睡魔法使いと渓谷の竜

真摯夜紳士

睡魔法使いと渓谷の竜

 とある田舎町の宿場。普段なら旅人を休ませる憩いの宿だが、今日ばかりは様子が違った。


 一階の広間を埋め尽くす、眉根を寄せた若者と老人。その土に汚れた身なりから、農村の者だということが分かる。男達は皆、重苦しい雰囲気を漂わせていた。


 彼等は口々に「いくらなんでも早すぎる」、「どうしたらいいんだ」などと弱音をらしている。それをさえぎったのは――中心に居た、よわい六十は超えている、老い枯れた村長だ。


「皆の衆……夜分遅くに、すまんな」


 短い白髭をなで、どこかうつむいた人々に声を掛ける。


「こうして集まってもらったのは他でもない、渓谷の竜についてじゃ」


 竜――その禍々しい響きに、村人の何人かは顔を青くした。


「知っての通り昨日、村の羊が渓谷の竜に襲われおった。このままじゃと、また腹を空かせて襲ってくるかもしれん」


 傷心した長の声に、村一番の大男が荒々しく立ち上がる。短く刈り上げた赤髪に、堀が深い強面。もし脅されでもしたなら、大抵の人間は勝ち目の無さを悟るだろう。彼は低い声を猛らせて言う。


「あいつが目を覚ますのは、もっと先じゃなかったのか! 本当に伝承は正しいんだろうな!」

「間違いないわい、ロドスや。儂も真っ先に伝承を確認したわい。本来なら、あと十数年は目覚めんはずじゃった」

「話が違ぇじゃねぇか、どういうことだ!」

「儂にも分からん。しかし何も手を打たんままでは、村は滅びるというだけじゃ」


 ぐっ、と押し黙るロドス。彼は拳を作り、それを震わせることしか出来なかった。


「それじゃあ、どうするんですか?」と横から入ったのは、利発そうな若者。

「ふむ。伝承の通り、村の外れに生贄の羊を置いておくしかないかの」

「村の貴重な家畜を……タダでくれてやると。奴のされるがまま、いつまでも?」


 静かに憤る若者に、村長は深く息を吐いた。


「ラバナ、お主らの世代は知らんじゃろうが、渓谷の竜は人の手でどうにかなるものではない。その眼光ににらまれれば体は動かなくなり、鋭い爪に裂かれようものなら骨ごと刈り取られるじゃろう。かつて、村を総出で戦いに挑んだが、紫根色しこんいろの硬いうろこには傷一つ付かんかった」


 ごくりと、誰かの喉仏が上下する。


「竜の気を村へ向けない為にも、生贄は必要なんじゃ……辛いじゃろうが、分かってくれ」


 遠くに雷鳴が聞こえ始める。雨脚は次第に激しさを増していき、隙間風がカンテラを揺らした。


「降ってきおったか」と村長は頃合いを見計らい「明日、早速じゃが村外れに生贄の羊を置きに行く。誰か手を貸してはくれんか?」


 しかし誰の手も上がらない。

 大切に育てた羊を捨てる苦悩。竜に襲われるかもしれない恐怖心。そして行き場のない怒り。どうにもならない感情が渦を巻くだけで、刻々と時間だけが過ぎていく。


 そんな皆々が口を閉ざしていた折――宿屋の扉が、開かれた。


「ごめんください。泊まりたいんだけど」


 びしょ濡れになった土色のローブに身を包み、一人の男が入ってきた。あっという間に彼は村人達の視線に晒される。


「……なんか、取り込み中?」

「おう、悪いな。今日は店じまいだ、他を当たってくれないか」


 と、割って入ったのは大男のロドス。威圧的な有無を言わせない口調でもって、ローブの男に詰め寄った。

 だがローブの男は気にする素振りもなく、呑気に頬をポリポリといている。


「じゃ、他の宿屋がどこにあるのかだけでも教えてくれないか?」

「この辺りには無いな。道なりに別の村へ行くか、野宿でもしてくれ」

「こんな土砂降りに? そりゃあ酷いんじゃねぇか?」

「……運が無かったってことだろ、お前も」


 ロドスは舌打ちして、村の人々を見た。運が無い――そう片付けることしか出来ない理不尽さに、下を向いている面々。


「厄介事か?」

「お前には関係ないな。どうにかなる問題でもない。ここに王都の騎士団でも居れば、話は別だがな」

「まあ話だけでも聞かせてみろよ。何かの討伐だってんなら、力になれるかもしれないし。ってか、そいつが解決すれば宿にも泊まれるんだろ」


 気軽に放った一言に、ロドスは顔を歪めた。ローブ男の胸ぐらを掴み、勢いよく持ち上げる。

 その拍子で旅人の頭に掛かったフードが、めくれ上がった。


 水色の癖っ毛、眠たそうな半目は透き通るように青い。年の頃は十代後半から二十歳そこらだろうか。


「へ、おっかねぇ」と、旅人は口角を上げて呟く。


 未だ余裕そうな男に、ロドスは殴り掛かりそうな形相で睨んだ。


「出て行け」


 これが最後だと言わんばかりの強い口調。

 だが、あろうことか――旅人は後ろ手に髪をいて、あくびをした。


「ふざけやがって……ッ!」


 ロドスの振り上げた拳が降ろされるまでの間――ローブの男が何かを口走った矢先、眼前まで迫った拳が止まる。


「に……にゃに、しやがった……へめぇ」

「なにって、眠ってもらっただけだ。暴力反対。一応、手加減はしておいたぜ」

「ん、だとぉ」


 まるで操り人形の糸を切ったかのように、大男が音を立てて倒れた。さらりと身を躱すローブ姿の旅人。

 それを見て呆気にとられる村の人々。怯えて声を震わせながら、村長は男に尋ねた。


「お主は……一体、何者なんじゃ?」


 今にも寝そうなローブの男は、あくび混じりに、こう名乗った。


「ネムイ=ネロ。睡魔法使いの、しがない旅人さ」



▼△▼△



 夜も更けた寝室。三つの影が明りによって壁まで伸びている。


「というわけで、渓谷の竜に生贄を捧げなければ、村の存亡に関わるのじゃが……お主、聞いておるのか?」

「んあ? ああ、聞いてる聞いてる。要するに竜退治だろ」

「なんも聞いとらんじゃないか! そんな恐れ多いこと、出来るはずもないわい!」

「いちいち怒鳴るなよ。うとうとしてきたのに」

「だから寝るんじゃないと、さっきから……!」


「まあまあ父さん、ここは僕が代わりますよ」と横から入ったのは、ラバナと呼ばれた青年だ。翡翠ひすい色の長い前髪を左右に分け、くつろいだネロの前に座る。


「ラバナ、お主は頭が回るからの。後のことは任せて良いな」

「上手いこと交渉してみます。では早速、ネロさんと二人きりにさせてもらっても?」

「頼んだぞ」と頷くと、村長は宿屋の個室から出て行った。


 その一部始終を見て、ネロは半目を擦った。


「本人を前にして交渉とはね。俺も舐められたもんだ」

「……とりあえずネロさん、寝転ばずに座ってもらってもいいですか。これでも村の一大事なので」


 冷めた視線を送るラバナ。ネロは横向きで寝たまま、とろんとした瞳を返した。


「このままじゃダメ?」

「ダメです。寝ている間に外へ放り出されても良いなら、お好きなように」

「……中々、交渉上手じゃないか」とネロは緩やかに体を起こした。


 ラバナは気を取り直して咳払いし、猫背のネロを正面から見据えた。


「ネロさんが相手を眠らせる――睡魔法使いだということは分かりました。あのロドスに対して本気でなかったのも。それを承知で訊きますが、竜を眠らせた経験はありますか?」

「無いな。そもそも竜自体が珍しいだろ。一年ばかし旅したが、遭遇したことすら無かったな」


 竜は他の魔物と比べると希少であり、縄張り意識が高く、人の目に触れる機会も限られている。

 カンテラの炎が揺らめく中、ラバナは静かに切り出した。


「それでも勝算はあるのですか」

「まあな。生きてる奴なら、神様だって眠らせるぜ。一宿一飯の恩だしな」

「食事まで要求するつもりでしたか。いえ、この際、村の羊をくれてやるくらいなら安いものでしょうね」

「……畜産っての、あんまり詳しくないんだが、そんなに大事なものなのか?」

「この村にとって羊は家族と同じですよ。僕達を生かし、そして活かしてくれる。このロウソクも羊の油から作ったものですし、寝床も羊毛を使い、商人との物々交換にも用いります。明日ネロさんが口にする朝食も、羊があればこそですよ」

「なるほどな」ネロは温かい布団を撫で「そいつは重要だ」と気の抜けた声を出した。


「村の伝承によれば、渓谷の竜は一所に留まっているのだそうです。父さ――村長に聞いて、大よその居場所も割れています。谷を下った川合の洞窟に潜んでいるとのことです。長寿故に一度眠れば深く、十数年は目覚めない、はずでした」

「どうして起きたんだろうな」

「分かりません。人が立ち寄るような場所ではありませんし、動物でしたら近付こうともしないでしょう」

「考えても仕方ない、か。そんな奴が居るんなら、王都にでも討伐要請しなかったのか?」

「とっくにしていますよ。書面でも、足を運んでも。ですが、いかんせん報酬が足りず互助組合アルチの方でも断られました」


 王都のアルチであれば手練の人間も居るのだろうが、全ては報酬次第だ。ましてや竜などという希少種相手に名乗り出る輩は、よっぽどの強者か頭の可笑しい道化か、お人好しだけだろう。


「で、俺は睡魔法を使うだけでいいんだな」

「ええ、ネロさんは竜を眠らせることにだけ集中してください。あとは、僕とロドスが何とかします」

「……そうかい」


 ラバナの意を決した思いに当てられたのか、ネロは早寝を決め込んだ。



▼△▼△



 翌朝――ミノムシのように布団から出ようとしないネロを叩き起こし、ラバナとロドスを含めた三人は村の前に集まった。昨晩の雨とは打って変わり、どこまでも晴れ渡る青空。しきりに眠たそうに目を擦るネロに、ロドスは舌打ちを繰り返していた。


「役に立つんだろうな、そいつは」

「まあまあ、ロドスも身を持って知っているでしょう。無詠唱ですら人を眠らせる魔法ですよ。少なくとも農作業用のクワや鎌が武器の僕達よりかは、頼りになるはずですが」

「ふん、どうだかな」

「さ、立ち話をしているとネロさんが寝そうです。行きましょう」

「……ちっ、おら行くぞ!」


 うつらうつらとしているネロの背を押し、彼等は旅立った。

 先導を務めるのは、村長から道順を教わっているラバナ。次いでネロが追いかけ、しんがりは大男のロドスだ。竜を眠らせるだけなので、少数精鋭として村の若者から選ばれた。もしも失敗した際は、体力のない魔法使いを置いてでも戻ってくるよう、ラバナとロドスは言い含められていた。


 牧歌的な平原を抜け、山道を下り、せせらぐ川面へ。

 無数の小岩が転がり、ぬかるんだ道に湿度の高い空気。鬱蒼うっそうとした緑を仰ぎ見ながら、ネロの息は上がっていく。道中には、無残に食い散らかした獣の残滓ざんしが捨てられていた。その都度に顔をしかめているものの、村の二人は平然と歩んでいる。


「ネロさん。大分お疲れのようですが、休憩を挟みますか?」

「よせラバナ、俺達が休んでる間にも竜が腹を減らして、飛び立つかもしれねぇ」

「……あー、俺なら平気。山道は久し振りだったんで、足を取られてるだけだ」

「だとよ、余計な心配をしちまったな。ラバナでも音を上げてないんだ。こいつが貧弱すぎるだけだろ」


 ロドスは鼻で笑ったが、特に気にした素振りもなくネロは足を動かすだけだった。ラバナは大きく肩をすくめる。


「あなたは知らないでしょうが、魔法は精神力がかなめなのですよ。そして精神は肉体にも影響します。下手に疲れて本番でトチられては、本末転倒だと思いませんか」

「なら休憩は洞窟に着いてからだ。奴の姿を確認してからでも遅くはねぇだろ」

「……ロドスにしては機転の利いた答えですね」

「馬鹿にしてんのか、お前は!」

「お二人さん、仲が良いのは分かったから、静かにしといてくれ。勘付かれたら終わりなんだろ」

「あっ――し、失礼しました」

「ふん、分かってるよ」


 そう、この作戦の狙いは奇襲にこそある。出会い頭にネロの睡魔法により、竜を問答無用で眠らせる。単純で効果的、それ故にミスが許されない。誰の目にも付かない洞窟内で寝かせなければ、また何かの拍子に起きてしまうからだ。


「そろそろ川下りも仕舞いですね。あそこです」


 ラバナの言葉通り、広がった河道に一つだけ開けた横穴が見えてくる。大きな山々に挟まれた渓谷の川は、昨日の雨の所為か流れが急だった。普段は透き通る水も泥色に塗れ、大木すら下流へ運んでいく。

 その様子を目にして、一同は喉を鳴らした。


「どうする。泳いで洞窟に辿り着けるか、山伝いを行くか。お前が決めてくれ、ラバナ」

「そうですね……実は、もっと良い経路があります。付いて来てください」


 そう言うとラバナは獣道の方へ足を向けた。ネロとロドスは互いに首をかしげたが、後を追うしかない。ここで見失えば遭難に等しい。竜の住処を知っているのは、ラバナしか居ないのだから。


 入り組んだ道を止まることなく進むと、後ろ手でラバナは合図した。音を立てずに、近くまで来いという。

 二人はラバナと同じく屈んで、茂みの方へ這い寄った。


「声を上げずに、見てください」

「――っ!」


 顔を覗かせ視界に映ったのは、円形状に広がった大穴。辺りに木が生えていないのも手伝って、青空の光りが洞窟内を隅々まで照らしている。

 ここは、竜の寝床の真上だった。


「運がいい……奴が居ますね」


 二足の濃い紫に彩られた巨体。鱗の一つひとつが鋭く尖っており、大きな翼は内側にたたまれている。胴体と同じ長さの尻尾を丸め、その身を休めていた。

 紛れもない、生きた飛竜。


 流石のネロも、いつもの半目を見開いている。山道を歩いた疲労など吹き飛んだ。

 これから相対す希少種。


「あいつが」

「ええ、奴が」

「渓谷の竜、か」


 三人はたたずむ竜の背を見ただけで、おののいていた。



▼△▼△



「……ネロさん、率直に訊きます。この距離からでも睡魔法は効きますか?」

「正直、分からないな。あれだけの大物は、俺も眠らせたことがない。近いほど効果が増すってのは間違いないが」

「ふざけんな、あんなのと戦うのは御免だぞ」

「そうは言ってないだろ。少しの間、気を引くだけでも十分だ。第一、奴と勝負になるとは思えない」


 人など軽く飲み込めるだろう開口部には、血に濡れた牙が並んでいる。あれに一噛みされただけでも致命傷は免れない。


「では僕達が洞窟内に降りるまで、睡魔法で動きを止めるのは?」

「俺の睡魔法は、相手の聴覚器官に訴えるもんだ。鈍らせこそすれ、まず気付かれるだろうな」

「やっぱり役に立たないじゃねえか……!」

「落ち着いてくださいロドス。要するに僕達で気を引いて、ネロさんが睡魔法を叩き込む、それだけの話です」

「気を引くったってなぁ」

「これを使います」


 ラバナが取り出したのは、布の袋だった。中には河原で手にした石が詰め込まれている。


「僕が洞窟の奥に投げ込み、竜が気を向けた時に背後から降りる。さらに竜が振り返ったところで、ネロさんが背中に飛び乗って、至近距離で睡魔法を放つ……どうですか」

「いや無理。どうですか、じゃないって」

「お前、俺達は普通の村人なんだぞ? そんな上手いこといくわけが」

「これ以外に方法はありません。いきますよ」

「ちょっ、ば――」


 ロドスの制止も聞かずに、ひゅんひゅんと紐に括り付けられた袋を回し、ラバナは遠心力を乗せて投げ入れた。

 カンッ、という音が洞窟内に響き渡り、竜の瞳が開かれる。蛇のような軌道を描いて首も反応した。わずかに羽ばたかせただけで穴から風が舞い上がる。渓谷の竜は体を起こし、音のした方へと歩を進めた。


「今です、ロドス!」

「い、嫌だ。冗談じゃない。ひひ、一人で行ってくれぇ!」


 あれだけ勇ましかった大男の膝は震え、地面に手を付いている。目元は潤んで眉は下がり、歯はカチカチと音を鳴らしていた。


「っ、わかりました……それでも、僕は行きます。でないと」


 ラバナはネロを横目に見て、持ってきたクワに縄を巻き、木の幹へと引っ掛ける。感触を確かめて、反対側の縄を穴底に垂れ流した。


「ネロさん、頼みましたよ」

「………………」


 ネロは返事が出来なかった。初めて竜と対峙し、恐怖したからではない。

 ラバナの何が、そうさせているのか。場違いにも、そんなことを考えていた。


 大切な羊の為? それもある。

 生まれ育った村の為? 間違ってはいない。


 もしかして――自分の為に?


「こっちだ、渓谷の竜! 今日こそ決着をつけてやる!」


 その一言で、全てが繋がった。


「馬鹿野郎が……!」


 ネロは憤り、魔力を練る。その源は内と外。器は己自身。

 外来源マナは扱いを間違えれば、体を結晶化させてしまう恐ろしい力。しかし竜を眠らせるともなれば、それに頼らざるを得なかった。


 睡魔法の元は眠術みんじゅつの派生。それは何も、相手だけに効果があるものではない。一時的に器の容量を広げることも、可能なのだ。


 ネロはかせを外していく。並の魔法使いであれば安全弁セーフティーが働くべきところも、催眠術により解除。内側の魔力を混ぜ込み、残った体力すら変換させる。

 そして腰から一本の杖を引き抜き、指先で一回転。道端で拾ったような木の棒だったが、ネロにとっては魔術を行使する上で欠かせない媒体ばいたいだ。


 魔力は魔術を経て魔法へと至る。

 その工程を、ネロは個人としては大規模なまでに繰り広げていた。


 突如として耳をつんざく咆哮ほうこう。それは渓谷の竜がラバナに気付いた証だった。地響きと共に迫りくる怪物、開かれた瞳孔どうこうに睨まれ、壁を背にしたラバナは……死を覚悟した。

 まるで、そうすることが贖罪しょくざいであるかのように。

 猛り狂った竜の牙が、接近する。


 しかし――それを阻んだのは、空から舞い降りた一つの影だった。


「いい加減に、眠りやがれぇええええええッ!!」


 睡魔法使いは、渾身の力で杖を振り下ろした。それが竜の頭部に当たると、勢いのまま壁に衝突する。

 その震動は、洞窟どころか森の木々すらざわめかせた。



▼△▼△



 生きているのか、死んでしまったのか。ラバナには何一つ分からない。感覚が麻痺してしまったのか、痛みもしなかった。

 薄っすらと目を開ける。眩しい日差しは、空から降り注いでいた。


「よぉ、生きてるか」


 すっとロドスの強面が映る。


「……僕は、食われたんじゃ」

「間一髪だったんだぜ、お前。竜の開いた口が壁にぶつかって、助かってた。気絶してたんだ、覚えてるわけねぇな」

「竜……そうだ、渓谷の竜は!?」

「気持ち良さそうに寝てるぜ。ありゃあ、当分は起きないだろうな。誰かさんみたいによ」


 ロドスが親指を向けた先には、ラバナと同じようにネロが横たわっていた。胸を上下させ、いびきまで聞こえてくる。


「大した奴だ。一発で竜を沈めちまいやがった。何者なんだろうな、あいつは」

「どうでしょうね。王都の専属魔法使いか、魔術都市の偉い人かもしれませんね」

「あのミノムシがか?」

「いえ、それは無さそうですね」


 二人はネロが落ちているの良いことに、笑い合った。張り詰めた緊張も解れ、腹の底から。

 それが収まると、ロドスは肩を回して、ネロを背負った。


「村長には黙っといてやるよ。お前が渓谷の竜を起こしたのはな」

「……気付いてましたか」

「やけに道に詳しかったからな。どうせ興味本位か事故なんだろ。お前らしくもない」

「早っていたのかもしれません。村長の、父さんの後を継ぐことになると知って」

「そういうのが、らしくないってんだ。お前は頭がいいのに馬鹿だな。頼れよ、村の連中に。今度こそは、俺も力を貸すからよ」

「……ええ、そうします。ありがとう、ロドス」

「よせ、小っ恥ずかしい」ロドスは鼻先を掻いて「んで、こいつはどうするよ」と背中を揺すった。


 ラバナは少し考えて、夢見る睡魔法使いに語りかけた。


「ネロさんには……そうですね、誠心誠意の一宿一飯で、お返ししようと思います。羊でも数えてあげながら」

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