九狐 惠末の秘密
「ピッザ、ピザ、ピ~ザ~♪」
陽気に口ずさむ惠末。
連続で取り込んだことはかなり負担で消耗も激しく、尻尾を生やすためにもお腹がかなり空くらしい。
体型を気にしていた惠末は必要以上に食べずにいた。
ここぞとばかりに食べることにしたらしい。
なので、この日は朝食を抜いて評判のピザを目当てにやってきた。
「おなかすいた~、もう着くか~?」
「おう、すぐそこ。」
子供のようにはしゃぎながらドアを引く。
「いらっしゃいませ!」
「二人で~す。」
さっきまでお腹空いたとうるさかった惠末は元気よく答える。
メニューを渡されしばし注文を考える。
契約農家から直送される朝採れの野菜も売りの一つであった。
散々迷った挙句、オススメピザとパスタのセットを頼むことにする。
炭酸レモン水、これも契約農家から仕入れているレモンを使用していた。さわやかで食事前の口の中をさっぱりとさせてくれた。
世間話をして過ごしていると、茎から水が滴ってくる葉野菜のサラダが出てきた。シーザーサラダっぽい感じのドレッシングではあったが、味付けは控えめで野菜の味が引き立っていた。
噛むたびに水がしみだして喉を潤す。
「シンプルかつ旨い。」
「秀耶の野菜を丸かじりしてたころが懐かしいわ。」
鮮度、品質抜群の野菜は恵末の身も心も満たしてゆく。
「おい、今、私のって言ったか?」
「あっ。」
惠末はしまったという顔をしながらも反省はしない。
「すごく美味しかった。」
「はぁ、てっきり野生動物が食い荒らしてるものだと・・・。」
満面の笑みだったので秀耶はそれ以上の声が出なかった。
そこへピザが焼き上がり持ち運ばれる。
「おー、お?」
いつも食べるようなピザチーズと色が違った。
「ま、とりあえず食べてみようか。」
ピザを手に取り惠末の口に運んでやるとかぶりつき受け取る。
秀耶も自分の分を手に取りかぶりつく。
モッツァレラチーズを乗せられていた。
「たっぷり乗っているのに軽くていくらでもいけそう。トマトもジューシーでたまらないわ。」
通常、ピザで口にするチーズは低温殺菌されたプロセスチーズである。
それに対し、モッツァレラチーズは水牛の乳で作られ冷めても弾力があり味、香りのクセもなくより美味しかった。
ジャコとフレッシュトマトのパスタもシンプルに味付けは塩だけで最高だった。
「じゃこもこんなに入ってるぞ!」
惠末はパスタをどんどん口に運んでいく。
(もぐもぐ)
「ごちそさま。」
秀耶はセルフドリンクコーナーからコーヒーを持ってくる。
「惠末はなに飲む?」
「私は紅茶~」
食後の緩やかに流れるひと時をディナーメニューを見ながら楽しむ。
食後の散歩は公園を手を繋ぎながらふらふら歩き周りベンチに座る。
いつからだろう、呼吸するのと同じように一緒にいるのが当たり前になっていた。
寄りかかり、話ながらも満腹後の眠気には勝てずウトウトしはじめた。
その笑顔だけは決して離さないように、帰る場所を守り続けたい。
秀耶は横顔を見つめながらそう思っていた。
「帰ろうか?風邪ひくぞ~」
惠末の耳元で囁くが動く気配がない。
「んー。」
手を首にかけさせて背中におぶる。
帰り道、新しいケーキ屋を見つけてお店に入る。
ショーケースを見ていると店員から声がかかる。
「いらっしゃいませ。」
背中の惠末を見るなり微笑んだ。
「鬼灯もありますけど持っていきますか?」
どうやら惠末の正体に気付いているようだった。秀耶は冷静を装いホルダーの式神札に手を触れた。
「敵意はございません。そちらが噂の狐ですか。」
「だったら?」
指先、口の動きの一つも見落とさないよう注意を払う。
「ただのケーキ売りです。ほんとに何もしませんって。」
外の人が切れると一瞬、帽子を外し耳を見せた。
「同じ狐か。」
「ですです。時間も操ったとか、私も一目見たいと思ってたんです。幸運だ。」
その正体不明な店員は背中におぶわれている惠末を不思議そうに見ていた。
「どこかお怪我を?」
「いや、ただ昼寝してるだけ。」
カラン、カラン
そんなことを話しているうちにお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
秀耶に耳打ちする。
「いいもの見せていただきましたし、サービスしときますね。何にしますか?」
「それじゃ、ショートケーキ二個と鬼灯があるって言ってたっけ?それをいただきます。」
箱に詰めて手渡される。
「お待たせしました。私は紺(こん)です。ご贔屓(ひいき)に!」
店を後にして家に帰る。
部屋のベットへ惠末を寝転がらせると台所で考えはじめる。
「さて、昼はイタリアンだったしどうするかな。」
大量にいただいた鬼灯をどうしようか考える秀耶。
「半分は干すとして・・・。」
鍋を出し、鬼灯の実を敷き詰めはじめ、浸るか浸らないくらいに水を入れて弱火にかける。
じきにクツクツ、クツクツ音を立てはじめる。
煮立ちすぎぬようヘラで軽く混ぜながら夕飯を考える。
「ん~、肉かな。ソースに使うかな。」
冷蔵庫から肉を取り出し常温に戻しはじめた。
たまに焦げないよう、形を崩しすぎぬように混ぜる。
その間に網戸の網を張った自作の木枠をベランダに並べて、鬼灯の実を並べていった。
「秀耶~、お腹空いた~。」
昼寝から目覚めた惠末が食べ物を要求してくる。
それもそのはずだ。時計を見ると十八時を回っていた。
「おはよ。それじゃ、夕飯にしようか。座って待ってて。」
肉の塊をまな板に乗せ、包丁を取り出す。
スライスしていくと中はほんのりピンク色をしていた。
「ん、いい感じだ。」
そう、鬼灯を干し終わった後にローストビーフを作っていたのだ。
手の熱が伝わらないようにさっと盛りつけるとパンも一緒にテーブルへ運ぶ。
「ローストビーフだ!いただきます!」
肉に飢えていたのか三切れ一気に口に運びモゴモゴと口を動かす。
「お肉はどこにも逃げないよ。」
秀耶は微笑む。
「あと、これソースな。」
鬼灯で作ったソースを差し出すと惠末は香りを嗅ぎ舐めた。
「あ~、ほおずき~♪どうしたの?大量に干してあったよね。」
「ケーキ屋で貰ったんだ。食後にショートケーキがあるからな。」
「半分はみての通り保存食にしたわけだ。」
ベランダいっぱいに並べた木枠の中にぎっしりと並べられていた。
「甘酸っぱさがお肉といい感じね。」
お腹が落ち着くと話し出す惠末。
「で、なんでケーキ屋で鬼灯がたくさん出てくるのさ。」
「ん、そうか。公園で寝てしまったからおぶって帰ったわけだが、食後のデザートにケーキを買いに入ったわけだ。」
言葉を溜める秀耶。
唾を飲む惠末。
(ゴクリ)
「なんと、狐が作ってました!有名なんだな惠末って。そんでもってお礼に貰った。重かったけど。」
「おお!同胞がいたか!でもな、寝顔を見たお礼はせねばな・・・。」
怖い顔をして拳を握りしめる。
「おいおい、顔が怖いぞ。やめとけ。」
「お主がそういうなら。でもな、あういう顔はお主以外には見せたくない・・・。」
「そっか。次は気を付ける。」
秀耶は食べ終わると席を立ち台所へ向かう。
ミルで豆をガリガリ挽きはじめると香りが充満する。
「ん〜、いい香り。」
「挽いてあるのは便利だけど香りが違うよね。」
挽き終わりフィルターをセットしたドリッパーに移すと軽くお湯を注ぐ。
一分ほど蒸らしてから少量ずつお湯を注ぐ。少ずつ抽出され落ちてゆく様を惠末はじっと見つめる。
「いつみても不思議よね。苦いのにほっとするし、眠け気覚ましにもなるよね。」
惠末が夢中になっている間に秀耶はケーキを箱から取り出しさらに移す。
「おー、甘い香りがしてくる。これが例のケーキか。」
惠末が鼻を鳴らしながら近づいてくる。
「イチゴも良い加減ね。甘酸っぱそうでいいの~。さすが同族。」
「クリームもほどよい硬さみたいじゃの~。」
惠末がケーキの評価をはじめた。雑味が混じるので最後まで落ちないうちにドリッパーを引き上げ、軽くかき混ぜるとカップへ注いでいく。
「コーヒーもあがったぞ。デザートタイムといこうか。」
テーブルへ運ぶと惠末はコーヒーの香りを楽しに一口飲む。
「ん~いい香り♪ほどよい酸味がたまらい。」
続けてケーキを一口。
「文句なしね。」
「自分の特性を遺憾なく発揮してますな。」
秀耶も抜群の新鮮さと味に舌鼓を打っていた。
「せっかく仲間が近くにいるんだから遊んでもいいんだぞ。不干渉なんて言わずにさ。」
「それは考えておくね。」
にっこり微笑むが乗り気ではなさそうだった。
「よし、明日からおつまみでも作ってもらいますかね。」
「作るの?」
「惠末が作るんだよ。せっかく興味持ったのにしないのは勿体ない。」
「えー、秀耶の料理が食べたい!」
「惠末の料理も食べたいんだけどな。それに、せっかく興味を持ったみたいだし、いきなり食事のというよりおつまみを任せたいと思うんだけど?教えるからさ。」
「んーわかった。」
渋々と返事をしたがどこかそわそわしているようにも見えた。
「じゃあ、明日からさっそくやってみようか。」
「うん!」
「それじゃあさ、お風呂手伝ってくれる。」
まだ腰が痛む惠末のお風呂を手伝いに駆りだされる。旅行の一件以来、やたらとスキンシップを求めてくるようになった。
「は~や~く~」
「はいはい。」
連れられて風呂へ一緒に入り、二人はさっと汗を洗い流し惠末を後ろから抱えるように湯船へ浸かる。
「んっ、だめ!ベッドで。」
首筋にキスをして舐めはじめると注意された。
「わかった。先にあがってるよ。」
「うん、私もすぐにあがるから。」
秀耶は一足先に風呂を出て部屋で待つ。
乱れるのに身だしなみはきちんと整えたいらしい。
「おそいな。」
秀耶は部屋で本を読みながら待っていた。
キィー
油の切れた蝶番(ちょうつがい)の音が聞こえ、惠末が入ってきた。
「おまたせ。」
ほんのりとピンク色の衣に身を包み入ってくると、秀耶は本を取り上げられ押し倒された。
今日はやけに積極的で秀耶の上半身をはだけさせ、執拗に舐めはじめた。
「惠末、くすぐったいって。」
「だ~め。」
今度は身体を擦り付けパンツに手を入れてくる。
「ふふっ、こんなに固くしちゃって。でも、まだ早いよ。」
手を離すと唇にキスをし、舌を入れてきた。
「んっ、はぁ」
惠末の色っぽい声、流れてこんでくる唾液が秀耶を興奮させた。
やがて辛抱できなくなりベットに押さえつける。
「きて・・・。」
ドーーーン!!
同時に響きわたる爆発音。
「なになに?!」
どうやら爆発音は家の中からだった。
バタバタと足音が聞こえ、気配の探知をはじめる秀耶。
「惠末が二人!?」
ベットから飛び降り札を手にし全裸で構える。それと同時にドアが吹き飛びまた惠末が現れた。
「きーさーまーーー!!」
一瞬、硬直し叫ぶ声が聞こえる。
「きゃーーーー!!」
顔を真っ赤にしながら、手で顔を隠しながらもチラチラとこちらを見てくる。
秀耶はいつもの反応が返ってきて少し安心した。
「ということは、お前は何号だ?」
「秀耶、とりあえず履いて・・・。」
「いつからこんなになってたのさ。」
「さっき、お風呂から上がる時に襲われたの。」
「んー、調子狂う二人だな。」
惠末(オリジナル)の言うとおり服を着た秀耶は惠末の後ろに立ち札を手にして口にする。
「我らを包みたまえ。」
イメージを描き構築される結界。多少、歪んではあったが竜脈のおかげで強力なものが出来上がっていた。
完成と同時に突っ込む惠末。
「死にさらせー!」
惠末(複製体)が手をかざすと複数の光の矢が放たれる。
矢の異変に気付くが、攻撃動作に入った惠末は防御が間に合わなかった。
秀耶も式神を防御に回すが間に合わず一発目が直弾し吹き飛び結界に激突していた。
「がっ!」
「大丈夫か!」
式神で防御しつつ、駆け寄り秀耶は抱きおこす。
「邪魔するな!」
竜脈で強化された式神が次の一撃がいとも容易(たやす)く光の矢に貫かれ消滅する。
「人間のくせにやるわね。だが、死ね!!」
変化(へんげ)を解き、獣の形態へ移行すると額に漆(しち)の刻印が現れる。
「三本!?」
想定外の事態に惠末はもちろんのこと秀耶も驚いた。
「ワオォーーーーン!!」
言葉を失い吠えだしたが頭を抱えて様子がおかしくなり動かない。
「やばい、やばい、よりによって漆号よ!」
惠末は秀耶を抱えて庭へ走りだす。
庭にある竜脈の起点に秀耶を立たせると結界を張り直し秀耶に防御結界を張った。
「秀耶は絶対にそこを動かないでね。」
復讐(漆号)、捌(はち)号の欲望、伍(ご)号の願望を合わせ持っていた。
人間への恨み、根絶を願う心、人間を愛し秀耶を欲しがる心。それは相反する心。
そして、人の形はいわば殻、封印と似たようなもの。獣と成り果てたその姿は力を解き放ち理性を吹き飛ばさせていた。手に入れた心はぶつかり合い制御しきれず暴走するのは必然であった。
ガシャーン!
ガラスの割れる音とともに二階から漆号が飛び降り再び対峙する。
「ヴァウ!!ヴァウ!!」
二人を交互に見る。
「やらせない!この先に行きたいなら私が先よ!」
目を見開き立ち塞がる。惠末が気合いを入れ直すと周辺の空間が歪み、肌がピリピリするのを秀耶は感じていた。
目に映る者の排除、漆号の頭にはそれしかなかった。
窓枠にはまっていた割れたガラスが落下し音を立て合図となった。
漆号は突進し喰らおうとするが、惠末は口先を押さえる。真っ向からぶつかり合う二人、陥没する地面、極限までしなり折れそうになる木々、衝撃は凄まじかった。
拮抗し動きが止まる。
先に動いたのは漆号、右前脚を振り上げると惠末をめがけて目にも留まらぬ速さで振り下ろす。
たまらず惠末は手を離し後退するが左腕をかすめた。
「くっ!」
痛みを堪え踏ん張ると僅かな硬直時間の合間に鼻っ面に拳を叩き込み地面へ叩きつけ、側面から腹に回し蹴りをお見舞いした。
「きゃんっ!」
漆号は見た目、凶暴さとは裏腹に子犬が喚くような声をあげた。
「伏せ!よくできました!」
心配させまいと振る舞うが、傷が完全に塞がらずじわじわと出血を続けていた。
脳震盪(のうしんとう)を起こし、胃袋の中身をぶちまけ、ふらつきながらも立ち上がる。
秀耶は出血が止まらない原因を調べる。
「惠末!呪いの類いだ長引くと危ないぞ!」
「主人に対してお行儀の悪いこと。」
シャツを引き裂き腕を縛り少しでも出血を抑えた。
均衡を保ち応酬が続いているかのように見えたが、少量の出血とはいえ体力を奪い続け惠末の活動を鈍らせていた。
惠末は次第に押されはじめ膝をついた。
「誰かさんに似てタフなこと。」
「ワォーーーーン!!」
押し始めた漆号は雄叫びをあげ余裕をみせる。
「ちょっとヤバイね。」
(時は遡り旅行直後)
目の当たりにした力を前に無力さを感じて秀耶は環と会っていた。
これまでの経緯を話す。
「というわけでな、式神だけじゃ足手まといになってしまうんだ。なんか方法ないかな?」
「事情はわかった。あるにはあるが試作段階だ。無理をすればどうなるか分からんぞ。」
それ以来、環と一緒に試作を繰り返し鍛錬を積んでいた。
(場面は現在に戻る)
「惠末!来い!」
秀耶が叫ぶと惠末は漆号から視線を逸らさぬように後退した。
「妙案でも?」
「ああ。実戦で使うのは初めて。しかも試作でいい結果は残せてないときた。」
「聞かせてちょうだい。このままだといずれやられるわ。」
大気に散らばった神力ではなく、竜脈から直接供給できるようにする札。
そして、肝となる『武冑札(ぶこうふ)』。複数の式神を召喚して力を武器あるいは防具として具現化、身体能力も強制的に引き上げる札。
強力な分、消耗も激しく時間制限もあった。
大まかな概要を惠末に説明した。
「大博打ね。失敗したら今度こそ死ぬじゃないそれ。」
「どのみち、やらなきゃ死ぬよ。後悔だけはしたくない。」
まっすぐ惠末の目を見つめる。
負傷していたとしても獣化すればおそらく勝てるだけの力はあるだろう。
しかし、力を使わないのには理由があるはず。
漆号のようになることを恐れているのか。
あるいは知らぬところで何か起こっているのか。
単に姿を見て怯えられるのが嫌われるのが怖いのか。
真相はわからない。
一枚を竜脈の上、惠末の背に貼ると起動させる。
実験では召喚する前に素体は炎に包まれ焼失していた。
「すごいわ。力だけなら負けないわね。」
四尾になったとはいえ神力を身体へ直接流し込むのはかなり危険で苦痛の表情を浮かべる。
「どういう力が使いたいのか、それだけを考えればいい。竜脈に直結した今、使い放題だ。」
「ただし、五分だけよね。」
さっそく、武冑札(ぶこうふ)を構え展開させる。
それまで静観していた漆号が脅威を感じ動き出すと防御結界を突破しようと攻撃してくる。
「っ!」
「大丈夫か?」
「熱い、燃えそう。」
ふらつきながらも身体に爪を立てギリギリのところで押さえ込み形にしようとする。
秀耶は支えようとするが身体が熱くて触れることさえ叶わない。
起動完了し札から青白い光が放たれカウントダウンが始まった。
一秒でも無駄にはできない。
「惠末!」
合図をすると再び攻防がはじまる。
具現化までは至らないが高密度の神力が攻撃を退け、軽微ではあるが刃は確実にダメージを与えていた。だが、それは制御できていない証拠でもあった。
「人間風情が!」
漆号は更に力が増して秀耶めがけて突進してきた。
ピシッ!
結界にぶつかると同時にヒビが入る。
何度も体当たりを繰り返すとヒビが広がっていく。
「嫌、嫌、嫌、今度こそ死んじゃう!」
惠末は焦り連撃を仕掛けるがダメージが全く通らなくなり制御が全くできていなかった。
「惠末!」
我に返り秀耶の方を振り向く。その先には地面に座りドシッと構えている姿が見えた。
「大丈夫だ!集中しろ!」
秀耶は惠末の目を見つめ頷いた。秀耶も内心は焦っていた。完成前に突破されれば打つ手はなくなると・・・。
目を閉じて深呼吸を繰り返す。心を落ち着かせると再度集中し刃を繰り出す。
今度はなんとか形を保ち光る爪となっていた。
だが、今度は鋭さが足りず表層しかダメージが通らない。力を圧縮しきれていなかった。
「もっと、鋭く、薄く!!」
惠末は自分に言い聞かせ更に薄くし濃密にさせてゆく。
今度は強度が足りず、切り裂く度に折れた。
惠末を信じているかのように秀耶は目を閉じたままだった。
「期待に応えなくっちゃね。」
作る、折れる、作る、折れる、作る、折れる・・・。
届かぬ想いに惠末の心が折れそうになっていた。
防御結界がヒビだらけになり限界を迎えると砕け散り、神力の結晶が庭に散らばった。
とどめの一撃を入れようと脚を振り上げる。
「それだけはだめーーーーーー!!」
時計台の時と同じように感情が高ぶった。
本来であれば間に合わない。ぶちぶちと筋肉断裂の音が響き渡りながら更に加速し、叫びながら秀耶と漆号の間に立ち塞がり腕を交差させ身構えた。
「ごめん。」
惠末も死を覚悟し目を閉じた。
突き刺さる寸前、いままでにない強い光の壁が現れた。それは薄くも強靭で漆号の爪を通さず傷つくことはなかった。
「間に合ったな。」
安堵する二人。
攻撃が通らなくなったことに漆号は焦っていたが、こちらもリミットが近かった。
「時間がない。惠末、皮膚さえ突き破れればいい。とどめを刺すよ。」
握っていた札を式神札に貼り付けた。
「これが俺の切り札さ。」
「なるほど、とどめは秀耶に任せるよ。」
断裂の痛みを堪え跳躍し漆号に襲い掛かる。今度は強度もあり攻撃も通るが何度やっても深さが足りない。
「高さがあればいける!!」
飛ぶイメージ、翼を描く。白く美しい羽が生えてきて大きくなり羽ばたき飛び上がると同時に秀耶も動き出し小さい式神を召喚し惠末の後ろに走らせた。
その間に漆号は秀耶に目もくれず自己修復、防御態勢に入る。
惠末は成層圏まで音速で飛び上がると、さらに加速しながら落下はじめる。
「とどけーーー!!」
表皮に突き刺さり漆号を地面に叩きつけると突き破り筋肉まで到達する。同時にタイムリミットとなり、武装が強制解除されると光の爪も消失し惠末も吹き飛ばされて地面に落ちる。
「いっ!」
間髪入れず秀耶は傷口に式神を突っ込ませ潜りこませ、惠末を抱きかかえ防御に徹した。
激痛で、もがき苦しむ漆号。
「お終いにしよう。」
秀耶は神力を圧縮し詰め込んだ札を起爆させる。すると、漆号の身体は膨れ上がり爆散、血の雨が降り注ぎ頭だけが残った。
「人を恨み、愛し、どうすればいいのかわからなくなった哀れな私。相談してくれればよかったのに・・・。」
「そうか、たったそれだけのことだったのか。」
残った頭部の白化がはじまる。
「そう、それだけのことだったの。馬鹿ね・・・。」
秀耶は漆号の頭を抱え、なにも言わずそっと撫でる。
「あた、た、か、い・・・。」
最後に涙を流しながらそう言うと動かなくなった。
「大丈夫、これからは一緒だから。あなたの辛かったことも共有させてちょうだい。」
惠末は核を手にし取り込むと琴切れたように倒れこんだ。
「二人とも無事か!!」
結界を解除すると同時におびただしい数の兵が現れ、その先頭から環の声が聞こえてきた。
「私の方は特段問題ない。惠末を頼む。」
「この背中の跡・・・、使ったんだな。」
「ああ、どうしようもなかった。」
「神所へ運べ!!急げ!!もたもたするな!!」
環が急かすとどこかで見たことのあるポットが転送され、惠末を収め消えた。
「なあ、環、あのポットって・・・。」
「訳ありでな。またの機会に説明しよう。ともかくお前もこれを飲んでゆっくり休み癒すがよい。」
別れ際に一個のカプセルを手渡されたが、飲むこともなく疲れた秀耶はゆっくり休むことにした。
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