四狐 終わりの始まり、始まりの終わり

生きていくことは穢れるということ・・・。

狐と人間、種族という垣根を越え微笑ましい光景が生まれ密かに繁栄していた。

その反面、妬み、嫉妬、憎悪により世界の穢れは月日を重ねるごとに加速していった。

これを疎ましく思う一体の神が二人を引き裂きさこうと動き出していた・・・。

着々と紡がれる物語。

それは何を意味するのだろうか・・・。


そんなある日、惠末の元へ一体の『神使A』が訪れた。

「伝言だ。たまには顔を出せと・・・・。」

「明日、伺いますと・・・。」

「母上には随分と世話になった。不穏な動きが・・・。」

「ありがとう。あなたも気を付けてね。」

頷くと闇夜に消えた。


神界へ帰還した神使Aは神に報告する。

「言葉通りに・・・」

「役目だけ果たしておけばよいものを。裏切りは許さんぞ。」

手を振り上げて下す。

「片付けておけ。」

「天若日子(あめのわかひこ)様!!」

そう従者に告げながら広間を後にした。

既にねらた首がずり落ち、神使Aは逃げる隙もなくは絶命していた。

滅多にないことに従者たちはざわついていた。


彼女は準備をしていた。

「結局、正体はわからないままだしな・・・。なんとかなるのかな?」

「できることはやったし、あとは信じるのみ。」

支度で疲れきった彼女は吸い込まれるように眠りへついた。


朝になるとパタパタ騒がしかった。

「おはよう~、今から神社に出かけよ。」

起きるなり彼女はそう声をかけてきた。

「おう?」

彼女があまりにも真剣な表情で言うものだから、間の抜けた返事になってしまった。


かくして、神社を訪れることになった二人。

「ここね、昔、お世話になってたとこなんだ。昨日、夜に遊びにこいって招かれてね。」

大鳥居の前で彼女が立ち止まった。

「ちょっと待っててね。入口を開けるから・・・。」

そう言うと何か呟きはじめた。

すると、一瞬、青白くなり視界が歪んだ。

男が瞬きをすると先ほどまで見ていた景色に戻っていた。

「どお?気分悪くない?」

「たぶん、大丈夫。今のは?」

「まあ、玄関鍵を開けたのよ。」

「気持ち悪くなるかもしれないけど、慣れるまでは辛抱してね。」

そう言うと微笑みながら秀耶の顔を覗き込んだ。

どんどん奥へと進んでいった。

彼女は物珍しい格好をしており、注目されてもおかしくないはずなのに参拝者たちはまるで気付いてないかのように傍を通り過ぎていった。

「なあ、他からって見えてないのか?」

「そうね、力を持ってる人なら別だけど、普通は見ることも触ることもできないよ。」

試しに彼女は老人の前に立って道を塞ぐが、気付かないどころかすり抜けていった。


「ん~、久しぶり!!懐かし~。」

橋の欄干に腰をかけ雰囲気を楽しみ人々の願い、会話を聞き寛いでいた。

「そろそろ慣れた頃じゃないかと思うんだけど?」

「そう言われると吐き気も治ったかな。すっかり忘れてた。」

時計を見ると神社に来てから三十分が経過していた。

「じゃ、どんどん奥に行くよ~。」

気を付けろと言われたものの、久しぶりで楽しくなっていた彼女は少し気が緩んでいた。


千本鳥居を通り抜けている途中で彼女は何かを見つけた。

「あら、面が落ちてるわ?」

「狐のお面だな?」

「これね、儀式で使うやつなんだ~。なんのだっけかな?」

ふと、彼女は面を顔にあてがった。

「どおかな?似合う?」

「いつものほうがいい。」

出会った頃の半分変化した姿と比べていた。

これがいけなかった。

彼女は一瞬ふらつき、鳥居に左手をつく。

そして、うつむき苦しみ始める。

「どうした?」

「まずい、取れない!」

邪悪な力の影響で黒に染まる仮面

元々、神の性質を持つ彼女は一気に支配された。

「惠末!!」

名前を叫んだ瞬間、彼女の意識が戻り仮面が一瞬だけ白くなる。

「にげて・・・。」

なんとか言葉を発するとまた黒くなる。

すると彼女の目つきが変わった。

出会った頃の人間を噛み殺そうとした時の目・・・。

いや、あの時以上だった。

深層で抗っているのだろう。立ち上がった彼女の手がゆっくりだが、確実に首を締めようと彼に伸びていた。

「(殺される!)」

そう感じた秀耶は同族という隣人の家へ助けを求めに急ぐ。

徐々に支配が進み次第に動きがスムーズになっていく彼女。

しかし、身体を重ねた二人は力で繋がり、彼女からはすぐに私の場所を容易に把握ができた。

目をごまかすために商店街へ逃げ込むもここは別次元。容易に見つかってしまう。

露呈する体力差・・・。

彼の体力は限界だった。歩みを止めてしまった。

肩で息をする男。

彼女はすぐに追いつき、馬乗りになり爪で切り裂き、半殺しにする。

深層で抗うも首に手をかける。

「うぐっ!」

ゴキッ!

うめき声と共に響き渡る頸椎が砕ける音。

トドメの一撃であった。

不鮮明ながらも彼女の目に焼きつけられた。

「いやぁーーーーーーーーーー!!」

絶叫。

溢れる涙。

拒絶。

感情に呼応し増大した力が仮面の制御から一時的に解き放たれた。

「秀耶!秀耶!」

彼女は叫んだ。身体を揺するも反応が返ってこない。


「時計・・・。」

意識が朦朧(もうろう)とする中、時計へ力の限り走った。

悟られるのを防ぐ為、訪れるのはこれが初めてだった。

その時計は時間を巻き戻す力が噂されていた。

だが、いつからか置いてあり使い方を知っている人も発動条件を知る者はいなかった。

なにより、結果を知る者がいなく試すものは誰もいなかった。


しかし、時計を見た彼女には文字盤に見覚えがあった。

「母様(かあさま)が持っていた書物に・・・。」

「『記憶結界』にも・・・。」

彼女には見たものを固有結界に記録する力が備わっていた。

急いで記録を探る。探った。

「母様が作ったものだったのね・・・。」

「使い方もシンプル。力もなんとか足りそうね。」

「ありがとう、母様。」

条件はただ一つ。

『想い人を助けたい』

そう時計の前で願うだけだった。


さっそく彼女は手を組み合わせ願い始めた。

「(助けたい。お願い。力を貸して)」

なにも起こる気配がない。

「(お願いこのままじゃ約束を守れない。好きなの!!失いたくない!!)」

「私はどうなってもいいからお願い!!」

思わず声に出る。


声に応える時計。

力が吸われていく。

同時に置いてきた彼の身体が消えた。時を遡ったのであった。

だが、力を消耗するだけではなかった。

もう一つの代償は記憶。

これが時計の使用を語り継がれなかった理由でもあった。

「あれ、記憶が・・・。あの人との大切な思い出が・・・。」

「とにかく階段へ・・・。」

「あの人?」

「誰だっけ?」

徐々に自分のこともわからなくなり意識も薄れていった。

そして、力を消耗し再び戻る仮面の支配。

再び黒く染まった。


(商店街へ場面が移る)

「ここは・・・。死んだはずじゃ・・・。」

秀耶は地面に仰向けで横たわっていた。なぜか記憶はそのままで。

(おばけ階段へ)

前に言われてたのを思い出した。

「逃げてもすぐに追いつかれるだろうしな。」

なにがあるのか調べて待つことにした。

「ここか・・・。」

彼女が毎夜、外出するようになってから亡霊が出ると噂されるようになった場所である。

彼は階段に足を踏み入れる。

すると、途端に何かに包み込まれたかのように温かく感じた。

「彼女の結界内・・・」

彼女の力と記憶で溢れ出ていた。

おばけ階段と呼ばれた理由がわかった。

封じきれず溢れ出たものが実体化して彷徨い歩き見えていたのだった。


色々な術式が組み込まれていた。

頭の中に流れ込んでくる。

色々と対策済みだった。

秀耶がやることはただ一つ。

結界内に彼女を引き込むことそれだけだった。

「これを組み上げてたのか・・・」


先日、彼女が言っていた

「何があっても助ける。その時がきても好きでいてほしい。好きでいさせてほしい。」

という言葉を思い出す。

この事態を察知していたらしい。

悟られないために夜な夜な寝静まった頃に力と自分が生きた記憶(記録)を保存していたらしい。


三十分もすると彼女が現れた。

彼女はボロボロだった。

「私だけ時が巻き戻ったのか?」

時計台の力の対象は一つのみ。力と記憶を奪われるため実行者でさえ語り継ぐことができなかった。

もはや仮面の力で無理やり動いている人形状態だった。

彼女が足を踏み入れた瞬間に術式が起動する。

結界内の力と記憶が彼女の中に流れ込む。

膨大な神力は黒い力を抑え込み、仮面の浄化がはじまった。

徐々に白く戻っていく仮面。

そして、戻る意識。

「無事でよかった。」

自分より秀耶​のことを心配していた。

しかし、仮面が取れない。

「巻き戻した時に力を使いすぎちゃったみたい。」

「力不足だったみたいね・・・。」

「ごめんね。一緒にいれなくなっちゃった・・・。」

惠末が悲しそうな顔をする。

「そんなことない。一人でこんな・・・。」

男は涙を流しながら途切れ途切れに話した。

「いいの、それ以上は言わないで。好きな人を助けられたから後悔はないわ。」

心の中でまた支配されないうちに自ら命を絶つことを決意した。

「この痕、懐かしいね。」

昔、彼の手に噛み付いた時の傷痕に手を触れた。

その瞬間、噛み付いた時に流れ込んでいた力が彼女に戻っていく・・・。

ほんの少しの力が仮面の拘束を解き放つ。


「これが貴様らの絆か。しかと見届けた。我もこうありたかった・・・。」

どこからともなく聞こえる言葉と共に気配と仮面が砕け散る。

「おかえり、惠末​。散々な一日だったな。」

「うん、ただいま。」

「久しぶりにおんぶしてほしいな。」

彼女を背負うとしっかりと抱きついてきた。

お互いに鼓動、呼吸、温もりを感じていた。

家に着くと事切れたように眠りへついく。

「ありがとう。おやすみ。」

起こさないようにベットへ寝かせると男は軽く頭を撫でた。


翌日、神界から使者がやってきてからが大変だった。

彼女は眠りから覚めないし、事の顛末を代わりに話をしてご飯を食べる隙さえなかった。

聴取も終わり事件は一段落した・・・。

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