第16話 黒ずむ、遠のく
次の日、わたしはたぶん初めて仮病を使った。
いつもはそんなことをしないから、先生からもだいぶ心配された、と連絡を頼んだお母さんから聞いた。もちろん、お母さんからも何か学校に行きたくない理由でもあるんじゃないか、なんて心配をされたりもした。
……ないわけではなかったけど、学校に理由があるわけじゃない。
理由があるとしたら、それはわたしの問題だった。
どうしても、身体が重たく感じて動けなかった。
こんな感じになったの、もしかしたら初めて重いのが来てしまったときくらいかも知れない。身体の痛みこそないけど、ずっとだるいところはなんだか似ているような気がしてしまう。
布団から起き上がる気にすらならなくて、今はただ真っ白な天井を見上げている。
ぼんやり考え込んでいると、また思い出してしまう。
『傷付いても別にいいよ、って言っても、
そう言ったとき、慶吾くんが泣きそうな顔で「帰ろう」と言うまで、わたしはたぶん、ずっと彼にひどいことを思っていた。そう言えば、きっと慶吾くんはわたしを家に上げてくれるって……それで、たぶん。
好きだとか恋だとか愛だとか、そういう綺麗な理想なんてもう持ってはいないけど。
それでも、きっと絶対に後悔する形で、わたしは慶吾くんとの関係を無理やり変えようとしていた。そうなることを期待して、そうなるように仕向けて。
今になってみると、怖かった。
彼が、じゃない。
傷付くことが、じゃない。
たぶんわたしの嫌いなわたしになりそうだったのが、すごく怖かった。
まだ恋がよくわからない頃に読んでいた、ちょっとだけ背伸びしたターゲット層の恋愛マンガにたまに出ていた、言い表すなら真っ黒な人。好きっていう気持ちなんてないのに、いたずらにそういうことをして、主人公たちの恋を掻き回していくヒール役。
素直だったわたしは、そんな真っ黒な人の気持ちが全然わからなくて、ただ純粋に主人公の幸せだけを願ったりした。
そんな、マンガで見たような真っ黒なわたしが、ああいうふとした瞬間に顔を覗かせてくる。囁きかけてくる――慶吾くんなら、受け入れてくれる……ううん、受け入れるっていうことでわたしの望むようにしてくれるなんて思ってた。
そういうことは好きになった人とする――と思っていた。
もちろん、
ただ、頭の中でグルグル回ってるいろんなことをちょっとの間でも忘れてしまいたくて、そういう理由だった。好きっていう気持ちじゃなくて、たぶん、好きな人じゃなくてもしてしまいそうな……あの頃のわたしなら絶対に受け入れようとしなかった感情。
そんなものが、わたしの中にもあったなんて……。
苦しくて、どこかに消えてしまいたくて、そうすればこの気持ちも一緒にどこかに消えてくれるんじゃないかな、って思って。
けど、わたしはただ白い天井を見てるだけ。
何をする気にもなれなくて、ただ苦しい気持ちを吐き出すように溜息をつきながら寝返りを打っていたときだった。
手持無沙汰でいじっていた携帯が急に震えだして、適当に見ていた動画の画面が消えて、
出ようかどうか迷って、もしかしたら迷っている間に切れないかな、なんてことも考えたけど、やっぱり誰かの声が聞きたくて、わたしは通話を繋ぐことにした。
「もしもし?」
『あっ、ごめんね
「ううん、ちょっとぼーっとしてた」
『なんか思ったより元気そう。今日は期末期間だから、とか言って早帰りなんだ~』
「あっ、今日からだったっけ?」
『やっぱり忘れてた~』
重い気持ちが、ちょっとずつ晴れたように感じて、普通に笑ったりしながら話せていて。それでいつの間にか、駅のアナウンスが聞こえてきて。
『これからさ、お見舞い行っていい?』
「え、う、うん」
唐突にそう言われて思わずそう答えてしまってから、なんとなく気まずさを感じてやっぱり断ろうとしたときには、もう電車に乗ってしまったのか、京香との通話は切れてしまっていた。
いろいろ言えないこと抱えながら、どんな顔をして話したらいいんだろう?
着替えこそしたけど、なんとなくいつもの制服よりも無防備になったような心細い感じが、少し胸にのしかかった。
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