、皆で夕食を作って食べた。周囲からは途中でリタイアしたクラスメイトや先輩のすすり泣く声と、次こそは今度こそはと言う会話も聞こえ、僕達は本当に貴重な経験をさせて貰えたんだなと改めて思った。


「今回の僕達の女神の島体験ツアーでかなりの量のポーションを消費しちゃったよね」


「ああ、俺も何度か飲んだし他の奴らだってそうだ」


「500本じゃきかないくらい消費してるだろ」


「いくら初級ポーションでも、そんな数を用意してくれてしかも無償で使わせてくれるなんて……改めてLight mareの凄さを思い知らされたわ」


「そうだよね〜私達が借りて駄目にしちゃった装備も結構あるのにね」


「しかも来年卒業予定の全国の冒険者学園の先輩達を、またここに連れてきてくれるらしいよ? 」


「マジかよ! 12校もあるんだぞ? 」


「なんつーかスゲーとしか言葉が浮かばないよ」


「そ、それなら再来年に私達もまたここに!? 」


「ひょえ〜 次は本物のダンジョンだと思ってたから嬉し〜 」


「慈善事業なんだってさ。SSSランクパーティで上級ダンジョンなんて軽く攻略して、強力な魔道具を作って自衛隊に卸して、ゲームと称して未来の冒険者を育成してる。日本の救世主だよね」


「救世主だよな〜」


「やろうと思えば日本にある上級ダンジョンなんて全部攻略できちゃうんだろうな」


「そうね。それをしないのは佐藤さん達がもしいなくなってしまった時に、新たに現れた上級ダンジョンを攻略できる者がいないなんて事態にしないようになんでしょうね」


「私達がそうならないとね〜」


「そうさ、僕達一人一人が勇者になるんだ。僕は強くなる! 父さんより強くなって仲間を守って生還できる位に強くなる! 」


「西条君……私はあなたのそういうところ好きよ」


「「「ええ!? 」」」


「あ〜あ優子こんな所で言っちゃうなんて」


「え? あ……ち、違うわよ! そういう意味じゃなくて! 」


「マジか〜委員長が英作をか〜」


「前々から怪しいと思ってたんだよな〜」


「いつも西条君を目で追ってたしね〜」


「ちょ、だから違うって言ってるでしょ! そういう意味じゃないんだってばっ! 」


僕は大月さんの言葉になんて返したらいいか分からず、ただ困惑するだけだった。

佐藤さんこういう時はどんな顔をすればいいんでしょうか?


「ちょっと! 西条君! 違うからね! 誤解しないでよね! 」


「あ、うん……」


「ツンデレのテンプレですねわかります」


「委員長でツンデレとか英作羨ましい……」


「プププ……優子顔が真っ赤」


「もうっ! 違うんだってばーーーーー!!」


この後も散々騒いで校長先生に怒られてしまったのだった。


こうして僕達の女神の島の塔での実戦体験は終わりを迎えたのだった。












ーー 横浜自宅 佐藤 光希 ーー






「主様時間です! 早く行きましょう! 」


「ああ、それじゃあ行こうか。凛に夏海それじゃあ後は頼むな。行ってくるよ」


「こっちは上手くやっておくわ。いってらっしゃ〜い」


「打ち合わせはしっかりやっておきますので任せてください。蘭ちゃん楽しんで来てね」


「はい! 蘭は楽しんで来ます! 凛ちゃんなっちゃん行ってきます! 」


「蘭ちゃんあんなに尻尾振って余程楽しみだったのね」


「ふふふ、そうね。同じ狐だから共鳴でもしたのかもね」


「蘭ちゃんの方が万倍可愛いけどね」


「蘭ちゃんの方が圧倒的よね」


俺と蘭は凛と夏海に後を任せてドラゴンポートまで来た。そしてエメラを呼び蘭と共に乗り三重県へと向かった。


ゴールデンウイークも終わり会社員が休みボケに苦労しつつ仕事を始めている頃。我がLight mare CO. LTD.は振替休日として一週間の休みとなった。ただ、Hero of the Dungeonのスタッフだけは月曜日の定休日と火曜と水曜の三日だけの休みだけとなる。残りの休みは平日の好きな時に取って消化してもらう事になっている。

定休日後の2日間では50階層迄の解放と、いよいよ弓職を追加する予定だ。



今日は凛と夏海がアップデートの件で藤井さんと打ち合わせがあり、俺と蘭が何も予定が無かったのでデートをする事になった。

恋人達とは特に毎週何曜日にデートとかは決めておらず、お互い時間が合った時にという感じだ。それでも蘭やシルフィに凛と夏海とは月に1~2回は2人っきりでデートをしている。


デートの場所は様々で、シルフィはもっぱら秋葉原となにかのアニメ映画を観てアニメショップコースだ。ここだけの話だがシルフィとのデートが一番キツイ。蘭に幻術を掛けてもらっているとは言え俺はもう36歳になる。中高生に混ざってアニメ映画とかアニメショップとか!


そして凛とはもっぱら大人のデートだ。流行りの映画を観てゲームセンターで少し遊んで、お洒落なレストランで食事をしてからバーに行って少し飲んでって感じだ。一泊二日で温泉にも行ったりする。


夏海とはデ○ズニー○ンドとかサンリ○ピュー○ランドとか、どっかの人気ご当地キャラのイベントとか……アニメショップよりはまだ良いかな。そして夜は決まってどこかの公園でスリルを楽しんだイチャイチャをしている。


蘭はとにかく好奇心旺盛だからインターネットで見て気になった所に行く感じだ。クジラを見たいと言い出して太平洋をスーに乗って放浪したり、スノボをやってみたいと言うから雪山に連れて行ったりと毎回次に何を言い出すかわからない。だが、その蘭が最近ハマっている事がある。神社巡りだ。

なぜ蘭が神社巡りにハマったかと言うと、ある日ゲートで移動する際に繋いでいた神社に出た時に蘭が毎回見掛けるこの狐の石像は何なのかと俺に聞いてきた。

俺がここは狐の神様を祀っている教会みたいなもので、狐の石像はその狐神の使いだと教えたら元が火狐の蘭はそれはもう上機嫌になり神社に興味を持つ事になった。それからは毎回デートは神社巡りをしている。太平洋でスーに怯えて姿を現さないクジラを見つけるよりは楽なので、俺は笑顔で神社巡りに付き合っている。日本に神社は何万社とあるから、なるべくこのブームが続くといいな。


「あっ!主様! あそこですね。流石この国の神が祀られているだけあって濃い神気が広範囲で漂ってます」


「その神気ってのが良くわかんないんだよな〜女神の声が聞こえた時も感じなかったし」


「そうですね……主様の聖剣からも漂ってます。聖属性とはまた違った魔力? いえ、もっと清く澄みきった強い力なんですけど……」


「サッパリわからんな。きっと神獣とか聖女にしかわかんないんだろうな」


女神の島は島全体が神気に包まれているらしく、賢者の塔で俺が女神の声を聞いた時にはそのせいか気が付かなかったみたいだしな。でも神気を感じ取れるから神の声が聞こえるとか見えるって訳でもなさそうだな。


「蘭も神狐になってから、なんとなく感じれるようになっただけですのでよくわかりません」


「まあ感じないより感じれた方がいいんじゃないか? そろそろ降りるか。エメラ! もう帰っていいぞ! ありがとうな! 」


クオーーン!


「それじゃあ蘭、飛ぶぞ! 『飛翔』 」


「はい! 」


俺は蘭を抱き抱え、上海ダンジョンで手に入れた古代魔法の飛翔を発動してエメラから飛び立った。

蘭も飛翔のネックレスを身に付けているんだけど俺に抱き抱えて飛んで欲しいらしい。蘭のこういう甘えんぼな所が可愛いんだよなと思っていたら、昔読んであげた絵本のワンシーンにあった事を思い出したよ。


そして目的地の天照大神を祀っている伊勢神宮から少し離れた林の中へと俺達は降りたった。

そこから蘭に幻術を掛けてもらい、何食わぬ顔で道路へと出て伊勢神宮へと向かった。 ちなみに神社と神宮の違いは、皇室の祖先が祀られていたり皇室とゆかりの深い神社を神宮と言い、その他の神様が祀られている所を神社と言うらしい。


「ん〜 蘭はとても心地が良いです」


「神獣だからって訳でも無いな。確かにこの静謐な雰囲気は心が落ち着くな。女神の島ではこんな風にはならなかったのに不思議だ」


「主様のおっしゃる通りこの神社は他の神社と違います。女神の島で感じる神気ともまた性質が違うように思えます。それに進めば進むほど神気が強くなっています」


「流石、天照大神が祀られている場所という事か……まあ神様にはロクな目にあってない俺としてはどうでもいいけどな」


「うふふ。蘭は神様に感謝してます。主様に出会えましたから」


「またそれを言うのか。それを言われたら俺もそこ『だけ』は感謝するしかないよ」


「うふふ。蘭は幸せです」


境内を奥へ奥へと歩いて行くと神社独特の雰囲気と言うか、心が落ち着いてくる感じがする。女神の島や異世界の教会で感じ無かったのに不思議だ。俺が日本人だからか? 蘭がかなり敏感に感じ取っているのは神獣だからなのだろう。そんな事を蘭と話しつつも戯れていると、天照大神あまてらすおおみかみが祀られている御正宮の手前の木に覆われている階段に辿り着いた。これを登れば御正宮に辿り着くんだけど、ここに来て俺は無性に登りたくなくなってきた。


「蘭……」


「はい、急に神気が強くなってまいりました」


「俺は凄く嫌な予感がするんだが? 」


「蘭は主様がいつ召喚されてもいいように、既にこうして抱きついていますから大丈夫です」


「全然大丈夫じゃないよな? 召喚されたくないから逃げるぞ! 『転移』 ……あれ? 『転移』 」


俺は過去に召喚された時のように一切抵抗できないような感覚が身をよぎり、ここにいては駄目だと転移を発動しようとしたが全く発動しなかった。もう一度転移をしようと試みたが、魔法を発動しようとすると魔力が霧散してしまう。これは不味い……


「主様……既にここは異次元のようです」


「異次元? いや、景色は変わらないし他の参拝客もたくさん……あれ? いなくなってるな」


「蘭と主様は詰みました」


「神に抵抗できる力が無性に欲しくなったよ」


《 あらあら、神気を纏った者が私の神域に入って来たと思ったら、可愛い狐ちゃんじゃないの 》


「なっ!? 」


俺は周辺の風景を見て諦めの境地にいた。これは人間がどうにかできるレベルじゃない。どんなに強くなったとしも神にはあらがえない。そう思っていると何処からか女性の澄んだ声が聞こえてきた。

俺はその声に驚き周囲を見渡したが、声の主は見つからなかった。


「あ、主様……恐らく神です」


《 あら? 男の子の方も私の声が聞こえるのね。不思議な子ね……いいわ、こっちにいらっしゃい》


「こっちって……やっぱりこの階段の上だよな」


「どうやら問答無用で異世界に送られないみたいですね」


「リアラよりは遥かにマシだな……行くか……」


「はい……主様から蘭は離れませんから」


「さっきの声を聞くと興味本位で呼んだっぽいけどな」


「好奇心……ですかね? 」


「恐らくな……取り敢えず言う通りにした方が良さそうだ。行くぞ」


「はい」


俺はゲームダンジョンを作ってそれを楽しく運営していて、会社は順調で大金持ちの贅沢三昧ができていて、凛と夏海にシルフィとも毎日エロエロできて、そんなリア充を満喫していた筈なのにまさかこんな事になるとは……

召喚が目的なら問答無用でもうしている筈だ。わざわざ声を掛けたりしないだろう。しないよな? リアラ基準でしか考えられないから不安だ。まさか既にここは異世界だとかいうオチは無いよな? せめてシルフィと凛と夏海を連れて来させて欲しい。日本の神様なら話せばわかるよな? リアラみたいな血も涙も無い事しないよな? 頼むぜ天照大神様。


俺は状況的にほぼ間違い無くこの神様は天照大神だと思っていた。

神話では好奇心が強い女性で、その強い好奇心から引きこもっていた天の岩戸から出てきたと言われているからな。話ならいくらでもするから、どうか強制召喚やら転移やらは勘弁してください。

そう心の中でお願いをしながら蘭と共に石段を登るのだった。

ゆっくりとゆっくりと……



行きたくないんだよ!







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