第1話 聖水
「ミラこの先か?」
「そうだよその先の泉だよ。ボクはこれ以上近付きたくないよ〜」
「そこにいろ。俺が見て来る。予想通りのものだったらお手柄だ。ご褒美は期待していていいぞ」
「ホントに!? イヤッホーウ! 結界の腕輪♪ 結界の腕輪♪ 」
「ははは。そうだな。それをご褒美にするか。少し待ってろ」
「は〜い!うへへへ、聖水は嫌だけど聖水だったらいいなぁ〜」
リアラの塔攻略から一ヶ月と少し経った10月も半ばになった頃、俺はゲートの魔道具を作り自宅の二階と砦を繋いだ。日本語と英語をほぼマスターしたサキュバス達をリアラの塔で修業させる為だ。
ほんとサキュバス達の記憶力の良さには驚いたね。今はソヴェートとヨーロッパ諸国の共通語に中華語を勉強しているらしい。ご褒美の力は凄かった。因みにトップ5位に毎回入っているのはリムとユリだ。他は毎回面子の違うインキュバスとサキュバスだ。ミラは日本の遊戯室のゲームにハマって勉強不足でいつも10位以下だった。リムとユリは結界の腕輪を、その他の者達は結構歳を取っていたらしく若返りを褒美に求めた。予想より早い習得だったので、ピチピチュの実では無く時魔法で10年若返らせた。サキュバス達は大喜びしていた。リムとユリは腕輪獲得以降、その次からの褒美の権利を6位と7位の者達に譲っていた。いくら自分達がまだ20才以下だからって、流石上に立つ者は違うなと感心したよ。遊んでいたミラも途中から不味いと思ったのか頑張ったが、サボっていた期間の差は中々縮まらず腕輪腕輪〜といつも言っていた。
ここでミラに幸運が舞い込んだ。塔に行く前に砦のある山の反対側を散歩してた時に、とても嫌な気配を感じたそうだ。近付きたくなかったが、砦の防衛にも関わる事なので恐る恐るその気配に近付くと、そこには泉があったそうだ。その泉の中央には駄女神の像があり、もしやと思い俺に報告した。それを聞いた俺は直ぐに道案内にミラを連れて砦に来たという訳だ。
「ここか……確かに泉があるな。そして見慣れた女神の像。像だけ見ると真面目そうで慈愛に満ちてる顔をしてんだけどな、やってる事が適当だからな〜まあいいか。取り敢えず『鑑定』……おお! 聖水だ! マジか! セラフィムはちゃんと伝えてくれたのか! ありがとうセラフィム! 痛い事してごめんな。実体で現れたら今度デートしてな!ありがとうありがとう!」
まさかセラフィムを倒した時に駄目もとで言った事が実現するとは……神殿じゃないけど、聖水が手に入るならむしろ神殿なんかいらないしな。しかし聖水は嬉しいが少し不味いな。この場所が知られるとこの島が紛争の元になりかねないな。幸いここは俺が管理する土地だし、砦にサキュバス達を数人交代で常駐させ監視ればいいか。
「ミラ! お手柄だ! 聖水だったぞ! ホラッ結界の腕輪だ。魔結晶の残り魔力に注意しろよ?」
「キタッ! やったー! やっと手に入ったよこれ! ユリにさり気なく見せびらかせられて悔しかったんだ。うへへへ、これで無双できる……」
大丈夫かなこの子……魔力切れで自爆しそうだよな。
「よしっ! それじゃあポンプとタンクを持ってきて汲みあげるかな」
「光魔王様ボクお手伝いするよ!」
「そうか、そしたら俺が戻って来るまで砦からここを警戒していてくれ」
「うん! わかったよ! 」
俺はミラに周囲の人が警戒を指示して家に戻り、業務用ポンプをとタンクを近くの製造会社まで買いに行った。
そしてホースを繋ぎ少し離れた木の陰で1トンタンクと500ℓタンクに分けて全て汲み取った。汲み取っている間にもどんどん聖水が湧いてくる。なぜ木陰で汲むのかは、この島は各国の偵察衛星で常に監視されてるからだ。普通に水を汲んでるように見えるとは思うが、モノがモノなだけに念のためだ。
時間が掛かったが俺は持ってきた全てのタンクを満タンにし、ホクホク顔で家へと戻った。
そしてその日の夕食時に皆に聖水の発見の事を話した。
「ええ!? せ、聖水が!? コウキそれは本当なの!? 」
「吸血鬼との戦闘の時に言っていたあの聖水がですか!?」
「ねえねえダーリン。聖水ってどれだけ効果があるの?」
「ああ本当だ。聖水の効果か……まずこの間の吸血鬼に聖水を掛けるとダメージを与えられるが、それで勝てると言う物では無いかな。倒した後に復活させない様に、不死の能力を消滅させれるってのが大きいと思う。後はゴースト系の魔物にはかなり効果があるね。今までは魔法か魔力を通した武器でしかダメージを与えられなかったけど、聖水があれば普通の人間でもDランク位までのゴーストなら倒せる」
聖水は魔に属する者全てに有効だが、聖水そのものの効果はリムのクラスで火傷を負う程度のものだ。だが、実体を持たない死霊系には聖水が強力な武器になる。聖水を掛けられたゴーストは消滅する程のダメージを受けるからな。弱った吸血鬼に掛ければ不死の効果を消滅させる事もできる。
「Dランクのゴーストを聖水を掛けるだけで!? それは探索者の底上げになるわね」
「女神の島に聖なる泉が現れるなんて……しかもコウキの管理している土地に。これは女神様のご意思ですね」
「セラフィムを倒した時に、ダメ元で神殿寄越せって伝えておけって言ったんだ。そしたら泉が現れた。初めて良い仕事したんじゃ無いか?あの駄女神」
「そんな事があったのね。賢者の塔のガーディアンと女神様は繋がっているのかしら」
「次はまだ他の世界にあって、この世界に無い育成ダンジョンがあるなら寄越せって言いに行こうかな」
「ふふっ。女神様も大変になりそうね」
「問題はどうやって世に流出させるかなんだよな。泉の場所が知られたら女神の島が原因で紛争が起こりかねないから、ある程度聖水を貯めてから日本の別の場所から湧いたとかにした方がいいだろう。なにかの神の所縁の地とかさ。日本は無神論者が多いしその方が宗教紛争にもならなくていいと思うんだよね」
「ダーリンの言う通りだわ。確かに世界中の宗教家が、その聖水は我らが神が与えたもうた物だから女神の島に教会を作り管理するとか言いだしかねないわね」
「物が物なだけに慎重にしないと駄目ね。うーん。霊山の麓にある土地を買って、そこから湧いたと説明して冒険者連合で管理すればいいかしら。複数の場所を買ってカモフラージュして……」
「その辺は上手くやって欲しい。聖水は冒険者連合のみに秘密裏に卸すよ。俺のアイテムボックスで運べば女神の島からとはわからないだろう。死霊系の氾濫で悩まされているダークエルフのいる中台連合や、欧州辺りに流してやってくれ」
「そうね。あっちは毎年何処かしらの死霊系上級ダンジョンが氾濫してるみたいだしね。特に旧中華国辺りは酷いわね。40年前に数億単位で亡くなった方がいるから……」
「確かに毎年テレビでゾンビの軍団が街を襲っているのを報道してますね」
「まるで映画だな。言い方は悪いが素材には事欠かないって訳か」
「多くのゾンビは人口の多いソヴェートや中東方面に行ってるわ。その途中で他の魔獣に襲われたりするから数は減るみたいだけど、ゴーストはかなり多いらしいわ」
欧州や中華国はその歴史が関係しているのか、悪魔系や死霊系ダンジョンが異常に多い。特に旧中華国は世界最大の人口数だった国で、40年前の大氾濫への対応に失敗した上に内戦が起こり多くの人が亡くなっている。そこへ死霊系ダンジョンから出る黒い霧が流れ込み死体がゾンビ化し、各地で夜になるとその辺を彷徨っているようだ。
黒い霧は死霊系ダンジョン特有のもので、上級ダンジョンになるとダンジョンから出てくる。
死霊系ダンジョンは死者のダンジョンだから生物はいない。自然繁殖はできないから、ダンジョン攻略に冒険者が来て死んでくれないと増えない。ダンジョンコアがやっていると言われる召喚だけでは魔獣や魔物をそれほど増やせない。なのでダンジョン周囲の死者を黒い霧、瘴気と呼ばれる物でゾンビやゴーストやスケルトンにしてダンジョンに呼び寄せるんだ。そうして数を増やし、増え過ぎると魔物を放出する。
衛星写真で見た限りだと旧中華国の旧上海があった土地にある上級ダンジョンは、かなり広い範囲で瘴気を放出している。恐らくあの瘴気の中には無数の死霊が蠢いているだろう。
そして他のダンジョンと同じく、ガーディアンに知能の高いエルダーリッチやリッチエンペラーなんかがいると故意に氾濫させる事がある。タチが悪いのはそう言ったダンジョンの氾濫にはダンジョン外にもリッチが大抵いて、人間の街を襲い死霊魔法で更に数を増やす。そして数が減るとダンジョンに逃げ込む厄介な奴らだ。
旧中華国は素材の宝庫だ。大氾濫時の死者もそうだが、とにかくその長い歴史の中で多くの人が死んでいる。そしてその墓も多い。俺もキリが無いからできれば関わりたく無い土地だ。
「通常の氾濫ならそうかもしれないが、大規模の氾濫になるとどうなるかはわからないさ。元上海辺りのダンジョンはその兆候がある。あれだけ広い範囲で瘴気を振りまいていて、今まで氾濫した事が無いというのが信じられない。あそこに一番近いのは中台連合だ。備えはしておくべきだな」
「旧上海ダンジョンの瘴気は、この世界に現れた時からあの範囲を覆っていたから皆慣れてしまっているのよ。最初は大規模な氾濫が起こるかもと警戒していたんだけど、全く起こらないから警戒心が薄れてきているのは確かね。ただあの国も旧中華国の難民が力を付けてきて色々ゴタゴタしてるみたいだから、今まで氾濫が起こった事の無いダンジョンを警戒してるかは微妙だわ。中台連合の冒険者理事長に旧上海を警戒するようコウキが言っていた事と、聖水の事は話しておくわ。ほんとコウキはエルフに甘いんだから」
「シルフィーナがエルフだからさ」
「やだコウキ……嬉しいわ」
この世界のエルフを増やさないとな。そして世界の美的感覚をエルフ基準にする。俺の野望のためなら幾らでもエルフを助けるさ。ギブアンドテイクだな。
「とにかくダークエルフは少ないからな、出来る限り力になってあげたいんだ。それにアトランでは世話になったしな」
「ダークエルフは勇者様の力になる事が使命と思ってるわよね。忍者はどうかと思うけど」
「え? 忍者? ダークエルフが?」
「凛ちゃん前にテレビでやってたわ、全国の忍者村に現れるダークエルフの忍者って。確か夫婦で出てたわ」
「それ中台連合の冒険者連合理事長と副理事長なの」
「え? そうだったんですか!? あの子供のようにはしゃいでいた2人が理事長と副理事長……」
「シルフィーナの世界のダークエルフもかよ……俺のいたアトランの世界のダークエルフは過去に勇者から技というかそんな様なものを教わったらしく、変な忍者だったよ。まあ彼等の闇精霊を使った隠密能力とその武力で、情報収集から陽動までかなり助けられたんだけどさ」
「ダーリンを助けてくれた種族なら優遇しなきゃね。今回の聖水送ってあげましょうよ。また取りに行けばいいんだし」
「そうね。旧上海のダンジョンの事もあるし喜ぶと思うわ。コウキお願いね」
「ああ、こっちは少し手元に残すくらいでいいだろう。残りは渡すよ。ただ100トンはあるから載せる船が決まったら教えてくれ」
「わかったわ。船を手配しておくわ。それと明後日大丈夫よね?」
「ん? ああ、アメリカ大統領が来るんだろ? 大丈夫だよ」
「そう良かった。まさか家に来る事になるとはね。ここが安全なのは確かだけど」
「別に構わないさ。あの馬鹿息子を連れてくるんだろ? 人目に触れさせたくないんだろう」
「そうね。彼はアメリカの探索者と冒険者から恨まれてるから仕方ないわね」
明後日に俺の都合に合わせて、アメリカ大統領と冒険者連合の理事長が家に来る事に決まっていた。
女神の島の商業権までは放棄させられなかったが、ここらが落とし所だろうと一連の事件の被害者の俺は会う事にした。馬鹿息子達も周りから責められ相当参っているようだし、反省しているようなら欠損部位を返してやるつもりだ。しかし虎公の目は潰れたから無理だよなと蘭に言ったら、なんと持っているそうだ。俺は目を潰したんじゃなくて、抉ったのかよと背筋がゾッとしね。
「馬鹿息子達は自業自得だな。まあ適当に対応するさ」
「そうね、命があるだけありがたく思ってもらわないとね」
「それと……夏海はお父さんと連絡取れたのか?
「はい……ラスベガスにいました……」
「お父さん元気だな……」
「お恥ずかしい限りです。良い父なのですがギャンブルが好きで祖父とも喧嘩ばかりでして……」
「まあ若い時に一族の為に毎日ダンジョンに入り、食糧を調達してくれたんだ。老後くらい好きにさせてやりなよ。俺はあの時代に家族の為に命を賭けたお父さんを尊敬するよ」
「光希……ありがとうございます。日本に呼び戻しますのでそれから会って頂ければ……」
「ああ。しっかり夏海と結婚を考えているって伝えるよ」
「ああ……光希……嬉しい……」
「良かった〜 やっとお姉ちゃんの家族捕まったのね。お姉ちゃんのお父さんも自由な人だけど、うちのママもなんとかならないかしら」
「加奈子さんがどうかしたのか?」
「ピチピチュの実よ……あれで20代になって私の姉ですって周りの人に言いまくってるのよ。私恥ずかしいわ……」
「ははは。若いお母さんができていいじゃないか。俺達に子供ができたら凛もそうなるんだし」
「あ……そ、そうね。言われてみればそうだわ。子供……ダーリンとの子供……」
「わ、私も欲しいです。光希との子供」
「私もできるまで頑張るわよ!」
「うふふふ。ベビーブーム到来です♪ 」
「そうだな。もう少し世界での地位と安全を確保したら欲しいな。今は色々な国から目を付けられているからな。もし子供を狙われたら世界を滅ぼしてしまうかもしれない」
「うっ……やりそうね。私はいつでもいいわ。もう少しダーリンと恋人気分でいたいし」
「子供が狙われるのは困ります……私も魔王になってしまいそうです」
「コウキならやるわね……」
「蘭が代わりに滅ぼしておくので、その間に群れを増やせばいいのではないですか?」
「蘭ちゃん滅ぼしちゃ駄目よ! そうじゃないの!」
「蘭ちゃん滅ぼしたら子供に良い生活させてあげられなくなるし、同年代のお友達もいなくなっちゃうわ」
「常にコウキを中心に考える蘭さん……恐ろしい子……」
俺はやっぱり蘭の育て方を間違えたのかも知れない……
「そ、それより紋章の方はどう?毎日訓練所で頑張っているみたいだけど使いこなせそう?」
「ダーリン……転移を甘く見てたわ。あんなの戦闘中に頻繁に使ってるダーリンはおかしいわよ」
「転移は難しいです。かなり集中しないと発動しませんね」
「転移がね〜」
「蘭も転移が難しいです。昔、主様が苦労していた意味がわかりました」
「あははは。転移は熟練度上げていくしかないからね。毎日イメージしやすい場所から繰り返し使うのみだよ。自分の部屋だけはすぐイメージできるようにしといてくれれば、後はなんとかなるよ」
「門から部屋に転移するのに、門から走って部屋に行くくらい疲れるのよ……」
「頑張って毎日練習します。闇刃も練習しないといけないのに……」
「私は結界はすぐできるようになったわ。転移だけね」
「蘭も探知と天雷はできるようになりました」
俺は先日全員に紋章魔法の付与を終えた。全裸の恋人達を一晩に一人づつベッドに寝かせ、ゆっくり施術していった。なんだか医者になった気分でそのままお医者さんごっこして盛り上がった。今度白衣と聴診器を用意しようと思う。
彼女達が選んだ魔法は以下の通りだ。
凛 上級魔法: 転移 氷結世界 中級魔法: 竜巻刃 鑑定 初級魔法: 探知 暗視
夏海 上級魔法: 転移 初級魔法: 闇刃 探知
シルフィーナ 上級魔法: 転移 女神の護り 中級魔法: 天使の護り 他、保留中
蘭 上級魔法: 転移 天雷 契約 女神の護り 中級魔法: 竜巻刃 初級魔法: 探知
まあ探知は人気だったな。やはり先制攻撃できるのは大きい。空間魔法だからこの世界で持っている人間は俺たち以外いないしな。シルフィは精霊との兼ね合いで攻撃系は付与できなかった。探知は風の精霊が優秀だからいらないしね。蘭は特殊で人型なのに魔力値SS分の上級魔法を付与できた。SSは上級が5つ付与できのだけど、全部範囲攻撃にしそうだったから結界は俺が取るように言った。契約は俺がやっているのを見て前から欲しかったそうだ。自分のペットを捕まえてくると言っていた。ケルベロスとかはやめてくれよ?
凛だがなぜ上級水魔法の氷結世界を選んだか聞いたら、火と氷の相反する属性を操るなんてカッコイイじゃない。だそうだ。本当によく考えたのか不安になったよ。
もっと気になったのは火魔法を使う凛と蘭が、風魔法の竜巻刃を取っているところだ。嫌な予感しかしない……俺は地下の訓練所の結界の強化をしようと心に決めた。
そんな感じでこの日は聖水という人類の武器を手に入れたのだった。
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