第15話





 ーー横浜ホテル 皇 凛ーー






「お嬢様、お嬢様起きてください朝ですよ」


「う……ん……あさ……朝……んっ……おはよ夏海さん」


「おはようございますお嬢様。私は先にシャワー浴びて来ますね」


「うん、いてらっさ〜い」


 いつもの朝、いつものやり取り。私達はいつものように朝を迎えることができた。

 昨夜、もしあの時助けが来なかったら2人ともきっと死ぬまで男達にいいように弄ばれていたかもしれない。 いえ、間違いなくそうなっていたはず。そして夏海さんの右手も元には戻らなかった。


 私達は昨日助けられた後に探索者協会に行き事情を説明した。倉木さんに名前を出さないよう言われていたので、名前も知らない人が助けてくれたとだけ説明し子供達の施設に連絡してもらった。


 探していたのでしょう、すぐに施設の方が迎えに来て子供達を引きとっていった。施設の職員には路上で刺されて倒れていたとだけ伝えた。協会の方で後は対応してくれるはず。


 倉木 光希さん……170台半ばほどの背に少し長めの黒髪で黒いシャツにジーンズ姿、ワインレッドのレザーコートに明らかになんらかの魔法効果があるであろうアクセサリーの数々。

 細身に見えて相当鍛えたと思われる引き締まった筋肉質な身体が、服の上からでもわかるほどだった。顔のパーツの配置はお世辞にも良いとは言えないのに、相当な苦労をしてきたのかとても精悍な顔付きで目つきもとても鋭かった。


「倉木……光希さん……私達に今日という普通の日を送らせてくれたひと」


 強かった。込められた魔力から恐らく私と同じレベルであろう土槍をレジストしていた。

 それに闇魔法を使っている人は初めて見た。悪魔系の中級ダンジョンで初級闇魔法書が見つかることがあると言うのを知ってた位で、どんな魔法かは見たことが無かった。


 魔法書自体とてもレアな上に覚えられる人、つまり闇属性を持ってる人は非常に少ないと聞いた。もっとレアな雷属性とかもあるらしいけど、40年のうち覚えられた人は1人しかいなかったらしい。


 そんな存在するかわからない雷魔法よりも闇魔法よ。恐らく初級なのにあの威力!きっと魔力値が相当高いはずだし操作も凄かった。日本であれだけの実力があるなら私が知らないはず無いし、きっと海外で活躍しているSランク探索者なのだろう。悪魔系ダンジョンなら欧州かな? 日本にはいつまでいるんだろ……会って改めてお礼と連絡先を交換したいわ。


「あ〜もう!なんだろこのモヤモヤした気持ち……テレビでも付けよかな」


 なんだかモヤモヤしたので気分転換にテレビを付けた。何か面白そうな番組無いかな〜っとポチポチやってどれも朝だからかつまんない番組ばかりで、公共放送のチャンネルになった所でニュースをやっていた。もうこれでいっかとニュース番組を耳で聞きながら携帯をいじってたら夏海さんがシャワーから上がった音が聞こえたので、私もシャワーを浴びようと腰を上げた時に気になるニュースが始まった。


『速報です。今日午前5時頃神奈川県横浜市にある埠頭第一公園で、2人の男性の遺体が発見されました。発見者は……遺体はどちらも右腕を切断されており……遺体は首と両足を切断された状態で……』


「あ、もしかして昨日の裏路地の……夏海さん! 夏海さん! ちょっと来て!」


 昨日の事件の事かと思い私は急いで夏海さんを呼んだら、何事かとバスタオル一枚のまま夏海さんが駆け寄ってきた。


「一体どうしたんですかお嬢様?」


「見て、見てニュース! 昨日の裏路地の奴らの死体かも!」


「あ……あの後警察が来たのですかね?右腕と両足が切断……あれ? でも公園に遺体?」


『損傷具合から事件の可能性が……あ、ここで最新の情報が神奈川県警から入りました。遺体には身元を証明する物が置かれており、それによりますと遺体の身元は関根 那津男さんと現在指名手配されている狩谷 修二容疑者との事です。現在警察では事件性を……』


「「………」」


「夏海さん……これは」


「ええ、そうなのでしょうね」


「倉木さんがあの後……」


「私達の為……なんでしょうね」


「「………」」


「男に一生おもちゃにされる所を助けられて」


「私の右腕を貴重な上級ポーションを使って繋げてくれて」


「全然恩に着せたような言い方どころか助けるのは当たり前のような態度で」


「お嬢様が聞くまで名前すら名乗らずにいて、お礼をしたいと言ってもいらない言葉だけで十分だと」


「最後まで連絡先教えてくれなくて逃げるように去って行って」


「朝起きたら私達を襲った黒幕の関根が、私がされたのと同じ右腕を切り飛ばされて殺されていて」


「私達はもうアイツに怯える事なく平和な日々を送れる……」


「昨日の事など無かった事だともう気にするなと言わんばかりに……」


「カッコ良すぎじゃない?」


「カッコ良すぎですね」


「あははははは」


「うふふふ」


「「絶対見付けてお礼しなきゃね!」」


 私達は敵を倒す強さだけではなく、最後まで優しさと思いやりに溢れている倉木さんに絶対また会ってお礼をするんだと誓い合った。

 もうほんと『惚れてまうやろ〜』って叫びたい気分だったわ、もうっ!









 ーーホテル ロイヤルクイーン 倉木(佐藤) 光希ーー





 昨日俺たちはホテルに入り一緒にシャワーを浴びた後にすぐに寝た。

 朝起きたら蘭が漢字ドリルをベッドの上でやっていて、眉を眉間に寄せて難しい顔をしていた。

 分かる、分かるよその気持ち。俺も小学生の頃同じ顔してたわ〜難しいよね漢字はさ。


 蘭はスマホで何でも検索して探せてしかも目当ての物の写真やと動画まで見れる事に興奮し、横浜に来た初日以降漢字ドリルを買ってやるようになった。アトランにいた時も教えてはいたけど、ひらがなや数字はともかく漢字は全然覚えが悪かった。そりゃそうだよね、普通言語なんて一種類の文字だけでいいじゃんて思うもの。

 それをひらがなと漢字とカタカナとか日本がおかしいと思うよね。俺も小学生の時にそう思ったし。更に漢字は凄く複雑だし、そりゃ覚える気もなくなるわと俺も納得して無理に覚えさせる気もなかった。


 ところが! ところがだよ。一緒に美味しいお店をスマホで探したら興奮しちゃって、更にその店に行ったら写真と同じ料理出てきてしかも美味しくて、一緒に歩いていてもスマホ画面を俺に見せてなんて読むんですか?とか聞いてきたりしてきてね。流石小さい時から美味しいものに目がない蘭だと思ったね。


 そんな訳で暇さえあれば漢字を覚えようとしてる蘭に、小学生レベルの漢字を覚えたらパソコンでも買ってやろうかなと俺は電気屋のHPをポチポチしてるのだった。


「主様終わりました。何を見てるんですか?」


「ん? スマホの画面がそこの枕くらいある奴を蘭が漢字覚えたら買ってあげようと思ってね」


「ええ!? そんなに大きい画面のがあるんですか!?」


「歩きながらは見れないけどね。家やカフェで大きな画面で話題の美味しいお店の写真とか見たいだろ?」


「はい! はい! 蘭は見たいです! 蘭は頑張ります!」


 そう言って蘭はムフーって言いそうな顔でまた漢字ドリルを始めた。あ、火狐に火をつけちゃったかな? まあやる気になったならいいか、蘭は記憶力かなり良いからすぐ覚えるだろ。

 そうして俺も良さげなパソコンを見つけてはブックマークした。


 ふと昨日のポーションやら戦った相手のステータスの割には弱過ぎた事が気になり、探索者協会のタブレットを開き探索者専用掲示板を見てみた。

 掲示板にはパーティ仲間募集やら荷物持ちの募集、良い狩り場の情報や人気のある稼げるダンジョンの情報にポーションの売買や魔法書売ってくださいなどなど色んなスレや投稿があった。

 なんというか現代にダンジョンできたらこうなるんだな……あっちじゃ情報得るの大変だったし、普通の冒険者は街から街への移動は命懸けだったからな。オイシイ狩り場というのはあくまで自分が拠点にしている範囲内であって、決して沖縄から北海道まで飛行機でその日の内に移動とかそんな範囲じゃないからな。


「ポーションや魔力回復促進剤や解毒剤関係は、初級は出回るけど中級からは自分用に皆持つから少ししか出回ってない感じか。中級売ってくださいとかの書き込みかなり多いな。しかしゲームの掲示板みたいだな……うーんこれは厳しいか」


 なんとなく分かっていた。危機感が無いんだよな。戦うのはダンジョンだけ、ダンジョンから出たら安全。街で闇ギルドに襲われる心配も無いし移動中に盗賊に襲撃される事も無い。

 確かにダンジョンでは命を懸けてるけど、異世界人と比べると情報が多いから安全マージン取り過ぎて凄く余裕があるんだよね。いや、死ぬよりいいよ? でも死にそうにならないと経験や技量は上がらないのも事実なんだよ。だから探索者のBランクでも異世界のDランク冒険者でも倒せるようなレベルなんだよな。

 そりゃダンジョン攻略進まないわ。上級ダンジョン潰したのは全て食糧やエネルギーが不足して、餓死者が出てた時代だしな。


「完全にダンジョン攻略より商業優先してるな。会社の経済連合が政府の意向と真逆な行動をするのは、パラレルワールドだろうが変わらないんだな」


 そりゃ探索者だって一応命懸けでダンジョン潜ってるんだ。それなりに稼げなきゃこの好景気の日本じゃやってられないのは分かる。でもダンジョン潰さなきゃ増える一方じゃん!

 ダンジョンは生きてる。最後のガーディアン、つまり最下層のボスを倒されてもダンジョンコアさえ壊されなきゃやり直しが効くのを理解してる。だから最後のガーディアンを倒すと人間が欲しがるアイテムを渡すんだ。

 そしたらまたガーディアンが復活したら貰えるかもとコアを壊さず帰ってくれる。コア取られたり壊されたらダンジョンは死ぬからな。

 だから壊すのはもったいないと思わせる豪華なアイテムを用意する。そうやって稼いだ時間でダンジョンは成長する。

 上級からはそのまま最上級を目指すダンジョンもあれば枝分かれするダンジョンもある。どちらの過程でも定期的にダンジョン内の魔獣の間引きを氾濫という形でやる。これは探索者が間引きを定期的にやれば防げる。

 だけどそういうのを全て無視するダンジョンボスがいる。


「これこのままで大丈夫か? 知能高い魔族とか吸血鬼がダンジョンボスだと意図的に魔獣氾濫させるぞ? 分かってるのかね……エルフやら異世界人から色々聞いてるはずなのになあ」


 魔王はダンジョンから生まれる。大抵魔族や吸血鬼やたまに龍族など知能の高い奴が魔王となる。

 最初はダンジョンコアの言うことを聞くが、強くなるとダンジョンコアの意向なんて無視だ。逆に他のダンジョンを攻略しに行ったりして魔法やアイテムを揃えどんどん強くなる。

 ただでさえ種族魔法が強いのにだ。

 最下層から追い立てたり闇魔法で人間のいる場所のダンジョンを氾濫させたりもする。魔王軍の十八番だ。


「まあ日本だけじゃ無さそうなんだけどね、海外のダンジョンも毎年少しづつ増えてるらしいし」


 このままだと次の40年は魔王誕生と氾濫の40年になりそうだな。


「こりゃちょっとは潰さないと、俺と蘭の居場所もこのなんでも揃う生活も無くなるか?」


 でもな〜他の奴らが稼げるダンジョンでエンジョイ楽々贅沢生活してる中で、氾濫しそうだからって俺だけ人気ない稼ぎ低いダンジョン攻略? 上級ダンジョンのコアは欲しいけど……あれは魔結晶だからな。結構持ってるけどたくさんあって困るものじゃないし、錬金で魔道具作るときに重宝するんだよね。

 でもなんか俺だけ貧乏クジはやだな。それもこれも上級探索者の偏りがあるからだ


「だいたい北海道にAランク探索者集まり過ぎなんだよ!」


 北海道のフィールド型上級ダンジョンのボスを倒すとピチピチュの実が手に入るから、世界中から上級探索者が挑戦に来てる。ピチピチュの実は一つ食べると5年若返るという実だ。俺も時魔法取るまでは蘭の為に集めていたから気持ちは分かるが、それでも手に入れたのは過去3チームだけとか。


「完全にダンジョンコアの手のひらで踊ってるな」


 まあ、途中のフィールドでも稼げるからいつかはダンジョンボスを倒してって感じなんだろ。しかしこの半分でも全国に分散してくれればなぁ。

 俺が持っている実を定期的に50個位市場に流して価値を下げるか? いや、無理か消耗品だし需要の方が圧倒的に多いわ。

 あ〜やっぱアホらし、ダンジョン攻略は保留で情報収集だけはしっかりやっとくか。

 俺は大学時代花見シーズン時に彼女がいないからという理由でサークルの先輩達カップルの為に一人で場所取りをさせられた過去を思い出し嫌な気分になりつつも、いざという時動けるよう情報収集を行うのだった。






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