第12話 雨景色は霞む
「なんで、あんなこと言ったの? なんで、今だったの? もう、お互いそんな風に想ってないって思ってたのに……」
「
雨音は相変わらずうるさいのに、お互いの声だけはちゃんと聞こえる。通り過ぎる車が水溜まりを踏みつける音も、どこかで鳴っている携帯の着信音も、近くを通り抜けていったふたり組の微笑ましいくらい仲のよさそうな会話も、全部耳から入って出ていった。
「わたし、たぶん……たぶん、ずっと慶吾くんのこと好きだったよ。わたしも、いつからなのかわからないけど」
声が、まるで自分のものじゃないみたいに、どこか外側から聞こえてくるような気がした。慶吾くんが驚いたように息を飲むのが聞こえて、また、少し胸が疼く。
もう止めなきゃ、このままじゃわたしたちが壊れちゃう。
心のどこかから、悲鳴みたいに訴えかける声がする。
そうだよね、苦しいもん。
わたしたちが作ってきた温かくて優しい時間が、もうまるで違うものに見えてきちゃうもんね。いつからわたしは慶吾くんが好きだったんだろう、いつから慶吾くんは、わたしのことを……?
考えていくにつれて、どんどんわたしたちの時間が変わっていくような気持ちになる。そんなはずないって思っていたからこそ綺麗でいられた時間のあちこちに、違う感情の気配が漂い始めてくる。どんどんわたしたちの思い出が歪められていくように感じて、苦しくなってくる。
押し潰してくるような想いのなかに、沈められてしまいそうで苦しい、溺れてしまいそうになる。
でも、ごめんね。
たぶん、もう耐えられない。
溢れるくらいの何かに、わたしはとっくに溺れているから。
「慶吾くんがそう気付くよりも、たぶんずっと前から、わたしは慶吾くんが好きだった。なんでも包み込んでくれる優しさが、落ち込んでるときに励ましてくれた笑顔が、大事なものを扱うように触れてくれてた指が、あったかい感じがして安心できるにおいも、いつもいろんな言葉をくれるその声も、ううん、もう、全部。
わたしはずっと、慶吾くんが好きだったの。慶吾くんが慶吾くんでいてくれるだけで幸せなくらい、慶吾くんの全部が」
わたしの言葉が、わたしの気持ちのどれだけの部分を慶吾くんに伝えられたのか、よくわからない。きっと、こんなものじゃない。
絶対に叶わない恋だと思っていたから、固く蓋をしてしまっていたから、言葉になんてしきれないくらい膨れ上がっているから、たぶんわたしの言葉だけじゃ足りないと思う。恋の先にそういうことが待ってるって知ったとき、慶吾くんで何度も想像した。
優しくて、力強くて、そんな姿を何度も想像した。迷うことなく、いいって思えた。それくらいわたしは、どうにかなってしまいそうなくらい、慶吾くんのことが好きだった。
それでも、慶吾くんはあくまで近所の優しいお兄さん以上にはなってくれないと思っていたから。わたしたちはそこまで進めないと思っていたから。
「慶吾くんのこと、好きだったけど……でも、たぶん言葉にしたら困らせるって思った。わたしたちの関係はそういうんじゃないって、わかってたから……だから、」
そこまで言ったところで、言葉につまった。
喉が熱くて、胸の辺りが痛くて、頭がボーッとして、耐えられないくらい。
こんな風になりながら慶吾くんと話す日が来るなんて、思ってなかった。苦しくて、逃げ出したくて、もう忘れたままにしてしまっていた方がよかったっていうくらい。
どうして、今だったんだろう?
やっと口にできたけど、もうこれは過去の気持ち。やっとのことで、過去のものにできた気持ち。忘れてしまった方が、たぶんお互いにとっていいのに。
『〜♪』
突然、カバンから音が聞こえてくる。わたしの携帯にかかってきた着信音だった。けど、出たくない。今はそれどころじゃない。しつこいよ、早く切ってよ。叫び出してしまいたくなりながら、ただ切れるのを待っていた。それでもずっと切れなくて、そのうち通りすがりの人たちが「どうした?」と言いたげな顔でこちらを振り向き始めて。
それで、出た方がいいのかな……と気になり始めたとき。
「光莉っ!!」
聞こえてきた声は、今いちばん聞きたくない声だった。
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