第9話 初めての……
ーー 力の塔 1階 西条 英作 ーー
「これよりお前達にはこの力の塔を経験してもらう。この塔はその名の通りパワー系の魔獣が多く、前衛の多いパーティには良い経験になるだろう。1階から3階は小さい体躯だが、素早い動きからの体重を乗せた攻撃と鋭い牙を持つ魔猿がメインの敵となる。最初は1~2体程度しか現れぬゆえ、落ち着いて対処すればFランクでも倒せる。気を引き締めて挑むようにせよ」
「「「はいっ! 」」」
「うむ。それではリーダーの西条よ、前に進むが良い。この塔はパーティ毎に別次元に飛ばされるゆえ他の探索者はおらぬ。気配がしたらそれは全て敵だと思え」
「はい! それじゃあ皆、僕の後に警戒しながら続いてくれ」
「わ、わかった」
「お、おう……」
「わかったわ」
「ひえ〜緊張してきたよ〜」
女神の島に到着した翌日。午前中に装備を付け訓練を行った僕達はダークエルフの以蔵さんの引率の下、とうとうリアラの塔の中に入った。大丈夫だ、初等部の頃から剣を振ってるんだ。落ち着いて振れば魔猿程度に遅れは取らない。でもみんな緊張していて動きがぎこちないな……不安だ。
「ククク……最初はそんなものだ。何度か戦えば吹っ切れるものよ」
「くっ……佐藤さんが昨日言っていた魔獣の魔力を感じ取るというのがわからない……」
「俺もサッパリだ」
「俺もだよ……」
「待って! 前から何か来るわ! 」
「え? え? 優子わかるの!? 」
昨日佐藤さんに座学の後に教わった魔獣の魔力を感じ取り察知する方法を試みていると、大月さんが何かを感じ取り皆に警戒を呼びかけた。すると数秒後に真っ白い毛並みで体長1m程の鋭い牙を生やした2匹の猿が、10m先にある曲がり角から現れた。
「半円防御! 」
「「おうっ! 」」
「「わかった!」」
僕は初めて戦う相手という事もあり僕を先頭に両サイドに剣士の勝と四郎。そのやや後方に大月さんと新見さんを配置して、外からの攻撃に対処する半円防御陣を皆に指示した。
僕達が戦闘態勢を取った事を察知した魔猿は、奇襲をかけたつもりだったのが察知された事に悔しげな鳴き声を上げた。
「狙いは大月さんと新見さんだ! 勝! 四郎! 」
「おう! 任せろ! 」
「うわっ!す、 スラッシュ! 」
「馬鹿! 戸田馬鹿! ゲームじゃないわよ! 実戦よ! きゃっ!」
「優子! 」
「くっ……ハァッ! 勝! 」
「タコ四郎どけっ! うおりゃああああ……あ、あれ?」
魔猿は僕達を見つけてからま左右に分かれ後方の女の子達を狙って来た。僕は勝と四郎指示をして彼女達の前に立たせてそれを迎え討とうとした。新見さんを狙う一匹は僕が間に入る事ができ盾で抑え込み剣で突き刺す事ができたけど、もう一匹はジャンプをして大月さん目掛けて飛びつこうとした。そこに本物の魔獣を前にして動揺したのか、四郎がHero of the Dungeonのスキルを撃とうとした。当然剣の先から斬撃など飛ばず、四郎が壁となり魔猿の動きが見えなかった大月さんは魔猿にしがみつかれてしまった。
魔猿が大月さんの首にその鋭い牙を突き立てようとした時、勝が四郎を蹴飛ばし大月さんから離し魔猿の背を斬った……が、その前に以蔵さんのクナイが魔猿の首に突き刺さり、魔猿は消滅してしまった。
「ククク……お屋形様が危惧していた通りになったな」
「大月さん大丈夫? 」
「ええ……死ぬかと思ったわ。以蔵さんありがとうございます」
「四郎テメー! 」
「戸田君! 優子を殺す気なの!? 」
「あ……ああ……おれ……俺は……」
「みんな落ち着こう。防御ではなく僕が前に出て引きつけるべきだった。僕の判断ミスから起こった事だよ」
「英作のせいじゃない。初めての敵だったんだ様子を見ようと思ったのは俺も同じだ」
「そうよ、西条君は悪くないわ。私も戸田君がいるからって守りに入っていたのが悪かったのよ。魔獣がゲームみたいに決まった動きをする訳が無いのにね。これは私の油断から起きた事でもあるわ」
「優子……私も結局動けなかったから戸田君を責める資格はないか〜」
「お、俺……魔猿が目の前に現れて本物だと思ったら頭が真っ白になって……大月ごめん……」
「もういいわよ。無事だったんだし」
「ククク……初の実戦とはそういうものだ。我も失敗した苦い記憶があるし、あのお屋形様ですら失敗したと言っておられた。戸田よ……この失敗は一生の思い出となろう。ほれっ! 黒歴史というやつじゃ」
「え……あ、はい。そうですね」
「あ、はい……」
「あ、ありがとうございます」
「え? ええ……そうですよね」
「そ、そうよね……忍びの方が言うならきっと……」
忍者のコスプレをしている以蔵さんの言葉に僕達は同調するしか無かった。
これがお母さんが大人になると必須になると言っていた、空気を読むスキルなのかも。
「みんな! 切り替えて行こう! 次は僕が前に出るから戦闘指示は大月さんがしてくれ 」
「わかったわ」
「おっし! どんどん行こうぜ! 」
「次は失敗しない! これは命の懸った実戦なんだ……」
「私ももう固まったりなんかしないから!」
「フフフ……良い切り替えだ」
僕達は気持ちを切り替えて前へと進んだ。
その後遭遇した魔猿は僕が引きつけ勝と四郎が攻撃をして、とどめを大月さんと新見さんが刺して行き。以蔵さんの手助けを借りずに2階へと登る事ができた。
皆は最初魔獣を斬ったり刺したりした時の感触に慣れずいまいち踏み込みが甘かったけど、数をこなす事によって段々と良くなっていった。そして途中途中で休憩を挟み、5階に到達した時に引き返す事にした。
今日は午後から塔に入り初の実戦という事もあり、以蔵さんの指示で多目に休憩を挟んだので10階には行けなかった。僕達はこの力の塔を最終日にまた登る事にしようと皆で話し合って決め塔を下りた。
ーー 横浜自宅 2階オフィスフロア 執務室 佐藤光希 ーー
「ダーリントン山地のクィーンズランド都市連合軍駐屯地に魔獣が? 」
「ハッ! 駐屯地の北側で魔獣の氾濫があったようです。山を挟んで南側の正統オーストラリアとアメリカ軍駐屯地には被害が無かったとの事です」
俺が2階の執務室でオートマタ達が翻訳してくれた古代書を読みながら次に何を作ろうか見繕っていると、リムが報告があると言って入って来た。その報告はオーストラリア大陸に潜入させているサキュバス達からの物で、昨夜ダーリントン山地で魔獣の氾濫らしき物があったというものだった。
「ふーん……ソヴェート軍が一時撤退している時にクィーンズランド軍駐屯地にだけねぇ……パース市には被害は無かったのか?」
「いえ、飛行系魔獣の一部が街に侵入をし少なくない死傷者が出たそうです」
「飛行系魔獣も氾濫にいたのか? 氾濫した魔獣の種類は? 」
「それがゴブリンにオーク、ワーム系にスコーピオン系、狼系に風切鳥に火熊と多種多様でして……」
「ダンジョンの氾濫と言うより竜種か何かに追い立てられたかそれとも……」
「はい。現地に潜入している者の見立てでは、魔誘香が使われた可能性があると言う事でした」
「流石に人間相手には使わないだろうとは思いたいが、時として悪魔より人間の方が残酷だからな。潜入させるサキュバスを増やして情報を集めさせろ。もし動かぬ証拠が出ればアメリカを敵に回してでも正統オーストラリア政府には代償を払ってもらう」
この間、都市から離れた場所の鉱床を得る為に魔誘香を使った都市国家だからな。可能性としてはあり得る。
「ハッ! 黒であれば光魔王軍の出番でございますね! お任せください! 」
大丈夫だよな? 証拠を捏造しないよな? 嘘を付けないよう契約で縛っているから大丈夫だとは思うが、なんたって俺に世界征服させたがっているからな……不安だ。
一応静音にも調べさせておくか。
「正確な情報を頼むぞ。それとリム……」
「ハッ! 」
「いつもサキュバス達の統率に諜報任務。そして語学の勉強と頑張っているな。俺はリムの働きに満足している。何か欲しいものがあれば言ってくれ」
「え……ハッ…いえ……あ、ありがとうございます。ほ、欲しいものはも、もう頂いきました。そ、そのお言葉だけで私は満足でございます」
うおっ! リムが顔を真っ赤にして緩む口もとを必死に取り繕って喜んでる! 可愛い……いつもキリッとしたキツめの表情しか見て無かったけど、こんな顔を見るのは初めてだ。イイな……これがギャップ萌えか……
「そう言うな。何か無いのか? アクセサリーとか服とかはどうだ? いつもビキニアーマーかメイド服かゲームダンジョンの制服だろ? せっかく美人なんだからたまにはオシャレしたらどうだ? 」
今もやたらと胸を強調していて丈もやたら短いメイド服でとてもイイんだけど、もうちょっと色んな服を身に付けて欲しいよな。
「わ、我等サキュバスはちょ、諜報が主な仕事ですのでお洒落などする必要は……」
「そうか? ユリもミラもこの間新しい服を買ったから見て欲しいって俺の所に来たぞ? ユリは別の目的を感じさせるやたら露出の多い服ばかりだったが……妹達はそれなりにお洒落を楽しんでいたぞ? 」
「そ、それは……しかしお洒落など私にはよくわかりませんし……」
「美人なのになんかもったいないな……よしっ! 今から買い物に行こう! 『ゲート』 」
「え? え? こ、光魔王様? あっ……」
俺はこの堅物サキュバスはどんどん引っ張っていってやらないと話が進まないと思い、原宿駅近くの明治神宮へゲートを繋いでリムの手を引っ張り潜った。
「こ、光魔王様どこへ……」
「ここは原宿だからな。俺もファッションの事は疎いがショップ店員に任せればいいだろう。適当にビルに入って俺の好みで服を決めるから付いて来い!」
「こ、光魔王様の好みで!? は、はい! 是非! 」
俺が駅の方向へ向かって歩くと急に嬉しそうな顔をしてリムが付いて来た。まあ憧れの魔王様の好みの姿になれるなら嬉しいか……やっぱ魔王オタクだよなこの子。
俺はリムを連れて俺でも知っている有名なファッションビルやデパートに入り、展示されている服が俺好みの店の店員さんを捕まえてコーディネートを頼んだ。他の店員さんにサインして下さいと言われたのでそれに応えつつ、その間リムにはどんどん試着してもらい似合っていると思えた物は片っ端から買っていった。
おっ? 意外とデニム系も似合うな。白いブラウスに白いロングスカートもなかなか清楚でいいな。リムは露出系より清楚系の方がエロく見えるのは、きっと俺の心が汚れているんだろうな。長い黒髪をおろし白い清楚な感じのワンピースを身に付けて、顔を真っ赤にして試着室から出てくる姿を見ると無性に脱がしたくなるもんな。サキュバスなのに清楚。サキュバスなのに純血種だから未経験……別に処女厨じゃないけどこのギャップがそそるわ〜
「こ、光魔王様……お、お気に召していただけますか? 」
「うんいいね! リムは白が似合うな! 清楚な感じで凄くいい! 」
「……嬉しい……」
「よしっ!次は下着売り場に行こう! 俺は流石に付き添えないけど、好きなのを好きなだけ買っていいぞ! 」
「あ……見ていただけれ……いえ、なんでもありません」
見たい! けど流石にそれはマズイ! 抑えが効かなくなったら大変だしな。
俺は強いサキュバスの誘惑(?)に抵抗しながら高級ランジェリーが並ぶ売り場へとリムを連れて行き、店員さんに彼女が気に入れば全部買うから色々な下着を見せてくれるよう伝えた。ここでもサインを求められたが、ここは長居したくないので色紙を受け取って外で書くことにした。
そして1時間後に店に戻ると、カウンターにはずらりと買い物袋が並んでいた。俺はさっと会計を済まして荷物をその場で全てアイテムバッグに入れて店を出た。そしてデパートを出る時に、別にブランド物とかでは無いがリムに似合いそうな時計があったのでそれもついでに買ってあげた。
下着より安物なのに時計が一番喜んでいたな。女心はわからん……
「こ、光魔王様……今日はこんなにたくさんの服と下着に時計まで……ありがとうございます」
「ミラやユリと違って何も求めないからな。もっとやりたい事をやっていいんだぞ? 給料だって使ってないだろ? せっかくあっちの世界より物に溢れてる世界に来たんだ。もっと好きな事をやって自由に生きろよ」
「こ、光魔王様に忠誠を誓った身なれば自由など……」
「あーはいはい。そう言うの俺息苦しくて嫌なんだわ。俺はミラみたいに自由にしててくれた方が一緒にいて楽なんだよ。あんな感じでいいよ」
「み、ミラのようにですか!? あの様な思慮の浅い行動など私には……」
「違う違う! ミラがアホなのは違わないけど、アイツ毎日楽しそうだろ? 失敗してもめげないし、いつも馬鹿みたいに明るいだろ? 馬鹿なんだけど。俺はああいう子の方が世話焼きたくなるし楽なんだ。明るい子とは一緒にいて楽しいものさ」
「な、なるほど……我が妹ながら酷い言われようですが、私もミラにはついつい甘くしてしまいます。なんとなく仰ってる意味がわかる気がします」
ここでユリを引き合いに出さないのはあんなに毎日エロエロオーラを出されても困るからだ。あのオーラには過去何度も負けて酷い目にあってるからな。ああいうのはユリだけでいい。他のサキュバス達は忠誠心が強過ぎて俺を誘惑しようなんて考えてもいなさそうだから心配していない。
「リムはリムだから無理して明るく振る舞う必要は無いんだけど、ミラのように毎日を楽しく過ごして欲しいだけだ。まあ少しづつでいいさ、何か楽しいと思える事を見つけてくれ。さて、もう帰るぞ」
「わ、わかりました。楽しく……光魔王様」
「ん? 」
「は、初めて光魔王様と2人きりで買い物ができて……私は今とても楽しいです」
俺がもう帰ろうと歩き出したのを呼び止めたリムは、少しハニカミながらも今日一番の笑顔を見せてくれた。
俺はその笑顔に一瞬心臓が高鳴った。
「……そうか。それじゃあまた買い物に連れて来てやるよ」
「はい! 」
この笑顔が見れるならまた連れて来てやろうと思わない奴なんていないだろう。
そう思って歩き出した俺の腕に、恐る恐るそっと腕を絡めてきたリムがなんだか可愛く思えた。
今日はリムの意外な部分を見れて良かったな。
リアラの塔で必死に戦っている学生諸君。強くなればモテるぞ! 頑張れ!
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