第7話 攻略特典





4月も半ばに入った頃。Hero of the Dungeonは日に日に入場者数を伸ばして行き、日本人だけでは無く外国人観光客の姿も多く見かけるようになった。

外国人観光客の中には自分の国では無いからかマナーの悪い者も多く、ゴミのポイ捨てや通路を塞いでの撮影会をしている者なら警告で済ましたが、女性プレイヤーに抱きついたり剣で他のプレイヤーを事故に見せかけて叩いたりなど、あまりの酷さに俺はサキュバス達にポーションを持たせ実力行使をする事を許可した。彼等にはダンジョンという密室の恐ろしさを、文字通り骨の髄まで経験してもらった。

彼等はポーションで全快した後に傷害で訴えるだのなんだの言っていたが、証拠も無いのにどうやって訴えるのか俺にはわからん。逆に装備を壊したといって大使館に請求書を送ってやった。どこかの富豪のボンボン達らしいが、自分達の国より強い国に旅行に来る時は大人しくしていないと駄目だと思うんだ。


まあそんな奴らの事は置いておいて、俺は30階層で行き詰まっているプレイヤー達の状況を確認する為に管理室に来ていた。


「マスター何か御用でしょうか?」


「監視ご苦労さん。ちょっと聞きたいんだが、冒険者学園の子供達は今何階層にいる?」


「西条様のパーティでしたら29階層でレベル上げをしています。その他の生徒達は24階層から25階層で攻略が止まっています」


「そうか……一番進んでいた大学生チームも30階層で足止めされているらしいな。やはりオークキングは弓を実装してからじゃ無いと厳しかったか」


「そのようです。オークキングもそうですが、オークアーチャーとオークウィザードと黒狼の連携に苦戦しているようです」


「少し難しくし過ぎたかな? いや、どのゲームも必ずつまづく所はあるからな。上手く連携できれば攻略は可能な筈だ」


簡単にクリアできるゲームなんてつまらないからな。最初から30階層で攻略が止まるのは織り込み済みだ。こういうのは誰かが攻略したら次々と攻略されていくものだしな。


「どのパーティもレベルを上げる事で対処しようとしております。唯一老人パーティが良い所まで行きますが、動きが悪いので攻略できていません」


「そこは老人だからな。ボス戦だけは身体が動かないと厳しいだろうな。俺は少し29階層を見てくるよ。これは差し入れの長崎のカステラだ」


「流石マスターです」


「マスターはわかってますね」


「カステラは長崎です」


「マスターなら持ってきてくれると信じてました」


「マスターは期待を裏切りませんね」


「お、おう……それじゃあ行くわ」


「いってらっしゃいませマスター」


「このザラメが堪りませんね」


「紅茶を淹れましょう」


「均等に切ってくださいね」


「切る者が多く貰えるルールを作りましょう」


俺はそれまでモニター前から動かなかったオートマタ達が、カステラを渡した途端に一斉に立ち上がり忙しく食べる準備をしている光景に若干引きながら管理室を後にした。まあ喜んで貰えて何よりだ。

それから俺はスタッフ用エレベーターに乗り29階層へと向かった。




29階層に到着した俺はスタッフ用通路を歩きながら探知を掛け、西条君の魔力を探った。

おっ、これだな。ん? 側に一般人にしては大きな魔力を持っている者がいるな。 まあいいか、今は休憩所で休んでるみたいだな。

俺は30階層へと続く階段近くの休憩所に西条君の魔力を見つけそこへと向かうと、休憩所のベンチに疲れ切った様子の5人の男女がいた。


「お疲れのようだな」


「え? さ、佐藤さん! 」


「へ? え? 佐藤さん!?」


「うわっ! 救世主! お、おい! 大月! 新見! 」


「ん? なに……え? え? 佐藤さん! 」


「ふえ? あーーー!? 佐藤さん!! 」


「ああいいよそのままで。休憩してたんだろ?リラックスしていてくれ」


「あ、は、はい! 失礼します」


「え、英作どうしよう本物だよ」


「お、俺ファンなんです!」


「わ、私もファンなんです! あ、握手お願いします! 」


「私も私も! ドラゴンライダーのファンです!」


「ははは、ありがとう。まあ楽にしてくれ」


俺が声を掛けるとビックリした様子で全員が立ち上がって直立不動の姿勢になった。俺は鬼軍曹かよ……

こっちが落ち着かないので座らせたが、全員が背筋をピンと伸ばしてとてもリラックスしているようには見えない。俺は求められるがまま握手をして、再度楽にしてくれと言いなんとか力を抜いてもらった。


「30階層のボスで行き詰まっているって聞いてね。西条君のパーティは頑張っているようだから、少しアドバイスをしようと思って来たんだ」


「あ、アドバイスをして頂けるんですか!?」


「ああ。君達の戦闘の映像を見たけど、少し西条君に頼り過ぎだと思う」


「うっ……それは……」


「確かにそうですね」


「西条君は盾職だからね。複数の敵が飛び道具を使って来ると、盾で受けてから前に出ると言うのは間違いじゃない。間違いじゃないが、それだといずれ行き詰まる」


盾職がいる初心者パーティにありがちな戦術だ。盾で一旦飛び道具を受けてから、二の矢が来る前に全員で飛び出して殲滅する。確かに効果的だ。効果的だがそれは自分達と同数と同程度の実力のモンスターが相手の場合だけに通用する。強力な攻撃力を持つボス相手には絶対にやってはいけない。


「ですが盾で受けてから次の攻撃が来る前に倒すのが一番安全で……」


「オークキングには通用しなかったけど……」


「弓と魔法が絶えず飛んで来て黒狼に側面を突かれて更にオークキングに……」


「ジリ貧でした……」


「動けない所に黒狼とオークキングが来て……」


「勇気を持って先手を取れ。固まっていては駄目だ。西条君が突っ込んでモンスターを引きつけてその間に全員が分散してアーチャーとウィザードを先に潰してみろ」


「あ、確かに僕が前に出て引き付ける事ができれば……」


「そうか……どうしても弓と魔法を警戒して最初は固まっていたけど……」


「そうだよな。狙いを絞らせなければ……」


「西条君が引きつけてくれればその間に……」


「怖い……けどもしそれが可能なら……」


「ボス戦だけはレベルを上げただけじゃ勝てないようになっている。例え良い装備を着けていてもだ。スキルと連携が重要なんだ。ここでは死ぬ事は無い。知恵を絞り失敗を恐れず出来る事は全てやってみろ」


「はい! 僕が敵を引き付けてみせます!」


「お、俺もやってみます! 」


「俺もスラッシュで倒せない迄も魔法発動を邪魔してみます」


「私も勇気を出して前に出ます」


「わ、私も怖いけど前に出ます」


この子達は実戦を経験した事が無いので恐怖から守りに入るのは仕方ない。現にここまではそれで通用して来た戦法だしな。でも実戦はボス相手に守りに入ったら負けるんだ。今から前に出るという意識だけでも持っていて欲しいな。でないと初級ダンジョンの下層で死ぬ。


「おう、頑張れ! そうだな……今月の25日迄に30階層のボスを倒した高等部の者達全員を、ゴールデンウィークに女神の島へ招待してやる。そこで一週間リアラの塔を体験させてやろう」


「「「ええーーーー!!」」」


「ほ、本当ですか佐藤さん! 女神の島に行けるんですか!」


「やべえ! 探索者だって抽選なのに学生のうちから行けるなんてやべえ!」


「夢見たい……上手くいけばステータスが上がるかも……」


「嘘でしょ……全員て……りょ、旅行キャンセルしなきゃ!」


「本当だ。飛空艇にも乗せてやる。ただし30階層をクリアできたらな」


いずれこのダンジョンをクリアした者の中から、魔獣は大した事が無いと勘違いをする者が現れるかも知れない。本物のダンジョンと本物の動きそっくりなモンスターと戦っていれば、探索者になってから本物のオークを見たときに油断するかもしれない。そう言った危惧を抱いていた俺は、早い段階で探索者や自衛隊員になる子供達に現実を教えておかなければと思っていた。女神の島で実際に戦う事でこの子達から現実はそんなに甘いものじゃないと広まってくれる事を期待して、ゴールデンウィークも近いし招待する事にした。

初の実戦がどれだけ怖いか知らずに喜んでいるこの子達を俺は温かい目で見ていた。


「はい! 必ずクリアします! 」


「やべぇ……早くみんなに伝えなきゃ」


「これはお祭り騒ぎになるぞ……」


「あと十日……いけるわ。クラスの皆と一緒に憧れの女神の島に」


「ひょえ〜まさかこんなチャンスが来るなんて」




「それと大月さんだったかな? 君は魔力値が高いね? 魔法使い志望かな?」


俺は探知した時に強い魔力反応があった委員長みたいな見た目の女の子をそっと鑑定してステータスを見たら、実戦を経験していないのに魔力値がDもあったので少し驚きつつ魔法使い志望なのか聞いてみた。


「は、はい! 火属性の適性がありまして魔法槍士志望です!」


「前衛をやるのか……そうだな。魔法を覚えたら先ずは毎日魔力が切れるまで魔法の操作を練習した方がいい。槍を持って魔獣の前に立つのは最低限黒鉄の入った武器を持ってからだ。それまでは魔法使いに徹し、魔法の熟練度を上げるべきだ。でないと器用貧乏で死ぬ。これは魔法剣士出身の先輩からの助言だ」


この子は才能がある。才能がある故に前衛をやるのは危うい。


「は、はい! ありがとうございます! そうします! 」


「才能のある子ほど早死にするんだ。もう自分の魔力は感じ取る事はできるのか?」


「はい。感じ取って手まで流す事はできます」


「ちょっとやって見せてくれるか?」


「は、はい! …………こ、こんな感じです」


「うん、出来てるな。それをもっとスムーズにできるようにして魔力の塊を手から放出して木を抉れるようにする事と、身体の中心から手足の先まで循環できるようにする事。この一連の魔力循環をスムーズにできるようにする事。これが出来るようになったら初級火魔法書をあげるよ」


俺は凛と夏海に教えた魔力操作のコツを教えると同時に目の前に人参をぶら下げた。

初級火魔法書は市場で大体30~40万位で売られている。買おうと思えば買える額だ。両親に頼めば買ってもらえるだろうが、タダで貰えるならそのお金を他の装備購入に使いたいだろう。ちなみに中級火魔法書になると価格が一気に跳ね上がる。需要に対して供給が追いついていないからだ。


「ええ!? 火魔法書を!? で、でも手から魔力を放出してそれ程の威力が……」


「出来るさ」


ドガッ!


「ヒッ! ほ、ほんとだ……」


「スゲー! 魔力だけで壁に穴が……」


「と、とんでもないな……」


「ま、魔力って攻撃に使えるんだ……」


「放つ魔法の威力を上げるのにも、動く敵に当てるのにも必須の技術だ。冒険者クラスの魔法使いなら誰でも出来る。これは魔力操作を練習しないとできないから今の内からやっておくといい。戦士職の者もやっておくと将来大きな力になるぞ」


魔力の操作が上手くなると魔法を放つ時だけでは無く、武器に魔力を通す際に素早く通す事ができる上に必要な時に必要な量だけ通す事ができるので魔力の節約にもなる。戦士職が覚えておけば継戦能力の向上に繋がる。


「はい! ご指導ありがとうございます」


「出来るようになったら俺を訪ねてくるといい」


「はい! 頑張ります! 」


「それじゃあ10日後に何組がクリアしてるか楽しみにしてる。頑張れよ」


「「「はい! ありがとうございます! 」」」


俺はそう言ってその場を後にした。背後からやる気に満ちた話し声が聞こえて来ており、俺も何組が30階層をクリアするか本当に楽しみになっていた。

これは早めにコテージとキャンプ場の準備をしておかないとな。冒険者学園の学園長にも言っておかないと。流石にリアラの塔で死を経験させるのはまだ早いから、ダークエルフ達を付けて低階層だけ各塔を周回させるか。

飛空艇は別荘の建築資材や女神の島の開発資材を輸送してくれている便に便乗すればいいだろう。

そうだ! 冒険者学園の高等部の子達のダンジョン実習をリアラの塔でするようにできないかな? そうすればダークエルフ達の仕事にもなるからいいと思うんだけどな。

でも学園は国も予算出してるみたいだから厳しいかな? どうなんだろ……夜に凛達に相談してみるか。

俺はダンジョンから出て家へと戻り、蘭とスクロール作製をしながらシルフィと凛の帰りを待った。




そして夕方になりオートマタ達と蘭と夏海に夕食の用意をしてもらいながら、冒険者学園の生徒達の事をシルフィと凛に話した。



「30階層の攻略報酬に学園の子を女神の島に招待するの? いいんじゃない? 実戦経験は早い方がいいでしょうし、飛空艇を出すのは問題無いわよ? 毎日何かしらで女神の島に飛んでるし」


「各パーティにダークエルフの人達が付くならいいと思うわ。冒険者学園の高等部なら装備も持ってるでしょうし、無ければ会社から貸し出してもいいわ」


「シルフィに凛もありがとう。それで出来たばかりの南の港近くのキャンプ場とコテージを使ってもらおうかと思ってるんだ。確か10人程が寝泊まりできるコテージを30棟作ったんだよね? 」


「そうよ、二段ベッドになるけど10人は泊まれてトイレもお風呂も付いてるわ。後は家具の取り付けだけだし、それも25日には終わってるからいいわよ? あそこの管理はダークエルフ達がやってくれる事になってるの」


「それで提案なんだけど、冒険者学園は卒業間近になると初級ダンジョンに潜ってるだろ? それを女神の島のリアラの塔で出来ないかな? そこにダークエルフの仕事としてガイドなんかさせてみるのはどうだろう?」


「そうねぇ……確かに毎年冒険者に付き添いを依頼してダンジョンに潜ってるわ。そして12校もあると残念な事に毎年死者が出てる。それをリアラの塔で行うのはとてもいい考えだと思うんだけど、学園の子ばかり優遇すると他の抽選でしか行けない探索者や冒険者達が反発すると思うのよ。冒険者連合として実施するのは厳しいと思うの」


「あ〜それもそうだな。冒険者連合がやると角が立つか……」


確かに女神の島に行きたくても制限されている探索者や冒険者達から、冒険者連合は文句を言われるな。シルフィの立場では難しいか。


「それならうちの負担でやればいいのよ。使い道の無いお金が余ってるんだし、会社のイメージアップにもなるわ。夏にはうちの会社専用の飛空艇が竣工するからそれに乗せて行けばいいのよ。それなら誰も文句は言わないわ」


「凛、いいのか? 」


「凛、いいの? 」


「いいわよ。ダーリンがやりたいならやらせてあげたいの」


「利益出ないぞ?」


「儲け話じゃないわよ? 」


「ちょっと! 二人とも私を守銭奴か何かと思ってない!? 私は別にケチでも守銭奴でも無いわよ! ちょっと儲け話に弱いだけよ」


「あははは。冗談だよありがとう凛」


「うふふふ。冗談よ凛。立場上コウにしてあげられない事を代わりにしてくれて助かるわ。ありがとう」


「もうっ! 私だって慈善事業をやるわよ。ダーリンは気にせずやりたい事をやっていいのよ。後の事は私とお姉ちゃんに任せて」


「ああ助かるよ凛。まあこれは来年の話だから、取り敢えずは10日後に30階層を攻略できた子供達の事を頼むよ」


「ええ、飛空艇の用意は任せてちょうだい」


「装備の用意はしておくわ。初めての実戦はきっと子供達の忘れられない思い出になるわ」


「そうだよな。俺も初めての実戦でオークと戦った時は、震えて泣きながら無我夢中で剣を振ってたな。忘れたくても忘れられない思い出だった」


「ふふふ。そう言えば昔言ってたわね。私もシルフに上手くイメージを伝える事ができなくて、何もできないまま終わった経験があるわ」


「ダーリンが!? 今の姿からは想像できないわね。私も初めての実戦では魔法発動失敗してお姉ちゃんに助けてもらった苦い経験があるわ。いい思い出よね」


「是非生徒達にも苦い経験仲間になってもらわないとな。楽しみだ」


「そんな意地悪な事言ってるけど、やろうとしている事は西条君の為なのよね。関わった人に対しての面倒見の良さは相変わらずよね」


「ダーリンはほんと甘いんだから。そういう所も好きなんだけどね」


「いやははは。西条君だけじゃ無いよ。同じパーティになかなか才能がある子がいてね。成長していく様を見てみたくなったんだ」


「あら? コウのお眼鏡にかなうなんてニーチェちゃんクラスの逸材かしら? 将来が楽しみね」


「私クラスになる可能性のある子がいるのね。それは楽しみね」


「そ、そうだな」


凛を反面教師にしてくれるといいけど、何となく大月さんは凛と同じ匂いがしたんだよな。だから危なっかしく見えて色々してあげようと思ったのかもしれないな。


俺は大月さんには行動する前に考える事の大切さを教えようと心に誓うのだった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る