第13話 台州市防衛戦 【挿絵地図】

中華広東共和国地図

参考にして頂ければ幸いです。


みてみん

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ーー 浙江省せっこう 台州市 台州川 冒険者連合陣地 霧隠れの以蔵 ーー





《こちら無情街道防衛集団。配置完了》


《福栄道防衛集団配置完了した》


《連龍高速道路防衛集団だ。配置完了した》


「ご苦労。お前達は周囲の監視偵察が任務だ。無理をするなよ?》



日が落ち辺りが暗闇に包まれた頃。香港と福建省より移動して来た者達の配置が完了した。

冒険者及びかき集めた探索者の数は1500人。その内300人に聖水を持たせ、この街へ続く街道の監視と偵察を頼んだ。ここ本陣は川の土手から500メートル程離れた3階建ての建物の最上階にあり、後方の台州市迄は10キロの場所にある。


「以蔵、南部防衛線が突破されたらしいわ。北部防衛連隊は一人残らず自爆したそうよ」


「自爆だと!? ここまで退却して我等と合流するのでは無かったのか!?」


「私達はそういう作戦だと聞かされていたけど、実際は基地を死守する事とゾンビにならないよう自爆を命令されたみたい」


「同僚に自爆せよなどと、軍が出す命令とは思えんな。政府か……」


「でしょうね。大統領も相当追い込まれていて余裕が無いそうよ。真っ先に家族を連れて政府専用機で台湾に渡り、臨時指揮所を設置したみたい。台湾政府も呆れているそうよ」


「なんだと!? 軍人に死ねと命令した者が国外に出ただと!? 七千万人の国民を捨て自分だけ安全な場所に逃げたのか! 」


「祖国奪還党の連中もインドへ渡ったわ。ここまで腐っていたなんてね」


「憐れな……見捨てられた民達が憐れよのう。そうした政治家を選んだ自業自得の大人はともかく、なんの罪も無い子供達だけでも救ってやりたいのう……」


「現実は権力者と富豪が優先で離島や台湾へ逃げているわ。警察も一部の者を残して逃げたわ。国内はどこも略奪や殺人に強姦が横行していて、どっちが魔物かわからない状態よ」


「希望が無くなり自暴自棄になった者など魔物と大差無いな。その者達はいずれ必ず裁きが下るだろうよ。我々は援軍を信じここで耐えるのみよ」


「そうね。あと数時間もすればここは戦場になるわ。この海岸沿いの街には30万程のゾンビとスケルトンが向かって来ているらしいわ」


「わざわざ回り込んでまで随分とこちらに偏っておるな……エルダーリッチめ人の多い場所を的確に目指して来ておる」


「目の前の川も他の川と同様に凍らせて渡って来るでしょう。私達はそこを突くしか無いわね」


「これ程の大きな川を凍らせるのだ、リッチ程度では無理であろうよ。奴が前に出てくる筈だ。その時は……」


「一斉攻撃で仕留めるわ」


「ああ、そのチャンスを逃せば後方にまた引っ込むだろう。必ず仕留める」


リッチ共めここまで相手にして来た人間と同じと思うなよ? この本陣には上級魔法を使える魔導師が複数おる。そして冒険者達は毎年周辺地域から押し寄せる魔獣からこの国を守って来た精鋭達よ。更に湖南侵攻に参加しなかった優秀な探索者達には、たっぷりと聖水を持たせている。

包囲される前に出来る限り数を減らす。その為にはリッチとエルダーリッチを最優先で倒さねばならぬ。奴等さえ居なくなればこれ以上ゾンビ共は増えぬし、指揮系統を失ったゾンビ共を西へと誘導もできる。

西の中東諸国までは直線距離でも五千キロ以上ある。その間には山や谷があり、そこには強力な魔獣が山ほど待ち構えている。100万のゾンビがいたとしても辿り着くのは不可能だろうよ。




「失礼します、理事長。私達魔導師はリッチとスケルトンを集中的に狙えば良いのですね?」


りゅうか、そうだ。まずは川を凍らせる為に出てくるエルダーリッチを最大火力で狙う。これだけの人数が放つ上級魔法と精霊魔法を防ぐ事は、いくらエルダーリッチでも無理だろう」


「そうですね。エルダーリッチとは戦うのは初めてですが、ダンジョン内ならともかく外に出てきた以上負けはしないでしょう」


私が本陣で他の理事達と作戦の最終調整を行なっている時に、魔導師隊の隊長として任命した劉が部屋に入って来た。劉も念の為に作戦の確認に来たようだ。この男は実に真面目で誠実な男だ。

劉はSランクに最も近いと言われていた魔導師だが、10年前ダンジョン攻略中に仲間を守る為に両足を魔獣に喰われ冒険者生命を絶たれた。劉は引退しようとしたが、劉が幼い頃から気に掛けていた私と静音は引き留めた。

その後ドワーフに特製の義足を作らせ劉に渡し、歩く事には不自由の無いようにし探索者専門校の魔法学科の教師として教壇に立って貰っている。今回は国と教え子達の危機に招集に応じて来てくれた。私は彼ならばと、60名の魔法使いからなる魔導師隊の隊長へと任命した。この中で彼を含め上級魔法を使える者は6名だ。これだけいればエルダーリッチを仕留められる。


「そうだな。ダンジョン内だとフィールドタイプでも無い限り50人が戦うのがやっとの広さゆえ、Sランクに近いエルダーリッチを倒せるかは微妙だ。しかしここはダンジョンでは無く我々のフィールドだ。最後方に隠れられては困難だが、奴は必ず前に出てくる時がある。そこを狙う」


「わかりました。理事長の合図で攻撃を行います。しかし無能な政府のお陰でこれほどまで懐深くに侵攻されるとは……」


「やはり戦いを知る者がトップに立たねば、今の時代は国を守れぬのかも知れぬな。これまで魔獣の襲撃から国を上手く守ってこれた事で、どこか国民に緊張感が抜けてしまったのであろう。今更言っても詮なき事よ」


「噂では理事長のお仲間が政府により他国に売られる所だったとか……大恩ある方々へのこの仕打ち。広東人として恥ずかしい限りです」


「我等は所詮余所者よ。人族の中で暮らせばこの世界で無くとも同じ仕打ちを受けて来た。慣れておるよ」


「そんな……いえ、最近テレビで流布されている事を考えると、私達が何を言っても言い訳となりましょう。今回の亡者達の侵攻を止めた後に、私が異世界から来た方々に掛かる全ての疑惑を払拭しましょう」


嬉しい事を言ってくれる。しかし我等がダンジョンと共に魔獣をこの世界に連れてきたと言う噂は、この国に根深く残っておる。そう簡単には払拭できまい。


「ふふふ……劉は相変わらずいい子ね。でも、もう遅いのよ。私達を道具としてしか見ていないこの国とは、今回の件が終わればさよならするわ。貴方達を見捨てるようでごめんなさいね。でも私達にも300人の同胞がいるの。彼等の安全を守る責任があるのよ」


「そ、そんな!? この国から……そうですか……確かに家族を売られては私もこの国を捨てるでしょう。政府はなんて愚かな事を……」


「劉よ。お前のような者もいる事は分かっておる。中華広東共和国から冒険者連合は撤退するが、お前達を見捨てたりはせぬ。お前達の家族の為にも別の形として残す方法を考えておく」


この国の冒険者達はその土地柄、ランクが高い者が多く戦闘経験が豊富だ。この者達を手放すのはいささか惜しい。冒険者連合の下部組織として、広東のみの防衛を義務として支部を残せるようシルフィーナに掛け合ってみるとしよう。


「ありがとうございます。私も決心がつきました。政界へ出ようと思います。そしてこの国を変えます」


「そうか。難民の多いこの国は大変だと思うが、劉がそう決めたならそうするが良い」


「陰ながら応援しているわ」


「ありがとうございます。その為にもまずは生き延びねばなりません。以蔵さん、静音さん。そして理事の方々もご無事で」


「ははは。劉に心配されるほど腕は訛ってはおらぬわ」


「うふふ。あの劉が私達を心配するなんて」


「おい! 劉に心配されたぞ? 小さい頃は俺の尻尾を握りしめて後を付いてきていたあのガキんちょに!」


「劉よ、我等はまだまだ戦える。ムーラン大陸の獣人の強さを見せてくれよう」


「これは失礼致しました。まだまだ皆さんの武威が健在なのを確認でき安心しました。では、私はこれで」


劉め、生意気な。暗かった同胞の理事達も苦笑いをしておる。ここにいる者は孤児であった劉を良く知る者ばかりだからな。劉が幼い頃は皆に付き纏っておった、そんな劉の前で暗い顔など見せれぬか。

しかしあの劉がもう35になるのか……月日が経つのは早いものよ。




そして2時間後、とうとうその時がやって来た。


「無人偵察機からの情報よ、川向こうに30万の亡者達があと20分で現れるわ。西の街道には2時間後ね。ここが包囲されるのは4時間後といった所かしら」


「もうすぐシルフィーナが到着する。援軍に西へ行ってもらえれば包囲はなんとか防げそうだな。我々は正面の敵に集中する」


「シルフィーナは飛空艇で来るようだから間に合うわね。念の為連絡しておくわ」


「ああそうしてくれ。それでは前線に行くとするか、無月の静音よ」


「ええそうね。行きましょう、霧隠れの以蔵」


私と静音は立ち上がり、お互いの名を呼び合い戦場へと赴いた。




指揮所を出て川へ進むと川の土手から陣地の間に多くの車両が置かれていた。これは避難者が道に乗り捨てていった車やトラックを障害物として持ってきた物だ。この陣を覆うかのように辺り一面車両が置かれている。時間があれば土魔法使いに壁を作らせたかったが、時間が無い以上今あるもので防衛陣地を構築するしか無かった苦肉の策だ。これで少しでもバラけてくれればいいのだが……

私は大型トラックや基地から乗って来た輸送車を横一列に並べ、その後ろで剣を手に川を睨みつけている冒険者に最後の言葉を送る為に無線機を手に持った。


「長きに渡りこの中華広東共和国を守って来た勇敢なる戦士達よ! この浙江省を守る北部防衛連隊は壊滅した! その全員が爆薬を背負い亡者の仲間にならぬよう自爆特攻を行なった! 」


私が最前線の兵士達の末路を告げると彼方此方で息をのむ声が聞こえた。


「彼等は守るべき国民を家族を! 自らが傷つける事の無いよう、そして少しでもゾンビ共を道連れにし時間を稼ごうと特攻したのだ! その凄惨なる死を持って援軍到着までの時間を稼いでくれた! 援軍はもう間もなく台湾を出発する! 日本とインドと台湾の優秀な冒険者達がここへもうすぐ到着する! 我々は孤立などしていない! 助けに来てくれる仲間達がいるのだ!」


《そうだ! 俺達には仲間がいる!》


《ここで時間を稼いでいれば助かる!》


《日本の冒険者達は強い! 俺達は国を守れるぞ!》


「そうだ! 援軍に情けない姿を見せるな! 楽な仕事だと思われるようゾンビ共を狩り尽くせ!さあ来るぞ! 戦士達よ! 剣を構えよ! 聖水を持て! 我等の背後にはまだ避難が出来ていない民間人がいるぞ! 一匹たりとも後ろへ通すな!」



《やってやる! やってやるさ!》


《ここは通さねえ! 》




「以蔵来たわよ」


「ああ、凄い数だ。聖水隊前へ! 川を越えて来るゴーストへ射撃準備!」


《聖水隊前へ! 射撃準備完了!》


「結界士! 聖水隊に結界を掛けよ!」



私は無線機を置きライトに照らされた対岸を見ると、そこには数え切れない程のゾンビやスケルトンとゴーストが此方へとゆっくりと向かって来ていた。

私は前線にて待機させていた聖水を入れたウォーターガンを手に持つ探索者達を前へと出し、更にその背後に待機をさせていた初級結界を使える魔法使い3人に結界を張るよう指示をした。当然全員には張れないし、効果時間も短い。しかし結界が張られた者の背後に隠れれば少しの間は助かる筈だ。

私は等間隔に置かれた聖水の入ったタンクから出ているホースをウォーターガンに繋いでいる彼等の姿を見て肩の力を抜いた。

聖水をこんな使い方をするとは……佐藤様のアイデアらしいが、過去に水鉄砲から聖水を撃った者など存在しない。それに冒険者達の横に並べられている水風船……あれにも聖水が入っている。協会の司祭やシスターが見たら卒倒するだろうな。


「ふふふ……なんだか命を懸けた戦いをする装備には見えないわね」


「言うな、最初冒険者達に話した時には笑われたのだ。子供の遊びかとな」


「でも確かに効果的だわ。格好なんてなんでもいいのよね。空から攻撃してくるゴーストがいないだけ楽になるわ」


「そうだな。我々は街を守る事が目的だ。格好などどうでも良いな。……おいっ!お前達笑うなっ!集中しろっ!」


《うっぷぷ……りょ、了解!》


《りょ、了解》


《あの格好ウケるわ……あ、はい! 了解!》


「まったく……来たな……やはりゴーストを先に突っ込ませるか。聖水隊構えよ!……撃てっ!」



ジャコンッ! ビュービュー


ジャコンッ! ビュービュー


ジャコンッ! タタタタタタッ!


オオオォン……

オオオォン……


「冒険者達よ! 撃ち漏らしのゴーストへ水風船に魔力を込めて投げよ!」



オオオォン……

オオオォン……


私が聖水隊を見てニヤついている者達へ注意をすると、先に川へと辿り着いたゴーストがそのまま川を渡りこちらへ向かって来た。それを見た私は攻撃開始の号令を掛け、聖水隊が一斉にゴースト目掛けてその銃口から聖水を吐き出した。

緊張感の無い音を出しながらもウォーターガンから発射される聖水の効果は凄まじく、聖水に触れたゴーストは一瞬にして消滅をしていった。しかし数が数だ、撃ち漏らしのゴーストが川を渡り切ろうとしていた。

私は続けて冒険者達へ水風船を投げるよう指示を出した。魔力を少しでも込めればゴーストには当たる。当たれば水風船が割れ聖水が飛び散る。冒険者達がその強化された筋力で勢いよく投げた水風船は、割れた後に広範囲に飛び散り周囲のゴーストを巻き込み消滅した。

それでも川を渡りきり襲い掛かってきたゴーストは、問題無く冒険者達により斬られていった。


《おお! これはスゲーな! 理事長笑って悪かったよ》


《これは楽だな! 聖水てこんなに強力だったんだな! 》


《俺も撃ちてぇー!》


「戦闘に集中しろっ! 馬鹿者が!」



「緊張感の無い者達だ…………出てきたな……静音!」


「ええ、奴ね……でもリッチを二体引き連れているわね。護衛のつもりかしら」


「わからん。わからんが前に出るぞ! 」


「ええ、やっと仇を討てるわ……紫音、桜。お母さんが仇を討つ所を見ててね」


私は静音を連れ川へ向かい走り出した。


川へと走っている途中対岸のゾンビの群れの頭上をゆっくりと浮かびながら、此方へと向かって来る3体のリッチを見つけた。二体は黒いローブのリッチで、真ん中にいる赤黒いローブを着たエルダーリッチを守るかのように進んでいる。そのエルダーリッチはリッチに比べ一回り体格が大きく、装飾品も多く身に付けており金の王冠らしきものを被っていた。そしてフードの隙間から骸の目が見えた時、そこには縦の亀裂が入っていた。間違い無いな、フレッドが生前に言っていた特徴通りだ。奴が我が里を、我が娘達を!


必ず仕留めてみせる! 紫音と桜の仇を取るっ!

私と静音は復讐に燃える目で奴を待ち構えていた。




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