第16話
中華街の裏路地の出来事から数日が経過した。この間俺と蘭はホテルでダラダラしたり勉強を見てあげたり、ネットで情報収集したり中華街で食い倒れツアーをしたり映画やボーリングにカラオケなんかも行ったりした。
まさか蘭とカラオケに行くことなんて想像もしてなかった。どうやらスマホで音楽動画を見て、少し前に流行っていた外国の女性ユニット『FOX』の衣装とダンスを相当気に入ったらしい。その女性ユニットは狐の付け耳と付け尻尾でお尻をフリフリフリフリして踊るのが特徴で、異世界から来た狐獣人の指導の下に結成されたユニットのようだ。
まあ狐の神獣である蘭が気にいるべくして気に入ったという訳だ。昔、蘭が火狐の群れではお祝いごとがあると何かと皆で踊るとかも言ってたしな。
カラオケ店で蘭は堂々と耳と尻尾を出して踊りまくっていた。途中店員さんが飲み物を持って来てくれてその姿を見られたが、歌っている曲を見てコスプレと思ってくれ俺と同じく萌え死んでいた。
「ふんふふ〜ん♪ ラララ〜♪ ナナナ〜ナナ〜♪」
「また新しい曲か?」
「はい今度はこの曲をマスターしようかと」
「マスターしたらまたカラオケ行こうな」
「はい! うふふ……ランラ〜ン♪」
勉強の合間に買ってきたFOXのDVDを見ながら、お尻を突き出しフリフリとダンスの練習をしてる蘭に俺はそう言い次のカラオケが待ち遠しくなった。え? 俺は歌わないのかって? いや〜ひたすらタンバリンとマラカスで盛り上げていたよ。蘭が俺を見ながら可愛く踊ってくれてる中、何を歌おうか曲選びなんかできるわけないだろ? ひたすら盛り上げて萌え死んでたわ満足満足♪
さて、この数日色々と日本を中心にダンジョンの事を探索者掲示板や外部サイトや過去のニュースなんかで調べた結果わかった事だが、どうもこっちの世界にはアトランにあったダンジョンが全て来ている訳では無いようだ。まず古代ダンジョンと雷神島と浮遊諸島が無い。つまりは時と空間と雷の魔法書はこの世界では手に入らないという事になる。
過去に異世界からダンジョンと共に来た高ランクの魔法使いが雷の魔法書を持っていた為、適性のある人間が使えたという記録はあったがそれ以降は扱える者はいなかった。
最初に探索者登録した奥多摩ダンジョンの受付嬢は、俺をその魔法使いの遺産を手に入れた者だとでも思ったのかもしれない。下手に上に報告していない事を願うばかりだ。ちょっと失敗したな。
次にこの40年間、最初の氾濫期以降日本ではダンジョンの氾濫を抑え切っていると思っていた。しかしそんな事は無く、上級ダンジョンこそ防いでいるが人気が無く間引きが上手くできていない中級ダンジョンはちょくちょく氾濫しているみたいだ。今のところ全て壁の中で対処できていて外には出ていない。その影には自衛隊の多大な犠牲があった事は言うまでも無いだろう。
どこかの匿名サイトに自衛隊らしき人が探索者に対し『また仲間が死んだ、探索者の人達よ頼むから目先の利益だけでは無く日本の事や子供達の未来のことも少しは考えてダンジョンに潜ってくれ』と悲痛な叫びを投稿していたが、探索者からは公務員で安定した収入とダンジョン探索の度に出る高額な手当て、そして強力な装備を支給され大人数で探索してるんだからお前らがやって当たり前だ!と冷たい反応が返って来ていた。自衛隊と探索者はどうも仲が良く無いようだ。あっちの世界の騎士団と冒険者みたいな感じかな。
「それにしても九州はやばそうだな」
九州は40年前の最初の氾濫で運悪くレッドドラゴンと数頭の飛竜が外に出てきてしまった。その後南九州の山岳地帯に住み着き数年毎に付近の家畜や人間の街を襲っているらしい。政府も手をこまねいて見ていた訳では無く、戦闘機や高射砲とダンジョン攻略部隊で退治しようと試みたが全滅。中距離ミサイルも役に立たなかった。逆にかえって刺激してしまい付近の村や街に多くの被害が出てしまった。
それ以降恐らく繁殖期であろう時期に住処の近くに大量の家畜を置き、街に来ないようにしているようだ。
「ドラゴンは飛竜を餌にしているから人を襲ってるのは飛竜なんだろうな。だとしたら繁殖期は5~7年毎か、こういう山の神様の祟りを鎮めるやり方はなあ〜ドラゴン一体だけなら効果があるが飛竜にはやっちゃダメなんだよな〜」
そう、繁殖期だから餌を確保する為に狩りに来てるわけで、餌が確保できれば数が増えるんだよ。
そんな事を30年以上やり近年では生贄の家畜の数が増える一方で、数を見誤って生贄が足らない時は自衛隊が犠牲を払って街に来るのを防いでるようだ。
「なんなの? 自衛隊立派過ぎだろ。それに比べ探索者は……一部の高ランクの異世界人パーティ達や、日本人と異世界人の混合パーティ以外はやりたい放題だよな」
どいつもこいつも高額報酬を得る為に、少しでも安全で割りの良いダンジョンへと偏って潜っていた。もしかしたらアトラン大陸も魔王が現れる前はこんな感じだったのかもしれないな。
「こうやって人の欲を巧みに突いてくるダンジョンを発生させているのが神なのか邪神なのかは謎だが、そんな奴らの策略に分かっていても嵌り世界は滅びていくんだろうな」
過去の戦争もダンジョンの氾濫も、時が経ち世代が変わればその痛みの記憶も薄れていく。魔力が高く未だ現役でやっている探索者以外は、自分が痛い目にあった訳じゃないからな。慰霊祭がある時期にテレビの特集番組を見て知るくらいで、若い子達はお父さんやお爺ちゃんの時代大変だったんだな程度にしか思わないだろう。
もう一つびっくりしたのが、魔法使い以外の戦闘職が魔力の使い方を分かっていない事だ。魔力は魔法だけに使うものでは無いというのに、どうも使い方を教える人間が少ないらしく上手く広まっていないようだ。
異世界からダンジョンと共に来た人達はエルフ、獣人、竜人、ドワーフ、人族らしいがその中で種族魔法の無い人族が一番近接戦闘で魔力を上手く工夫して使っている種族だ。
アトランでも人族は他のどの種族よりも種として弱かった。それを繁殖力と知恵で補いドワーフと友好関係を築き大陸で一番力ある種族にまでになった。その知恵を持つ人族がこの世界に来て過去の探索や寿命でどんどん減ってきているのだ。
特に日本にいる異世界の人族で近接職は少ない。しかも道場等開いていないから魔力を撃ち出したり瞬間的に足を集中的に強化し瞬発力を高めるなどの比較的難しい技術は、自分の子供にだけ教えているのかもしれない。基本的な魔力を使った身体強化は広まっているが、その質も俺や蘭が戦った相手を見ると悪そうだ。
また、黒鉄やミスリルなど魔力を通しやすい武器を使い攻撃するような技術は、日本にドワーフがいなさそうな所から皆無っぽい。
一部海外から輸入されたドワーフが作ったぽい光の剣やSFチックなおもちゃみたいな装備は見たが、アイツらは探究心から時たま変なの作るからあれはその一つだろう。という事は魔法アクセサリーも少ないだろうな。
「悪循環だよな。異世界人は一つにまとめてその技術を伝える学校でも作って、そこで装備も作らせ科学と融合させればアトランより楽にダンジョン攻略できるだろうに」
世界中に異世界人が散り各国の政治的な思惑から情報が外に出ない。隣の半島や東南アジアのようにそのまま滅びた国もあれば、日本のように多くのダンジョンと早期に設置した壁と探索者の数で今のところ上手くやっている国もある。
「日本とアメリカに中華台湾連合国とイギリスとドイツにインド辺りが、今のところ安定してるぽいな」
中華台湾連合国は、隣の大陸で大国が分裂して異世界人を多く保護した新興国だ。香港を首都にする広東とその周辺地域の中華広東共和国と台湾共和国からなる国だ。中台連と呼ぶらしい。
結局政治が比較的まともで、異世界人と民衆の協力を得られた国が高度成長している。他は魔獣に滅ぼされたりダンジョンの氾濫の度に多くの被害を出したり、ダンジョン自体が国内に無かったりでダンジョンを上手くコントロールできた国に比べ国力の差が天と地ほどに違う。
「日本とアメリカの繋がりはかなり強力だな。やっぱ40年前の氾濫での在日アメリカ軍の行動がかなり評価されてるみたいだ」
40年前最初の氾濫の時に、自衛隊よりも早くに民間人を守る為に行動したのが当時の在日アメリカ軍だ。少ない兵力で『ユウアイ作戦』と称し多くの犠牲を払いつつ日本人の為に戦った。今でも彼等を称えた映画が多く上映され、テレビでも当時の映像が流れているくらいだ。日本人は義理深いからな、恩には恩をという気持ちなんだろう。
そんなこの数日の間に調べた日本のダンジョン事情と、若干の世界の状況を思い出しながら未だにお尻をフリフリして踊っている可愛い狐を俺は後ろから眺めるのだった。可愛い……
蘭も大分この世界に慣れてきて日本語も会話は問題ないレベルになっているし、治安も良くなった事もあり俺は蘭と別行動をとる事にした。異世界でも街にいる時は朝と夜以外は別行動が多かったからな、最初は言葉や習慣の違いで不安だったが中華街付近ならもう大丈夫だと判断して蘭の好きにさせる事にした。
蘭はちょっと不安そうな顔をしてたけど、何かあったらすぐ念話してくれれば転移して行くからと言って安心させた。魔王がいたアトランならともかく、日本で蘭に対処できない敵がいるとも思えないしな。
蘭と離れてからは文字がまだ完全に読めない蘭に気を使って行けなかった漫画喫茶に行き、気になっていた漫画が存在しなかった事に涙した。代わりに元の世界の日本には無かった面白い漫画に出会い、上機嫌になって読みふけったり、夜は歓楽街に行き蘭に似合いそうな様々な制服や衣装をそういうのを扱う専門店でドキドキしながら買ったりして過ごした。うん、恥ずかしかったけど買って良かった!
そんな夜はホテルに戻り午前中は2人でゆっくりして、昼から別行動を取る平和な生活を何日か繰り返した頃、その平和を破る鐘が鳴り響いた……
ウーウーウー
『災害発生 災害発生 住民の皆さんはシェルターへ避難するか頑丈な高い建物の上層階へ避難してください』
ウーウーウー
俺と蘭が中華街のお店で中華料理を堪能していた時、突然サイレン音と街全体に設置されているスピーカーから避難指示の放送が流れた。
俺の携帯も蘭の携帯も鳴り響き、画面には神奈川県で災害発生避難命令発布と表示されていた。
店内にいた人達も自身の携帯画面を見ながら何事かとお互い顔を見合わせ、お店の人は急いで店内に設置されているテレビを付けた。
『緊急ニュースです。先程神奈川県横浜市にある横浜上級ダンジョンが氾濫致しました。政府は避難命令を発布。現在自衛隊にて壁の出入口を防衛しておりますが、付近の住民の方は念の為避難をお願いします。この後政府より発表があります』
「お、おい!」
「た、大変だ!」
「シェルターは?」
「ここから1キロ先だ」
「こ、子供が学校にいるんだ! どうしたら!」
「学校にはかなり頑丈なシェルターがある大丈夫だ! まずは自分を守れ!」
「ワシは元探索者だ!横浜ダンジョンはオークがおる! 皆女子供を優先して避難させてくれ頼む!」
「わ、わかった!なるべく気にかけるようにする。急ごう!」
「皆で移動しながら伝えよう!」
店にいた客達はショックを受け狼狽えながらも、過去の氾濫を乗り越えたのであろう年配の人の落ち着いた行動に冷静さを取り戻した。そして店を出てそれぞれが周囲の人に女子供を優先にシェルターへと伝え走って行った。
俺は探索者タブレットを取り出し確認した。そこには東京都の一部と神奈川県にいる探索者へ緊急招集がかかっていた。
この緊急招集はDランク以上の探索者は強制的に招集に応じなければならず、タブレットが発令を受信してから12時間以内に発令された地域にある最寄りの各探索者協会支店に集まり手続きをしなければ半年間ダンジョン立ち入りが禁止となる。この招集は災害が終わるまで毎時間行われる。
ダンジョンに潜っていない限り、GPSで居場所は特定されているので逃れる術は無い。
「蘭」
「はい」
俺と蘭は顔を見合わせ頷き店を出るのだった。
店を出た俺達は公衆トイレに入り、少しリスクはあるがそうも言ってられないとダンジョンから少し離れた公園の茂みに転移した。転移した公園には人はおらず、お弁当を食べていたであろう残骸がベンチや芝の上に散乱していた。
「人が逃げた後みたいだな」
俺達はダンジョンの東側の海沿いにある公園からダンジョンを目指して走るのだった。
ダンジョン内と同じく探知を常時掛けてダンジョンの方向を見ながら走っていると、ダンジョンの壁の中に無数の魔獣と壁の外で建物を盾に展開している人達の反応があった。
ダンジョンの壁が見えた所でドーンドーンと壁の上から壁の内側に向かって発砲している銃火器の音が聞こえた。少しして更に大きなドガァン! という音が聞こえたと思ったら発砲音が聞こえなくなった。
なんだ? と探知している方を再度見ると壁の出入口から内側の魔獣が勢いよく出て行く反応があり、一部がこちらへと向かって来るのが見えた。
「なっ!? 門を破られたのか!? しかもこの壁内から出て行く勢いから車両用の方か! 蘭! 来るぞ!」
「はい!」
俺と蘭は立ち止まり俺はミスリルの剣を取り出し、蘭は上着と靴を脱ぎ魔力で戦闘用のチャイナドレスを纏ってから服を脱ぎアイテムポーチへとしまった。
「取り敢えずこっちに来る魔獣と、門前の自衛隊の防衛陣を破って南に移動している奴らを殲滅する!」
「南に!? はいっ! 必ず!」
南に中華街があるのに気付いたのだろう。蘭は魔鉄扇を構え魔力を込めて蒼く光を発光させている。
顔が凄い真剣だわ。中華街壊されたくないもんな。それは俺も同じ気持ちだ。
1分ほど待つと俺たちの前に先を競うかのように30体ほどのオークとオーガの集団が現れた。
俺は蘭に火災を起こさないよう火魔法は撃たないように言いつけ、俺も大技の魔法は控え数を出せる魔法を放った。
『闇矢』
「「「ガァァァァァ!」」」
「「ブギーーー!」」」
俺が放った50の闇の矢は、集団の先頭を走る15体程のオーガとオークを全滅させた。
そして俺と蘭は後から来る残りを殲滅する為に駆け出すのだった。
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