第6話 寂しがり屋






Hero of the Dungeonがオープンして2週間程が経過し、学生達が新学期を迎えたせいか平日の日中はそれ程混雑する事も無くなり落ち着いてきた。その代わり夕方からナイト割目当てで来る仕事帰りのサラリーマンがスーツ姿で来場し、受付は大忙しのようだ。その中にはOLも多くおり、更衣室でスパッツに着替えて剣と槍を持ってダンジョン入口に集まっているのが3階から見える。


「19時からのレディースコースの人は案内するニャ! モンスターの難易度は低いからどんどん倒してシェイプアップするニャ! 」


「ああ〜猫耳癒されるわ。インストラクターのターニャちゃんは私3回目なのよね」


「あの語尾にニャって付けるのが堪らないわよね。ダンジョンに入るとスパルタだけど」


「あの見た目と話し方で鬼軍曹みたいになるターニャブードキャンプは確実に痩せれそうよね。毎回汗でびっしょりだもの」


「私もよ。2階の広くて綺麗な女性専用シャワールームがあるからいいんだけどね」


「そこの人達! 早くしないと置いていくニャ! 」


「は〜い! 」


「はい! 今行きます。萌え死にそう……」


レディースコースのインストラクターに猫人族の娘を抜擢したのは正解だったようだ。

このダンジョンには小さい子専用の階層の他に、女性専用の階層を用意してある。レディースコースは完全予約制で、20人毎に1人インストラクターが専属で付き2時間ダンジョンに潜る。準備運動をして30分間難易度を落としたモンスターと戦って休憩してを3セットこなすコースだ。この階層だけプレイヤーのレベルとかランクは無い。ひたすら脂肪を燃やす為に動く事が目的だ。これがなかなか好評で日に日に利用者が増えていっている。


俺は3階からスタッフ専用のエレベーターで1階の受付の裏へと向かった。


「あ、佐藤さんお疲れ様です」


「あれ? 西条さんもう帰る時間じゃないんですか?」


「はい。少しシフトの調整をしてまして、ついつい時間が過ぎてしまいました」


「早く帰ってあげないと英作君と奈々ちゃんがお腹を空かせて待ってますよ」


受付の裏の事務室に入ると西条さんの奥さんが机でパソコンに向かって仕事をしていた。

遅くともいつも18時には帰っているのに、今日はスタッフのシフト調整で遅くなってしまったようだ。

この人のお陰で受付は回ってるようなもんなんだよな。ミラは人の管理や事務関係は適当だからな。経理業務経験者の西条さんを雇えたのは本当にラッキーだったよ。


「ふふふ、大丈夫です。奈々も料理が上手くなりましたし、英作ももう高校生ですから」


「へえ〜奈々ちゃん料理できるんですね。それに英作君も今月からもう高校生ですか。ミラが新装備のテストで抜けてますが、あまり無理はしないでくださいね」


「ええ。楽しくお仕事をさせて頂いてます。毎日毎日本当に賑やかで、夫も寂しくなくて喜んでると思います。あの人ああ見えて寂しがり屋だったんですよ?」


「そうだったんですか? それは意外ですね。俺は遠目で一度見ただけですが、岩のような印象でしたから」


「ふふふ。あの身体と顔で寂しがりだなんて思いませんよね」


「ははは、そうですね。意外です」


「佐藤さん……本当にありがとうございます。遠目から一度見ただけの主人の為に色々と御尽力頂いて感謝しています。ですがあの戦いで命を落としたのは主人だけでは無いのに、24階層を封鎖して慰霊碑を建ててくれたり何故ここまでして頂けるのでしょうか?」


「確かに一年前の戦いで命を落としたのは西条さんだけでは無いですね。ですからダンジョンの入口横に戦没者の慰霊碑もあります。西条さんに関しては……昔自分の命を代償にたった一人で死霊の軍団に立ち向かい、命を落とした恋人と重なったからなんです」


確かに西条さんが不思議がるのも仕方ないよな。これは俺の自己満足なんだし。


「……佐藤さんも大切な人を……ごめんなさい」


「いえ、もう9年近く前の事です。色々あって今は前に進んでますし、心の整理は終わってます」


「私も……前に進めるでしょうか?」


「無理に前に進む必要はありませんよ。俺は二年間後ろ向きに進んでました。でももう一人の大切な人が背中を押してくれたんです。そのお陰で前に進めるようになりました。西条さんにもいますよね?」


「はい、おります。命より大切な子が二人……」


「その子達を見ていてください。それだけで前に進めますよ。子供は前にしか進みませんからね」


「はい……はい……ありがとうございます。何処かでまだ自分の殻に閉じ籠っていたのかもしれません。このダンジョンから離れ難くて、ついつい遅くまでいたのかもしれません」


「聞いてますよ。毎日仕事が終わると24階層に行ってると。旦那さんもお子さん達を心配してるんじゃないですか? 西条さん一人よりお子さんと一緒に行ってあげた方が、旦那さんも嬉しいんじゃないですか?」


リムから聞いている。毎日仕事が終わると24階層に行き、慰霊碑の前で泣いていると。


「……そうですね。どうやら寂しがり屋なのは私の方だったみたいです」


「今はそれでいいんです。時間がある程度解決してくれますよ。さあ、英作君と奈々ちゃんが待ってますよ。帰ってあげましょう」


「はい。ありがとうございます。少し救われました」


「いえいえ、同じ経験をした者同士にしかわからない事もありますから。いつでも相談してください。俺は西条さんより年上なんですから」


確か奥さんは33歳だったから俺より三つ年下だ。


「ありがとうございます佐藤さん。年上だったとは意外でした」


「西条さんご夫婦が二人とも寂しがり屋だった方が意外でしたよ」


「あら、ふふふ」


「あははは」


「ふふ……ではお先に失礼しますね」


「はい、お疲れ様でした」


俺は笑顔で事務所を出て行く西条さんを見送った。綺麗な人だよな。確か名前は冬美さんだったかな。名前通り何処か寂し気な雰囲気がある人なんだけど、笑うと春が来たみたいに温かい表情になるんだよな。英作君は身体付きはお父さん似だけど、顔はお母さん似で良かったなイケメンめ! 奈々ちゃんもお母さんそっくりだから将来モテそうだ。


俺はそれから装備カウンターでテキパキと動いている桜と、無表情で手だけ動かしている紫音に声を掛けててから家へと戻った。二人とも上海ダンジョンを出てからは以蔵達とリアラの塔に籠っていたから日本語の勉強は遅れているが、どうしても手伝いたいと言うから来てもらった。女神の島にずっといるよりは、こうやって色んな人に接した方が良かったみたいだな。二人は忙しそうにしながらも、なんとなく楽しそうに見えた。




家へと戻ってからはそれぞれ自分の仕事を終えた恋人達と夕食を食べリビングで寛いでいた。

そこで俺は少し気になっていた事を凛に聞いてみた。


「そう言えば凛、正統オーストラリア共和国だっけ? 魔誘香の輸出を止めた件で何か言って来てないか? 潜入させているサキュバスからはかなり焦っているようだとは聞いてるけど」


「あ〜アイツらね。約束破ったから輸送予定だった物も飛行場で止めたら大騒ぎしてたわ。日本政府に潰されますよ?とか言ってきたけど笑っちゃったわ。逆よって言い返したら意味が理解出来なかったみたい」


「会社名である程度察しがつかなかったのかしら? 」


「都市国家レベルの情報網でも気付きそうなものですけどね」


「権力者ほど権力に屈しない者の存在を認めたくないし理解できないもんさ。それで?日本政府とアメリカ政府にはクレーム入れたか?」


「ええ、キツめに入れておいたわ。アメリカ軍への魔誘香の販売も警告として2週間止めたわ。完全に止められたくないだろうから、正統オーストラリア共和国にこっそり魔誘香を流したりしないと思うわ」


「俺が徹夜して作った魔誘香が悪用されたら堪らないからな。MPKなんかに使われたら寝覚めが悪い」


「魔誘香の取り扱いに関しては、探索者協会と冒険者連合でも使用に関しては厳しく通達しているわ。コウが心配するような事にならないようにね」


俺が復活させた魔誘香で魔獣を使って戦争するような事になったら気分が悪くなる。ダンジョンでもそうだ。Cランク以上の者にしか販売してないのも、最低限探索者や冒険者としての心得がある者達だからだ。このランクになると稼ぎも良いし、周囲へ配慮をする余裕もある。他の探索者や冒険者を巻き込む可能性は低いから販売している。自衛隊や各国の軍に売るのは言うまでも無い。


「光希、MPKってなんですか?」


「ああ悪い。ゲーム用語だった。確かモンスタープレイヤーキルの略でアレだ、ダンジョンで冒険者が大量の魔獣を引き連れて他の冒険者になすり付ける行為の事だよ」


「ああなるほど。経験があります。故意ではありませんでしたが、そのお陰でパーティが壊滅しましたから」


「え!? お姉ちゃんそうだったの!? ずっと誰にも言わなかったから知らなかったわ」


「あれはそうだったのね……」


「もう過去の事だし、なすり付けた人もパーティ仲間もみんなもういないから言っても仕方のない事よ」


「そうだったのか……辛かったな。俺はそういう行為が一番許せないんだ。同じダンジョンを攻略する者同士、パーティが違ってもお互いがお互いを助け合うべきだと思うんだ。それはいずれ自分に返って来るからな」


ダンジョン内では冒険者達は出来る範囲で助け合う。それはいずれ自分に返ってくると分かっているからだ。それが分からない奴は早々に死ぬ。ダンジョンとはそう言った物だ。


「そうね、コウの言う通りだわ」


「光希の言う通りですね。あのような悲劇を二度と起こしたくは無いです」


「そうよね。ダーリンの言う通りだわ。あの国は勝手な大義名分を掲げて魔誘香を悪用しそうで怖いわ。資源国だからって日本とアメリカが甘やかし過ぎなのよ。アメリカなんてパースに軍まで派遣してるのよ?」


「それはリムが言うには優先度が低いらしいんだ。あくまでもソヴェートの後ろ盾があるクイーンズランド都市連合への牽制の意味が強いらしい。女神の島が現れてハワイが襲撃を受けた時に、真っ先にオーストラリアの部隊が撤退したようだしね」


「去年二都市間で紛争があった理由はそれだったのね。アメリカがいない内にソヴェートがちょっかいでも掛けたのね」


「リムの報告では確かそんな感じだったな。アメリカの部隊が戻るまでパース市はソヴェートとクイーンズランド都市連合に占領されていたらしい。アメリカの部隊が戻ってからは、話し合いで元に戻ったみたいだけどね」


ソヴェートはアメリカを挑発はするが、戦争にならないようギリギリの所で退く。戦うのはあくまでも二都市間でだ。資源と言うよりアメリカへの嫌がらせでオーストラリア大陸に手を出しているのかもな。相変わらずあの二国は世界が変わっても仲が悪いな。

しかしパース市が一番可哀想だな。元々は東側と西側の都市は協力して復興していたのが、クイーンズランド都市連合が独立してしまい分裂した。それを許さない正統オーストラリア共和国とクイーンズランド都市連合同士が争い、西側に唯一残されたパース市は東側の二つの都市国家からどっちに付くのか迫られ紛争の場にされている。パース市は30万人程度しかいないのに、200万人規模の都市国家二つから砲艦外交されて涙目だよな。そりゃどっちにもいい顔するしか生き残れないわ。


「今はパース市に二つの都市の軍と採掘者がいるんでしょ? それもこれもダーリントン山地の鉱床があるからよね。よく大規模な戦争にならないわね」


「凛ちゃん、あそこにはそう遠く離れていない所に岩竜のつがいがいるらしいわよ?刺激して採掘ができなくならないようにしてるんじゃないかしら?」


「え? 岩竜がいるのですか?」


「蘭、駄目だぞ? 岩竜は飼えないぞ? あれは重過ぎる。うちでは飼う場所は無いからな?」


「ランちゃん岩竜はダメよ? 動く度に地震が起こるわ」


「……残念です」


「蘭ちゃんがペットをまだ増やそうとしている事に驚きだわ」


「岩竜とは戦った事が無いので想像がつきませんが、名前からして重そうですね」


「ああ、重い。なのに飛べる。飛行速度は遅いけどね。岩のブレスもそうだけど、ひたすら質量攻撃をしてくる。でも動きは遅いから倒すのは簡単だよ」


それでもクオンやエメラは相性が悪くて苦戦するだろうけどね。いや、クオンなら負けるな。根性無いからな。


「ダーリンだから簡単なのよ。私の魔法じゃ相性悪くて無理だわ」


「私も斬ってみないと分かりませんね」


「魔法で倒すには火は相性悪いな。メテオなら一撃だけどね。物理だと夏海の刀と魔力なら翼は斬れると思う。首も数回斬ればいけるかな。まあ飼うつもりは無いから戦う事も無いよ」


岩竜なんていらない。しかも番なんて置く場所も無いし土地がボコボコになるからご免だ。蘭には釘を刺しておかないとな。


「そうですか、天津青雷刀あまつせいらいとうなら岩竜を……」


「試さなくていいからな? フリじゃないからな? 試したいならゴーレム系ダンジョン行けばいるからな? 持って帰って来るなよ? 」


天津青雷刀とは、去年上海ダンジョンで手に入れた魔鉄で夏海に刀を打ってやりプレゼントした刀の事だ。

刀には天雷を付与してあり夏海は感激の涙を流しながら刀を抱きしめ、俺に感謝のキスをした後に地下へ行き訓練所で試し斬りしていた。これが多田家の血だ。

今年に入ってからは富良野ダンジョンを月一回行くだけだったから、木じゃなくてもっと硬い魔獣を斬りたいんだろう。


「私はお祖父様達のような戦闘狂ではありませんので、ご心配には及びません」


「十兵衛さん達か……武器を返した途端に上級ダンジョンに潜ったらしいね」


「はい……竜系の富士フィールドダンジョンの中層で地竜狩りをしているらしいです」


「クオンに負けたのが相当尾を引いているな……まあ、あの人達は殺しても死なないだろうから大丈夫だろ」


「そうですね。光希が私にナイショで門下生達に離脱のスクロールを渡したみたいですしね。心配はしてません」


「あはは、ダーリンバレちゃってたわね」


「いや、あはははは。ちょっと心配でね。餌(武器)は与えてないから」


「家族と門下生を心配してくれてありがとうございます。でもあまり甘やかさないでくださいね」


「ああ、分かったよ」


「ダーリンは本当に私達の身内に甘いんだから。パパにもピチピチュの実あげちゃうし、 私この歳で妹か弟ができそうよ……」


「お母さんにだけあげて、お父さんにあげないのもね。しかしカッコイイ人だったな凛のお父さん」


そう、1月の終わりに貿易会社に勤めている凛のお父さんが、単身赴任していたフランスの本社から日本支社に戻って来た。貿易会社側がLight mare CO. LTD.の代表が社員の娘だと知って色々な思惑からか、凛の誕生日に合わせて父親を戻したようだ。フランスにもダンジョンがあるが、あそこは政治家と富裕層に権力が集中し過ぎていて探索者協会も冒険者連合も設立していないようだ。ただ日本とは昔から仲が良く、民間での交流も多い上に親日の人が多いので貿易は盛んだ。

恐らく凛に近付いてスクロール辺りが欲しいんだろうとは思っている。


凛の誕生日に凛パパと三人で会ったんだけど、凛パパは金髪の髪に爽やかな笑顔でとにかくカッコ良く気さくな人だった。日本に帰化してる日本人なんだけど、凛に迷惑を掛けるようなら会社を辞めると言ってくれて迷惑掛けちゃったなと思った。俺は冒険者連合加盟国以外には魔道具関連は卸せないけど、何か必要な素材があれば融通を利かす事はできるとだけ言っておいた。それだけでも喜んでくれたから安心したよ。流石に日本支社長になるって人に会社辞められてもね……


「パパも会社の思惑からかは分からないけど、日本に戻って来れて喜んでいたわ。本社から色々言われてきてるみたいだけど、適当に誤魔化すとか言ってたわね」


「素材関係なら問題無いから卸してあげなよ。下位竜の鱗や皮でもあの国じゃ貴重だろうし」


「そうね、適当な素材を流しておくわ。皇グループとパパの勤めている会社は商売仲間だしね」


「そうしてやってくれ。俺達のせいで迷惑掛けてしまってるからな」


「ありがとダーリン」


この後も恋人達とオートマタ達が最近カステラにハマっているだとか、女神の島のお店とコテージ付きのキャンプ場が完成したからホビット達を何人か行かせたらどうかだとか、飛空艇の2号機の習熟訓練が終わったから女神の島へ定期便を出すようにしただとか色々と話をした。

それから皆でお風呂に入り、その日は蘭とシルフィとベッドでイチャイチャして眠りについた。





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