第16話 苦戦




ーー 台州市 台州川 最終防衛陣地 霧隠れの以蔵 ーー




「報告します。20キロ上流の川が凍らせられました」


「またか! リッチを使ってゲリラ的に氷の橋を作るとは……船で援軍に来た冒険者を行かせてくれ」


「了解しました!」


「これじゃあ援軍が来ても全然楽にならないわね」


「エルダーリッチめ、側に置いていた二体のリッチを上流に向かわせおって。こっちはこっちでエルダーリッチの魔法で広範囲を凍らせられて手一杯だ」


シルフィーナの援軍が来て持ち直し、東の海岸へ米軍の揚陸艦で続々と援軍の冒険者達が運ばれて来て一旦は楽になったが、相変わらず川を挟んでの攻防戦が続いている。

一度は押し返したと思ったら上流の方で川を凍らせられその場所に人を割かねばならず、目の前の川は再びエルダーリッチにより凍らせられこちらの人間は動けない。そしてまたしばらくすると別の場所の川を凍らせられまた人を割かねばならなくなり、人が増えたにも関わらず時間が経てば経つほど劣勢となっていっている。

エルダーリッチは場所を変えては現れ川を凍らせ、また場所を変えで居場所がなかなか特定できないままゾンビ共の進入路ばかり増えていく。

シルフィーナが連れてきた援軍は100キロ先の上流から来ている20万のゾンビの対応で手一杯で、とても余裕は無さそうだ。

不幸中の幸いかエルダーリッチの指示なのか、50万のゾンビが我々がいる所を目指しているから防衛線は思ったより短くて済んでいる。川を前に布陣したのは正解だったようだ。

シルフィーナとセルシアも川の氷を破壊したり元凶のリッチを狙っているようだが、ゾンビやスケルトンを盾にしすぐに逃げる為なかなか倒せないと言っていた。


「流石にあのクラスの精霊魔法はそう何度も撃てないわよ。結局こちらも人数が増えたけど、ゾンビが渡って来る場所も増えたからなかなか優勢にはなれないわね」


「負傷者もそうだが冒険者達の疲労もかなり溜まっておる。交代で休息はさせているが、その時間も短くなってきている。そしてもうすぐ夜が明けるが生憎の曇り空だ。ゾンビやスケルトンの動きも思ったより鈍らぬだろうな」


「このままではジリ貧ね……聖水も心許無くなって来たわ。エルダーリッチの張る結界は破れないし……」


「接近戦で傷一つ付けれぬどころか反撃を喰らい腕を負傷するとはな……」


エルダーリッチに魔法を防がれた後、再度奴が前に出て来た時に私と静音は忍法水走りで川を渡り、壁となっているオークゾンビ共をなぎ倒し奴を攻撃した。しかし二人の全力の攻撃にも関わらず結界を破れず魔法での反撃を受け、避けた先でレッドグリズリーのゾンビの爪で腕を切られてしまった。忍法霧隠れでその場を退避したが、危なく灰狼のゾンビの群れに手足を喰われる所だった。


「リッチを移動させた分、強い魔獣のゾンビとスケルトンナイトを側に置くようになったわね。私もスケルトンナイトに斬られる所だったわ」


「前線には人間やゴブリンやオーク、それに狼系のゾンビが多いのだがな。後方には大型魔獣のゾンビとスケルトンナイトを温存しているのだろう。あれらが出てきたら流石に死人が出るな」


「これまではゾンビとなって疲れを知らなくなった分、弱くなった人間のゾンビや元Eランクの魔獣のゾンビとDランクのスケルトンが相手だったからリッチの魔法を警戒していれば死ぬ事は無かったけど、Cランク以上が出てきたら不味いわね」


「このままでは時間の問題だろうよ。エルダーリッチは明らかに我らが疲弊するのを待っている。疲労で動きが鈍くなった所に虎の子の大型魔獣とスケルトンの上位種を出し、一気に勝負を決めるつもりだろう。こういう戦術を使って来るから知能の高い魔物は厄介なのだ。これに比べればゴブリンやオークの氾濫のなんと可愛いものよ」


圧倒的な数で絶え間なく攻めて我等の疲弊を待ち、最後に強力な戦力を一気に当ててくる。嫌らしい手を使ってくるな。


「そうね、数が多い上にそれをやられたら堪らないわね。それと……さっきの攻撃で気付いたのだけれど、エルダーリッチは私達を捕らえようとしているわね」


「静音もそう感じたか。放って来た魔法もレッドグリズリーの攻撃も全て足と腕を狙ったものだった。レッドグリズリーは爪で攻撃して来たのでは無く我を掴もうとしていた」


「スケルトンナイト達も私の足を執拗に狙って来ていたわ。そしてあのエルダーリッチは隣国から真っ直ぐ私達の里に来たと聞いたわ。ダークエルフが目的だったとしか思えないのよね」


「それならば50万のゾンビ共が当初はもっと広範囲に広がって進んでいたのが、何故この場にまとまって来たのか説明がつく。だが、もしそうだとして我等を捕らえてどうしようと言うのか?損傷の少ないゾンビを作りたいのか? しかし我等が死ねば契約精霊は精霊界に還る。精霊魔法の使えぬダークエルフのゾンビなど、その辺のAランク冒険者のゾンビとそう変わらぬだろう。目的が分からぬ」


「私にもわからないわ。けど、もしかしたら私達の里の者もゾンビにされあのダンジョンにいるのかもしれない。もしそうだったなら私の手で弔ってあげたいのよ。紫音も桜も……」


「そうか……そうだな。我等を狙っている以上その可能性はあるな。死んでまでその身を死霊共に操られている里の者を、そして我等が愛しき娘の亡骸を弔ってやらねばならぬな」


エルダーリッチがダークエルフを捕まえて何をしているかはわからぬ。しかし魔物がやる事だ、それはとてもおぞましい事であろう。我が里の者や娘達の亡骸を未だ弄んでいるのであれば、我等が弔ってやらねばならぬ。それが元頭領として、親として最後に皆にしてやれる事なのだから。


「ええ、ここから生きて帰ってそしていつか必ずあのダンジョンへ……」


「ああ、必ずだ」


私と静音はこの戦いでエルダーリッチを倒せても倒せなくとも、上海に現れた奈落の上級ダンジョンを攻略する事を決意した。例え最上級ダンジョンになっていたとしても、いつか必ず娘達と里の者達を弔う為に……




それから更に数時間が経過した頃、とうとうエルダーリッチはCランク魔獣のゾンビとスケルトンナイトを大量に投入して来た。エルダーリッチの側には、黒い全身鎧と瘴気を見に纏っているデスナイトが一体控えていた。

力が強くなりタフになったレッドグリズリーやオーガのゾンビ、そして新たに現れたグールにスケルトンナイトに我々は苦戦した。侵入口を増やされた上でのこの攻勢だ、強い魔獣や魔物の数の暴力と遠方から飛んでくる魔法に冒険者達は次々と倒され命を失う者も出てきた。

私と静音もそして理事達も、指揮所にいる全ての人員を連れ前線で戦っているがもう限界のようだ。遠くで宙に浮きながら我等を見下ろしているエルダーリッチに未練を抱きつつ、私は決断せざるを得なかった。


「静音。ここまでのようだ、冒険者達を東の海岸へ撤退させる」


「……エルダーリッチを仕留められ無かったのは悔しいけど、ここで冒険者達を失う訳にはいかないわ。以蔵、撤退の煙幕を」


「ああ、無念だ…………ん? ……今何か聞こえなかったか?」


……オ……ン

クォ……ォン


「……鳴き声? ……これは竜の? まさか!?……勇者様?」


「静音! 東の空だ!」


「あ……ああ……竜と……光の剣……」


「皆の者! 耳を澄ませよ! そして東の空のドラゴンに乗る者を見よ!」


クオーーーーン

クォォォォン


《あ、あれは? 鳥か? 飛行機か? いや、ドラゴンだ!》


《ど、ドラゴン? まさかあいつらか? 来てくれたのか!》


《ドラゴンの背に人間?……Light mareか!》


《おい! 悪魔が来たぞ! 世界最強の光の悪魔が来た! 勝ったぞ!故郷を守れるぞ!」


《Light mare……おいっ! Light mareが来たぞ! 押し返せ! そしてLight mareに押し付けろ!》


《押せ押せ! そして周囲の者に伝えろ! 光の悪魔が空から来たと!》


東の空に一頭の竜が現れた。そしてその竜の頭の上に光り輝く剣を天にかざしている者がいた。その姿はまさに勇者様そのものであった。

私は冒険者達に佐藤様が来た事を告げた。冒険者達はそれまでの苦しそうな表情を一変させ、皆一様に明るい表情と明るい声でLight mareが来た事を周囲に伝えていった。


それは戦場全体に瞬く間に伝播し、魔物共を一気に押し返して行った。

そしてその時。


空が光に包まれた……











ーー 台州市 台州川上流 最終防衛線 風精霊の谷のシルフィーナ ーー





「リーゼリットあそこよ! 川を暴れさせて!」


「ウンディーネ! 次はあそこの水の精霊に暴れてと伝えて」


「シルフ! 私の声を大きくして! ……セルシア! 突出し過ぎよ! なんで川を渡るのよもうっ! 一緒にいる人達が戻れなくなるわよ! 戻りなさい! コウに言い付けるわよ!」


「シルフィーナ! 2キロ先の川に倒木を投げ込んで渡ろうとしている、刀を持った冒険者の集団がいるとウンディーネが言ってるのだけど……」


「ああああ〜もうっ! またあの人達? 皆でゾンビが川を渡るのを阻止している時になんでわざわざこっちから川を渡ろうとするのよ! リーゼリット! 構わないから川を氾濫させて木を押し流してちょうだい!」


「わ、わかったわ。ウンディーネ! お願いね! ……それにしてもあの刀と薙刀を持った集団……頭おかしいわ。氷を渡ってくるゾンビとスケルトンをあっという間に殲滅して、その氷の上を渡って逆襲しに行くなんて……」


「防衛戦の意味がわかってないのよ。夏海が何度も恥ずかしいって言ってた意味がわかったわ。竜人族並みの脳筋よアレ」


「戦闘力はズバ抜けてるから助かってはいるけど、もう少しこっちの言う事を聞いてくれれば他の冒険者も楽になるのに……」


「コウが言うにはドラゴンの口の中に入って倒そうと試みた子もいるみたいよ。頭のネジがどこか飛んでるのよ。そんな人達を制御するなんて私には無理よ。夏海には悪いけどもう面倒見きれないわ」


もうっ! なんなのよあの集団! 400人全員が全く言う事聞かないし、飛空艇で話した作戦も理解してないわ! そんな事ありえる? 普通あれだけいれば最低でも数人はこれじゃ不味いとか思うわよ。なんなのあの闘牛みたいな人達は!もう構ってられないわ。残りの1500人の冒険者をフォローしないと。


プルルルル

プルルルル


「来たっ! コウ? ダンジョンを出たのね! ええ大丈夫よ……愛してるわ……馬鹿、もう禁呪は使わないわよ、二度とコウと離れたくないもの……ええ、待ってるわ。私の勇者様……」


「シルフィーナ! 佐藤様ね?」


「ええ、富良野ダンジョンを出たらこんな事態になっていてびっくりしていたわ。今からこっちに向かって来るそうよ」


「良かった……これでもうこの氾濫も終わりね」


「ええ、あと少しの辛抱よ」


私が夏海の一族へ心の中で愚痴を言っていると衛星電話が鳴った。

私がすぐに電話に出るとやはりコウからの電話だった。思っていたより早くにダンジョンを出たみたいで、上海ダンジョンの氾濫の話を聞いてびっくりしたと言っていたわ。直ぐにこちらに向かって来ると言ってたから、あと二時間は掛らないわね。こんなに早くダンジョンから出てくるなんて、やっぱり私達は運命の赤い糸で繋がってるんだわ。きっと私の危機がコウに愛の糸を通して伝わったのよ。


これはローデス島戦記第18話13分の、ヒロインのエルフが悪の魔法使いに攫われる所を主人公が何か嫌な予感がすると気付いて助けにくるシーンを超えたわね……


やっぱりリアルの愛の力って凄いわ!



「シルフィーナ? なんだかゾンビ達の様子が変よ? ……あれはスケルトンナイト! レッドグリズリーにオーガのゾンビも! 後方からもの凄い数が前に出てきているわ!」


「……こっちが疲弊した所に真打ち登場ってわけね。悔しいけど効果的だわ。リーゼリットは奴らが川を渡るのを極力邪魔してちょうだい。私は操縦室に連絡するわ」


「わかったわ」


「操縦室へこちらシルフィーナ。高度を下げて残りの聖水を全て投下しなさい! 聖水であのスケルトンナイトの群れの動きを抑えて! 聖水を投下し終わったら後方に着陸して待機してなさい」


《了解にゃ! 聖水投下にゃ!》


「リーゼリット! 降りるわよ! シルフよ! 私達を地上まで運んで!」


「きゃっ! シルフィーナこれ怖いからやめてって昔言ったじゃない!」


「緊急事態だから仕方ないでしょ。シルフ! あの陣までお願い」


私が愛の力にうっとりしていると、リーゼリットが恐らく後方に控えていたであろうCランク魔獣のゾンビとスケルトンナイトが出てきた事を知らせてきた。効果的な戦術だとは思うけど、今は耐えれば勝ちよ。

私は操縦室に指示をしてから、シルフにリーゼリットと一緒に地上に設営した陣へと運んでもらった。

この攻勢は何としてでも防がないと。


「あっ! 理事長! 急にゾンビ達の圧力が増し、川を渡られました! 担当の者達は現在後退しながら戦っています。撤退の許可を!」


「シルフィーナ理事長! オーガのゾンビの数が多く押されています!このままでは! 」


「今は耐えなさい。飛空艇から最後の聖水による援護があるわ。その時に反撃するわよ!これを耐えれば強力な援軍が来るわ! 踏ん張りなさい!」


「は、はいっ!そう伝えます!」


陣に入るとあちらこちらから戦況の厳しさを告げる無線が入って来ているようで、通信担当の者が指示を求めて来た。私は援軍の存在を伝え、なんとか踏ん張るように言い衛星携帯電話で以蔵さんに電話を掛けた。


「…………出ないわね。前線に出ているのかしら? 通信手! 中台冒険者連合に無線を繋いでちょうだい」


「はい!…………応答ありません」


「不味いわね。指揮所に人がいないなんて……あちらは相当追い込まれてるみたいね。かと言ってこちらも余裕は無いし……10分置きに呼び掛けてちょうだい」


「はい!」


走って伝えるには遠過ぎるし、飛空艇は今は聖水散布中だから行けない。シルフの声も流石に届く距離でも無いし……私もあと数度掛けてみて、折り返しの電話が掛かって来るのを待つしかないわね。

とにかく今はこのゾンビ達の攻勢を防がないといけないわ。



そして少しして飛空艇からの援護もあり、私とリーゼリットも前線へと出て押し返せない迄も何とか侵攻を止める事が出来た。しかし、多くの負傷者と残念ながら犠牲者を出してしまった。

ほんと効果的な手を打って来るわね。冒険者達の疲労も激しいわ。お願い早く来てコウ!


私がいてもギリギリで持ちこたえている前線で、これ以上犠牲者を出したくないと悲痛な思いでコウに願ったその時。


東の空が光に包まれた。





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