第10話 雨宿り
次の日は、朝から雨が降り続いていた。雨脚はかなり荒々しく聞こえていて、テレビでも『春の嵐が到来しています』なんていう
こんな中でも、別に電車は止まったりしていないし、学休校になったりするわけでもない。まったくもっていつも通りの朝だった。
ただ強いて言うなら、傘を叩きつける雨がいつもより大きく聞こえたり、雨に
「
ぼーっとしていたら、背中にちょっと強めの衝撃が走って、振り返った先では
「……おはよ」
なんとなくそんなテンションでの挨拶を返せる気がしなくて、ちょっといつもより抑え気味の挨拶をしてしまう。すると、「ん?」と怪訝な声。
「光莉、なんかあった?」
「え、」
別に何もなかったよ――そう返してやり過ごすには、京香の目つきは真剣過ぎた。本気で心配してくれているような目。そんな彼女を適当にごまかすようなことは、あまりしたくなかった。
「なんかさ、昨日もそうだけど……ぼーっとしてるってより元気なくない?」
「えっと……それは、」
そう思うのに、言葉に出せなかった。
わたしにとって
だからなのか、どうしても声が出なかった。
たとえ京香にでも、触れてほしくないところだった――普段「なんでも相談できる親友」とか言っているのにそんなことを思ってしまっている自分に少しだけ失望めいたものを感じたし、すごく胸が苦しくなった。
それでも、どうしても言い出せなくて。
傘を叩く雨の音はもっと激しくなっていくように感じた。
「――あ、学校着いちゃったね」
そんな苦しい時間が終わったのは、そんな京香の少し残念そうな声だった。目の前には、いつも
ふたりで登校する時間が終わってしまう。せっかく心配してくれたのに、何も返せないで終わってしまう。そう思ったときに、ようやく「あ、」とようやく声が出てきたけれど。
「大丈夫だよ、光莉」
優しい声に押し止められてしまう。
お互いに立ち止まったところで、傘が隔てる距離を意識してしまう。
「光莉が話せるタイミングで話してくれたらいいからさ」
そう言って、京香は何事もなかったかのような顔で校門に向かって歩き始めてしまった。その背中になんとなく声をかけられなくて、どうしたらいいのかわからないままの言葉が、ただ朝の空気に溶けて消えた……。
結局、わたしはどうしたいんだろう?
その日ずっとそんなことばかり考えて、下校の時間。なんとなくぎくしゃくした感じに(わたしが一方的に)なってしまっていた京香と、ようやく一緒に帰れそうな時間。
まだ降り続いている雨のなかで、当たり障りのない会話だけして。その間に何度も「――、」という声にならない声を出しながらも、どうしても言い出せなかった。
なんで?
なんで言えないの?
こんなに心配してくれてて、たぶん真面目に話を聞いてくれる。きっと、わたしのことを想って答えてくれる。そう思うのに……。
京香の声は聞こえているのに、頭のなかはずっとそれで頭がいっぱいになっていて。だから、京香のしていた話もあまりちゃんと聞けていなかった。
改札で別れて、わたしとは反対側に行くプラットホームからも、電車に乗って行ってしまうまで手を振ったりしてくれる優しさが、痛かった。
最近、帰り道で泣いてばっかりだ。
今日も、電車のなかで涙を流してしまった。なんとか声は上げずに済んだけど、近くにいたお婆さんが心配そうに見ていたから、たぶん気付かれてたろうな……。
ますます重くなっていく気持ちに足を引きずられながら、のろのろと歩いていると、向こうから歩いてくる
「あっ……、」
声をかけようと駆け出したとき、ふと何日か前に向けられた言葉を思い出してしまって。どんな顔をしたらいいのかわからなくなって、思わず立ち止まってしまう。
「あ、ひ……光莉ちゃん」
激しく傘を叩く雨音が、一瞬だけ止まったような気がした。
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