三狐 想い
散歩がてら電車で駅前に出てきた。
流石は都心の中心地、人でごった返す。
歩くのもやっとだった。
そこは二人が山から下りて、はじめて降りた記念の駅でもあった。
秀耶(しゅうや)は惠末(えま)の手を握り、連れて行く場所が決まっているかのように目の前のビルに入り、エスカレーターでガーデンテラスのある屋上へ上がっていく。
その途中、彼はたずねてみた。
「なあ、惠末。ここ覚えてるか?」
「ん〜?」
首を傾げて考えはじめる彼女。
「覚えてないのか・・・。」
惠末から忘れ去られている記憶。
彼は少し悲しそうにする。
今日と同じく、服に潮が吹くほど汗が止まらない酷暑だったことを思い出しながら話した。
「覚えてるかな。今日と同じくらい暑い日だった。寝てたからおぶってここまで来たんだけどさ、起きた瞬間に人混みに驚いて飛び降りようとして大変だったんだからな。」
ステンレスの格子と強化ガラスで出来た柵を指さしながら話した。
「耳も尻尾も出しちゃっていてごまかすのも大変だったんだから。」
話を聞いているうちに彼女の記憶が蘇ってきた。
「あー、なんだかそんなのことあったかな・・・。」
「あったんだよ。」
男は少し笑った。
「いまじゃ、それもいい思い出さ。」
「結局、あの日は出てきた記念に山では食べれない変わったものを食べようという計画だったんだけど、足早に新居へ向かったんだよな。」
「たぶん暑かったせいね。」
彼女は暑さのせいにした。
周囲を見渡しどこか虚ろな表情を見せた。
「ん~、こうしてみるとお花も木々もあって、風も吹いて素敵なんだけど・・・。」
花に触れながら話し始める。
「そうね。私と一緒ね。」
このところ(梅雨で)塞ぎ込んでたし気分転換になればと思いここへ連れてきた。
「そうだな。でも、見てごらん。みんな安らいでるよね。難しいところだよな。」
「さ~て、中に入ろうか。暑くてかなわん。」
自動ドアが開き中へ入った。
「気になるのとか欲しいのない?」
二人でショップを無言のままグルグルと上から下へと回っていく。
惠末はずっと心ここにあらずという感じで歩き回っていた。
さて、どうしたものかと。少し考えた。
この階段を降りている最中、建物の中におもしろいものがあるのを秀耶は思い出した。
「なあ、惠末。少し休んでこうか、いいものを見せてあげるよ。」
「なーに?」
階段を降り、踊り場へ出るとふらつき窓に寄りかかった。
虚ろな表情から秀耶でもハッキリと消耗しているのを感じさせた。
惠末が夜な夜な出かけてることに関係あるのだろうか・・・。
彼女は未だに語ってはくれない。
心配そうに覗き込む男を心配させまいと微笑(ほほえ)むが、どこか寂しそうにみえた。
彼は力を感じとることはできるようになっていたが、声をかけるくるくらいしかできず歯がゆかった。
「ここだよ。」
とあることで有名なアンテナショップへ二人は向かった。
着くなり彼女は興味引かれるものを見つけた。
驚きながらも子供のようにはしゃぎだした。
「おい、秀耶よ!蛇口からみかんジュースが出るのか?!しかも三種類も!!」
むろん、タダなわけがない。
彼女がはしゃぎ、釘付けになっている間に秀耶は会計を済ませてコップを受け取り彼女へ渡した。
「一杯ずつだからな~。」
それと同時に蛇口を捻り、よくわからない鼻歌を歌いながら注いでいく。
「みかん!ジュース!みかん!ジュース!」
「飲んでもよいか?よいか?」
目を輝かせ、気付くと店員とお客が微笑んでいた。
男はちょっと気恥ずかしくなった。
「さ、奥に行って飲もうか。」
ベンチへ腰をかけると、彼女は先ほどまで離れてしまっていた二人の距離を埋めるように寄り添い一緒に飲みはじめた。
一口飲んだところで一息ついた彼女は申し訳なさそうに一言だけ話した。
「ごめんね。まだ話せないの。でも信じて。」
「夜な夜な出かけていること、最近の噂になっていることに関係してるんだね。」
秀耶が返すと彼女の小さな手が秀耶の手をギュッと握った。
「わかった。」
秀耶はそう言うと互いにの絆を確かめるようにギュッと握り返した。
飲み終えると街中へ戻り手を繋ぎながら散歩をしていると。霧が出てきた。
「(街中で)霧・・・?」
惠末は辺りを警戒しはじめた。
「大丈夫だよ。気配はないから。」
耳元でこう囁くと惠末は驚いた表情を見せた。続けて話す。
「言わなきゃとは思ってたんだけどさ、少し前からなんだよ。気配くらいはわかって良し悪しくらいはわかるんだよ。」
「それにそこを見てごらん。」
彼は霧の発生源を指差した。
「人工的に霧を作ってるんだよ。夏もなるべく涼しくってな。」
そう男は言って彼女の不安を取り除くも、今度は自分が霧に飲み込まれてしまいそうな彼女の姿に一抹の不安を覚えていた。
都の中心地へ歩みを進めていくと彼女は急に立ち止まった。
「どうした?」
「ここから先ね、私は入れないの・・・。」
男はここにきて新しい謎に疑問符が浮かぶ。
「なんで?」
「都の中心となる場所で汚(けが)れが入れないように結界が張られててね・・・。」
「ん~、私って正確にはこっちの言葉で私は『半妖』のような存在なの・・・。」
人間との間にできた子供は汚らわしく忌み嫌われていたらしい。
しかも彼女の場合、母親も半妖で父親は人間なのでなおさらだった・・・。
「でもね、お母さんがいなくなるまでは功績のおかげで入ることが許されてたの。」
「早い話、親はもういないしメリットはないから入れさせないってことか。」
「うん、ちょっとそういうの悲しいよね。」
「そうか、なんだか悪いことしたな・・・。」
つばが悪そうに男は話す。
「でも、秀耶が気にすることでもないわ。得体の知れない私を迷わず助けてくれたじゃない。胸を張ってちょだい。」
そう男の胸に右手を当てながら、昔を思い出していた。
夕日に照らしだされた彼女の顔は誇らしげだった。
「さぁ、日も沈みはじめたし帰りましょう?」
主導権は彼女に切り替わった。
帰り道、無言が続く。
静まり返った夕暮れの広場に二人っきり。
意を決したように話し出す彼女。
「ねえ、ちょっといいかな?」
「うん?」
振り向くといつの間にか両手に握られていた三本の向日葵。
花言葉が何を伝えたいのか語りかけてくる。
「まだ、ちゃんと言ってなかったから。」
そういうと真剣な表情になり一つ一つ言葉を噛みしめて語りはじめた。
「人間は今でも憎い。嫌い。」
「あなたは得体のしれない私を助けてくれた。」
「噛んでも怒らなかった。」
「それどころか優しくしてくれた。」
「諦めず接し続けてくれた。」
「早く馴染めるように努力を惜しまないでくれた。」
「自分の気持ちに気付かせてくれた。」
「離れたくない。」
「ただの他人だったはずなのにそう思った。」
「今はかけがのない大切な人。」
「やっと口に出して言える。」
「好き、あなたのことが大好き!!」
「何があっても助ける。だから何があっても私を好きでいてほしい。私も好きでいさせてほしい。」
涙ぐみながら言い終えると彼女は向日葵を男に差し出した。
男が頷き花を受け取ると背を向けた。
「家で待っている人がいるっていいよね。」
「ああ、そうだな。」
言葉は寂しそうだったが、夕日に染まる覚悟を決めたその背中は凛々しく見えた。
と思ったその矢先、響き渡るお腹の音。
(ぐぅ〜)
「あ〜、スッキリしたらお腹空いた!!」
「じゃあ、食べて帰ろうな。家まで持たなさそうだしな。」
「女性(れでぃー)になんてこというのさ。」
「ビルの中に食べてみたいっていってた沖縄料理のお店があるからそこでいいか?」
「うん、居酒屋みたいなところならなんでも〜」
彼女は洒落たところより、居酒屋のような狭い場所。
それこそ肩と肩がぶつかってしまうような場所の方がいいらしい。
なにより秀耶もその方が近く感じられるので嬉しかった。
「これこれ、豆腐餻(とうふよう)が食べてみたかったんだ〜」
島豆腐を米麹、紅麹、泡盛によって発酵・熟成させた発酵食品であった。
「こんなんでよかったのか?」
「お酒にもよく合って、健康にもよいのだ!!」
泡盛(ロック)のグラスを傾けながら彼女は語り続ける。
「それに滋養強壮、コレステロール阻害効果、胃壁保護効果もあってね・・・。」
片っ端から本を読む分、知識だけは豊富だった。
お酒が入るとちょっとしたことで止まらなくなる。
冷めきったゴーヤチャンプルをつまみに呑む羽目になり終電を逃した。
泥酔した彼女を背中にし、夜風がまだ生温い中を歩いて帰る秀耶。
「なにがあってもか・・・。」
秀耶は惠末の寝顔を横に呟くと呼応するかのように寝言を喋った。
「・・・おばけ階段。」
冒頭は何を言ったのかわからなかったが、そこだけしっかりと聞こえた。
「こんな時間におばけなんか探しになんて行かないからな〜。」
今度は返事もなく寝息だけが聞こえる。
「こうやって接しているのも久しぶりだな。」
二人は家に着いた。
彼女の部屋へ入るとお香の残り香が漂っており気分を静めてくれた。
昔と変わらず部屋はシンプルに整えられていた。
でも、出会った直後の写真が大切そうに飾られているのを見つけ秀耶は微笑んだ。
「おやすみ。」
彼女をベットへ寝かし、起こさないように静かに声をかけると部屋を後にして自分も寝ることにした。
この時、すでに魔の手が伸びていたのを彼はまだは知らなかった。
物語は何処へ紡がれたのだろうか・・・
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