第9話 冷たい雨
「あ、……」
靴を取って下駄箱を通り抜けると、いつの間にか雨が降り出していた。予報では雨が降るのは明日とかじゃなかったっけ。よくあることといえば、よくあること。春は天気が不安定になりやすいし、予報が外れることなんてないわけではない――そうわかってはいるけど。
それでもなんとなく、「天気までわたしのことを
傘を借りるような友達はみんな部活があったり先に帰ってしまっていたりしていたし、かといって
なんというか、今は部活終わりの楽しげな顔を見ているのも嫌だった。そう言うとちょっと違うのかも知れないけど、なんとなくその場にいたくはなかった。わたしがいるだけで、空気に水を差してしまいそうな気がしたし、どんなことを言ってしまうかもわからない。
「――――、」
意識して、大きめに息を吸って。
「帰ろ」
意識して、はっきり言葉にする。
じゃなきゃ、歩き出せないから。
身体に当たる雨粒は、春の近付く時期とは思えないくらいに冷たくて、やっぱり出て来なきゃよかったかな、とかも思ったけれど。
それ以上に、すごく寂しい気持ちになった。
たったひとりで帰るなんて、最近はよくあることだったはずなのに。どうしてだろう、雨に濡れながらだからなのかな。それとも、雨宿りしながら話している人たちを見ちゃったからかな?
あぁ、この人たちはひとりじゃないんだな、って。
楽しそうな顔をして何を話してるんだろ、とか。お互いに空気とか気にしないでいられるって楽そうでいいなぁ、とか。そんなことばかり考えてしまう。わたしにとっては今の雨なんてひとりなのを再認識させるために空が仕組んだ意地悪みたいに思えるけど他の人たちには違うんだろうな、とか、あぁ、もう駄目だ。
なんでも後ろ向きに考えてしまう。
駅に向かう途中に通りかかるコンビニから出てくる制服姿を見ても後ろ向きなことを考えてしまうし、これ見よがしに相合傘をしている人たちなんか見ると、もう何をするか自分でもわからなくなりそうで。
だから、後半は小走りで駅まで向かっていた。
息が切れて、胸が痛くなって、それが単に肺が悲鳴を上げているのかそれとももっと別の痛みなのかもろくに考えずに、ただ走っていた。だからか、普段だったら歩いて20分くらいかかるはずの道のりが、7分くらい短い時間で終わっていた。
……息が苦しい。
身体は熱いし、くらくらするし。
それでも、いつまでも雨の降る外にはいたくなかったし、雨の冷たさも早く忘れてしまいたかった。もう、そのまま、いっそのこと全部忘れたまま、家まで帰ってしまいたかった。
けど、電車に乗って外を見てしまったら、もう駄目だった。
* * * * * * *
『――ぁ、』
『じゃ、もう行くから』
離れた手を、泣きそうな顔で見つめてくる
何かを言いたそうに声を出しているのが聞こえたけど、それが言葉になるのを待ってなんていられなかった。
大体、なんで翔平が泣きそうな顔してるの?
泣きたいのは、わたしの方だよ?
そんな言葉をぶつけることすら、無意味に感じてしまった。
* * * * * * *
だったら、今こうやってぐるぐる頭の中で思い出してるのも、無駄なことのはずなのに……。ちょうど空く時間帯で、車両にわたし以外の人が乗ってなかったことに心の底から感謝したくなった。
いくら自制しようとしても、目から溢れる感情を止められそうになかったから。
雨はそのあとも降り続けて、家に帰ってから夜眠るときも、まだ止む気配がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます