第22話 上海ダンジョン





俺はシルフィのいる執務室を前に期待を胸にドアをノックし、応答を待ってから開けた。


部屋に入るとシルフィの他に忍者夫婦もいた。マジかよこっちの用かよ……

以蔵と静音は俺を見るなり座っていたソファから立ち上がり、そして跪こうとしたので手で制しそのままソファに座らせた。こういうのが面倒くさいんだよダークエルフは……

俺は予想していたのと違う要件にガッカリしつつ、ソファへ向かいシルフィの隣に座った。


「コウ早かったわね。今日来てもらったのはこの二人の頼みをコウから断って欲しかったのよ」


「もしかして上海ダンジョンに同行したいとかか?」


「お屋形様! 是非我等も奈落のダンジョンへ同行させて頂きたくお願い致します!」


「お屋形様何卒お願い致します。娘を、仲間を弔わせてください」


「私が何度駄目だと言っても聞かないのよ……」


俺は予想通りの展開になった事に頭を痛めた。もし上海のダンジョンが最上級ダンジョンだとしたら以蔵達では力不足だ。俺は一応鑑定を掛けて以蔵と静音のステータスを見てみることにした。





暗黒の森の以蔵


種族:ダークエルフ


職業: 大精霊使い


体力:A


魔力:S


物攻撃:B


魔攻撃:S


物防御:B


魔防御:A


素早さ:S


器用さ:A


運:C


取得魔法:


種族魔法: 精霊魔法(契約時)


備考: 闇の上位精霊ネルと契約。




暗黒の森の静音


種族:ダークエルフ


職業: 大精霊使い


体力:B


魔力:S


物攻撃:B


魔攻撃:S


物防御:B


魔防御:A


素早さ:S


器用さ:A


運:D


取得魔法:


種族魔法: 精霊魔法(契約時)


備考: 闇の上位精霊ネルと契約。




やはり上級ダンジョンなら大丈夫だが、最上級ダンジョンの下層に行けるステータスでは無い。凛と夏海は俺が渡した装備とアイテム、そして紋章魔法がある上に俺が守るからなんとか連れて行ける。しかしこの二人まで面倒見るのは難しい。


「うーん……上海ダンジョンが最上級ダンジョンだとしたら二人は死ぬぞ? 」


「覚悟の上でございます。この目で今一度同胞達を見て、弔ってやりたいのです」


「能力が足りないのは重々承知しております。決してお屋形様の足手まといにはなりません。せめて我が娘に一目会うまでは死にません……何卒お願い致します」


「里の者達はいないかもしれない。いたとしても残酷な光景を目にするかもしれない。それでも命を懸けてダンジョンに潜るのか?」


「ハッ! 是非同行の許可を!」


「例えどのような結末が待ち構えていようとも受け入れる覚悟がございます」


「ふぅ……昔、暗黒の森の者では無いがダークエルフには助けられた恩がある。わかった。同行を許可する」


俺は二人の子を想う気持ちに負けた。前にシルフィが言っていた、もしシルフィがあの時死霊に殺されてゾンビとして操られていたらという言葉が頭をよぎったからだ。きっと俺は以蔵達と同じ事を思い行動しただろう。


「お屋形様! 有難き!」


「お屋形様ありがとうございます!」


「だが条件がある。ダンジョン内では例え意に沿わない事でも俺の指示に従ってもらう」


「「ハッ! ご指示に従います! 」」


「もう一つ……死ぬな。これは絶対命令だ。禁呪の発動も禁ずる」


「……お屋形様」


「……はい。決して死にません」


「急な事で今ある物しか無いが、二人には試作品の初級結界を付与した魔石交換式の腕輪を二つずつやろう。魔力を流せば発動する。危ないと思った時は遠慮なく使ってくれ」


「結界が使えるのですか!?」


「二つも……これがあれば生存率が上がります。ありがとうございます」


本当は中級結界の腕輪を渡してやりたいが流石に時間が無い。取り敢えずはサキュバス達に渡したこの初級結界の腕輪で最初は凌ぎ、途中で魔石交換式の中級結界の腕輪を作りながら進めばいいだろう。


「まったくコウはエルフに甘いんだから……」


「エルフが好きだからな」


「それは嬉しいけど、本当に大丈夫なの?」


「まあ、なんとかするさ。聖水があるから他のダンジョンより休息を取りやすいしな。無理はしないよ」


「そう言えばドグさん達に何か作らせてたわね? あれが休憩する為の道具?」


「ああそうだよ。ゆっくり休みたいからな」


「なるほどね、確かに効果的だわ。聖水の他の使い方の勉強になったわ。うちでも作らせてみようかしら」


「死霊系ダンジョン限定だけどな……それじゃあ俺は帰って準備をするよ。以蔵と静音は明日家に来てくれ。上海にはドラゴンに乗って瘴気があまり無い海側から侵入する」


「「ハッ! 承知致しました! 」」


俺はシルフィと以蔵達に別れを告げ部屋を出た。

はぁ〜面倒な事引き受けちゃったな。帰って凛達に説明しなきゃな。ゾルに頼んでおいた客用テントへの浴槽の取り付け終わってるかな? 帰って顔を出してみるか。

俺は思わぬ同行者の追加に野営用装備を用意する為、転移室から家へと転移をして鍛治小屋へと向かった。



「ゾル〜いるか〜?」


「おう! サトウの旦那! ここにいるぜ! 」


「前に頼んでおいた客用テントの改装できてるか?」


「ああできてるぜ! 魔石式設備をいくつか追加しておいた。しかしトイレを作ったドワーフは良い腕だな。勉強になったぜ!」


「ああ、アレは試行錯誤で俺との合作なんだ。洗浄式トイレが欲しくてな」


「こっちの世界に来て納得いったよ。俺も今トイレ作りに挑戦してるんだが、付与魔法の調整が難しいな。ホント良い腕してるぜ。チリルには俺の作品を使って欲しいからなんとか作ってみせるさ。チリルが俺の作ったトイレで……作ってみせるさ」


このドワーフは……100歳も下の嫁さん持つだけじゃなくて変態かよ。ロリコンで変態とか救いようがねーな。


「ゾル……トイレはもういいからテントは貰っていくぞ。ついでにこのミスリルの短剣も貰っていくぞ」


「ん? ああ、それは練習で打ったやつだから構わねえよ。テントの大型の奴も終わって、後は寝室とリビングの仕切り作るだけだからホビット達に回してある。あっちはもう少し時間が掛かりそうだな」


「サンキュー。大型の方は急がないからまだいいさ。しかし練習でこの出来かよ、ロリコンだが腕は良いよな〜」


「サトウの旦那! 俺はロリコンって奴じゃねーって言ってるだろ! チリルは成人してんだ。ドワーフは長寿だからこれくらいの歳の差は当たり前なんだよ!」


「はいはい。チリルは小ちゃくてツルペタで可愛いよな。天使みたいだよな〜 ゾルが羨ましいよ」


「おっ? そうか? へへへ……そうなんだチリルは小ちゃくてツルペタでツルツルで堪んねえんだよ」


このロリコン野郎が!


俺は唾を吐き捨てるのを我慢し、だらしない顔をしている髭もじゃドワーフから離れ鍛治小屋を出た。

腕はいいんだけどな腕は……


そして夜になり、夕食後に恋人達には以蔵夫婦が同行する事になった事を説明した。凛も夏海も痛々しそうな顔で話を聞いており、蘭もシルフィの最後がもしもそうだったらと想像して以蔵達に共感していた。皆同行する事を受け入れてくれたが、予想外の事が起きた時の動きを決めておこうという事になり就寝の時間になるまで皆で話し合った。




翌日早朝。


朝早くから気合いをいれて来た以蔵夫婦にゲート魔法の説明と口止めをし、ドラゴンポートまで行きクオンに以蔵夫婦を乗せ恋人達とメイはエメラに乗った。グリ子達は今回は洞窟タイプのダンジョンなので留守番だ。


「それじゃあ出発しようか。上海ダンジョンは一番難易度の低い洞窟タイプらしいから上級で80階層、最上級でも120階層程度だろう。余裕を持って4日で攻略できると思う。さっさと攻略して終わらせよう」


「一番難易度の高い迷宮タイプじゃ無かったのは救いね。臭いからサクサク燃やして攻略するわよ!」


「このミスリルの刀なら魔力を通さなくても斬れますしね。神刀白雷の力を思う存分発揮できます」


「うふふ。主様が匂いを感じないクリームを持ってますから大丈夫ですよ。あれが無いと蘭もキツイです」


「え? そんなのがあったの!? 私ももらおっと! これで気分良く燃やせるわ」


「ダンジョンに入る時に渡すよ。死霊系ダンジョンには必須アイテムだからね。それじゃあゲートを開くよ『ゲート』」


「おお〜これが幻の空間魔法のゲート……」


「過去勇者様しか使えなかった幻の魔法……」


俺はゲートを開きエメラに乗り門を潜らせて沖縄の離島に出た。クオンが潜るのを待ってゲートを閉じ、一路上海へと飛び立つのだった。以蔵夫婦は目を見開いたまま周りをキョロキョロしていた。


そして北西に飛ぶこと数十分。目の前に瘴気に覆われた港と都市が見えてきた。瘴気の中は視界は悪いが全く見えない訳では無い。一般人には毒となる瘴気も冒険者クラスには効かないから、俺達は眼下にゾンビとスケルトンがウヨウヨしている中飛び進んだ。すると一際瘴気が濃いエリアが見えその中に飛び込むと、大きな公園だったらしき場所に青白く光る岩が見えた。その岩は苦しく叫び声をあげている人の顔のような形をしており、その口の部分から中に入れるようになっていた。

俺達はその入口の前にエメラとクオンを着陸させて降りた。


「おかしい……この入口の形と大きさは最上級ダンジョンじゃない」


「確かに奈落の側にあった上級ダンジョンそのままの姿です」


「進化していなかったという事かしら? でも瘴気は広がっているわ……」


「恐山にある死霊系の上級ダンジョンに似た形ね」


「これは上級ダンジョンです。最上級ダンジョンはもっと大きいです」


「まあ、入って見ればわかるさ。最上級なら一層からゾンビとスケルトンに混じってグールやスケルトンナイトが出てくる筈だ」


俺はそう言ってから皆に『無臭だ』クリームを渡し鼻の下に塗らせた。これは俺が開発したクリームで、死霊系ダンジョンには必須アイテムだ。更に浮遊灯の糸を凛の装備に結んだ。これは浮遊石で浮く照明で、頑丈な魔蟲系の糸で装備に繋いで前に進みながら周囲を照らす物だ。頭にライトを付けるよりも広範囲を照らす事ができる。


そして俺を先頭にダンジョンに入るのだった。



「探知を掛ける癖を付けろ! 前から来るぞ! 」


「「「はい! 」」」


ウーウーウー

ウーウーウー


「ゾンビ10、スケルトン4」


「ゾンビは私がやるわ! 『炎槍』 」


「スケルトンは私が! 多田抜刀術『瞬斬』 」


「どんどん進むぞ。次側道からスケルトン12」


カタカタカタ

カタカタカタ


「次は我等が! ネルよ百の刃で切り刻め!忍法 『百連刃』 」


「ネルお願い串刺しにして! 忍法 『影剣山』」


「ねえ、ダーリン。あれ精霊魔法よね? 忍法? なんで?」


「シーー!! そういう設定なんだ深くツッコまないでやってくれ」


「そ、そう……わかったわ。お姉ちゃんみたいな感じね。うん大丈夫」


ダンジョンに入って早々ゾンビとスケルトンが次々と襲い掛かってきたが、どうみても上級ダンジョンの一層にいる魔物だけっぽい。やはり上級ダンジョンなのかもしれないと考えていたら、凛が以蔵達の攻撃を見て当然の疑問を口にした。以蔵達は幼い頃から精霊魔法は日本で言うところの忍法と思い込んでいるので、本人に言っても逆に何を言ってるの? という顔をされるのを俺は知っている。だから凛にはツッコまないように言っておいた。

夏海みたいな感じと理解した所が凛もなかなかである。


以蔵達の忍法が冴え渡りあっという間に一階層を突破して二階層に降りた俺達は、変わりばえしない洞窟の景色の中ひたすら前へと進んで行った。


「なんだか気合い入れて来たのに、数は多いけど普通の上級ダンジョンよね……」


「そうね。中層迄は精々がグールとスケルトンナイトが出てくる感じかしら」


「このダンジョンは瘴気の事もそうだけどおかしい所がある。気を緩めるな。知能の高いガーディアンは精神的な罠を仕掛けてくるぞ」


「わ、わかったわ」


「は、はい!」


「我等も気を付けねばならぬな」


「ええ、確かにこのダンジョンは何かおかしいわ。ネルがソワソワしてるわ」


「ふむ……中位以上の精霊を見つけた時の反応に近いな……」


「でも下位精霊ならともかくダンジョン内に中位以上の精霊がいるなんて聞いた事が無いわ」


「そうだな。だとするとこの感覚はなんなのであろうか……」


「このまま今日は20階層まで行くぞ。浮遊灯を増やすから早足で行く」


「「「はい! 」」」


俺は以蔵達の話を聞きなんとなく胸騒ぎがした。確かにこのダンジョンはおかしい。出てくる魔物は上級ダンジョンの上層の魔物だが数が多い。とても大規模な氾濫をした後とは思えない。


俺達はその後、スケルトンナイトやグールなどCランクの魔物を倒しながら20階層まで進んで行った。




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