五狐 閉ざされた扉
叛逆から辛くも難を逃れた二人。
神界の信頼、品位を揺るがすことになったこの事件は後(のち)に『あめ色』と呼ばれるようになった。
狐色をさす言葉の一つ「飴色」
色、形、硬さを自在に変える飴。
これらをかけ合わせての『あめ』。
神界のあり方を見直し柔軟に対応できるよう願いを込めて・・・。
この事件は秀耶と惠末の絆を強固なものへとし、決して揺るがないものとなった。
互いを信じて得た幸福であった。
ある日、秀耶は家に独りで佇んでいた。
その後、何かあって別れたというわけではない。
惠末は身体調査のため神界にとどまっていた。
(時は遡り九日前)
事情聴取も終わり、あめ色事件で力を使い果たし、眠りこけていたのだろうと男は二日ばかりそっとしておいた。
だが、起きる気配どころか寝返りの形跡すらなかった。
少し心配になり彼女の手を握った。
そこへ医療・まじないの神である大国主命(オオクニヌシノミコト)の神使がやってきた。
「火急だ!主人よ失礼するぞ!!」
そう言いながら部屋に五人も入ってきた。
「仮面の破片を調査したところ、深層意識まで侵していたがわかった。」
話を聞く男の横で医療組によって着々と何かの準備がはじまっていた。
「この札は?」
「痕跡が巧妙に隠蔽されていた。我らのところに回ってこなければ見逃し、死に至っていただろう。」
「どういうことだ!」
男は驚きを隠せず神使を激しく揺さぶった。
「そのためにその札と我らが遣わされた。」
「じゃあ、助かるんだな!」
「私には見当もつかない。なにしろ二日も放置してしまったからな。」
術者Aは深刻な顔をしていたが眼の奥は諦めてはいなかった。
「元々、あれは儀式に使用していたものだ。手が加えられたとはいえ根本は変わらん。本来は制御(リミッター)を外すためのものだからな。それが保管庫から強奪されて使用された。」
「稀に力を扱いきれず暴走することがある。その封印札がそいつだ。」
「ただ悪意が混じっているからな。大国主命様の元へお連れするまでの現状維持といったところだ。」
そうこう話をしているうちに封印を施し彼女を籠に移し終えた。
「私も一緒に連れて行ってもらえないだろうか・・・。」
術者Aは秀耶の瞳の奥を覗きんだ。
「よかろう。元より『説得して連れてきてほしい。』とのことだ。手間が省ける。」
そうこうしているうちに庭で色々と準備が終わったようだ。
「転送陣の準備が整いました。」
術師Bが声をかけてきた。
「転送までが早いかわりに三人までしか一度に送れない。責任を持って先に大国主命様の元へお連れする。」
「貴殿は残りの者と来てくれ。」
そう伝えると眩い光に包まれて消えてた。
「次の転送に必要な神力が集まるまで三分かかる。」
ぶっきらぼうに術師Aが話す。
「すぐ追いかけられないのか・・・」
少し残念そうに秀耶はうなだれていた。
「ああ、残念ながら。それに本来であれば転送陣を使うことすら叶わん。」
「?」
「貴殿も神社を訪れた際に通ったであろう。」
「ああ、あの景色が歪んだ所か。」
「あれが通常の道順だ。」
一呼吸おいて、術者Aは決心すると付けていた仮面を外しはじめた。
「そうだな。少し昔話をしようか。」
「昔、イノシシに追っかけられてトラバサミが置いてあるのに気付かず踏んでしまったんだ。幸いなことに音に驚いて逃げたから難を逃れたんだがな。しかし、出血が酷く小さき私の力では開くこともできずにいた。」
「意識も朦朧としはじめていよいよ駄目だと思った時にある方が通りかかってくれた。いや、悲鳴を聞いて探しにきてくれたらしいんだ。」
「それが彼女の母親だ。人間と知りながら大国主命様の元へ連れ、治療してもらった。」
「神力に当てられ半妖となった私は人間界に戻っても馴染めず、無理を言って神界へとどまらせてもらった。」
「その方の娘とあれば恩を返さねばなるまい。」
「大国主命様に懇願した。だから(転送陣を)特別に使わせていただけるのだ。」
「そうか、そんな過去が・・・。」
「深層では残り香たちとのまだ闘いが続いているはず。竜脈のおかげで均衡を保っているはずだと仰っていた。」
「鍵となるのは君だ。頼むよ。」
話が一段楽すると同時に術師Cから声がかかる。
「いつでも・・・。」
「では、参ろうか。」
先ほどの眩い光は中に入ると目が潰れるそうになり意識を失いそうだった。
転送が終わると同時に最近味わった感覚に襲われる。
「気持ち悪い・・・。少しだけ待ってくれ・・・。」
「深部まで一気に跳んだからな。少し休むとよい。」
「この者に水を!」
声をかけると何処からか従者が現れて、水の入った湯呑みを手渡された。
水だから透きとおっているのは当たり前なのだが特に透き通っている気がした。
秀耶は一気飲みした。
「何かが入ってくる・・・。」
「けど、最近だけどなんだか懐かしい。馴染む・・・」
「その水には神力を注ぎ込んである。それが身体中に沁み渡ったのさ。」
「懐かしいのは彼女と過ごし絶えず神力にあてられていたからであろう。」
たしかに時、体を重ねる度に感じる力は強くなっていた。
「今は戻ったけど、あの後、あまり感じ取れないようになってたんだよな。」
「だいぶ顔色が良くなったな。奥へ進むぞ。」
しばらく歩くと物々しい頑丈そうな扉の前にたどり着いた。
「開けるが騒ぐなよ」
それだけ言うと解錠して扉を開けた。
殺風景な部屋だった。その部屋の中央には祭壇らしきものへ拘束された惠末の姿があった。
秀耶は中へ進み、膝をつき彼女の手を握った。
その直後、背後から声が発せられた。
「貴殿が主(あるじ)か。」
男は自分に覆いかぶさる巨大な影、プレッシャーで身動きが取れなくなった。
「そう硬まるな。」
落ち着いた声がかろうじて聞こえてくる。
「案ずるな。そのお方が大国主命様だ。」
術師Aが秀耶の肩に手をかけながら紹介した。
「して、ご容態のほどは・・・。」
「すでに仮面による脅威は取り除いた。処置は正常に終わっている。」
「流石は我らが命様。なんとお礼を申し上げたらよいか・・・。」
術師Aが喋るのを遮るように大国主命が話しはじめる。
「この度は迷惑をかけた。神界も先を考えねばならぬ時期なのにな・・・。」
「そう、処置は正常に終わった。しかし、意識が戻らない。自己防衛のため殻に閉じこもっており、声も届かない。」
「惠末・・・。」
秀耶は手を握ったまま彼女の顔を見つめた。
「いずれにせよ意識が戻らない以外は『正常』だ。」
「まずは場所を移そうか。」
大国主命は惠末を抱きかかえると部屋の奥に進んでいく。
すると、突如として扉が現れて開いた。
「ここから先はここにいる者しか知らない。他言無用だ。」
引き連れられ連れていかれた先には一軒の古民家が建っていた。
部屋に入ると布団に惠末を寝かせて掛布団をかけた。
「時間は山ほどある。必要なものは持って来させよう。」
「今となっては彼女の身内と呼べるものはお主しかおらん。ここからの仕事は任せたい。」
そう言われ、秀耶は困惑する。
「しかし、どうやったら・・・。」
「前例がなくてな。残念ながら手探りで行うしかない。」
大国主命は苦い顔をしていた。
「母親譲りの強固な結界。先読みの力・・・。神殿に入ることも許されなかった母親が助けを求め現れたのも、その力のおかげ。我らの何手先も読み、護りを退け大国主命様の元へやってきた。故に再びこういった事態が怒るのを怖れた神々は協力し力を封印した。」
「じゃあ、両親が連れ去られた時に何もできなかったのって・・・。」
「すまない。我々の責任だ。封印さえしておらねば回避できたであろう。」
威圧感とは裏腹に頭を下げ詫びていた。
「娘は母親譲りの力がしっかりと遺伝しておった。ここにきて拒絶の力も身につけておる。それが仇となっておるのだ。」
「他に仕事があるので我は一旦失礼するが、術者Aを待機させておく。用があればなんでも言ってくれ。」
「私は外に居る。二人でゆっくりとな。」
「ありがとう。」
礼を言うと術者Aは外へ出て行った。
部屋に二人きり、静寂が包みむ・・・。
「ここはおまえの実家・・・、になるのかな?」
「おかえり。お邪魔してるよ。」
「お互いを解ろうとして、一緒になれたのに嫌われたくないってことなのか・・・。」
「一人で抱えこみやがって、ばかやろう」
頭をそっと撫でながら囁いた。
「とりあえず飯か。今朝から何も食べてないしな。」
「台所借りるぞ〜」
「お、人間に合わせて食材がちゃんとあるな。」
「よし、長期戦になりそうだし先にカレーを仕込むかな。惠末って辛いのが苦手だったから久しぶりだな・・・。」
「ん〜、一緒に食べれるよう調節できるようにしておくか。」
室内に香りが漂う。
そのうちにご飯も炊けて
それは外にも流れ、術者Aにも懐かしい記憶を蘇らせた。
「カレー・・・。少しいただいてもよいか。」
「もちろんだ。上がりなよ。」
「お邪魔するよ」
玄関から上がってきた術者A。
「食事も久しいな。我らは必要とせんからな。」
「ん?そうなのか?」
「じゃあ、どうやって食べさせるとか心配しないでいいんだな。」
「ああ。彼女も空間の神力を直接取り込み続けているよ。ほとんどの神使は動物が元になっているからね。名残で食べる者も多いんだ。」
「『正常』『時間は山ほどある』ってそういうことか。」
秀耶は胸をなでおろした。
「彼女、鬼灯が大好物なんだ。毎年、干してドライフルーツにしてるんだけどきちんと個数を数えててな。出かけてる間に一つだけ摘み食いしたら大騒ぎ。私のだ!!って引っ叩かれて一週間も口を聞いてもらえなかったものさ。」
「ほい、できた。(カレーは)二日目からが美味しいからな。よかったら明日も食いにこいよ。」
器に盛り付け術師Aに差し出す。
「私も今は食べる必要はないんだがな、いかんせん食べるのが好きでな・・・。」
「必要のなくなった今でもなかなか収まらん。」
スプーンを手に取り二人してカレーライスを食べ出す。
「そういえば、名乗っていなかったな。環(たまき)だ。」
「よろしく、環」
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