第8話 団結






「ダーリン、もうそろそろ学生達が着く頃よ? 」


「ん? もうそんな時間か……ちょっとゆっくりし過ぎたか」


「準備は全部してあるから学生の皆をお願いね。ダンジョンと遊覧飛行は私達で見ておくから」


「手伝えなくて悪いね。早めに終わらせて帰って来るよ。いない間は依頼を受けた探索者をこき使ってやってくれ」


「あはは。あの子達生き生きと仕事していて使いやすいのよね。中級ポーションの威力は凄いわ」


「じゃあ行ってくるよ」


「いってらっしゃいダーリン」



世間がGWに入りそれぞれが休みを満喫している頃。

遊戯施設を経営している俺達の会社が休みのはずも無く、GW初日から5千人の来場者を記録した。用意してあった駐車場も足りなくなり、HPで電車やバスを利用して来場してもらえるよう案内する程だ。クオンやエメラやグリ子達へ乗る目的で来た子供達も長蛇の列ができ、平均2時間待ちとなっていた。添乗員のインキュバス達も流石にキツそうだった。


Hero of the Dungeonも連休を利用して遠方から初めて来るお客さんが多く、登録業務に受付の皆も忙しい様子だった。この時期スタッフには一日一人につき一本、疲労回復効果もある初級ポーションを配布している。昨夜の閉館時には空き瓶になって全て戻って来た事からその激務の程が伺えた。


そんな皆が忙しくしている中、凛に促された俺は女神の島の南中央通り沿いに建てた三階建ての店舗の地下に作った転移室へと転移をした。

なぜ女神の島に来たかというと、先日冒険者学園の生徒とした約束を果たす為だ。


今から2週間程前に30階層のボスの攻略に行き詰まっていた冒険者学園の生徒達を発奮させる為、俺はクリアした者全員を女神の島へ招待すると約束した。そしてこの事を知った学園の高等部の生徒達が、それから10日間毎日Hero of the Dungeonに通った。予想外だったのが生徒達の親が全面的に協力して来た事だ。

学生は19時までしかプレイできないのだが、保護者達が付き添い延長料金も払うからと22時までプレイできるよう交渉を持ちかけて来た。これには受付の責任者の冬美さんも困ってしまい、凛に相談した上で10日間だけプラス千円で22時迄プレイできるよう許可を出したらしい。


よく考えてみれば冒険者学園に通う子供達の親は皆、元探索者及び現役の冒険者や自衛隊員だ。卒業前に女神の島に行けてステータスを上げれる事の重要性を誰よりも理解している。

ステータスが上がれば独り立ちした時の死亡率を下げる事ができるしね。そりゃ親なら協力して当たり前だった。


これまで所詮ゲームだと思い静観していた親達は、自分の子供を女神の島に行けるようにする為に協力を惜しまなかった。生徒達が持ち帰る動画を見てアドバイスしたり、ゲーム代を負担してあげたり交代で保護者同士で当番を決めて付き添ったりと、その本気度に受付の子達は当初一体何が起こっているのか訳が分からなかったようだ。

当然この事はあっという間に世間に広がり、会社へ他の地域の冒険者学園関係者から横浜校だけズルいとクレームが来たらしい。しかし凛は俺の個人的な約束であり、個人資産から費用を出すので会社は関係ないと突っぱねたそうだ。

その上で慈善事業として、来年の卒業生から毎年女神の島に招待する企画があると伝え相手を歓喜させたらしい。女神の島は人気あるなあ。


まあそんなこんなで肝心の30階層のボスは西条君パーティが一番乗りで倒し、その動画を高等部の生徒全員に公開してその後はクラスメイトの為にアドバイスをする事に徹したそうだ。そういった保護者も含めて高等部が一丸となって挑んだ結果、次々と攻略する者が続いた。オートマタ達も気を利かしたのか、一階の受付フロアに複数ある大型モニターに毎回30階層のボス戦を映し出していた。そして最終日となる25日の22時直前に最後のパーティがボスを倒した。

最後のパーティがボスを倒した瞬間なんて、受付フロアに集まった生徒達がお祭り騒ぎだったよ。俺はまさか高等部の生徒全員が攻略するとは思っていなかったからかなり驚いた。最後のパーティなんて一人2回は死んでレベルが下がっていたにも関わらず執念で倒したからね。


こうして付き添いの教員を含め二学年300人近くの生徒達を女神の島に招待する事になった訳だ。

招待が決まってからは学校側に協力をお願いして、装備を持っている者といない者の集計と採寸をしてもらった。そして出発当日に千葉にある飛空艇発着場で生徒を乗せ、十数時間掛けて女神の島へとやって来たという訳だ。


俺は今はまだ無人の店舗に転移してから外に出て、南港の近くにある飛空艇発着所へと歩いて行った。




「飛空艇から降りた者はそのまま西へ行け! 2Km程歩いた場所にキャンプ場がある! そこで係りの者の指示に従うように!」


「キャンプ場では男子生徒は男のダークエルフの指示に! 女子生徒は女のダークエルフの指示に従いなさい!」


「「「はーーい! 」」」


俺が飛空艇発着場に着くと既に生徒達を乗せた飛空艇が到着していた。そこでは以蔵と静音他数名のダークエルフ達が声を張り上げ、飛空艇の後部乗降口から降りて来る生徒達を誘導していた。


「以蔵悪いな」


「お屋形様! とんでもございません! 我等に仕事を与えてくださり皆感激しております」


「お屋形様。紫音と桜達を使って頂きありがとうございます。日本に行った者達を皆、羨んでいた所でございます」


「紫音と桜達を借りている所に今回の付き添いを頼んで悪かったな。人は足りているか?」


「ハッ! 問題ございません。ここに残っている者達は男も女も戦闘力の高い者達ゆえ、全員が今回の任務に就く事ができます」


「紫音と桜は未だ未熟者ゆえ、まだまだ新人探索者達の付き添いは早うございます。ここは我等上忍が適任かと」


上忍て確か100歳以上のBランクの者の事だったか? 分かりにくいなぁ……


「そうか。確かに二人はステータスはギリギリBランク程度と高くは無いが、精霊の扱いが上手い。紫音は気配を殺す事に秀で、桜は闇から闇への移動が優れている。静音に似ているな」


「ありがとうございます。お屋形様にお褒め頂けるとは、幼き頃より厳しく躾けた甲斐がありました。あの様な姿になっていても訓練を続けていたようで、技だけは一人前になっておりました」


「後は経験か……こればっかりは一朝一夕にはいかないからな」


「はい。一日も早くお屋形様のお役に立てるようにしたいのですが、我等とてお屋形様の前では力不足を感じている始末。先は長うございます」


「何も戦闘力だけが全てでは無いさ。俺は以蔵の統率力と、静音のサキュバス達とはまた違った諜報能力を買っている。紫音も桜もHero of the Dungeonで一生懸命働いてくれている。もう十分役に立っているさ」


「お、お屋形様……有り難きお言葉」


「お屋形様にその様なお言葉を頂けるとは。有り難き幸せにございます」


「さて、それじゃあキャンプ場まで行こうか」


「「ハッ! 」」


俺は以蔵達を連れ生徒達の後を追い、キャンプ場へと向かった。



キャンプ場は南の港から海岸沿いに2キロ程西へ行き、そこから少し北に行った山と森に囲まれた場所にある。そこには森の手前に5棟ずつ6列に建てられたコテージと、広場の端には大きな屋根付きの炊事場が2ヶ所ある。ここで食事を各人が作る事になる。元々このコテージは東の港に皇グループが作ったホテルに泊まれないような、低ランク探索者に格安で利用してもらう為に作った。安い分キレイに使わない利用者は遠慮なく追い出すように以蔵達には言ってある。赤字の施設なのに修繕費とか凛に言い難いから、ほんと綺麗に使って欲しいよ。


「佐藤さん! 」


「あ、校長先生……校長先生も引率で来ていたんですか? 」


「ええ、私も元探索者ですから生徒達に実戦の心構えを……と言うのは建前でして、実は女神の島に来てみたかったのです。ハハハ」


「あはは、正直ですね。校長先生がいらっしゃるなら安心です。まあ高等部の子達は皆で力を合わせて女神の島への切符を手にしたので、心配はしていませんけどね」


俺達がキャンプ場に着くと背は低いががっしりとした身体つきに、頭がとっても寂しい冒険者学園横浜校の校長先生が走って来た。この人に会うのは二度目だが、相変わらず人懐っこい顔で笑っている。確か元Aランクの盾職だと言っていたな。Hero of the Dungeonのシステムを真っ先に導入しようと決めた人でもあり、今は導入予算のやり繰りに奮闘しているらしい。学園のOBから寄付も募ってるというから本当に生徒思いの先生だと思ったよ。


「ええ、佐藤さんのお陰で学年を超えクラスを超えて、未だかつて無い程に生徒達が団結して事に当たりました。佐藤さんの狙い通りと言ったところですかね? 」


「ははは。流石元Aランク探索者の校長先生です。その通りです」


「やはりそうでしたか。ダンジョンに入れば同じ探索者同士は協力し合わなければならない。そうする事で自分や仲間の命を救う事も、ダンジョンを攻略する事もできる。新人探索者がこの事に気付くには時間が掛かりますからね。うちの生徒達は本当に良い経験をしたと思います」


「少しでもその事に気付いてもらえたならいいんですけどね。それはそうと、生徒達は熟練のダークエルフ達に付き添わせますので校長先生も塔に挑まれてはいかがですか? 」


「ええ、実は佐藤さんに甘えて他の実技担当の教員と塔に挑戦しようかと思いまして、自分の装備を持ってきているんですよ。ハハハ」


「ははは。用意が良いですね。おっと生徒達が広場に集まって来ましたね。校長先生行きましょう」


「はい。是非一言お願いします」


俺が校長先生と話しているとコテージに荷物を置いた生徒達が広場に集まって来た。事前に一言お願いしますと言われていたが、実は何も考えていない。俺は綺麗に整列している生徒達の前に立ち取り敢えずぶっつけ本番で声をかける事にした。


《 お、おい! Light mareの……》


《 ああ、佐藤さんだ……》


《 SSSランクのあの……》


《 シッ!静かにしろ。何か話してくれるみたいだぞ 》


「長旅お疲れ様。Light mareの佐藤だ。まさか高等部全員が女神の島への切符を手に入れるとは思っていなかった。ボスを倒した者全員と言ったのを少し後悔したよ」


クスクス

アハハハ


「冗談はさて置き、ここにいる皆は恐らく始めてであろう実戦を明日から経験してもらう。ここはHero of the Dungeonでは無い。このリアラの塔に現れる魔獣は本物だ。攻撃を受ければ痛いし怪我もする。そして死を経験する事もできる」


ゴクッ

ヒソヒソ


「だが成人前の君達が死を経験するのはまだ早い。その為に熟練のダークエルフを各パーティに一人付ける。彼等は皆ここにある5塔の内4塔を攻略済みだ。彼等の言う事をしっかり聞き、少しでも長くリアラの塔にいられるようにしろ。死ねば10日間は入れない。友達にステータスで差をつけられたく無かったら死ぬな。いいな! 」


「「「「「はいっ! 」」」」」


「それじゃあ初の実戦頑張ってくれ。 以蔵、後は頼む」


「ハッ! ……よいか皆の者! 今日はこれより装備の貸し出しを行った後に、塔に入る際の心得と塔内でのルールを座学にて学んで貰う! 明日の午前中はパーティ毎に付き添うダークエルフの者と訓練を行い、午後からの五日間塔に挑んでもらう! それでは装備の無い者は前に出て受け取りに来い! 」


「「「「「はい! よろしくお願いします! 」」」」」


俺は生徒達に挨拶をした後に以蔵に後を頼んだ。俺はこの後以蔵達と最後の打ち合わせをしたらもう出番は無い。その後は途中途中に様子を見に来るだけだ。俺がいても以蔵達がやり難いだろうしね。


以蔵が今後の説明をすると生徒達はキビキビと装備を受け取り、屋根のある調理場に行き座学を受ける準備をしていた。どうやら静音が座学の講師をやるようだ。

塔の攻略は基本的に日帰りで行う。10階迄登ったら戻って翌日は次の塔へという流れでやり、最終日はパーティでもう一度挑戦したいと思う塔に挑むという流れだ。

来年から実施予定の卒業前のダンジョン実習では挑むのは力の塔のみとし、塔内で野営をして20階の中ボス迄攻略してもらう予定だ。


俺は楽しそうに座学を受ける準備をしている生徒達を見ながら、明日からの実戦でしっかりと力をつけて欲しいと願っていた。


がんばれよ未来の冒険者達。








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