外伝其の一
ちょうどお昼時、惠末と暮らしはじめてから気を使い肉類を食べるのを控えていた。たまにはお肉も食べたくなり冷凍庫を開けると飛び込んでくる光景・・・。
肉がない!
「惠末(えま)〜。」
「な〜に?」
ノックをして扉を開ける
「入るぞー、冷凍庫にあった肉がないんだけど知らない?」
「さあ?」
「二人しかいないんだけど、ほんとに?」
「ほんとにほんと。」
「ほんとにほんとにほんと?」
「くどいぞ!」
お腹が空いて食べたようではなさそうだが、明らかに様子がおかしかった。
「動物が漁っていったんじゃないかな?」
さっきから左手を動かさないのが気になった。
「さっきからこっち向かないし、左手動かないけど、どうかした?」
「い、いや?」
待てをしているかのように動かない左手は凄く不自然だった。
「んー、そっか。邪魔したね。」
「そう、わかればいいのよ。」
そう言うと秀耶(しゅうや)は部屋を出る。
「ふぅ、危なかった。」
「何が危なかったの?」
「ひっ!」
驚きの声が飛び出てきた。
「ノ、ノ、ノ、ノックくらいせい!」
「まあ、一言くらい相談してくれてもいいんじゃない?」
惠末が左手で制止していたそれを見つけて優しい言葉をかけた。
「怒られると思って・・・。」
「子狐くらいじゃね。」
惠末と一緒にいるからか匂いが染み付き怖がることもなく子狐は近づいてきて秀耶にも頬ずりをして甘えていた。
「それにここには大きいのがいるし、どうってことない。」
「大きいって。」
惠末は苦笑した。
「それはそうと、そこに正座。」
「はい・・・。」
クッションを床敷いてあげるとそこへしぶしぶと座った。
「何度も言ってると思うけど、一ヶ月近い食料が入ってるの。多い時は気付かないけど足りなくなるわけだ。」
「はい。」
「雨期に入れば一週間は狩りに出れないし、人里まで降りれないの。お腹が空けば最悪は狩りに出かけられないかもしれない。」
「ごめんなさい。」
耳を萎れさせ凹んでいるが、言わなればいけないことは言わないといけない。
しばし、形だけの説教をする。
「子狐だしさ、それくらいはなんとかしてあげられるからさ。」
「秀耶・・・。ありがとう。」
嬉しさのあまり足が痺れてるのを忘れて秀耶に飛びつこうとしたが、足が動かず頭から膝に倒れ込んだ。
「おう、膝枕か?」
「ん、痺れた。」
「五分も経ってなかったぞ。」
痺れた脚をさすりながら返事をしていた。
「で、どうしたんの?」
「一週間前にね、一人ぼっちでいるのを見かけたんだ。翌日も同じ場所にいてね、次の日来たら倒れてたの。」
「へへっ。だから連れて帰ってきて、秀耶と同じように看病してあげてたら懐かれちゃった。」
「経験が役に立ってなにより。」
「でね、でね、仕草も何もかもが可愛いの!しまいにはおっぱいもねだってきちゃって、流石に出ないからお肉を食べさせたの。そしたら美味しそうに食べるものだからついつい!」
「なるほどな。それでどうする?」
「どうするって決まってるじゃない。一緒に住むよ?」
「見つけた時はこの子だけだったかもしれないけど、家族がいるかもしれないでしょ?」
「んー、そっか、そうね・・・。」
思い直すと少し寂しそうな目をしていた。
「とりあえず、親を探してみようか。」
「でも、どうやって?」
「それはこれから布にいっぱい匂いを付けてもらってこの家に誘導します。」
「あー、なるほど。」
何処からか布切れをたくさん持ってくる。
「はい、惠末も手伝って。」
「はーい。」
遊びつつもたくさん出来上がった。
「念のため一緒に連れていこうな。」
子狐は惠末に抱かれ出発する。
「道案内は頼むよ。」
「は~い。」
獣道をどんどん奥へ行き、たまに草木をかきわけながら進んでいくと芝生の広場が広がっていた。
「うん、ここ、ここ。」
「じゃあ、これで最後だね。」
最後の一枚を置いて帰路に着く。
「途中で会えたらよかったのにね~。」
「そう上手くはいかないね。無事に見つけて訪ねてきてくれるといいな。」
子狐を連れて家に帰ってくると家の前に何かがいた。
「どう見ても狐ではないよな。」
「この臭いは熊ね。」
二人は見合わせると秀耶は子狐を受け取った。
「ほい、こっちは任された。」
熊は鼻を鳴らして何かを探しているようだった。きっと、この子を追ってきたに違いない。
惠末は飛び出るとさっそく熊を威嚇を始めた。
力が使えるのにこのへんは律儀だった。
「ふぅーーー!」
動じない熊、威嚇を続ける惠末。
ふと、熊の足元に狐が横たわっているのが見えた。
「惠末、ちょっと待った。足元に。」
「ん?あれ、あの子の匂いがする。」
「よく見たら、血痕があっちから続いてるね。もしかして・・・。」
「ちょっと聞いてみるね。」
・・・・・・。
「んー、ごめん。ありがとね。」
我々は早とちりをしてしまった。怪我を治してくれるという噂を聞きつけ、咥えて連れてきてくれたらしい。
さっそく、惠末が手を当てるとみるみるうちに傷が塞がってゆく。
それを見て、まだぐったりしている親狐のもとへ子狐が腕からすり抜けて寄り添いに行った。
頬擦りを続け五分くらいたったころだろうか。動き出すことはなかった。
「惠末、もう・・・。」
「そうね、残念だけど・・・。」
その雰囲気を感じたのか子狐の耳が垂れてゆく。そっと頭に手を乗せながら呟く。
「ごめんね。治療を始めるのが遅かったみたい。」
一度、魂が離れると肉体へ再び呼び戻すのはさすがに惠末でも無理だった。
秀耶は庭へ穴を掘り埋葬の準備をはじめた。
突如、響く熊の雄たけび・・・。
てっきり、失敗した惠末に何かするのかと思い身構えていたら親狐を舐めはじめた。
よく見ると前足が僅かに動いているのが見えたので、皆で身体をさすり声をかける。
「お願い戻ってきて!」
「子供のためにも!」
願いが通じる。薄っすらと目が開き、しばらくすると立ち上がった。
最初こそ熊がいることに驚き、パニックになっていたものの、子供が無事で一緒に喜んでいるのを見て安心したようだった。
「よかったな。」
子狐の頭を二人して撫でてやる。
「熊さんもありがとうね。」
惠末が熊と握手する。
狐の親子、熊も帰路に着き再び二人になる。
「寂しいか?」
「うん。でもね、無事に二人で帰れてよかった。熊さんにも感謝してる。」
「それに秀耶がいてくれるから寂しくないよ。」
惠末が秀耶の手を握ってくる。
「うん、いつまでも一緒だ。」
絆を確かめるように握り返す。
また一つ壁を乗り越えてゆく。
どんどん変わって行く彼女の姿はとても頼もしかった。
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