外伝其の五ノ二(男性サイド)
部屋に響きわたる頬を手で打つ音。
男は女の頬を手で打ち、女は声を荒げていた。
「叩かなくてもいいじゃない!」
世界が変わっていく中、男は女に人外だと告げられた。
婚約までして結婚式間近だった。
そういうのがいるとニュースなどで知り受け入れつつも、いざ目の前にすると混乱して、何が何だかわからないまま感情に身を任せ手をあげてしまった。
男の前から駆け出しその身一つで女は駆け出した。
男は呆然と立ち尽くし見送るしかなかった。
気持の高ぶりが収まってくると思考が戻ってきた。
男は過去を振り返り女との出会い、生活の日々を思い出す。
今思えば、最初から言動もなにかおかしかった気もする。
人間界のことをほとんど知らず、見るものに驚いていた。
ふと、男は悲しいみに明け暮れていたはずなのに思い出せば思い出すほど顔がほころんで心が温かくなっていることに気付いた。
「怖いことなんてなに一つなかった・・・。」
家を飛び出し、出会った場所、一緒に行った場所を時間をかけて巡り探した。
部屋にメモを残し、いつ帰ってきてもいいようにドアにはカギをかけず、めんどくさがり屋で不器用ながらもご飯を用意していつ帰ってきてもいいようにしていた。
だが、見つけることができず、帰ってきた形跡もなかった。
「無事でいてくれ。」
一瞬、身投げをしてしたんじゃないかと脳裏によぎったが無事を願った。
インターネット、SNSにも情報が流れてないかも調べた。
すると、一つの電話番号を見つけた瞬間に胸騒ぎがした。
それは秀耶たちが運営している保護施設の電話番号だった。
家を飛び出てから七日目の夜であった。
一つの希望を託し電話をかけた。
数回しか鳴っていないのに時間がすごい長く感じていた。
「はい。」
後片付けで一人残っていた秀耶が電話に出た。
そんなことを知らない男は尋ねた。
「半妖を保護してる施設ってここですか?相談したいことがあって電話したんです。」
「悪いんだけどその質問も含めて答えられないよ。私だったらそう答えるかな。不用意に危険にさらすわけにはいかないからね。」
「ですよね。答えなくてもいいです。聞いていただけますか?」
「聞くだけでいいなら・・・。」
「彼女と婚約して結婚するところだったんです。でも、七日前に喧嘩・・・、いえ、違いますね。自分が半妖であることを僕に告げたんです。」
男は一瞬、言葉に詰まる。
「それで、混乱した僕はビクビクしながら勇気を出して話してくれた彼女を訳の分からないまま引っぱたいてしまって、泣きながらその身一つで飛び出ていったんです。」
「感情に身を任せてしまったわけだな。」
返事が返ってきたことに驚いたが話を続けた。
「はい、恥ずかしながら。連絡の取りようもなく一緒に行ったことのある場所は探したのですがどこにもいなくて・・・。」
「でも、お腹空かせて帰ってくるかなと思ってできないながらも毎日ご飯作って、こういう時にみんな何処に行くのか調べてたら不図にそちらの電話番号が目に入ってかけたんです。それでダメもとで電話したんです・・・。」
「探すためだけじゃなかったんじゃない?」
秀耶は口を挟む。
「はい、気持も落ち着いて考えました。最初はビックリしたけどやっぱり好きなんです。姿は変わっても好きな人に変わりはない。なのに酷く傷をつけてしまって・・・。もしかしたらもうこの世にはいないのかもしれないとも思いました。それで、せめてもの罪滅ぼしでお手伝いをさせてもらえないかと思ったんです。」
「なるほどね。」
しばし秀耶は考え込む。
「明日、死の山まで行きな。境界線が引いてあるから午前十時ちょうどに跨げ。軽いめまいがするかもしれないけどすぐにおさまる。あとは道なりに進め。」
「明日、十時、一秒早くても遅くてもだめだ。必ず一人でな。一時間も進んで何にもたどり着かなかったら縁がなかったと思いな。」
「!!」
男は驚いた。
「必ず!」
そっと電話が切れる音がして大急ぎで準備をした。
場所を調べると始発では間に合いそうになかった。
「終電・・・。まだ間に合う!!」
スマホと財布、バッテリーを片手に家を飛び出した。
電車で移動中も情報を集め続けた。
死の山の近づくにつれ交通は少なくなり、しまいには歩きはじめた。
「運動不足が祟るな。」
おそらく最後であろう自販機でスポーツドリンクを一本買って歩き続けた。
付近まで到着したはず・・・。
しかし、見渡す限り山には人が通るような道が見当たらない。
ふと、『境界線、道なりに進め』という言葉を思い出した。
「もしかして、今は道がない?時間が重要なのか?」
何か目印がないか探して歩き回りはじめる。
歩いて通れそうは道も片っ端から探した。
そのうち歩き疲れて座り込み夜空を眺めた。
「同じ空を見てるかな。」
「もし。」
ふと違和感に気付いた瞬間に声をかけられ驚いた。
「ひっ!」
心拍数が跳ね上がり倒れそうになる。
「驚かせてすまんね。悪いことは言わねぇ。迷い込んだ者の無事を見たことがない。」
ハッと男は我に返った。
「つまり、入ったのは見たことがあるのか!」
おそらくはこの地に古くから住んでいる者だと察し、肩を掴み揺さぶった。
「痛い!話すから離してくれよ!」
「す、すまん。つい興奮して・・・。そこへ案内してほしい。」
男の真剣な眼差しに老人は圧倒された。
「場所だけなら教えよう。近づいて巻き込まれたくない。」
「助かります。」
男は深く頭を下げた。
老人に案内されその場所へたどり着いた。
「ここだ。今では祭事もなくなったから誰も入ってないが、その日だけ道が現れるんだ。」
「ありがとうございます。」
「寒かろう。山の夜は冷える。」
軽装を見かね、冷えるからと頂いたミノをその身に纏い座り込む。
同じ空を見てればいいなと見上げて過ごしていると夜明けになり、鳥のさえずりと共に日が上りはじめるとずっと感じていた違和感の正体に気付いた。
何もなかったはずの空に羽ばたいている鳥がいるのが目に飛び込んできた。
「あれ、どこから?」
体勢を変えながら、よく目を凝らすと僅かにズレている草木などが目に飛び込んできた。
「目印があるわけじゃないのか。これが境界線・・・。どこでもよかったわけか。」
この山自体が結界に覆われて本来の姿を見せることなく偽りを見せられていたのだと男は理解した。
最後のおにぎりの封を開けてお腹におさめ時間に備えた。
男は一人で時計と睨めっこをしてその時を待った。
「さて、時間か。」
十時になり言葉通りに男は足を踏み入れるとめまいに襲われ、ふらつき地面に膝をついた。
「居たら連れて帰るんだ。」
まだ感覚も戻っていないのに立ち上がり木々を伝いながらブツブツと呟き道を進んでいった。
途中、険しい山道に阻まれ、怪我をしながらも一つの家に辿り着いた。
「ここか?」
そうであってほしいと願いながら呼び鈴を鳴らした。
ドアが開くと一人の秀耶が待ち構えていた。
「電話をくれたのは君かい?」
鋭い視線を男に浴びせ危険性がないか秀耶は確認した。
「君が危険じゃないとという保証はない。一部の者は避難させてもらってるよ。」
「はい。」
「施設を案内する前に怪我の手当てはしよう。今一度、話をじっくりと聞かせてもらおうか。」
リビングで応急処置を済ますと秀耶は話を聞きながら面談室へ向かいはじめた。
すると一つの面談室のドア開いて、惠末と女が出てきた。
「(しまった!)」
外敵に備えて気配を遮断し、時間で行動していた。
一瞬、ピリッとっした空気になるが男女がお互いの顔を見た瞬間に解ける。
お互い見知った顔に驚いていた。
「知り合い?」
惠末と秀耶はハモり、
「いま話した・・・。」
男と女も言葉が重なり、涙を浮かべながら歩み寄る。
「生きててよかった。」
「会いたかった。」
抱きしめあい涙をながす。それ以上の言葉はいらなかった。
「雨降って地固まるか。ちょうど後継者も見つかったようだね惠末。」
「うん、この二人なら問題なさそうね。」
施設、未来を託すことになる男女の再会であった。
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