第9話 凶報
「おお、建ててる建ててる。皇グループは仕事が早いな。急ピッチの工事だな」
「そうですね。来年の春にはショッピングモールもホテルもオープンできるのではないでしょうか?」
「流石お祖父様だわ。若返ってからはお祖母様達と生き生きとして仕事してるみたいなのよね」
「ははは。そうか、元気そうでなによりだよ。既にプレハブ造りのショッピング街は塔に行く途中にオープンしているしな。やるなぁ」
「この島にはまだ商売敵がいませんしね。しばらくは独占状態ではないでしょうか」
「ダーリンに凄く感謝してたわよ? このまま行けば一年は市場を独占できるって」
「俺は話を持って行っただけさ」
夏海の家族を連れて女神の島に来て2日目。俺と蘭と夏海と凛は、早めに砦を降り東の港近くに建設中の皇ショッピングモールとホテルを見に来ていた。もう基礎工事は終わっていて、あとは建てるだけの状態になっている。この大きな港には引っ切り無しに建材を輸送する船が出入りしていた。
《あっ! グリフォン! Light mareがいるわよ!》
《本当か!? さ、サインを!》
《すみませーん! 言葉通じますか?》
「ねえダーリンあの獣人の子なんて言ってるの?」
「ああ、異世界語で言葉わかりますかだってさ」
《通じるよ? 何か用かな?》
《うわっ! 本当に分かるんだ! 静音様の言っていた通りね。あっ! 私達ファンなんです! サインください!》
《お、俺も蘭さんと多田さんのその……ファンで……サインとできれば握手などを……》
俺達が工事しているのを見ていると、港に停泊中の船の前から茶髪の狼人族の女の子と薄茶の髪色の獅子人族の男の子が走って来た。そしてアトランの世界の言葉でサインをねだってきた。
《サイン? ああいいよ。ちょっと待っててくれ》
《はい!》
「この男の子は蘭と夏海のファンだってさ、サインと握手してやってよ」
「わ、私のですか? ええ、いいですよ」
「はい、主様」
《いいってさ。良かったな》
《は、はい! やったぜ!お、俺ロッドと言いますです》
《うふふ。塔攻略頑張ってくださいね》
「剣を扱うのですね。頑張ってください」
《君は狼人族か、索敵に優れ素早く敵を翻弄しそして賢い。強い種族だな》
《えへっ! ありがとうございます。アンネです。佐藤さんと蘭さんのファンです! あっ写真もお願いします! 塔は滞在時間切れで2つしか攻略できませんでしたが、また来て挑戦します》
《ああいいよ。アンネと言うのか、良い名前だな。それに塔を2つ攻略したのか、まだ10代だろ? 優秀だな。国はどこなんだ?》
《ありがとうございます16才になりました。生まれは中華広東共和国です。冒連の副理事長に佐藤さん達がここに来ていると聞いて探してたんです。諦めて船に乗ろうとしたらグリフォンが見えて、もしかしたらって来てみたら大当たりでした! 日本語わからないので言葉も通じて良かったです》
《そうか、確か副理事長はダークエルフだったな。よしっ! 量産品だがこれをやろう! 塔攻略のお祝いだ》
俺はこれも何かの縁だろうと、この若く優秀な探索者達に量産品の鉄と黒鉄の混ざった剣を6本渡した。これはガンゾ達が鍛冶場に慣れる為に練習で打った物をホビット達にこしらえてもらい、新人探索者にそのうち売ろうと思っていた物だ。
《ええ!? 黒鉄入りの剣を!? しかもこんなに!い、いいんですか!》
《マジか! やべえ! 黒鉄入りとかやべえって!》
《塔では魔力も上げたんだろ? それならもう使えるだろ。先輩からの餞別と激励だ。受け取っておけ。そして早く冒険者になれよ》
《あ、ありがとうございます! 絶対に冒険者になります! この剣は大切に使わせていただきます!》
《アザっす! 大事に使います! 仲間も喜びます! やべえマジやべえ……》
獅子人族がこの世界で育つとこうなるのか……虎公とはまた違うな。
《それじゃあ俺達は塔に行くから。無理するなよ? 生き延びた奴が一番強くなれるんだ。死んだら終わりだ。どんな手を使ってでも生き延びろよ? そうすれば強くなってまた戦える》
はい! ありがとうございます!
《俺は強くなるぞ! 蘭さんや多田さんのように強くなる!》
《私も佐藤さんや蘭さんみたいに強くなるわ! まずは早く冒険者にならないと》
俺達は目をキラキラさせて剣を見てるルーキー達を微笑ましく思いながらその場を離れた。
あの狼人族の女の子はちゃっかり全員のサインとツーショット写真を撮ってたな。要領が良く素早い動きだった。リーダー向きだな。
「何を言ってるかは分からなかったけど、とっても元気で素直な子達だったわね。初々しくて可愛かったわ」
「ふふふ。そうね、初々しかったわね。凛ちゃんが探索者デビューした時みたいだったわ」
「え? 私あんな感じだったの? やだ恥ずかしい……」
「うふふ。虎ちゃんみたいにならないよう見張っておかないといけませんね」
「獅子人族は大丈夫だろ。虎人族よりは賢いよ。喋り方はちょっとアレだったけどな」
「どこの国の探索者だったのかしら?」
「中華広東共和国だそうだよ」
「そうなんだ、じゃあ侵攻軍には参加しなかったのね」
「あの無謀な侵攻にはダークエルフが同胞を行かせたりしないだろ。その為に女神の島に来させたのかもね」
「水竜を前に手詰まりみたいだしね。行かなくて正解よね」
中華広東共和国は国土奪還の為に北にある旧湖南省へ、冒険者連合不参加の状態で無謀にも侵攻した。
別に他国が何をしようと自由だが、あの魔獣の多い広大な大陸で魔獣に占領された土地を取り戻すには戦力不足だ。それこそ日本と台湾にアメリカ、そして冒険者連合の協力を得ないと上手くは行かないだろう。それをたった一国の軍で行い、結局水竜を前に侵攻が止まっている。こうなれば撤退しか無いだろうな。
大きな犠牲を出す前に撤退する理由が見つかったのは、将兵からしたらラッキーだな。
「それよりも憂鬱だわ。十兵衛さんに千歳さん元気過ぎよ……死んだら10日間入れなくなるのわかってるのかなあれ」
「お父さん達も似たようなものよ……昨日魔法の塔攻略してステータスが上がって、興奮して眠れなかったみたいなのよね。両親が幼児退行して行く姿を見させられるなんて拷問よ」
「お姉ちゃんの所もそうなのね。あのノリについていってるのは蘭ちゃんくらいだわ」
「うふふ。十兵衛さんも千歳さんもとっても楽しい人達です」
「進む速度が速くて私が体力のステータス上がりそうよ……」
「蘭、凛は後方支援なんだから進む速度考えてやれよ? 置いて行くなよ?」
「はい、主様。凛ちゃんは蘭がおんぶして行きます!」
「そこはゆっくり進むと言って欲しかったわ……」
「蘭ちゃんは蘭ちゃんよね。可愛いわ」
「そ、そうか。なら問題無い……のかな?」
「ダーリンは蘭ちゃんに甘過ぎよね……」
「いやははは……凛を心配してるのは本当だよ。付いていけないと思ったら迷わずエスケープで出ていいからな? 無理はしないで欲しい」
「そうするわ。私だけなんか場違いな所にいる感じがするもの。付き添い蘭ちゃんだけでいいんじゃないかしら」
「そうすると賢者の塔に突撃しかねないからね。ストッパー役頼むよ」
「それもそうね。あ〜憂鬱だわ」
「終わったら俺にできることなら何かするよ。だから頼むよ」
「本当に!? 何してもらおうかしら。 1日デートでもいいわね。二人で温泉もいいかも。やる気出てきたわ!蘭ちゃん行くわよ! さっさと終わらせましょ!」
「え? 凛ちゃんどうしたんですか? え? 待って凛ちゃん」
「ふふふ。凛ちゃん張り切っちゃって。光希、私も二人きりでデートしたいです」
「そうだね。帰ったら一人づつデートしようか。夏海はデ○ズニー○ンド行きたいって言ってたよね? 一緒に行こうか」
「は、はい! 光希と行きたかったです。ふふっ、光希と一緒に夢の国へ……」
そう言えば凛と夏海と二人きりでデートとかした事が無いな。出掛けるにしても大抵凛と夏海はセットだった。これはいけないな、これからは二人きりの時間を作らないとな。
そして2日後。夏海の家族達は予定通り4塔を攻略した。そして予想通り賢者の塔に挑戦したいと言い出した。これにはステータスが上がり浮かれまくっている夏海の家族を見て、3日目の夜に皆で予想し対策を考えていた。俺は夏海の祖父母と父母に賢者の塔へ挑戦する事を許可する代わりに、死んだら門下生の補助に入るよう約束させた。本人達は攻略するから問題無いとか言って笑っていた。俺と夏海はそれを見てイラッとした。
まあ夏海も馬鹿は死ななきゃ治らないと言っていたから、死んでもらう事にする。
当然俺達は付き添わないし、とっとと帰るさ。夏海の家族は笑顔で感謝の言葉を告げながら俺達を送り出した。その姿に更に俺と夏海はイラッとした。
まあいいさ、天使達の人間の殺し方を知らないから今はそんな顔をしていられるんだ。エンジェルキッズ達は散々人間をおもちゃにしてから殺すし、天使達も弄んだ挙句殺すしな。徹底的にトラウマを植え付けられるがいい。
そうして4日目の夜に家に戻ると、シルフィが暗い顔でリビングで俺達を待っていた。
「ただいま〜……ん? どうしたんだシルフィ? 何かあったのか?」
「シルフィただいま!ねえ聞いてよ! 大変だっ……どうしたの? 何かあった?」
「シルフィどうかした? 何か問題事でも?」
「シル姉さん大丈夫ですか? 何かありました?」
「みんなお帰り。帰って来て早々悪いんだけど、明日から富良野ダンジョンに行ってくれないかしら? それでダンジョンを攻略して欲しいのよ」
「ん? それは構わないが……富良野? ピチピチュの実絡みか」
「確かセルシアさんが富豪の紐付き冒険者を追い出したって言ってたわよね?」
「なるほど。その絡みですかね」
「ええ、そうなの。実はセルシアに追い出された冒険者達と、富豪が用意した住民が冒険者連合の富良野ダンジョン支店前でデモを起こしてるのよ。数も多い上に民間人だからこちらも強く出れなくて困ってるの。お抱えのマスコミも呼んだみたいで、このままだと冒険者連合のイメージに傷が付きそうなのよ」
「なるほど。そこで俺達に行って欲しいと言う事は、ガーディアンを倒しピチピチュの実を手に入れて彼等を黙らせて欲しいと言う事か」
どうも各国の富豪達は諦めが悪いらしい。冒険者連合発足当初から、シルフィは幾度となく冒険者達に富良野ダンジョンに偏らないようにと警告をしてきた。それを無視した富豪の紐付きと思われる冒険者には、セルシアを使い実力行使もした。それでもあの手この手でお抱えの冒険者達をダンジョンに入れようとしているようだ。
まあ俺達が行けば簡単に解決するけどな。
「ああそういう事ね! ガーディアンを倒せる。つまりダンジョンコアをいつでも壊せる。言うこと聞かないならダンジョンコアを壊しちゃうぞって脅すのね。壊したらもう二度とピチピチュの実は手に入らなくなるしね。楽しそうじゃない♪ 」
「なるほど。それなら下手に反抗しなくなりますね。現在確認されているダンジョンで、ピチピチュの実が手に入るのは富良野ダンジョンだけですからね。富豪辺りは青褪めるでしょうね」
「蘭は行きます! シル姉さんの悩みを解決します!」
「ランちゃんありがとう助かるわ。前は冒険者連合を追放すると言えば冒険者達も富良野ダンジョンに偏らなくなったんだけど、富豪辺りが入れ知恵したみたいで色々法的に対抗して来て手詰まりだったのよ」
「ダンジョンを攻略しようとしている事は規約違反では無いからな。難しい所だな。まあ明日からサクッと攻略して釘を刺してくるよ。フィールドタイプの上級ダンジョンなら3日もあれば攻略できるだろう」
「ええ!? 3日は厳しくない? フィールドタイプは広いし上級なら30層はあるわよ? 地下鉄型や迷宮と違って一番奥まで行かないと次の階層に行けないのに、いくらダーリンでも無理じゃない?」
「メイとグリ子達を連れて行くから余裕だよ。途中採取もするつもりだから多目に見積もっているくらいだ」
凛の言う通りフィールドタイプのダンジョンは広い。そして一番奥まで行かないと次の階層には行けない。地上には方向を狂わす様々な仕掛けがあり、精霊や空間魔法を持っていなければただ真っ直ぐ進むのも困難だ。だが空なら問題無い。空間魔法だってあるし、途中の中ボスを倒しながらただ真っ直ぐ進むだけだ。
「ああっ!そうよ! 飛んで行けばいいのよ! 何を私は常識で考えてたんだろ……メイとグリ子達がいれば余裕じゃない」
「なるほど。それなら確かに早いですね」
「鳥系魔獣が多いのだけどコウ達なら心配無いわね。申し訳ないけどお願いね」
「いいさ、夏海の家族にもピチピチュの実を渡して大分目立ったからな。ここらで入手先を知らせておかないとな」
「確かに門下生達が若返った祖父達にびっくりしてましたからね。富良野ダンジョンで手に入れていると後付けでも見せておく必要があるかもしれません」
「ガーディアンを倒してピチピチュの実を手に入れる所を動画で撮ってM-tubeに投稿するさ。以前から隠れて潜ってましたってね」
「それいいかもね。私もこの手に刻まれた紋章の魔法を思いっきり撃ってストレス発散できるし丁度いいわ」
「凛? 森が多いから素材を燃やさないでよ? 下層には貴重な素材があるんだから」
「シルフィ? 私は炎と氷を操る魔女よ? もう燃やすだけの女じゃないの」
「そ、そう……ならいいんだけど」
なんだか凛が厨二的な事をドヤ顔で言っているが俺は聞かなかった事にした。凛が時折左手に魔力を流し、浮かび上がって来る氷結世界の魔法陣を見てニヤニヤしている姿も見なかった事にして来たしな。下手に触れて俺の呪いの剣の話に繋がったら目も当てられない。危機回避能力は冒険者に必須な能力なんだ。
ーー中華広東共和国 首都香港 共和国大統領
コンコン
「入りなさい」
「失礼します。大統領……湖南侵攻軍が壊滅致しました」
「は?……あ……な、 なぜです! 大丈夫だと言っていたでは無いですか! ひ、被害状況は! 兵士達はどうなりましたか!」
「凡そ6割の兵士が戻らないかと……」
「ああ……だ、だから私は反対したんです! ど、どうしたら……これは責任を問われる……祖国奪還党の責任にしなければ……曹君! 至急メディアへ根回しをしてください。いくらお金が掛かっても構いません、今回の作戦は祖国奪還党が首謀者であると国民に伝えるのです」
不味い不味い不味い……国民の勢いと党内の裏切りにより、私は今回の作戦に消極的賛成をせざるを得なかった。その結果湖南侵攻軍が壊滅したなど政治生命に関わる。ソヴェートの特殊部隊が来れば大丈夫だと言っていたではないか! 空を飛ばない水竜など魔法障壁さえ破れれば倒せると言っていたではないか! メディアも遠征軍指揮官も我が党の議員も、祖国奪還党に抱き込まれ皆で私を大統領の座から引きずり降ろそうとしている!こうなれば祖国奪還党の責任を徹底的に追求しなければ……
「大統領……もう一つ重大な報告がございます」
「なんですか? 今はそれどころでは……」
「上海のダンジョンが氾濫したようです」
「は? 上海? 上海にはダンジョンなど……え? ダンジョンとはまさか……」
「瘴気を放っておりますあのダンジョンです……」
「な、な、な……こ、このタイミングで!? ど、どの方角へ向かっているのですか!」
「北と西それと……南です。浙江省防衛軍は既に迎撃態勢に入っております。大統領には台湾への援軍要請と冒険者連合への緊急依頼のご許可をお願い致したく」
「南に!? そんな……浙江省が…… 台湾への援軍要請は至急行います。中台連の探索者協会と冒険者連合には緊急招集を掛けるよう依頼してください。 これより閣僚会議を行いますので大臣を招集してください」
「ハッ! 至急手配致します」
ああ……なんて事だ……このタイミングでなぜ40年間何も無かった上海のダンジョンが氾濫を……西のウィンドドラゴンがいなくなったから?そんな知能が魍魎共にあるのですか? なにより南に隣接している浙江省を守らねば、あっという間に福建省まで呑み込みこの香港まで南下してくるやもしれません。元は大都市の上海のあの瘴気の中には、200万とも300万とも言われるゾンビがいると聞いた事があります。いくら重火器であれば通用するゾンビでも数が数です。どうすれば……戦闘機はゴーストがいるから飛ばせないですし、ミサイルは山や谷が多過ぎて効果が限定的。核……は近過ぎますしそんなもの撃ったら世界中に叩かれます。ああ……北と西に分散しているとは言え一体何十万のゾンビがやって来るのか……もう昼を回っている。これが夜になって死霊共の能力が上がったら……もう逃げるしか……
私はいざとなったら党の議員と家族を連れ台湾へ避難をし、そこで臨時政府を立ち上げる準備も同時に行う事にした。
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