第11話 雨音が叩く
降りしきる雨の中で見た
だったらせめて何か話そうって思っても、なんて言ったらいいんだろう?
久しぶりっていうほどの時間なんて空いてないのに、慶吾くんにどうやって話しかけていたのかが思い出せない。
声をかけようとすると、告白されたときの気持ちが蘇ってしまう。
あのとき。
当たり前のようにお兄さんだったことを、全部否定してくるような言葉。
やっと振り切ったはずの気持ちを、未練にして引っ張って来ようとする言葉。
いつからそういう風に見られていたのかわからなくて。
家族同然だと思っていた関係を、否定された気がして。
ずっと頼っていた足場が急に崩れ出したような気分で。
一刻も早く慶吾くんの前から逃げ出したくなる。それなのに、それをしてしまったら後悔するような気もして動き出せない。どうしたいのか、
「あの、
そうやってわたしが何もできずにただ黙っているだけの時間を変えたのは、恐る恐る切り出された慶吾くんの言葉だった。その声は、前に聞いたみたいに弱々しいものだった。
なに、と答えられたかどうか、わからない。
いつもならこんなことないのに――言おうと思ったことは大体なんでも言えていたのに。こんな気持ち悪い状況になってしまうなんて、慶吾くん相手には思ってもみなかった。
雨傘を叩く音が、さぁ――と戻ってくるのを感じた。
耳を騒がせる音に、心までざわついてくる。
慶吾くんも、たぶんそうだったんだと思う。わたしの名前を呼んだ口は、ただそのまま黙っている。見上げなくても、その目がわたしに向かっていることはなんとなくわかる。
だから、わたしも顔を上げられない。
ずっとわたしの目には、傘では覆いきれない慶吾くんの靴が雨に濡れていくのだけが見えている。たぶんけっこう立派な靴なんだろうな――という場違いな感想が浮かぶ。
なにかを言いたそうな吐息が、ずっと頭の上から聞こえる。微かな声のはずなのに、雨の音にも紛れずに、はっきり聞こえてしまう。見下ろした足下の
このまま溜めていったら、たぶんその深みから戻って来られなくなってしまいそうな水を、注ぎ込まれているようだった。
「ねぇ、慶吾くん」
苦しいのを吐き出すように、口を開いていた。
吐き出しても吐き出してもまだ残っている水を、吐き出すように。
「なんで、あんなこと言ったの?」
潰れてしまいそうなほど苦しい言葉でも、言わなければきっと自分の認められない濁った水で溺れてしまいそうだった。
慶吾くんは驚いたような顔をして、それから少しの間を置いて、申し訳なさそうに顔を曇らせながら、「放っておけなかった」と小さな声で言った。
「あのままだと、光莉ちゃんがどうしようもなくなってしまいそうな気がしたんだ。だから、言わずにいられなかった」
彼の声が、雨の向こうから遠く聞こえる。
……確かに、どうしようもなくなりそうなくらい辛かった。けど、いっそのこと、どうしようもなくなってしまえていたらよかったのかも知れない。だって、そうしたらあれこれ考えなくてよかったから。
こんなに、自分のことがわからなくなって、自分のことを嫌いになってしまいそうな気持ちと、出会わずに済んだかもしれないのに。そう思ったら、なんだか被害妄想みたいに気持ちが膨らんでいって、そんな自分がまた嫌いになってしまいそうだった。
膨らんでいく気持ちがいろいろどうしようもなくて、頭の中がごちゃごちゃになりそうで。
「それでも、言ってほしくなかったよ」
「ごめん……」
出たのは、拒絶するような言葉。
申し訳なさそうに謝る慶吾くんの声が、また胸をざわつかせる。告白なんてしてきたことを責めてしまうのに、謝ってもほしくなかった。
「どうしたらいいか、わかんなくなるよ」
口を開いた瞬間、わたしの中で何かが壊れた。
1度破られてしまった感情のブレーキは、もう働いてくれそうになかった。
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