外伝其の五ノ一(女性サイド)
部屋に響きわたる頬を手で打つ音。
女は声を荒げていた。
「叩かなくてもいいじゃない!」
世界が変わっていく中、半妖である女は決心し男に人外だと告げた。
二人と同じように分かり合えることを願って・・・。
次の瞬間、その願いは儚く砕け散った。
男は女を責め立て、湧き上がる一時(いっとき)の感情で頬を叩かれたのであった。
女は嫌われ傷つく覚悟をしていたが、やはり傷つき悲しさのあまりその身一つで外へ飛び出した。
神界へ戻ることもできず、あてもなく街中を彷徨った。
そんな中、自分と同じように傷ついた者が集っている場所があると耳にした。
噂を頼りに山へ向かったが肝心な場所の詳細がわからない。
山の中を彷徨い歩く。空腹も限界を超えて意識が遠のいてきた。
女は意識がなくなる前、脳裏に男のことがよぎった。
「めんどくさがり屋だからちゃんとやってるかな・・・。」
家を飛び出て七日目の出来事である。
ついに力尽き倒れたところへ、惠末と秀耶と動物が通りかかる。
「ねえ、あそこ!」
事件は収束し騒ぎは収まりつつあるが、同じ世界での生活を良しとせず牙を剥いてくる者は少なからずいた。
念のため、用心して近づいて調べる。
「外傷は特になし。行き倒れかな?連れて帰るぞ!」
「は~い。」
秀耶が背負うと惠末が女の顔についた土を尻尾を使って丁寧に払う。
「めんこい子じゃな。心に傷を負っているようね。」
「指輪の跡があるな。正体を晒してってとこかな。」
「これも何かの縁。」
「だな。先に帰って湯の支度をしておいてくれ。」
「はーい!帰るまで沸かしとくね!」
勢いよく駆け出しあっという間に姿が見えなくなる。
「さ、みんなはもう少し散策を頼むよ。一人でも多く助けたい。いなかったらそのまま解散な。」
動物たちに声をかけて自分も家へ急いだ。
近くまで戻ると惠末が外へ出ているのが見えた。
「沸いてるぞーーー!」
一際大きい声が聞こえてきた。
小さく手を振りながら家に戻ってゆく。
「ただいま。」
家に戻ると惠末と一緒に階段を降りる。
「おかえり。」
「おっかえりー。」
「新しい子?」
保護して暮らしている子達も出迎えに出てくる。
「ただいま。」
顔を見渡し変わった様子がないか確認する。
「惠末はいいな〜。こんな人と巡り逢えて。」
傷が癒えたように見えても戻ることができず、そのまま残り施設を手伝う子達も少なからずいた。
「ばかなこと言ってないで手伝ってちょうだい。身体拭いて着替えさせなきゃいけないんだから。」
「じゃあお湯を運んでくる。」
「私は着替え〜。Mでいいかな?」
「たぶん大丈夫よ〜。」
惠末は襟元をひっくり返しタグのサイズを確認する。
「女の子のなんだから、秀耶はそろそろ部屋から出る!」
惠末から叱責が飛んできた。
「はいはい、退散しますよー。残りは夕飯作りを手伝ってくれるかな。」
今では家族同然になった子達とキッチンへ向かう。
「じゃがい、人参もあるし今日はシチューにしようか。」
「やった!久しぶりー!」
「目覚めたら出迎えてあげないといけないしね。」
「はーい。」
道具を取り出しながら役割分担を考える。
「じゃがいも、ニンジン、肉は任せたよ。」
秀耶は鍋を手に取りホワイトソースを作りはじめた。
小麦粉をふるいにかけダマをなくしていく。
それを終えると、冷蔵庫から出しておいたバターと小麦粉を鍋に入れてから弱火で加熱をはじめる。
ヘラで焦がさないように注意しながら溶けていくバターと混ぜて練っていく。
色が茶色くなってきたら牛乳を少しずつ入れはじめ、シチュー用にのばしていく。
その間にも包丁で野菜を切る音が聞こえたが、みんなのワイワイする声でかき消されていった。
「下ごしらえできた~?怪我はしてない?」
「お肉もじきにすぐ焼けるよ~。」
動物から神格化した者も多く肉は身体を構成するための立派なタンパク源。
命尽きた野生動物を供養も兼ねて食していた。生命の循環である。
「じゃあ、野菜はもらうね。」
鍋へ煮崩れを防ぐため焼いた野菜を加えていく。
すると真っ白だった鍋がとたんに賑やかになる。
「お肉もいくよ~。」
フライパンを持ってきて肉を鍋に入れてくれた。
あとは野菜に火が通ったら完成である。
「お皿とスプーンを出しといて。」
その間にバゲットを切り分け、トースターで温めていく。
「ん~、いい香り。」
「おっ、みんなおつかれさま。様子はどおかな?」
「まだ目は覚めないわね。脈も呼吸も正常だから目が覚めるとは思うんだけど・・・。」
「んじゃま、お先にいただきますか。」
バゲットも焼き上がり食卓へ運ぶのを手伝ってもらう。
食卓を見渡し、全員いることを確認する。
「では、いただきます!」
感謝を言葉にして食しはじめた。
食事を摂り終え、食後のお茶を静かに飲んでいると視線を感じた。
視線の元を確認すると連れて帰ってきた子が少し開けた扉の隙間から覗いていた。
「やあ、おはよう。」
その言葉で静まり返り視線が扉に集まる。
すぅーっと閉まっていく扉。
「惠末、お願い。」
すっと立ち上がりと扉を開けて耳と尻尾を出しながら手を握る。
「おはよう。何を探して山を彷徨ってたの?」
「半妖が集まってる場所があるって聞いて・・・。」
惠末が振り向くと秀耶は頷く。
「いらっしゃい。ここがそうよ。」
女はテレビで見た顔、声を思い出すと泣きじゃくりながら抱きついた。
「私たちも最初はあーだったのよね。」
安心し感情を表に出した姿に皆が微笑む。
感情の高まりが落ち着いてくると女は話し出した。
「婚約までしてた彼に正体を告げたの。あなたたちと同じようになりたかった・・・。」
「よく決心したわ。好きな人に隠したままって辛いものね。」
その手で頭を軽くなでる。
「はじめてなのになんだか安心する。」
するとかわいらしいお腹の音が聞こえてきた。
女は恥ずかしくなり顔を真っ赤にした。
「とりあえず飯でも食うか?」
秀耶はタイミングよくシチューとスプーンを渡した。
「あったかい。何日ぶりだろう。」
ほろりと頬を伝う涙。
「めんどくさがり屋だからちゃんとご飯食べてるかな。」
傷ついたのにも関わらず、今も男のことを思っていた。
「そうすぐには忘れられないわよね。」
「うん・・・。」
時たま涙を流しつつも一皿を完食した。
「細かい話は明日するからお風呂でも入ってゆっくりやすんでな。惠末、みんな、あとは頼んだよ。」
後片付けをしていると珍しく電話が鳴る。
「はい、もしもし。」
「半妖を保護してる施設ってここですか?相談したいことがあって電話したんです。」
声の主は若い男だった。
「悪いんだけど、その質問も含めて答えられないよ。私だったらそう答えるかな。不用意に危険にさらすわけにはいかないからね。」
「ですよね。答えなくてもいいです。聞いていただけますか?」
「聞くだけでいいなら・・・。」
「彼女と婚約して結婚するところだったんです。でも、七日前に喧嘩・・・、いえ、違いますね。自分が半妖であることを僕に告げたんです。」
日時が告示すると思いつつも秀耶は黙って話を聞き続けた。
「それで、混乱した僕はビクビクしながら勇気を出して話してくれた彼女を訳の分からないまま引っぱたいてしまって、泣きながらその身一つで飛び出ていったんです。」
「感情に身を任せてしまったわけだな。」
「はい、恥ずかしながら。連絡の取りようもなく一緒に行ったことのある場所は探したのですがどこにもいなくて・・・。」
「でも、お腹空かせて帰ってくるかなと思ってできないながらも毎日ご飯作って、こういう時にみんな何処に行くのか調べてたら不図にそちらの電話番号が目に入ってかけたんです。それで電話したんです・・・。」
「探すためだけじゃなかったんじゃない?」
秀耶は口を挟む。
「はい、感情の塊も落ち着いて考えました。最初はビックリしたけどやっぱり好きなんです。姿は変わっても好きな人に変わりはない。なのに酷く傷をつけてしまって・・・。もしかしたらもうこの世にはいないのかもしれないとも思いました。それで、せめてもの罪滅ぼしでお手伝いをさせてもらえないかと思ったんです。」
「なるほどね。」
しばし秀耶は考え込む。
「明日、死の山まで行きな。境界線があるから午前十時ちょうどに跨げ。軽いめまいがするかもしれないけどすぐにおさまる。あとは道なりに進め。」
「明日、十時、一秒早くても遅くてもだめだ。必ず一人でな。一時間も進んで何にもたどり着かなかったら縁がなかったと思って・・・。」
「!!」
男は驚いた。
「必ず!」
そっと秀耶は受話器を置いた。
「はぁ、甘ちゃんだな。でも、タイミングがよすぎる。まさかな・・・。」
「誰が甘ちゃんだって?」
横から惠末の顔が覗く。
「おう、どうした。」
「もう打ち解けてたから、後は皆んなに任せてきた。」
「そうか、それはよかった。さっき、久々に電話が鳴ってね・・・。」
「普通では鳴るはずのない電話がね・・・。」
「ともかく、明日、男の来客があるかもしれない。まさかとはけど・・・。」
「外敵かあの子の・・・。」
「自分のしたことを悔いてた。せめてもの罪滅ぼしがしたいってさ。」
「そう・・・。」
「まあ、私達の前で大それたことをするとは思えないけど念のため警戒はしておこうと思う。」
「賛成。」
「お風呂空いたよ〜」
「二人も入ったら〜?」
賑やかな声が近づきドア開く。
「ありがとう!」
久々の一時(ひととき)。
皆んな、気を使ってくれていた。
束の間の二人の時を過ごす。
「このところ色々とあったな。」
久々に触れる惠末の背中。
「ふふっ。」
突然、秀耶は笑う。
「どうしたの?」
「出会った時はもっと怯えてたのにな。」
「そうだっけ?」
「そ、今では頼もしい背中さ。」
惠末は振り返り秀耶の胸に手を当てる。
「上級の力で負った傷はやっぱり完全には消えないわね。」
残る刺し傷を見つめた。
「いいさ、おかげで強固な絆が生まれたわけだ。それに生き残れた。」
「その代わり、寿命も縮んじゃったけどね。」
「でもな、不安が一つ消えた。どうしても先に寿命が尽きるから、長く一人にして寂しい思いをさせてしまうなって思ってたから。」
「私もよ。先立たれて長い間、一人になって耐えられるかわからなかった。寿命の共有、今はまだ解明できない領域、尽きるまでに解明できて皆んなも幸せになれるといいね。」
絆を再確認し、久々に身体を触れ合うひと時であった。
翌朝は早く起きて念のため皆をシェルターへ避難させた
女は惠末と一緒に面談室へ。
秀耶は一人、玄関で男を待ち構える。
偵察用に鳥に偽装した式神を飛ばし様子を確認すると、男は一人で時計とにらめっこをして待ち構えていた。
遅れてはならないと急いだのだろうか、仮にも山を登るには危険な格好で見る限り携帯と財布しか持ち合わせていないようだった。
「さて、無事にたどり着けるだろうか・・・。」
十時になり言葉通り通路部分だけ結界を緩めた。
同時に男が足を踏み入れると同時に再び結界を強めた。
男はふらつき地面に膝をついた。
「居たら連れて帰る。居なくても罪滅ぼしをするんだ。」
ふらつきもあるだろうに立ち上がり木々を伝いながらブツブツと呟きながら道を進んでいった。
面談室では施設へ迎えるにあたり細かい説明が行われていた。
「改めまして、惠末です。よろしくね。」
「昨日、感じてた通りなんだけど、傷つき本当に私たちの助けが必要な人しか近づけないように結界を張ってます。さっそく皆と打ち解けてたから問題ないと思うけど喧嘩は無し。暴力に力を使うなんてもってのほかだからね。」
「はい。」
「一番大切なのこれ。辛くなった時は一人で無理をしないこと。なんでも言葉に出してちょうだい。」
説明は続き、休憩も挟み一時間半が経過した。
「それじゃあ、説明終わり。おつかれさま。皆の所へ連れてくね。」
シェルターへ向かうために惠末は面談室を出るなり秀耶と一人の男と出会ってしまった。
外敵に備えて気配を遮断し、時間で行動していた。
一瞬、ピリッとっした空気になるが男女がお互いの顔を見た瞬間にその空気が解ける。
お互い見知った顔に驚いていた。
「知り合い?」
惠末と秀耶はハモり、
「いま話した・・・。」
男と女も言葉が重なり、涙を浮かべながら歩み寄る。
「会いたかった。」
「生きててよかった。」
抱きしめあい涙をながす。それ以上の言葉はいらなかった。
「雨降って地固まるか。ちょうど後継者も見つかったようだね惠末。」
「うん、この二人なら問題なさそう。」
施設、未来を託すことになる男女の再会であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます