第7話 若さゆえの過ち





塔の出入口に結界を張りドワーフ達を救出した俺達は、クオンに乗りデビルがいるという砦へと向かった。


砦に近づくと、眼下で神狐姿の蘭が砦入口の門前にいる3頭のケルベロスに向かって魔法を放つ姿勢を取った所だった。

俺はその姿勢を見て焦った。蘭が大きく身をかがめて尻尾を立てるその仕草は、俺の良く知る魔法を放つ前の姿勢だからだ。

不味いと思った俺は急ぎクオンに回避の指示を出した。


「クオン! 高度を上げろ! あれは蘭の大技だ!」


クォォォ!


「うわっ! なにあの大きな炎の狐! 」


「蘭の種族魔法だ! 『大狐嵐動』と言って、自分の倍程もある炎の狐を複数出現させ暴れ回らせるんだ。アレは最後に爆発して上空の敵も燃やす。本来はケルベロス程度相手に使うものじゃないんだ。ケルベロスの吐く炎や、チョロチョロ飛び回る悪魔にイライラしたんだろうな」


「どこが安心の戦闘よ! 私達が背に乗ってたり地上にいたら死んじゃうじゃない!」


「蘭ちゃん……きっと今は私達がいないからよね……きっとそう……きっと……」


「ま、魔王軍相手には頼もしいパートナーなんだよ。神狐化した蘭は少しだけ理性が薄くなるだけなんだよ」


「ダーリンだからなんとも無いだけでしょ!」


「光希だからです。ですが、いつか必ず蘭ちゃんと一緒に戦える強さを身に付けます。私も光希のパートナーですから」


「むむむ……お姉ちゃんが言う事も一理あるわね。私もいつか蘭ちゃんと一緒に戦っても平気なように強くなるわ! ダーリンのパートナーとして! 」


「二人とも……ありがとう」


コーーーーン!コォーーーーン!


凛と夏海が蘭の魔法にドン引きしながらも、いつか蘭と共に戦えるよう強くなると言ってくれた。俺はその言葉に少し感動したが、タイミングで蘭が魔法を放った。

蘭が放った3匹の炎の大狐達は、門へと向かいケルベロス達をその大きな顎で呑み込み燃やした。そしてそのまま後方にあった鉄の門を破壊し溶かした。

更に砦に登り暴れまわり防衛についていた悪魔達も燃やし尽くし、最後に爆発し上空へと大きな火柱を上げた。

外壁の破片と共に捲き上る炎は、空へと逃げたサキュバスやガーゴイル達に襲いかかった。

破片に切り刻まれ炎で燃やされた悪魔達は、上空にいる俺達の目の前で悲鳴をあげて絶命していった。



「……いつか一緒に戦えるかしら」


「……さ、先は長そうね」


「二人とも無理しなくていいよ……」


蘭は俺の戦い方を見て育ったからと言う自爆しそうな言葉を呑み込み、俺は二人に無理しなくていいと告げるのだった。


「と、とにかく門は開いたから砦の中に突っ込むぞ! クオン! 建物の入口に着陸しろ!」


クォォォォ


「凛! 夏海! ロープを外して降りるぞ!」


「「はい!」」


俺達は砦の入口に着陸したクオンから降り、砦の中へと侵入した。


「地下の部屋に悪魔以外の反応がある! 悪魔もいるが先にそっちに行く! 付いて来い!」


「「はい!」」


『蘭! 人型に戻って一階にいろ!』


『はい! 主様! 蘭は頑張りました!』


『あ、うん。そうだな、よくやった』


俺達は蘭に念話を送り一階にいるように伝えた。上機嫌な蘭の声に、アトランじゃこれが普通だったんだ俺の育て方は間違ってない。と自らに言い聞かせ念話を切った。


俺は凛と夏海を連れ石造りの砦内に入り突き当たりにある階段を降り、地上にいたドワーフ達と同じ魔力反応がある地下の部屋へと向かった。

途中現れるインプやダコンは夏海が斬り裂き、凛が燃やしながら進み反応のある部屋に辿り着いた。

部屋のドアを開けると、そこは長机が並んでいる大きな作業場のような部屋で、机の上には薬草をすり潰した物やそれを濾した液体が置いてあった。部屋の隅ではドワーフやホビットの女性達が固まっており、俺達を驚いた顔で見ている。

俺はアトランの世界の共通語で話しかけた。


《私達は冒険者です。助けに来ました。地上にいる旦那さん達も無事です》


《あ、あんた冒険者かい!? ここは私達の世界じゃないんじゃ無かったのかい?》


《ああ……夫は無事なんですね》


《助けに!? ここから出られるのね!》


《母さんあのお兄ちゃん達が助けに来てくれたの?》


《ああ、そうみたいだよ。お父さんも無事だってさ》


《詳しい説明は後でします。俺達はこれからデビルを倒してきますのでここで待っていてください》


《3人でかい!? 》


《無理だよアイツは強いよ! 私達はいいから早く逃げな! 旦那だけ頼んだよ!》


《お、オレが囮になる! アンタ達はデビルが来る前に逃げな! この子達だけ頼む! まだ子供なんだ!》


俺がここにいるように言うと恰幅の良いドワーフの女性が逃げろと言い、同じくドワーフの10代位の赤髪の勝ち気そうな女の子が囮になると言ってきた。そしてドワーフの男の子とホビットの女の子を連れて行ってくれと頼んできた。


《塔の周辺とこの砦の殆どの悪魔達は、俺達3人と地上にいるもう一人の仲間とペットのドラゴンで倒しました。俺達は強い。貴女達は安心して待っていてください。結界を張りますからこの部屋から出ないように》


『女神の護り』


《それでは後ほど迎えにきます》


《結界!? それも恐らく上級の……》


《ドラゴンだって!? オイ!待ってくれ! この子達を!》


《イスラ! 大人しくしてな! あの人達は普通じゃない。勇者様かもしれない。ここで待つんだよ》


《勇者だって!? そんな……でもドラゴンをペットとか……それが本当なら……》


俺は説明は後にする事にし、結界を張りとっとと部屋を出る事にした。




俺達は1階に戻り蘭と合流し、妙な魔力反応の固まっている4階へと階段を駆け上がった。


《Kill them !Kill them!(奴等を殺せ)》


《GO GO!》


Fire arrow炎の矢』『Windcutter風の刃


「凛! 夏海! 魅了された米兵だ! 俺がやる! 手を出すな!」


「う……」


「は、はい!」


4階に上がると左右の通路から、合わせて30人程の米兵達が現れ叫びながら剣を構え駆け寄って来た。

そして後方にいる米兵が俺達に向け魔法を放った。

彼等は皆一様に目の焦点が合っておらず、サキュバスに魅了されている状態なのが分かった。

俺は凛と夏海に手を出さないように言い、二人を下がらせ魔法を発動した。


「悪く思うなよ……『天使の護り』『雷弾』」


パシンッ!


《Ahhhhhhhh!》


《AAAAAAA!》


結界により魔法は防がれ、俺が放った50個の極小の雷弾に米兵達は頭を撃たれ、一人残らずその場に倒れ伏した。


「だ、ダーリン殺しちゃったの?」


「凛ちゃん大丈夫です。威力を抑えていたようでした。気絶させたのでしょう」


「あの人数を!? ダーリンの魔力操作凄すぎる……」


「ちょっと難しかったな、魅了は解けたと思うが念の為拘束しておくか。『影縛り』」


俺は殺さないよう注意をしつつ、雷弾を当て気絶させた。死んでないと思うが、死んだら死んだで運が無かったと諦めてもらおう。

倒れた米兵を影縛りで縛り、俺達はその場を後にし最上階へと向かった。


最上階は部屋や廊下が無く、ワンフロアー全体に赤い絨毯が敷き詰められていた。

謁見の間みたいにしたかったのだろうが、装飾品は集め途中という感じでなんとも中途半端な造りだった。

その中途半端な造りの謁見の間の奥の3段程高くなっている所に、サキュバスが十数体とインキュバスが6体程が待ち構えていた。そしてそれらに守られるように、後方に青い肌の上半身裸の男が立っていた。

その男のには頭髪が無く、二本の真っ直ぐな角が生えている。異常に尖った毛の生えた長い耳と背には蝙蝠の翼に青く太い尻尾を生やしていた。そして爬虫類のような眼を大きく見開き、こちらを見て何事か叫んでいた。


俺は念の為鑑定を掛けた。


アジム


種族:デビル種


体力:B


魔力:S


物攻撃:B


魔攻撃:S


物防御:B


魔防御:A


素早さ:B


器用さ:A


魔法:上級闇魔法

種族魔法: 魂縛



デビル程度で闇魔法の上級持ち? 上級ダンジョンのガーディアンの側近辺りが、運良く上級魔法書を手に入れたか? そして氾濫か何かで外に出た時に魂縛で下位の者達を配下にし、そのまま女神の島を占領した感じかもな。


しかしデビルにしては能力が高いな……魔法特化種族の筈なんだが、これがここの塔の力か?高ランクの者にも多少は恩恵があるのなら、尚更ソヴェートには渡せないな。



《な、なんだアイツらは! ドラゴンに乗っていたぞ! それにさっきの大狐も仲間なのか!? し、下にいた者達はどうなった!》


《アジム様、外の者とは連絡が取れません。恐らくは奴らに……》


《い、いったい何体いたと思ってるんだ! 普通の下級悪魔達ではないんだそ! 塔で鍛えたワンランク上の者達が全滅だと!?」


《よう、お山の大将。魔王気分は満喫したか?》


《なっ!? 貴様言葉がわかるのか!? 人族がなぜ!? ここは我々がいた世界では無いはず……》


《そうだ、ここはお前がいた世界じゃないさ。災難だったな、駄女神の巻き添えを食らって》


《そ、そうだ! 突然女神の力に島ごと包まれて……いつの間にかこんなわけもわからない世界に飛ばされてたのだ! 》


《同じ駄女神の被害者として同情はしてやるよ。だが俺はこの島が欲しいんだ。それにはお前らが邪魔なんだよ》


俺達を見て側近らしきインキュバスに喚き散らしていたデビルに俺は話しかけた。ドラゴンと蘭による圧倒的な力に腰が引けまくっているが、この島にコイツらはいらないからとっとと消えてもらう。


《邪魔だと!? 貴様! 調子に乗るな! この島で力を付け、魔王となる資格を手に入れた俺様の力を思い知らせてやる! お前達行けっ! あの男と女どもを魅了して来いっ!》


《おいおい、笑わせるなよ。お前程度で魔王に到達するにはあと千年は掛かる》


俺は過去の魔王の能力も知らないで、魔王の卵らしき事を言うデビルを笑った。


「蘭、凛、夏海。雑魚を! 」


「「「はい!」」」


『闇刃』


俺は向かって来るサキュパスとインキュバスに対し、20枚の闇の刃を乱れ撃ち動きをけん制した。

蘭は真っ先に突っ込み魔鉄扇を振るい、インキュバスの首を飛ばしサキュバスを切り刻んだ。

凛と夏海は地上では動きの速いインキュバスに翻弄されながらも、着実にダメージを与えていた。


その光景を見て安心した俺は、ミスリルの剣を手に持ちデビルのいる場所へ歩いていった。


《どうした自称魔王の卵。俺の所には一匹も来ないぞ? お前らデビルは相変わらず配下を操って搦め手ばかりで、自分は後ろに隠れてばかりだなぁ? お前の力を思い知らせるんじゃなかったのか?》


《貴様! 誰に向かって言っている! いいだろう!この魔王となる俺様の最大魔法で葬ってやろう! 地獄の炎に灼かれて悶え死ね! 喰らえ!『Flame of the underworld(冥界の炎)』


『スロー』 『転移』


俺はデビルがカッコつけて長い魔法名を言っているうちに、スローでデビルの時間の流れを遅らせた。そして転移で奴の背後に移動し、剣でデビルの背中を刺し貫いた。


《ギャッ! グバッ……ば、馬鹿な! グッ……速……すぎる……》


《お前が遅いんだよ! 自称魔王の卵にお返しだ喰らっておけ! 『冥界の黒炎』》


《グボァッ!グギャァァァァ……》


俺はデビルを刺し貫いている剣から冥界の黒炎を放ち、内部から焼き尽くした。

デビルの目、鼻、口、耳からは黒い炎が吹き出し、そして黒い魔石のみ残して塵となり消えた。


「好機! 『黒天散華』」


『豪炎』


「凛ちゃんなっちゃん完璧です」


「ダーリンこっちも終わったわ。動きが速いし魔法もウザかったけど、最後いきなり動きが止まって一掃できたわ。ダーリンがデビル倒したからかしら?」


「多分種族魔法の魂縛が解けた影響だろうね」


俺がデビルを倒したタイミングで、夏海と凛が蘭の魔鉄扇に切り刻まれ数の減ったインキュパス達にトドメを刺した。しかしよく見ると蘭が倒した筈のサキュバスは腹部から血を流してはいるが、他は両腕と両足の腱を切られているだけでトドメを刺していなかった。


「蘭、何か考えが?」


「はい主様。外のサキュバス達より能力が高かったので、住処の防諜と諜報に使えないかと」


「サキュバスを!? ダーリンが襲われたらどうするのよ」


「そ、そうです蘭ちゃん」


「うーん……アトランなら考えられなかったけど……うーん……魔王もいないし……アリっちゃあアリかな?」


「ダーリン大丈夫なの?」


「光希……また命を狙われませんか?」


「契約で縛れば大丈夫だろう。俺と同等の能力を持ち更に最上級闇魔法を使える者、つまり魔王クラスが出てこない限りは安全だ」


「ダーリンの身が安全ならそれでいいわ」


「光希が安全なら……」


「蘭は主様であれば、この者達を使いこなせると思っています」


「そうだな……日本に潜伏している工作員の動きも、事前に分かっていれば先に潰してから動けたしな。そう言った面ではサキュバスは有用性があるな。取り敢えず配下にして使ってみるか」


俺は今回の様に他国に凛と夏海の家族が狙われた際に、後手に回らないようサキュバス達を配下にする事にした。


「そういう使い途があるのね……蘭ちゃんは凄いわ。私なら絶対配下にしようなんて思いつかなかったし、思い付いても倒すので精一杯で無力化なんて無理だわ」


「流石長年光希のパートナーを務めていただけありますね。私も蘭ちゃんみたいに強くなりたいです」


「ふふふ、名誉挽回です」


「俺もこいつらは敵としか見ていなかったから、配下にしようなんて思い付かなかったな。蘭、サキュパス達を集めてくれ。契約を持ちかける」


「はい、主様」


実際何度もサキュバスには搦め手で命を狙われたし、 魔族は全て殺す相手とアトランでの常識に囚われていた俺には魔族を配下にするという発想は無かった。アトランで契約で縛って配下にしたとしても、魔王に接触したら魔法を上書きされるからだ。

だが、この世界には魔王はいないし現れるとしても数百年以上先だろう。それも俺がいれば魔王誕生の兆候は全て潰すから、実際に魔王が誕生する事は皆無だ。流石の破壊神も魔王クラスをこっちに転移させはしないだろう。リアラの世界を破壊するという目的が果たせなくなり本末転倒になるしな。


俺は俺よりもこの世界に順応し、柔軟な発想ができる蘭を頼もしく思うのだった。


「主様集めました」


「ありがとう蘭」


「おおう……魅了の魔法が大量に飛んでくるな。男は俺一人だしな」


俺は13人いるサキュバス達から飛んでくる魅了の魔法を、全てレジストしながら彼女達の様子を見た。

それはよく見慣れた姿だった。髪の色は皆バラバラで、赤、金、白、オレンジ、黒、青と多種多様だ。そしてもう種族コスチュームと言っていい程に全員が黒のビキニアーマーを身にまとい、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる魅惑的なスタイルをしている。胸はEランク以下はおらず、お尻もパンパンからプリプリまでよりどりみどりだ。このビキニアーマーの殆どTバックのパンツも、こうして男の情欲を誘い魅了の魔法に掛かりやすくする為に身につけているらしい。過去何度人間やダークエルフに化けたコイツらに酒場や路地裏で誘われ、この胸と尻に付いて行ったか……


俺は過去の若さゆえの過ちを思い起こし、やっぱり殺しとこうかと思ったが蘭の進言を思い出し踏み留まった。


さて、契約という名の脅迫をするか……






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る