第4話 こぼれた雫
「あれ、
「――――、ぁ、」
最寄り駅で降りて、痛いくらいに眩しい夕焼けを避けるように暗めの裏路地を通って帰っていたら、買い物袋を持った
そんな彼が、顔を強張らせてわたしの方に歩いてくる。どうしたの、と
「ぁ、え……?」
気付かなければよかった。
気付いてしまえば、ほっぺたが冷たい夕風に吹かれて凍り付きそうになっていて、そのくせひと筋だけ熱い雫を感じる。
喉が痛い、胸が痛い。
目の前で慶吾くんがどんどんぼやけていって、息も苦しくなっていって。こんなことになっているのに気付かせた慶吾くんに対して「なんで?」と尋ねてしまう。なんで、ほんとに、なんで?
「なんで、そんな心配そうな顔したの?」
じゃなかったら、こんな風に苦しいのにも気付かずに済んだのに。けど、それで慶吾くんがちょっと申し訳なさそうにしているのもなんとなく嫌で。そのことにも苦情を言おうとしたけど、その前に慶吾くんはわたしの背中をさすりながら、小さな声で言った。
「ここじゃ目立っちゃうし、帰った方がいいんじゃない?」
――心配そうな目だった。
慶吾くんは、昔と変わらずやっぱり優しい。本当に心配してくれてるのが、その目からわかるようだった。でも、だったらさ……。
「やだ」
こんな状態で家に帰ったらお母さんに心配をかけるに決まってる。それで何があったのか訊かれたって、たぶんわたしはうまく答えられない。彼氏がいることも内緒にしてるし、いろんなことを話してないし。
だったら、だったら――。
「帰りたくないよ、こんなんじゃ帰れないし。ちょっと、落ち着くまでの間でいいから、慶吾くんのお部屋に行かせてよ。……だめなの?」
小さい頃から慶吾くんはわたしに優しかったから、返事なんてわかってたのに。
こうやって人に付け込めるようになってしまっている自分が、少しだけ汚らしく思えた。
* * * * * * *
慶吾くんの部屋は、最後に上がった2年前とそんなに変わっていなかった。考えてみれば当たり前のことで、慶吾くんはそのちょっと後くらいにここを離れてしまっていて使っていなかったんだ。たぶんおばさんの性格を考えると、慶吾くんが戻って来たときに使いやすいように、ってそのままにしてあげていたんだと思う。
部屋の壁には、2年前に流行っていたダンスグループのライブポスターが貼られている。カラオケでもよく歌ってたなぁ……なんてことを思い出しながらボーッとしていると、コーヒーを持った慶吾くんが部屋に入ってきた。
「落ち着いた?」
「うん……あの、ごめんね?」
本格的に泣いてしまってろくに話をすることもできなかったわたしの息が落ち着くまでただ何も言わずに傍にいてくれて、落ち着いてからはこうやってコーヒーを淹れて持ってきてくれた。
昔から好きな、少し重いくらい甘めのコーヒー。
こういうのも、ちゃんと覚えててくれてるんだ。
そういうところにも少し感じ入るものがあって、舌を火傷しないようにちょっとずつ
「気にしないでいいよ。光莉ちゃんに何かあったのか、って僕が気にしただけだから。――大丈夫?」
「う、うん……。あの、」
慶吾くんの視線がまっすぐにわたしを見つめてくるのが、心を掴んだ。心配そうに、じっと見つめてくれるのが、心を揺らした。
だからなのかな。
よくわからなかったけど。
「あのさ、ちょっと話してもいい?」
慶吾くんに、話を聞いてほしいと強く思った。まとまらない気持ちも、苦しい胸のうちも、全部受け止めてくれそうな気がして、彼の返事も待たずに話し始めていた。
「今日さ、なんか消えたくなっちゃった」
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