外伝其の三
雪が降り、特にやることがなく暖炉の前で寄り添って寛いでいた。
「ねえ、惠末(えま)。」
「なに?」
「雪が降り犬は喜び庭駆け回りって歌で出てくるんだけど、イヌ科の一員として実際どうなのさ?」
「私は足の裏に毛があるからある程度は大丈夫だけど、唐突にどうしたの?」
「いやちょっとね。」
ふと、積もる雪を見て話し出した。
「んー、寒いのはやっぱり嫌いよ。でもね、雪の下にネズミとかご馳走がいるらしいからね。駆け回るとしたらそれじゃないのかしら?」
「じゃあ、やっぱりこれってそういう・・・。」
雪に刺さり、雪の下にいるごちそうを捕獲している狐の写真を見せた。
「あー、それね。やったことはないけど、みんなからすると懐かしいんだろうね。」
そう、惠末は動物から神格化してないので経験がないのだ。
「やってみたい?」
「これを見ると遠慮したいわね。それに果実とか木の実の方が好きだし生肉はどうもちょっと・・・。」
口の周りに血が染みついている写真に少し顔が引きつる。血の滴る生肉を食べたことがないらしいのでそれもあるのだろう。
「んじゃま、これは置いておいて、そろそろ雪を下ろしますかね。このままだと家が潰れてしまう。」
屋根がミシミシという音を立てていた。
「はーい、高いところはお任せ!」
はしごをかけ、雪下ろし用スコップを持って屋根へサッと上がる。
「じゃあ、上は任せたよ~。」
秀耶も一応、来客用というよりは自分達用に雪掻きをして通り道を作りはじめる。
雪掻きをはじめて三十分・・・。
「惠末~、少し休もうか。」
「ん?まだまだいけるよ~。」
「いや、こっちが限界だ。」
「わかったー!」
大きな声とともに屋根から除雪した雪の塊へ飛び降りた。
ほどなくして、雪の中を掘り進めて出てくる。
「このまま溶けてなくなっちゃうのもなんだか勿体ないね。」
身体についた雪を振り払い、ぐるっと見渡す。
「んー、そんじゃぁ、かまくらでも作りますか。」
「かまくらってなに?」
「かまくらというのはね、降雪地域に伝わる小正月の伝統行事で作る雪で作った『家』なんだ。その中に祭壇を設けて水神様を祀って豊作を祈願してたらしいんだ。」
「へー、神様をお祀りする場所なのね。」
「でもね、火を灯してる様子が幻想的でお祭りになってたり、その中でご飯を食べたりと今は形が変わってるけどね。」
「なるほどね。休んだら作りましょ!」
初めてのことに惠末はウキウキしていた。
「作っておけば風も凌げるし、期間限定でみんなの憩いの場にもできるからみんなも呼ぶといいよ。」
この頃になると秀耶も惠末が野生動物を引き連れ軒先にいることも多かったので慣れていた。
後半戦は休憩も挟みながら、二人でかまくらを作るのに集中した。
そして、出来上がった数は三棟。
「こんだけできればいいかな?」
「うん、ありがと♪」
一度、身体を温めに家の中へ戻る。
「惠末。はい、牛乳。」
「ふふっ。」
温めて牛乳に張った膜を突いて遊んでいた。
「何故かこれだけ最初に食べるのが病みつきになるのよね~。」
「ん、私も昔はよくやったな。なぜなんだろうな。」
牛乳を飲みながら惠末はなにか口笛を吹いている。
そのうち、なにやら外が騒がしくなる。
「だいたい集まったかしら。」
「ん、もしかして呼んでたのか?」
「そっ、呼んだ。」
外を覗くを熊、狐、リス、小鳥と様々な動物が集まっていた。
「さすがに熊が入れるような大きさは用意してないぞ。」
「そうね。私も冬眠中の熊さんまで来るとは思わなかったわ。」
自分たちのお茶。皆の水とお菓子を用意して外へ出る。
「おいっす、みんなこんにちは。かまくら作ったから憩いの場にでも使っておくれ。」
言葉は伝わらないが話しかけながら各棟へお菓子と水を配分する。
「さあ、みんなどうぞ~。」
一斉にお菓子へ群がるとお腹いっぱいで帰るもの、番(つがい)でゆっくりする者など色々といた。
「家と違ってまた静かね。」
雪が周りの音を吸収し、断熱効果でかまくらの中も凍えない程度には暖まっていた。
いつしか、二人っきりになり静まり帰っていた。
自然の灯りしかない動物たちの夕飯は早かった。
「あら、もうみんなご飯の時間だったかしら。」
「私たちもご飯にしますかね。」
といってもお菓子を食べっぱなしだったのであまりお腹は減っていない。
「ちょっと待ってて、簡単に用意してくるから。」
秀耶は立ち上がり台所へ向かう。
「はーい、いってらっしゃい。」
家に入り冷蔵庫を覗いて食材を確かめる。
「さて、どうするか。」
寒く、せっかくのでやはり鍋ものかなと思い一人用の土鍋を取りだす。
「せっかくの雪だ。みぞれ鍋にするか。」
大根を取り出し鬼おろしでおろしてゆく。
それと同時に熱燗の用意も進めてゆく。
土鍋で豚バラをサッと炒め、大根おろしを投入しひと煮立ちさせたら完成だ。
カセットコンロに土鍋を乗せてかまくらへ運んでゆく。
「今、飲み物持ってくるからな。」
熱燗、お猪口(ちょこ)、ポン酢、取り皿などをお盆へ乗せ運ぶ。
「おかえり~。」
届くなり惠末は徳利(とっくり)とお猪口をお盆から取り、一杯飲み干した。
「おいおい、一人で先にはじめるな。」
「んっ!やはり純米だぁ~。」
「あの時は雨だったけど、出会った時もこんくらい寒かったっけな。」
「倒れてたけど、包まれて暖かかったのは覚えてるよ。」
少し寒いのか右横に座り直して身体を寄せてくる。
「おう、食べずらいぞ。」
惠末が鍋を取り皿によそい、ポン酢を少しかけるとスプーンに乗せて息をかけ少し冷ます。
「あ~ん。」
いきなり飲んで酔った勢いか、顔を真っ赤にして迫っていた。
それに秀耶は素直に応じる。
「どうだ?みんなで育てた大根はどうかな?」
顔を覗き込んでくる。
惠末にも畑仕事を手伝ってもらい、雑草、害虫駆除も動物たちに協力して食べてもらい完全無農薬で美味しかった。
「ん、あ~んしてもらったから余計に旨い。」
秀耶もスプーンを手に取りお返しに口元へ運ぶと勢いよく加えた。
「はふい(熱い)。」
「急いで食べるから。」
空いているコップもなく、いきなり冷たいのを入れるのもどうかと思ったので、雪を口に含んで溶かしてから口移しをする。
秀耶はとっさのこととはいえ、後で思うとかなり恥ずかしかっくなっていた。
惠末も耳まで真っ赤にして飲み込んだ。
飲み食いを続けつつもしばらく沈黙が続いた。
「ねえ。」
「あのさ。」
二人の言葉が重なる。
「惠末からどうぞ。」
「あの時、頭を撫でてくれてたのに噛みついちゃったじゃない。あの続きをここでしてほいなって・・・。」
「もちろん。ここでか?」
「うん、ここで。」
膝の上に頭を乗せてくると尻尾を抱えて目を閉じる。
綺麗な髪を指に絡めつつ優しく頭を撫ではじめた。
「あの時と同じで優しくて安心する。なんで噛んじゃったんだろうね。」
「事情が事情だったんだししょうがない。それに噛まれたくらいじゃ嫌いにならないよ。」
「ほんと秀耶でよかった・・・。」
会話も途切れ気付くと寝息が聞こえてきて眠っていた。
一緒に毛布へくるまり、カセットコンロを弱めに付けて暖をとる。
「おやすみ惠末。」
そっと囁くと寝顔から笑みがこぼれた。
惠末の新しい居場所。
はじめて心を許した他人、それが荒川秀耶である。
逆に荒川秀耶の心を動かすきっかけとなった存在、それが惠末。
ちょっと変わったことが二人を引き付けて繋いだ。
中途半端だったけど新しい出会いを生んだその姿に惠末は感謝していた。
『膝枕をしてもらいながら頭を撫でてほしい。』
それが惠末の初めてのお願い。
同棲して一年目、冬のある日の出来事であった。
(一狐と二狐の間)
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