外伝其の四

「へ~これがサクラ~。」

「この下で花を見ながらご飯を食べたり、お酒を飲んで騒いだりするんだよ。元々は奈良時代に貴族がやってたんだけど、梅から桜に代わって大衆に広まるようになったんだよ。」

話を聞きながら満開の桜の下でシートを広げる惠末​。

「あれか、ちょっとしたピクニックだね!」

家から山道を延々と歩いてここまで来ていた。

「そそ、そんな感じ。」

やはり、少し肌寒いのかお弁当も並べ終えるとストールを羽織り、手を擦る。

「こっちおいで。」

左横に座らせてブランケットを一緒に膝へかけてあげる。

「あったか~い。」

ブランケットに手を入れると自然と漏れる声。

「だな。ちょっと寒かったな。」

「でもね、いいこともあったよ。」

ブラケット下の手を握ってくる。惠末​にとってもそれだけで幸せだった。

「ほら、二人ならもっとあったかい。」

惠末の無邪気さに驚きつつもちょっと恥ずかしくなる。

不意に静寂の中に二人のお腹の音が響いた。

「遠出したらお腹減ったな。」

右手を出して唐揚げを摘まみ自分の口へ運ぼうとすると視線を感じたので惠末​の口へ運んであげる。

「んふっ。」

おいしさに思わず笑みがこぼれた。

「今度は私の番、目を閉じて口開けて。」

「あ~ん。」

秀耶​が口を開けているとガサゴソとポケットからなにか取り出していた。

唐揚げかと思いきや、口の中に小さい何かが転がりこんできた。

「いいよ。」

ゆっくり噛みしめるとじわっと広がる甘酸っぱい味がしてすぐにわかった。

「鬼灯(ほおずき)くれるなんて珍しいな。」

「作ってくれたのはあなただけど、特別な日にしたいから。」

そんな些細な思いやりが嬉しくなる。

食事を終えると互いに寄りかかりながら桜を見上げる。

肌寒いとはいえ、日が差し込むと暖かくなりウトウトしていた。

「惠末、風邪引いちゃうから帰ろうか。」

「んー。」

夢の中から抜け出せないらしい。もう一度声をかけた。

「おーい。」

「おんぶ〜。」

「しょうがない、荷物は明日取りに来るか。」

おんぶすると他の荷物を置いていかなければいけなかった。

どうしたの?と言わんばかりに小動物が集まってくる。

惠末が通訳してくれないと言葉を伝えられないのがもどかしい。

「明日、取りに来るから置かせてな。」

一応、声をかけてから惠末を背負って移動を開始する。


すると、どうしたことだろう。

しばらくすると荷物が動いて後をついてくるではないか。

荷物の下を見ると皆んなが下に入ってお神輿みたいに運んでいた。

「ありがとう。助かるよ。」

言葉は伝わらなくても気持ちは伝わったらしく、鳴き声が至る所から聞こえてきた。

無事に家へたどり着き、お礼にとご飯を用意しようとするとズボンを引っ張られる。

振り返ると『そのために運んだんじゃない』と言わんばかりにみんな首を横に振っていた。

「ありがとー!何かあったら来てくれよー!」

みんなを見送ると家に静寂に包まれる。

暖炉に火を入れ、冷え切った家を暖めはじめた。

ソファーへ横にさせた惠末へ毛布をかけ、自分も毛布にくるまりもたれかかる。

こうやって横顔を眺めながら暖炉の前で過ごしたのもだいぶ前のように感じた。

以前と違うのは真っ青ではなく、ほんのりピンク色で潤った唇が目の前にあること。

惹かれて口づけをしようとしたその瞬間、惠末から涙が溢れる。

「ごめん・・・。」

起きたと思い、咄嗟に顔を上げて謝ったが眠ったままだった。

「まま・・・。」

明るく振舞ってはいたが、心の傷はまだ深く癒えてなかった。

秀耶がしてあげられることは少なかった。

何があっても見捨てないこと。

愛した人は最後まで寄り添い守らなければいけないと改めて感じた。

山に篭ってから初めて誰かと過ごすちょっと肌寒い春の出来事であった。

​(一狐の翌年の春先)

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