第10話



 ーー探索者協会 横浜上級ダンジョン支店長 大須賀 実ーー



「それで? 自衛隊には要請は出したのか?」


「はい第一ダンジョン攻略連隊へ、間引きの打診は行なっております」


「そうか……しかしこうも探索者が少ないとは」


「やはり昨年、中級ダンジョンから上級ダンジョンへ進化してしまった事が原因でしょうか」


「だろうな。もともとここの魔獣はゴブリン系で素材が美味しく無く、人気が無かったからな。そこに今回の進化だからな」


 そう言いながら俺はため息を吐く。


 ここ横浜ダンジョンは旧横浜駅を中心とした地下鉄がダンジョン化したものだが、1層〜5層までゴブリン、6層〜10層はオークと素材が美味しく無く人気が無かった。

 規模も大きく、魔獣も数が多い上に連携してくるので更に探索者達は嫌がった。階層が50層と深いのも原因だろう。

 それでも探索者への指名依頼や自衛隊の協力で最低限の間引きは行なっていた。


 しかしその努力を嘲笑うかのように1年前、突然ダンジョン内で地震が起こりダンジョンが変化した。


 ダンジョンの入口が3倍近く大きくなり、当時ダンジョンに潜っていた探索者が命からがら逃げ出してきた。

 その探索者から話を聞くと1層にオークがおり、ダンジョン内も今までの配置と大きく変わっていたと言うではないか、。急ぎ上級探索者に指名依頼を出し調査させてみれば、やはり上級ダンジョンに進化していると報告が来た。


 間引きを行なっていたにも関わらず進化するという事例は過去にもあったらしく、責任は問われなかったがそれからが問題であった。

 高ランクの探索者が足りないのだ。

 現在日本は多くの上級ダンジョンを抱えている。政府も探索者の育成に力を入れているが、上級ダンジョンが増えるスピードに育成が間に合っていないのが現状だ。

 一部の政府高官からは『国民総探索者制度の復活を』との声も上がっているが、エネルギーや食糧難で餓死者が多く出ていた時代とは違い今は未曾有の好景気だ。魔石の輸出で石油だって安定して格安で輸入されている。

 食糧も魔獣食材が研究され、アンチエイジング効果のあるダンジョン産の魔獣食材が人気で食糧自給率も跳ね上がっている。

 そんな中で『国民総探索者制度』など国民に受け入れられるはずが無い。


 我々探索者協会も探索者専門学校を運営し、優秀な探索者を見つけ育成する事に並々ならぬ努力を行なっている。しかしそれでも数が足りないのだ。

 国民は好景気と平和ボケで、現在のダンジョンからの恩恵の裏に上級ダンジョン氾濫という爆弾があることから目を背けている。いや、見ないようにしているのかもな。


 だから旧横浜駅周辺の住民は全く避難しないのだ。壁を盲信している。いやそう思い込もうとしている。


「まずいな……今氾濫など起こったら防げるかわからんぞ」


 俺は焦りと共にこの先の未来を想像し憂鬱になるのだった。





 ーー東京都目黒区 皇 凛すめらぎ りんーー




 タラリ〜ララ〜♪


「はい皇です。はい……ええ、2日後ですね。分かりました現地で……はい、では失礼します」


 私は自衛隊からの電話を切り携帯をテーブルに置く。


「今度は横浜かぁ。あそこは半年ぶりかな? 確か中層迄はオークやオーガがいるのよね。あいつら下手に知能あるから連携する上に、女を見たら目の色変えて群がってくるから苦手なのよね、それでもこの間まで間引きしていた虫系ダンジョンよりはマシだけど」


「お嬢様。私も虫系は苦手でしたね近接職なので尚更です」


 紅茶を淹れに席を外していた夏海さんがそう言いながら隣に座る。


 ここは父が買ってくれた中目黒に近い高層マンションの一室。父はフランス人で魔獣素材を扱う貿易の仕事をしていて、母は日本人で祖父の経営している皇グループで役員をしている。

 私は元Aランク探索者だった祖父の血を濃く受け継ぎ、数少ない貴重な魔法使いとしての才能があったから探索者として家業の手伝いをしている。

 夏海さんは祖父の会社の社員で元Aランク探索者という事もあり、私のボディーガードとして祖父が派遣してくれた。

 夏海さんは私に探索者としてのイロハを、この3年手取り足取り教えてくれたお姉さんみたいな存在なの。


「あ、夏海さん2日後に横浜上級ダンジョンの間引きですって」


「はい自衛隊からの要請ですね」


「そうなのよ。専属契約しちゃったから断れないのよね」


「まあBランク探索者になったので色々と政府や自衛隊からの要請はありますが、フリーでいたら探索者協会に指名依頼を頻繁に出されて毎回違うパーティ組まされますからね。それに比べれば専属契約して女性が多めの固定パーティ組める分、その方が安心ですから」


 そう、探索者デビューして初めて組んだパーティがとにかく最悪だった! 挨拶の時も探索中も私の身体をジロジロ見て舌舐めずりすらする始末。夏海さんと少し離れた隙にダンジョン内の小道に引き込まれて襲い掛かられたの。私は怖くて声も出せず、あの時夏海さんが気付いて助けに来てくれなかったら危なかった。


 もう知らない人とパーティ組むのなんて絶対嫌だと思い、夏海さんと2人でやる事にした。偶に夏海さんの知り合いの高ランク女性探索者も含めて、ただひたすらランクアップの為にダンジョンに潜ったわ。

 その結果Bランク探索者になり、流石に上級ダンジョンを固定パーティ無しで潜るのは危ないという事で祖父の紹介もあって自衛隊と専属契約するに至ったの。


「まあそうよね。オークかぁキモイなぁ」


「やたらとお嬢様目掛けて突進して来ますからね……クククッ」


「笑い事じゃ無いわよもうっ!」


 夏海さんが眼帯をしていない方の目を細めて笑う。

 詳しくは知らないけど、昔上級ダンジョン間引き中に想定外の魔獣の集団に出会い夏海さん以外のパーティメンバーが全滅してしまいったらしい。その時に右目を失ったみたいなのよね。

 ショートヘアで背が高く、やや吊り目だけど鼻筋もスッと伸びて薄い唇はとても柔らかい印象を与えてくれる。胸もそこそこありモデルみたいな体型で、どう見ても美人なのにあの右目の眼帯と額の傷跡で皆怖がっちゃうのよね。

 凄く優しくて家庭的でお姉さんみたいな人なのに。


「あんな奴ら私の炎槍で燃やし尽くしてやるんだから!」


「そう言えばこの間の炎槍でしたっけ? また本数増えていましたね」


「ええ、フレイムアローって言って発動してた時より、漢字を思い浮かべて発動した方がなんとなくイメージつきやすくてね。やってみたら上手くできたの」


 魔法は魔法書を開けば頭の中にどういう魔法かイメージが入って来るから、そのイメージをいかに早く固めて発動させつつ威力を調整できるかが大事。

 発動する時に決まった名称を言う必要は無く、無詠唱でも発動するわ。でもフレンドリーファイアを防ぐのと、やっぱりイメージしやすい言葉で発声すると発動も早いし威力もあるのよね。


 初級魔法の火矢もそうだけどイメージと魔力値によって複数発現させる事ができるし、器用さの数値によりある程度操作する事もできる。

 中級魔法の炎槍はまだ全く操作できないけど、今は手数を増やしていかないと行けないからそれを優先させる。同じ等級の魔法書を使える魔法使い同士が戦ったら、イメージが早い方と魔力値が高い方が有利だしね。

 私もこのままランクが上がって行けば、いつか犯罪を犯した元探索者と戦うことになるかもしれない。その時に後悔しないようにしないと。


「なるほど日本人だからなんでしょうね。慣れ親しんだ言語の方がイメージしやすいと言う理屈は分かります」


「そうなのかもしれないわね。フレイムウォールとか言うより炎壁て言った方が早いし、イメージしやすいもの」


「確かに戦闘中は早く発動するに越した事ないですからね。なるほど」


 そんないつもと変わらない会話をしながら私達は横浜へ行く準備をするのだった。

 ああ憂鬱だわ……




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