第12話 最後の義理





ーー 中華台湾連合国 香港 冒険者連合 本部 霧隠れの以蔵ーー







《以蔵さん、米軍の協力を得られたから今日の夜には第一陣の冒険者が台湾に集結するわ。二千人は集まりそうね》


「おお! それほど早く集まるとは! その中には佐藤様もいらっしゃるのか?」


《ごめんなさい。コウは今依頼で北海道の上級ダンジョンに昨日の早朝から潜ってるのよ。明日中には出てくる予定よ》


「そうか……これも運命なのだろう。いや、我々には佐藤様よりもたらされた聖水があるだけ運が良いのかもな」


「そうよね。運がいいわ」


《連合倉庫にある聖水もありったけ持っていくわ。だから私達が行くまで耐えてちょうだい》


今私と静音はシルフィーナとテレビ電話で話している。

昨日の夕方頃に湖南侵攻軍が壊滅したと知らせを聞き、それ見た事かと思っていたら政府から上海ダンジョンの氾濫の情報が届いた。私と静音はその事に愕然としつつも急ぎ冒険者へ緊急招集を掛け、シルフィーナへ援軍要請を出した。そして一夜明け浙江省へと出発しようと言う時にシルフィーナから電話があり、援軍の招集状況を知らせてくれた。


「ああ、大丈夫だ。我等は国内の冒険者達がある程度集まったゆえ、政府が用意した輸送機で浙江省までこれから行く。既に先行している者に陣地の設営を任せてある」


「政府が早く行けってうるさいのよ、聖水の積み込みだってあるのに」


《政府ね〜……私達の同胞をソヴェートに売ろうとした癖に面の皮が厚いわよね》


「この国には見切りを付けたつもりだが、有事を前にして逃げるのもな。冒険者連合の顔に泥を塗る訳にもいかぬし、最後の義理を果たす事にした」


《そうね……いいわ。今回の氾濫を抑えたらあの国の冒険者達は惜しいけど、中華広東共和国は連合から外して台湾共和国に本部を置くわ。以蔵さんと静音さんは日本に来て本部を手伝ってちょうだい。同胞達の住まいも用意するわ。台湾共和国には谷垣を理事長として送り込めば大丈夫でしょう》


「おお! それはいいな! やっと日本で生活できるのか。後進を育てながら奈落のダンジョンを探すとしよう」


「ふふっ、日本でならゆっくりできそうね。そこで後進を育てて、あのエルダーリッチを必ず見つけてみせるわ」


《それなんだけど……まだ確定では無いから落ち着いて聞いて欲しいの》


「なんだシルフィーナ、気になる物言いだな」


《アメリカとインドの衛星と無人偵察機からの情報だと、南進しているゾンビを率いるリッチらしき魔物が赤黒いローブを着ていたみたいなのよ》


「なんだと!? それは本当なのか!」


「なんですって! シルフィーナ本当なの!」


《薄汚れていて殆ど黒に近い色だったみたいだけど、赤系のローブだとは言っていたわ。でもそのリッチが以蔵さん達が探しているエルダーリッチかは分からないわ》


「赤いローブのリッチなど見た事も無い。恐らく奴だろう。奴がこれ程近くにいたとは……しかしこれで仇を討てる。娘達の仇をこの手で必ず!」


「こんなに目と鼻の先にいただなんて……もっと早くわかっていれば……いえ、わざわざこっちに向かって来てくれているわ。紫音と桜の仇をこの手で……」


なんと言う事だ……こんなに近くに奴がいたなど……しかも今こちらに向かっているというではないか。なんという好機だ。しかし赤ローブのエルダーリッチがいたという事は、上海のダンジョンは隣国の瘴気の森の奈落の側にあった奈落の上級ダンジョンに間違い無いな。


《二人に話したのは突然目の前に現れて我を失わない為よ。信じてるわ》


「見くびるでないシルフィーナよ。復讐を優先し冒険者達を無駄に死なすような愚は犯さぬわ」


「そうよシルフィーナ。例え逃げられたとしても、居場所が分かったからには次はこちらから出向くわ。今はゾンビとスケルトンの侵攻を止めるのが最優先だという事は理解しているわ」


《ええ、そう言ってくれると思っていたわ。ゾンビとスケルトンは昨夜の内に走って距離を稼いだみたいで、浙江省の奥深くまで来ているわ。昼には浙江省の南部防衛線に侵入してくるでしょう》


「そうか、相変わらず夜は足が速いな。日が出て進軍速度が落ちた所を狙いたいが範囲が広過ぎる。我等は台州市街地前の最終防衛線に布陣をし、住民の避難が終わるまで時間を稼ぐのがやっとだ」


ゾンビやスケルトンは昼は陽の光のおかげで動きは鈍いが、夜は走る。疲れを知らないからあっという間に距離を縮めて来る。更にゴーストも付いてくるから中々に厄介だ。


「瘴気の範囲から出た時に軍が基地や巡洋艦からミサイルを撃ったみたいだけど、効果は限定的だったみたいね。山や谷が多いから仕方が無いのだけれど、最新型の高威力ミサイルを撃っても山一つとそこにいたゾンビを破壊しただけでスケルトンはピンピンしていたらしいわ。この世界の武器は役に立たないわね」


《スケルトンは魔力を纏った攻撃じゃないと、破壊されても元に戻るから仕方ないわよ。ゾンビには有効だからあるだけ撃って欲しいわね。とにかくコウが到着するまで守れば私達の勝ちよ》


「そうあって欲しいが、いくら佐藤様とて広範囲に広がったゾンビやスケルトンを殲滅するのは難しいのでは無いか?」


「そうよ、人の多い海岸沿いに偏って魔物達が南下してきているとは言え、それでも防衛線は東西で300キロにも及ぶわ。それをカバーするのは佐藤様でも厳しいと思うわ」


《以蔵さんに静音さんも私のコウを過小評価し過ぎよ。今日と明日耐えたらこの氾濫はお終いなのは間違いないから、そのつもりで聖水を使い切ってちょうだい》


「あ、ああ……わかった」


「ええ……わかったわ」


俺と静音はシルフィーナの自信満面の笑みに気圧され頷くしか無かった。

確かに佐藤様は強い。魔王軍10万を相手にしても戦い勝つ事ができるのでは無いかと思う程に。しかし広範囲から街道だけでは無く山や森から断続的に現れるゾンビやスケルトンと、空中を無軌道に移動するゴーストを相手にどう対処するというのか……いくら強力な攻撃力を持っていたとしても、その範囲に対応できる魔法など存在しない。それこそ古代文明を滅亡させたと言われる程の魔法でも無ければ……

俺は通信が切れ何も映さないモニターを見ながらそう考えていた。








ーー 浙江省 南部防衛線 北部防衛連隊長 趙 子雲ちょう しうん大佐 ーー






「報告します! 成龍峠の第2中隊……総員自爆特攻するとの事です」


「そうか……」


「報告します! 富連山の防衛陣突破されました。第3支援中隊は自爆した模様です」


「そうか……」


「司令……たった今、第3中隊と第2支援中隊も退路を塞がれ自爆特攻するとの連絡がありました」


「そうか……これで東西を突破されたな」


日頃は穏やかな空気が流れているこの基地が、今では死の気配に支配されている。

戦友達が次々と冥府に旅立つ報告を受け、俺は力無く答える事しか出来なかった。


「はい。湖南侵攻失敗で援軍はありません。空軍も海軍もことごとくゴーストとリッチにより壊滅し、機能している軍はもう我々北部防衛連隊のみです」


「愚かな政府だったな。民主主義の国となり30数年……若い時に憧れた民主主義国家というのは、国民が阿呆ばかりだとこうなるのだな。それに気付いた時が国が滅ぶ時とは皮肉なものだ」


「全ての失敗は難民に早期に選挙権を与えた事でしょう。祖国奪還党などという政党が出来なければここまで早い段階で危機には陥らなかったでしょう」


「そうか……そうだな。しかし50万から更に増えてるようだな。侵攻途中の古戦場と墓から増やしたか」


「この大陸は古戦場の数もそこで屍となった数も多いですから。瘴気も範囲を徐々に広げています。この浙江省も半分近く瘴気に呑まれました」


「瘴気か……今まで一定の範囲に広がっていた物が急に範囲を広げたな。一体どこまで広がって行くものなのか……」


「異世界人が言うにはこれ福建省迄は広がらないとの事ですが……」


「そうあって欲しいものだな。命を懸けて守った後に故郷が瘴気に呑まれたなど報われぬからな。しかしせめて一人でも多くの国民を離島か台湾へ避難させる為に時間を稼ぐつもりだったが、防衛範囲が広い上に数が多い。昼の亡者ども相手にこのザマよ……もう日が暮れる。我々もここまでのようだな」


「大統領の命令は退却は不可、ここを死守しゾンビの仲間にならないよう自爆せよとの事ですから……」


自爆……自爆か……ゾンビに喰われリッチにゾンビとして蘇らせられ、守るべき家族や国民を襲いたく無い為に皆爆薬を背負って戦っている。

弾薬が切れ補給も無い中でせめて少しでもゾンビを道連れにと、剣を手に特攻し力尽きる前に起爆装置のスイッチを押している。今もあちらこちで聞こえる爆発音は、全て同胞の命の灯火が消えた事を知らせる音だ。


「張よ、若い者達は後方に送ったな?」


「はい。独身の兵士を食糧を持たせ連絡員として香港へ無理矢理送り出しました」


「そうか、それならもう思い残す事は無いな」


「はい。ありません」


ここは老兵達の墓場だ。わざわざ冥界から迎えに来てくれているんだ、巻き添いにする事も無いだろう。

さて、既にこの基地の東西は突破された。次は俺達の番だな。

後方の台州市を守る冒険者達よ、出来るだけ時間は稼いだ。後は頼むぞ。


「これよりこの基地にいる総員にて突撃を行う! 剣を持て! 爆薬を背負え! 狙うは亡者共の群れの後方にいるリッチだ! 戦闘配置につけ!」


「「「了解!」」」


覚悟を決めた者、悲壮感漂う顔の者、泣いている者。皆が敬礼し爆薬の入った背嚢を背負う。


リッチよ、タダでは死なん! 俺達の命と引き換えに貴様だけは道連れにしてやる!













ーー 富良野上級ダンジョン 24階層 佐藤 光希 ーー





「きゃっ! 冷たい! ダーリンよくもやったわね! えいっ! えいっ!」


「あはははは。うわっ、冷たっ!」


「ああ……光希、こんな姿を誰かに見られたら……ハァハァ……」


「うふふふ。この湖は久しぶりです」


「夏海も蘭も脱いだなら早く入っておいで」


「は、はい……ハァハァ……」


「はい! 蘭も凛ちゃんに水を掛けます!」


「言ったわね蘭ちゃん! あっ……ダーリンほんとにお尻好きなんだからもうっ! 」


「ああ〜いい感触だ幸せだぁ〜」


「あっ、ちょっとダーリン当たってる……もう……えっち」


「あははは、ごめんごめん。グリ子とグリ美にメイ! しっかり周囲を見張ってろよ? 万が一人間が来たら気絶させておけ! ご褒美に後でネッシーラやるからな!」


キュオ!

キュオッ!

ガウッ!


富良野ダンジョンに入ってから2日目の昼。俺達は24階層にある綺麗な湖に来ていた。

この湖にはBランクで亜竜のネッシーラという、首の長さが20メートルもある竜が根城としていた。俺はその事を知っていたので広範囲の天雷を湖に落とし、その他の雑魚魔獣を一掃しつつネッシーラを湖の底から誘き出し轟雷で仕留めた。

その後は仕留めた魔獣の回収をし、皆で服を脱ぎ水浴びをしようという事になった。と言うか強引にそうなるように持っていった。


凛は文句は言うけど真っ先に全裸になってこっちにお尻を向けて前屈みで大事な部分を見せつけて水浴び始めるし、夏海は恥ずかしそうにしながらも目が興奮しているのがわかる。蘭は2年前に俺と結ばれてから、ここと他のダンジョンを俺と一緒に散々ハシゴしたからな。久しぶりと言えば久しぶりか。結局古代ダンジョンに挑む決意をして、時魔法を手に入れたからピチピチュの実は必要無くなったけどね。


「今日はもうこの湖畔で少し採取して休もうか。明日も採取しながら進んでボスを倒して帰ろう」


「んっ……ふっ……は、はい……ああ……誰かが来て見られたらどうすれば……」


「あんっ! ダーリン……我慢できなくなった……だけでしょ」


「んっ……らんも……さんせい……です」


「いやははは。この広い湖を背に美しい恋人達を見たらね。ほらっ、あそこにマット用意したからみんなでこのまま愛し合おう」


「ん……もう……ダーリン早く……」


「こ、光希……私も我慢できなく……」


「あっ……あるじさま〜らんを……らんを……」


そう言って3人の背を押し、俺は湖のヴィーナス達を大自然をバックに横に並べて順番に愛するのだった。




恋人達と愛し合いスッキリした俺は、蘭達と一緒に時計では20時を表示する時間まで周囲の森で採取をした。この階層には夜が無いからついつい時間を忘れて採取してしまった。採取は主に果物を中心に行い、凛が目を輝かせて味見しながら集めていた。


「このリコって果物とプルって果物美味しいわ! 取り敢えずあるだけ採ったけどまた来たいわ」


「それは美味しい上に食べると肌が少し若返るから、あっちでも高級果実として貴族の婦女子達に人気があったんだよ」


「そんな高級果実だったの!? 確かに日本で見た事無いわ」


「昔ここを攻略したパーティが持ち帰ってるはずなんだけどね。それ以来誰もここまで来てないからじゃないかな。似たような効果がある薬草もあるし、調合が必要だけど内臓が若返る薬草も更に下層にあるしね」


「なるほど。ここのダンジョンが人気があったのは、ピチピチュの実だけでは無いのですね」


「内臓が若返るってそれってもう寿命が延びるって事じゃない。そんな薬草があったなんて……」


「果実に関してはピチピチュの実の効果が衝撃的だからあまり知られてないのか、富豪達が情報をコントロールしているのかわからないけどね。薬草類は調合のレシピが無いと意味ないし、俺達だけ知ってればいいさ」


「そうね、もっと冒険者達が育ったら自然と知られるようになるわよね。それまでに採り溜めておかなきゃ!」


「しばらく毎月来るようになるよ。富豪達が諦めるまではね」


「そうですね。実際数回は実行しないと諦めないかもしれませんね」


富豪達もあと数回エルダートレントを倒し、ピチピチュの実を手に入れる所を動画で流しておけば諦めるだろう。

次はシルフィを連れて昔のようにこの湖でいちゃいちゃしようかな。


俺達は今日はこのままテントで休んで明日も採取をしつつボスを狩りに行こうという事になり、いつものように皆でお風呂に入り一緒にベッドに入った。


おお〜! 今日は三人とも看護師コスか……え? 俺は両手を骨折した事に? これはまた……興奮するな……ああ、看護師さんそんな……






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