5話




ーー永田町 探索者協会本部ビル内 冒険者連合日本本部(仮) 風精霊の谷のシルフィーナーー




「なあなあシル、あたしの旦那さまはいつ横浜に戻ってくるんだ?」


「さあ?今建築している家が出来てからじゃないかしら?」


「それはいつできるんだ?」


「確か8月くらいだったかしら」


「まだ2ヶ月も先じゃんか!沖縄に行ったら駄目か?」


「駄目に決まってるでしょ!付きまとって嫌われるだけならともかく今度は蘭さんに殺されるわよ?」


「嫌われるのはなぁ…蘭てあの獣人だろ?そんな強そうには見えないけどなぁ」


「貴女また同じ過ちを繰り返したいの?彼女が本気になればSSSランクよ?」


「はあああ?SSS!?あの狐が?いや、見掛けで判断したらいけないんだった。でも…」


「光希様の時にも言ったけど私はステータス見てるの。口外しない約束だから教えられないけど間違い無く私と竜化した貴女と2人で掛かっても勝てないわ。それともまた私の言葉を信じないで戦いを挑んでみる?言っておくけどあの蘭さんは躊躇いもなく貴女を殺すわよ?」


「し、信じるよシルを信じる!もうあんな恐ろしい思いはしたくない…世の中にはあたしより遥かに強いやつがいるってもう分かったからあたしは自分からもう戦いを挑んだりしない。旦那さまの言い付けを守ってシルの言うこと聞くよ」


「よろしい。でも旦那さまね〜セルシアが男性をね〜」


「な、なんだよ…あたしより圧倒的に強くてあ、あたしを可愛いって言ってくれて頭を撫でてくれてあたしがした事を許してくれて、そして凄く優しくて…旦那さまが相手なら異種族でも番になる事を里の皆だって認めるさ、だから問題無いだろ」


「あのセルシアが真っ赤になって男性の話をね……でも光希様は確かに優しいけど貴女を元の姿に戻して欲しいと彼に頼んだのは凛さんと蘭さんよ?」


「え?そうなのか!?知らなかった…」


「あの時は貴女は泣いていたからね。彼女達が何も言わなくても光希様は元に戻すつもりたったかもしれないけど切っ掛けは間違い無く彼女達よ、そんな恩人を差し置いて光希様に旦那さま〜番になってって近づくの?」


「そ、それは…で、でも子種だけでももらえれば…きっと強い子が生まれるしあたしは抱いてくれるならそれでいいし…」


「貴女がそれでいいならいいけど…光希様に無理に迫って彼女達を怒らせないようにね?」


「旦那さまはあたしの胸をずっと見てたからきっと子種をくれると思うんだ、だから言い付け通りシルの言うこと聞いてればご褒美でくれるかもしれない。だからほら!シル!何か無いのか?謹慎解いてくれよ何かしないとご褒美もらえないかもしれないじゃないか!」


「謹慎が私の言い付けよ、ちゃんと守りなさい。何がご褒美よ!どれだけ皆に迷惑掛けたと思ってるのよまったく!」


「うっ…だから反省してるって言ってるじゃないか、一週間もこのビルから出れないとか拷問だって」


「だから罰になるんでしょ。なに言ってるのかしら?光希様に言い付けますよ?」


「し、シル!訓練所にいるから何かあったらなんでも言いつけてくれよな!じゃっ!」


「……まったく懲りたんだか懲りてないんだか」


沖縄から戻ってから一週間が経過した。あれ以来セルシアは私の所に毎日のように来て光希様が今何をしているのかダンジョンに潜らないのか同行できないかな、などとしつこいぐらいに光希様の事を聞いてくる。

今日はいよいよ我慢できなくなったのか会いに行きたいと言い出したから釘を刺したけど、本当に感情のままに生きてるからまたあんな事になるんじゃないかと心配だわ。

光希様に嫌われるかもしれないと思うと途端に従順になり言う事を聞いてくれるから以前程扱いにくくはないんだけど、旦那さまねぇ…


光希様はあれだけ魅力的な方だから好きになるのは分かるけど、私だってまだキスすらして貰えないのにこ、子種をもらうとか…


光希様…あの竜化までしたセルシアを無傷で倒し、一方的に命を狙ってきた相手にあの慈悲深きお言葉。

私に悲しんで欲しくない笑っていて欲しいからだなんて…お腹の下の方がキュンってしちゃったわ。


「ああ…なんであんなに強くお優しいのかしら…」


でも蘭さんも光希様と同じ思いと言うのが引っ掛かるのよね、彼女がたまに言うシル姉さんって呼び方も…

過去に会った事があったかしら…

そんな幼子は記憶に無いしそもそも彼女は私がいたアトランの世界とは違う並行世界のアトランから来た子だし…あれ?並行世界?光希様は今いるこの世界に自分がいると言って私に調べるように言ってたわよね、という事は蘭さんのいたアトランにも私がいた?その世界の私に懐いていたとかかしら?


あれ?蘭さんが懐いていた光希様の亡くなった恋人って私に似たエルフよね…

それにシル姉さんと呼ぶ時のあの蘭さんの何か物憂げな表情……そう言えば光希様に初めて会った時に私の顔を見て2人ともとても驚いた顔で光希様は確かシルフィって言ってたわね。


シルとシルフィ…どれも私が親しい人に呼ばれるあだ名だわ。


もしかして光希様の亡くなった恋人って…いえ…そんな…でも…


プルルルル

プルルルル


私が光希様がいたアトランの世界の失った恋人や2人の私に対する言動の違和感を記憶を辿りながら思い返していると支店と理事長室直通の緊急用電話が鳴り響いた。

私はそれまでの思考を一旦破棄し気持ちを切り替え受話器を取った。


「どうしました?………なんですって桜島に!?直ぐに見つけ出し連れ戻し…いえもう手遅れね、これ以上刺激をしないよう追っ手は送らなくていいわ、私とセルシアが向かいます。自衛隊との調整は私がやりますから貴方は緊急召集を掛けなさい……そうよ至急付近の市街へ配備しなさい頼むわよ」



電話の内容は最悪だった。福岡のフィールドタイプの上級ダンジョンの下層で飛竜討伐をしている冒険者達が中心となり、サポートチームを含め200人からなるレイドを組み自衛隊の制止を振り切り桜島へと侵入した。

その目的は桜島に巣食う飛竜とドラゴンを討伐し竜に奪われた南九州を奪還する為…


九州の人達はとても勇敢で郷土愛が強い。彼等はひたすら真っ直ぐで己の命を顧みる事なく家族の為、仲間の為にどんなに敵が強大でも臆する事なく戦う。

それ故に過去にも竜に奪われた土地を奪還する為に桜島のドラゴンと飛竜にレイドを組み挑む動きは何度もあったわ、でもその全てが失敗に終わり多くの優秀な探索者が還らぬ人となった上に刺激された飛竜達が周辺の街を襲う事態まで招いた。

最初の内は飛竜の数も少なかったから私とセルシアと自衛隊で防げた。でもここ20年で飛竜の数は当初の何倍にもなり手が付けられなくなった事から地元の探索者の強い反対を押し切り桜島のドラゴンと飛竜の討伐は禁止するしかなかった。


私達アトランから来た者達も40年前に福岡上級ダンジョンの氾濫で外に出たドラゴンと飛竜を早い内になんとかしなければとは考えていた。でもあの頃は日本各地で魔獣がダンジョンから氾濫していてその対応に追われとてもドラゴンと飛竜にまで手が回らなかった。そうこうしている内に飛竜達は数を増やし私達のパーティも高齢化や怪我で戦線離脱する者も増えあの数の飛竜には手が出せなくなってしまった。

5頭や6頭ならいい、でも30頭は無理。私は必死に後進を育ていつか討伐をと準備していたけど商業化してしまったダンジョンでの育成は思うように進まなかった。


やっと…やっと冒険者連合を立ち上げこれからという時に、あと数年もすれば桜島のドラゴンと飛竜を討伐できる戦力が整うという時にここで優秀な冒険者を失う訳にはいかない。


「今年は飛竜の繁殖期は無いと判断して自衛隊も部隊の配置を平時の状態に戻してしまっているわ、今あの数の飛竜達が桜島を出たら…なんとか島内に留めないといけないわね」


5~7年周期と言われる飛竜の繁殖期。今年は前回自衛隊員の尊い犠牲のもと辛うじて民間人への被害を防いだ繁殖期から4年目という事で、繁殖が行われる4月~5月は念の為自衛隊も探索者協会も冒険者連合も警戒していた。けど5月も終わる頃に飛竜達に全く動きが無いことから今年の臨時部隊配置は解除された。


恐らく今回の冒険者達は繁殖期になると飛竜は凶暴化するので前々から繁殖期前の今年に討伐しようと計画していたのでしょう。

その動きを全く察知できなかった。いえ、幹部はともかく九州の探索者協会支店や冒険者連合支店の一般職員は地元の人達、強い郷土愛を持っているはず。見て見ぬ振りをしたのかもしれない。


「急がないと、なんとか彼らを見つけて飛竜のみならずドラゴンまで刺激する前に撤退させないと…」


私は南九州へ渡るべくヘリと冒険者連合専用機の手配をし、セルシアに連絡を入れ私がいない間の実務を副理事長の谷垣に引き継いだ。


「シル!桜島に冒険者が向かったって本当か!?」


身支度を整えているとセルシアが勢いよくドアを開けて入って来て真剣な表顔で私に桜島の件が本当なのか聞いてきた。


「ええ、残念ながら冒険者連合と探索者協会では彼らを抑えるのは難しかったみたい」


「そうか…必ずまたやると思ってた。あいつら前回壊滅したにも関わらず目が全然死んで無かったからな、でもあの飛竜の数は無理だ!また全滅するよ!」


「32頭、衛星から確認できている数だけでもこれだけの飛竜が生息しているわ。普段は魔脈から魔力を得て繁殖期以外は島から出てこないけど刺激をしたら出てきて街を襲うわ。その前になんとしてでも彼らを止めるか島内で殲滅するしかないの」


「くっ…余計な事をして!あそこにはあたしが教練した自衛隊の教え子がいっぱいいるんだ、島から飛竜が出たらまた4年前みたいに…」


「氾濫の時より動きが読めないから被害は4年前より増えるでしょうね」


「そんな…あっ!旦那さまに力を貸してもらえば飛竜達を簡単に倒せるんじゃないか?」


「駄目よ、あのドラゴンと飛竜は政府と私達が後回しにしてきた故に手が付けられなくなってしまった負の遺産なのよ。私達に責任があるわ、それに安易に彼のあの強大な力を頼ってはいけないと思うの。ただでさえ彼には上級ポーション他様々なアイテムを提供してもらってる。もうこれ以上負担を掛けれないし私達に出来る事はしないといけないわ」


「そうか…そうだよな。うっし!あんな下級竜あたしが本当の竜の力を見せてぶっ飛ばしてやるさ!」


「ふふふ…最悪私とセルシアと冒険者達で飛竜を島から出さない位はできるわ、何日か掛けて一頭づつ間引きをしていけばきっと」


「そうだよな!今度は奴らのいる巣に行くんだもうあの時みたいにあっちこっち振り回されないで済むなら戦いようがある!大丈夫あたしが片っ端からぶん殴って叩き落としてやるさ!」


「ふふふ…頼んだわよセルシア、サポートは任せてちょうだい」


確かに島から出てくる飛竜を追い掛けて対応するよりは戦いやすいし数頭なら私とセルシアの連携で対応はできる。けど今回は数十頭の飛竜の気を私達に引き続けなければいけない、そうしないと島の外に出てしまうかもしれないから。

正直冒険者達を守りながらできる事じゃない。本当はもっと人を集めたいけれどこれ以上大人数で桜島に乗り込んでドラゴンを刺激するのもリスクが高いわ、やっぱり私とセルシアが行って冒険者達と合流し撤退できるならして、できないなら戦うしかない。


私はやる気を漲らせるセルシアを横目に分が悪い戦いになると計算しつつも、横浜上級ダンジョンの時と違い私とセルシアが直ぐに動けるタイミングでこの報せが届いたのは不幸中の幸いだったと思うのだった。


「さあセルシア行くわよ!彼らをここで失う訳にはいかないし冒険者のせいで民間人に犠牲者を出す訳にもいかない。ここが正念場よ!」


「あいよ!あたしに任せな!勝手な事した冒険者達はあたしがぶん殴って教育してやる!」


「貴女がそれを言うのね…」


「な、なんだよ!あたしは反省したんだ!もう勝手な事はしないしシルの言う事を聞く!そして旦那さまに褒めてもらうんだ。だからあたしにはアイツらを教育する権利があるんだよ」


「なによその理屈…はぁもういいわ、ちゃんと言う事聞いてくれたら光希様に褒めてもらえるように私からも言うからお願いね」


「ホントか!?よっし!あたし頑張る!」


「全くこの子は…ふふふ」


「なんだよ!なに笑ってんだよ!あたしは真剣なんだぞ!」


「あははは、悪かったわよ。じゃあ行きましょう」


「うむむむ…まあいっか、よっし行こう!ゴー!」


私はただただ真っ直ぐに自分のしたい事やりたい事を素直に表に出せるセルシアを羨ましく感じながらセルシアを連れ屋上のヘリポートへ向かうのだった。



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